探査者: D-849-1
備考: D-849-1には、懐中電灯、非実体存在を観測可能なウェアラブルカメラ、通信機能とGPS機能を備えた探査用ヘッドセットが支給されており、小型のカント計数機と改良型カーデック計数機を携帯しています。
<記録開始>
D-849-1: 病院に入った。かなり嫌な感じがする。それに、どうも寒いな。こう、身体の内側から冷えていくみたいだ。
██博士: D-849-1、そのままSCP-849-JP内をくまなく探索してください。
D-849-1: あまり気は進まないが、分かった。先に進んでみる。
[重要度が低い為割愛]
D-849-1: ここは食堂だな。床やら机やらはそんなに荒れてない。ただ、落書きが酷いな。それに、さっきから泣き声みたいなのが聞こえてる。
██博士: こちらではそのような音は聞こえませんが。風の音か何かを聞き間違えたのではないですか?
D-849-1: そうか? どう考えても風の音には聞こえないけどなあ[数秒間沈黙]おい、なんだありゃあ。
[視点が右に動く。D-849-1が目を逸らしたものと思われる]
██博士: どうしました?
D-849-1: あそこだよ、動いてる。
[D-849-1がカメラを窓の方に向け、カーテンを懐中電灯で照らす。カーテンは風に靡いているように見える]
██博士: カーテンが靡いているだけでしょう。
D-849-1: いや、そこに人っぽいのがいるだろ。そいつがカーテンを動かしてる。見えないのか?
██博士: 人ですか? いえ、こちらからはそういった存在は確認できません。ただ風に靡いているだけなのではないですか?
[視点が左に動く。D-849-1が再び目を逸らしたものと思われる]
D-849-1: え? いやいや、そんなはずは。
[カメラがカーテンを映す。カーテンは静止している]
D-849-1: あ、あれ、さっきまでいたのに。
D-849-1: ん?
[沈黙。D-849-1は視点を動かさない]
██博士: どうしました、D-849-1?
D-849-1: 今、なんか聞こえなかったか?
██博士: いいえ、何も。記録にもそれらしき音声はありませんが。
D-849-1: おい、本当に聞こえなかったのか? 今誰かの声がしたよな。それも耳元で。
██博士: 耳元で、ですか? ふむ、D-849-1、音の正体が分かりました。
D-849-1: 何だって?
██博士: 今しがた、こちらの研究員が独り言を呟いていましたので、それをこちらのマイクが拾ったのでしょう。それならば耳元で聞こえた説明も付きます。ヘッドセットから再生されたのですから。
D-849-1: そうなのか? そんな感じには聞こえなかったんだが。
██博士: 気のせいでしょう。探索を続けてください。
D-849-1: 了解。
[D-849-1が食堂内を探索し、移動する。重要度が低い為割愛]
D-849-1: 手術室か、ここは。ここも見てみるぞ。
[D-849-1が手術室に入った途端、突然手術室内の無影灯が手術台の上に落下し、破片が床中に散らばる]
D-849-1: おい、やばいんじゃないのかこれ。何でいきなり電灯が落ちてくるんだよ。
██博士: 恐らく無影灯の支柱が劣化していたのでしょう。どこもおかしくはありません。
D-849-1: いやでもタイミング良すぎ、いや、悪すぎないか?
██博士: ただの偶然でしょう。部屋を調べてください。おっと -
[室内が揺れ、D-849-1が廊下側に倒れこむ]
D-849-1: お、おい! なんか揺れてるぞ! 大丈夫かこれ!?
[手術室内の棚が開き、中身が落下する]
██博士: どうやらこの付近で地震があったようです。震度は3ですね。
[画面の揺れが収まる]
D-849-1: は、はあ!? 震度3だって!? 今のがか!? 立ってられないレベルだったじゃねえか!
