by PlaguePJP

リンゴを消費するSCP-8595。
特別収容プロトコル: SCP-8595はサイト-322野生生物部門の標準的な昆虫用区画に収容されています。SCP-8595は同種の非異常個体との生物学的な差異は無いため、標準的な気温調節と生息域の構築が実施されています。
SCP-8595は厳格な基準に則って食事を摂り、特定の食物を拒絶します。詳細は補遺を参照してください。
説明: SCP-8595は自らをレストラン評論家であると考えているワモンゴキブリ (Periplaneta americana) です。
SCP-8595は知性と知覚力を有しますが、発話能力はありません。任意の消費可能物と筆記手段を提供されると、SCP-8595はその物質を摂食した後、物質自体、摂食した場所の内装、サービス、“レストラン”のコンセプトについてのレビューを執筆し、それらの要素を組み合わせて5つ星形式の評価を下します。
口コミ投稿ウェブサイト Yelp のアカウントで“レストランを追い出された”、“席が空くのを長時間待たされた”、“無視された”、“物を投げ付けられた”、“化学薬品を吹き掛けられた”などの苦情を複数書き込んでいたことから、SCP-8595は自らを人間だと信じている、もしくはゴキブリにレストランで食事する権利があると考えていると仮定されています。SCP-8595のレビューでは、SCP-8595が昆虫型生物であることや、昆虫でありながら人間サイズの料理を食べようとすることの問題点に関する言及は、完全に無視されるか、ごまかされるため、前者の可能性が高いと考えられています。
補遺 8595.1: 給餌試行
SCP-8595が飼育区画の餌をレビューで“ドブに落ちた残飯”と呼び、食べようとしないことがすぐに明らかになりました。非異常なゴキブリは餌を摂らずに約30日生存できますが、異常性を考慮すると、この特徴が依然としてSCP-8595に当て嵌まるかは不明確でした。このような形でSCP-8595が死亡した場合、それは財団プロトコル違反と見做されます。
そのため、サイト-322は、SCP-8595に食事を促すことを唯一の目的とするレストラン、カフェ322の設立を手配しました。
品目 新鮮なグラニー・スミス品種のリンゴ
結果: リンゴを提供されると、SCP-8595はその表面を15秒間這い回った後、食べ始めた。その後、SCP-8595は近くのノートパソコンで次のようなレビューを執筆した。
カフェ322; ある料“低”
果たして皆さんは自分のキック力を自慢するサッカー選手に感銘を受けるだろうか? 私はそうは思わない。ボールを蹴ることができるというのは、私がプロスポーツ選手に期待する水準を下回っている。新鮮な食材の使用をことさらに宣伝するレストランも、やはり私に同じような感情を抱かせる。カフェ322では、その「ほう、それで?」という思いが食事中ずっと付きまとう。
カフェ322が考えるところの高級料亭は “少ないほどに豊か” のコンセプトに沿っている。制約は創造性の糧であり、私としても、狭苦しい壁の中で活動しながら美しいものを作り出すアーティストを称賛することはできる。しかし、カフェ322による “少ないほどに豊か” コンセプトの解釈は、無機質で真っ白な壁、冷たく飾り気のない金属のテーブル、9時から5時までの勤務時間を連想させる制服、そして目も眩むような病院風の照明という形に行き着いた。
私は幸運にもシェフが厳選したテイスティング・メニューを勧められた。1個の青リンゴを白いプラスチック皿で差し出された時の憤怒と落胆を想像していただきたい。しかも、給仕係がこの “コース” を厨房からテーブルに運んでくる間に、リンゴは横向きに倒れ、給仕係の反吐が出るような手つきで真っ直ぐに戻された。
私は岐路に立たされた。このレビューの執筆を続け、誰もが人生において何かしらの形で食べたことのあるリンゴの味をお伝えすべきか、はたまたカフェ322がやったように、着手する前から努力を放棄してしまおうか。この文章の後、私がどちらの道を進んだかは明らかだろう。
★☆☆☆☆