██博士: D-849-1。この数値が万が一震度計の故障によるものだったとして、我々はそのような大きな揺れは感じていませんし、こちら側の物も大して動いていません。つまり貴方の気のせいである可能性の方が大いに高いのです。恐らく、恐怖のあまり揺れを大袈裟に感じてしまったのでしょう。探索を続行してください。
D-849-1: でも電灯に続いて地震って。分かったよ、調べてみる。
[カメラが室内を映す。落下した無影灯とその破片の他、棚にあった薬品類や大量の手術道具が床に散乱している]
D-849-1: 危ねえな。
██博士: 怪我をしないよう気を付けてください。
[D-849-1が室内を探索する]
D-849-1: それにしても変だな。この手術道具、地震の前から床にぶちまけられてたぞ。何でだ?
██博士: 恐らく、以前来た人間がばら撒いたのでしょう。他に何か変わった事は?
D-849-1: いや、特には[呻き声]
██博士: どうしました?
D-849-1: いってえ。クソッ、足首を切った。アキレス腱のあたりだ。
██博士: だから気を付けてくださいと言ったでしょう。
D-849-1: いやでも、片足ならまだしも両足いっぺんにだぞ? 流石におかしくねえか?
██博士: これだけ刃物が落ちている状況で迂闊に動けばそうもなります。他に異常が無ければ探索を続けてください。
D-849-1: 続けるのか、この足で?
██博士: ふむ。止むを得ません。床に未使用の包帯が転がっていましたよね? それで応急処置をしてください。探査後にこちらできちんと手当しますので。
D-849-1: 嘘だろ。
[重要度が低い為割愛]
D-849-1: 3階に来た。病室が並んでる。一つ一つ見て回らなきゃ駄目か?
██博士: そうしてください。
[D-849-1が各病室を探索する。重要度が低い為省略]
D-849-1: 304号室。今のところ変わった事は -
[D-849-1が洗面所の前で立ち止まる。数秒間鏡を見つめた後、傍にあった椅子で鏡を叩き割る]
██博士: どうしたのですか?
D-849-1: [息を切らしながら]先生、見えなかったのか?
██博士: 何がですか?
D-849-1: とぼけんのもいい加減にしろよ先生! 本当は全部見えてんだろ!? 入院着やら白衣やら着た連中が俺にびっちり纏わりついてたろうが!
██博士: 落ち着いてください、D-849-1。SCP-849-JP内への進入時からずっとそうでしたが、貴方に持たせた全ての計測機器の測定結果はSCP-849-JP内の正常範囲内を示し続けています。問題ありません。
D-849-1: じゃあ、全部俺の気のせいだってのか?
██博士: 恐らくは。
D-849-1: 俺はこの目で見たってのによ。探索を続行する。
[D-849-1が病室内を探索し、ベッドの下を覗き込む]
D-849-1: 何だこりゃ。ベッドの下に血でべったべたの包帯が転がってる。しかも他のベッドの下にもあるぞ。
██博士: 血液の乾き具合を見るに、恐らく廃業後の物でしょう。ただ、最近の物ではないようですね。
D-849-1: それにしたっておかしくねえか? ったく不衛生だな。他に何もねえし、次行っていいか?
██博士: いいでしょう。次の部屋へ進んでください。
D-849-1: ああ。
[D-849-1が突如部屋中の物を投げ飛ばし始める]
██博士: D-849-1、何をしているのです?
D-849-1: ど、どうなってんだ先生! 部屋中の物が飛んできてるぞ! ポ、ポルターガイストってやつか!? [短い悲鳴]
██博士: 何を言っているのです? 貴方が自分で投げているのではありませんか。どうしたのです、落ち着いてください。
D-849-1: はあ!? 俺はさっきからずっとじっとしてるだろうが! っていうかこの状況で動けるわけねえだろ! [悲鳴]
[D-849-1がベッドを投げ飛ばす]
D-849-1: あ、あ、危ねえ。死ぬかと思った。今ベッドが飛んできたぞ。
██博士: ええ、たった今貴方が投げ飛ばしましたからね。
D-849-1: 先生こそさっきから何言ってんだ!? どうやってこの姿勢からベッド投げるんだよ!? そもそも俺一人でベッドなんて投げられると思うか!?