カフェ322が批評を真摯に受け止めた旨が伝えられたにも拘らず、SCP-8595は同レストランが調理したあらゆる料理の消費を“原理原則として”拒絶し、ハンガーストライキを再開しました。財団の研究員たちは、サイト-322の地下階層の1つにあった無人の寮を、ミニマリズムから着想を得たコンセプト・レストラン “MAL” に改装しました。
品目 “サクサクトルティーヤの粉末オアハカチーズとスパイス添え”1、“解体BLT”2、“デザート卵”3
結果: SCP-8595は料理を1つずつ与えられ、コースの合間にメモを取りながら各料理の一部を消費した。
MAL; でダメ
料理表現という芸術形態 — そう、芸術形態だ — に私がいつも見出す楽しみは、料理長なりオーナーなりが、どのようにして作品に己を吹き込み、その人物像を客に伝えられるか、というものである。MALはそれらしいことを一切しておらず、ミニマリズムを極限まで突き詰めているので、この作品の裏にいるアーティストが何をどう私に感じさせたいのか分からないほどだ。窓の無い黒い壁、冷たく氷のように白い大理石のテーブル、座り心地の悪い金属製の座席、故意にそっけなく仕上げた盛り付けのおかげで、高級レストランというより不気味の谷に入り込んだような気分になった。
MALではシェフお勧めの季節限定メニューを提供しており、私はそれを堪能しようと努めた。最初のコースは、三角形のトルティーヤを揚げ、スパイスミックスで味付けしたナチョスのアレンジ料理だった。チップスは一度も油に触れなかったかのように冷えていたが、味はパンチが効いていた。これは私のお気に入りの料理で、特に何枚かのチップスに降りかけられていた風変わりな青い調味料4が素晴らしい。ごく少量だったとは言え、この青い調味料は全く以て美味だった — それだけでボウル一杯は平らげてしまえる。
解体ベーコン・レタス・トマト・サンドイッチには退屈させられた。私は途方に暮れている。これを読んでいる誰もがBLTを食べたことがあるだろうが、議論の余地はあるにせよ、あれは完璧なサンドイッチだ。MALは神を征服したいという欲求のあまり、その完璧なサンドイッチを再発明し、正しく食べるのを面倒にしたのである。今ご紹介した2品の料理は、私にとって最も目に付く欠点を表している。私は手掴みで食べることに抵抗はない。しかし、そこには理由があって然るべきだ。ただ単にBLTを差し出されることもできただろうが、いや、それでは十分な違いがなかった。
“デザート卵” は発想としては興味深かったが、実行はお粗末だった。私は分子ガストロノミーがあまり好みではない。ある時など、赤い液体が入ったキャビア並みに小さい球体を幾つも盛った器を出されて、トマトスープだと言われたこともある。このデザート卵には風味が欠けており、何よりも甘ったるさしか味わえない。私が給仕係に風味を訊ねると (卵は全て違う色で、テーマやパターンも見受けられなかった) 、彼女は1つの卵を持ち上げ、指の間で潰し、匂いを嗅ぎ、「バターポップコーンです」と言って自分で食べた。5
この配慮の度合いが、MALについて知るべきこと全てを物語っている。優れた発想や味はあるが、やり方がまずい。
★★☆☆☆
SCP-8595はハンガーストライキを再開し、MALで“シェフの新作メニュー”を試食すること、カフェ322を再訪すること、財団が供給する餌を食べることを拒否しました。この状況は3日間続きました。監督司令部との協議の末、研究員たちはSCP-8595の収容に関して全権を委任されました。ある財団フロント企業を利用して、サイト-322はミシュランの星を獲得した経歴がある料理人1名を雇用し、3コース料理を考案・調理させました。地下階は取り壊され、財団所属のインテリアデザイナー3名による監修の下、レストラン “レッド・ベル” に改築されました。この施設はアメリカ風の高級ステーキハウスを模して建造され、壁には特注の木材パネルが嵌め込まれ、バーを完備し、手造りのテーブルや輸入品の刃物類などが用意されました。ジュリアンヌ・フーヴァー研究員とジュリアン・フーヴァー研究員は給仕の訓練を受け、格式ある制服を支給されました。
品目 牛肉のタルタルステーキ - ベルペッパーの刻み、ハラペーニョ、生卵の黄身、ケッパー、牛骨髄、クロスティーニを添えて。和牛ご賞味コース - 日本産A5ランク和牛、オーストラリア産和牛、神戸牛の薄切り3枚を炙り、わさびクレマを添えて。プライム・リブ - ロブスター肉を乗せ、ユーコン・ゴールド・マッシュポテト、牛肉とロブスターの肉汁ソース、トリュフ入りマカロニチーズを添えて。
結果: SCP-8595には各コース及び相性の良いワインが与えられた。コースの合間に、SCP-8595は提供されたノートパソコンでメモを取った。第一コースに添えられたワインを飲もうと試みた際、SCP-8595はグラス内に転落したため、給仕係が掬い上げなければならなかった。
レッド・ベル; レッド・フラグ
以前から私のレビューに目を通している方々なら、ミニマリズムや “少ないほど豊か” のコンセプトが、決して私の好む流儀ではないことをご存じだろう。シェフが自ら課した束縛の中で、客に最高の時間を過ごしてもらおうとする姿勢は間違いなく称賛に値するものであるし、私もミニマリスト・レストランを楽しんだことはある。レッドベルは、マキシマリスト・レストランだ。
レッド・ベルでは、ありとあらゆるものが — 給仕係からテーブル、バーから料理が盛られた皿に至るまで — 自分は真摯に向き合うべきものだと無我夢中で訴えかけていた。あまりにも完璧に近いので、果たしてこれは本当にレストランかと疑いを抱き始めたほどだった。レストランという概念を全く知らない友人に、高級ステーキハウスとは何かを説明し、続けて友人から同じ情報を宇宙人に伝えてもらったとしよう。その宇宙人が作るのは、私がレッド・ベルで見せつけられたものと大して違わないはずだ。
牛肉のタルタルステーキには噛み応えがあり、一噛みごとに動物の死骸を食べているのを思い出させられた。刻みベルペッパーは美味しい付け合わせだったが、レッド・ベルという名のレストランには、もっと沢山ベルペッパー料理を出してくれるのを期待していた。料理にベルペッパーが使われたのはこの時だけだ。
和牛ご賞味コースは、当然だが、上々の出来だった。何しろ和牛、この世で手に入る最高のステーキである。私に提供された、いっそ侮辱的なまでに小さい長方形の肉は、ほぼ完璧なミディアムレアに焼き上げられていた。私は、ステーキレストランが世界最高の肉を食べさせてくれたからと言って、それを称賛するほど程度の低い評論家になるつもりはない。自分で肉屋から和牛を買って調理しても同じくらい美味だろう。このレストランがソースだけを売っていたなら、私は5つ星を贈っていたと思う。わさびクレマには和牛の脂っこさを突き抜ける喜びがあったが、味はやや控えめだった。
化け物じみたプライム・リブは、私がレッド・ベルに対して抱く全ての問題点を象徴しており、単一のコースに濃縮された高級料理店のアンチテーゼであった。その料理全体が、あたかも料理人たちがラスベガス・ストリップに出て、泥酔した男たちや彼らの整形手術を山ほど受けた妻たちに、ド派手で法外に高値な恥ずべきレストランでどんな料理に5,000ドルを費やしてきたのかを訊ねてから考案したかのようだった。いったい、正気の人間だったら、プライム・リブにロブスターの肉を乗せるだろうか? いったい、正気の人間だったら、濃厚なバター風味のマッシュポテトに、濃厚なバター風味のトリュフ入りマカロニチーズを添えるだろうか? あの皿に載っていた食材は、いずれもそれ自体では良いものだった — もしかしたら素晴らしくさえあったかもしれない (勿論、主役は肉汁ソースだった) 。私は、良心を持つ者として、また料理芸術を尊重する者として、このようなインチキレストランの利用を読者諸氏にお勧めすることはできない。
☆☆☆☆☆
SCP-8595はハンガーストライキを再開し、研究員たちの反論や説得の試みにも拘らず、前述した全てのレストランでの食事を拒否しました。監督司令部との会議が再び開かれ、新しいレストランの構想が出されたものの、今回もまた財団の努力は徒労に終わると判断されました。SCP-8595の全てのレビューのデータがまとめられた後、特定のパターンが確認され、新たな (そしておそらく最後となる) レストラン “カルパジェ” が設立されました。
品目: サイト-322の大型ゴミ収集箱を屋外に移し、空の備品クローゼットに配置した。
結果: SCP-8595はゴミ収集箱の中に横たわり、2時間19分後に再び姿を現した。
カルパジェ
絶品である。
★★★★★