██博士: ううむ。思うに、それは所謂火事場の馬鹿力というものではないでしょうか? 著しい恐怖によってアドレナリンやノルアドレナリンが分泌され、筋肉のリミッターが外れたのだと思われます。いずれにせよ、今貴方が錯乱状態にあることはほぼ間違いないと言っていいでしょう。落ち着いてください。全て貴方の気のせいです。
D-849-1: いい加減にしてくれ先生! これが気のせいなわけあるか! 気のせいなわけ[間を置いて]畜生。
[D-849-1が物を投げ飛ばすのを止める]
██博士: 落ち着きましたか?
[D-849-1が頷く]
██博士: 探索を続行してもらえますね?
D-849-1: 分かったよ。
[D-849-1が移動する。重要度が低い為割愛]
D-849-1: 4階の病室にも血だらけの包帯が転がってたがさっきと比べりゃ異常無し。最後は、院長室だ。
[D-849-1が扉を開け、院長室に入る。それと同時に、D-849-1が嘔吐する。吐瀉物には血液が混じっているように見える]
██博士: 大丈夫ですか?
D-849-1: [咳き込む]大丈夫な訳ねえだろ。ここが一番嫌な感じがする場所だ。クソが、今すぐ出て行きたい位だよ。
██博士: そうですか。では室内を調べてください。ただし、万が一身の危険を感じたらすぐに退避するように。
D-849-1: 言われなくてもそうするっての。
[院長室内の棚が開き、中にある大量の書籍類が床に落ちる]
D-849-1: 逃げる前に死ぬかもな。
[D-849-1が室内を探索する]
D-849-1: 当時の資料やらがそのまま置いてあるな。 [D-849-1が資料を読む]へえ、ここ病院ができる前はススキの原っぱだったんだな。にしても院長室のくせに随分殺風景だな。
D-849-1: なんだこれ?
[D-849-1が院長が使っていたと思われる椅子にカメラを向ける。椅子の上には植物らしき物体が置かれている]
D-849-1: だいぶ色がくすんでる上にボロボロだが、もしかしてススキかこれ? なんだってこんなところにこんな物が?
██博士: 一応回収してください、D-849-1。こちらで分析をします。
D-849-1: ああ。
[D-849-1が発見された物体を回収する]
D-849-1: 他に変なもんは見つかんなかったし、もう帰っていいか? さっきからずっと肩を掴まれてるような感覚がしてよ。
██博士: いえ、まだ地階が残っています。帰還はその後です。
[ガラスが割れる音。D-849-1がその方向にカメラを向け、ガラス部分が砕けた応接テーブルを映す]
D-849-1: ああ、二度とこんなとこ来たかねえぜ。
[D-849-1が院長室を退出する。その直後、D-849-1が突然立ち止まり、周囲を見渡す]
██博士: D-849-1?
D-849-1: おい先生、どこだここ。さっきまでの病院じゃねえぞ。クソッ、出てきたドアも無くなってる。
██博士: 何を言っているのです? ヘッドセットのGPSは正常に機能しています。貴方は今しがた病室を出て廊下にいるところではありませんか。映像にも異常な点は見られません。4階の廊下を映していますよ。一応聞いておきますが、周りはどのような場所に見えるのですか?
D-849-1: どうせ信じちゃもらえないだろうが、ススキだ。地平線までススキがびっちり生えてる。でも、どれもこれも枯れてるな。時間は相変わらず夜で薄暗い。空には、星が全く無い代わりに馬鹿みてえにでかい月がある。なあ先生、なんだって院長室のドアがこんな所に繋がってるんだ? 俺は本当におかしくなっちまったのか?
██博士: 恐怖で見るにしては少々変わった幻覚ですね。先程読んだ資料のせいでしょうか。とにかく、こちらで案内しますので地階へ向かってください。最悪カメラの映像だけでも記録はできます。
D-849-1: そうしてくれ。ここ、病院の中みたいな嫌な感じはしねえけど、どこを見ても同じ景色な上に、風が全く吹かねえし音がしねえしで病院より気味が悪いんだよ。クソッ、これ本当に帰れんのかよ。
[██博士のナビゲートによってD-849-1が4階から3階への階段を降る。階段を1段降りたところでD-849-1が突然立ち止まり、再び周囲を見渡す]
D-849-1: あ? さっきまでの場所じゃねえ。戻ってこれたのか? いつの間にか元の病院にいるぞ。
██博士: 貴方のGPSの信号はずっと病院の中から発信されていましたがね。幻覚は消えたのですか?
D-849-1: 幻覚にしちゃあかなりリアルだったけどな。クソッ、ひたすら歩いてたせいか足の傷が。
██博士: 院長室から階段までの距離は100mも無いのですが。まあ、痛みや疲労で長く感じられたのでしょう。
D-849-1: 100m、そうか、あれがたったの100mか。[溜め息]まあいいや、というか先生、それより気になることがあってよ。
██博士: 何でしょうか。
D-849-1: あの場所からこっちに戻るちょっと前に、突然風が吹いたと思ったら、遠くの方に何か見えたんだよ。それも一つや二つじゃなくて、あー、数えてねえけど多分何百かはいたんじゃねえかな?
██博士: いた、とは? それらは物等ではなかったのですか?
D-849-1: ああ。動いてたから多分物じゃねえな。生き物の動きだと思うぜ、あれは。そんで、一番気になってるのがな、こっちに戻る寸前に、あいつらが一斉に、こっちを、見て -
[カメラが階段から4階の廊下を映す。数秒後、D-849-1が突然走って階段を降り始める]
██博士: D-849-1? どうしたのですか?
D-849-1: ああ、おい嘘だろ!? やっと戻ってこれたってのに、何でだよ!
██博士: 落ち着いてください。何があったのです?
D-849-1: い、いる! 多分さっきのとこで見たやつらだ。人、じゃねえ! 白い[呻き声]
[視界が大きく揺れ、カメラが床を映す]
D-849-1: [悲鳴]包帯が傷に、なんだこれ、包帯じゃねえのか、あ、足が -
[激しい衝突音らしき音声の後、カメラからの映像が途絶える]
██博士: D-849-1? 映像が途切れました。そちらの状況はどうなっていますか?
D-849-1: [嗚咽]助けてくれ先生! [悲鳴]この部屋も! 外から見えないのか!? そこらじゅう[雑音]
[音声に雑音が混じり始める]
D-849-1: せ、先生[雑音]と、と、とんでくる。[雑音]出て[雑音]
[D-849-1からの音声が途絶する]
██博士: D-849-1、応答してください。D-849-1。
[D-849-1側からの応答は無い]
██博士: クソッ、ヘッドセットが故障したか?
[██博士がD-849-1に応答を呼び掛け続ける。しかしその数分後、通信と映像が復旧する]
D-849-1: 博士? 聞こえるか?
██博士: D-849-1? 聞こえています。そちらの状況を報告してください。
D-849-1: いや、それが、走り回ってて転んだ勢いでヘッドセットとカメラが壊れてたみたいだ。でもなんかしばらくしたら直った。今は地下の霊安室にいる。
██博士: 先程遭遇したという存在はどうなったのですか?
D-849-1: ん? ああ、あれなら走り回ってる間に逃げ切れたみたいだ。
██博士: そうですか。通信が途絶している間に他に何か変わった事は?
D-849-1: 病院の中は粗方見て回ってたけど、そういうのは別になかった。博士、もう出て行ってもいいか?
██博士: そうですね。ではD-849-1、SCP-849-JPより帰還してください。
D-849-1: 了解。いやあ、いざやってみたら大したことなかったな。
[D-849-1が移動し、SCP-849-JPより退出する]
██博士: これにて探査は終了となります。お疲れ様でした。
D-849-1: ああ、お疲れ様。ここにはもう居たくないね。
<記録終了>
追記: 探査後に再調査を行った結果、SCP-849-JP内部に霊的存在や異常実体は確認されませんでした。また、D-849-1はSCP-849-JPより退出した際に内部で発見した植物らしき物体を所持しておらず、再調査の際にも発見されることはありませんでした。