クレジット
翻訳責任者: Rokurokubi
翻訳年: 2025
著作権者: PlaguePJP
原題: SCP-8596
作成年: 2024
初訳時参照リビジョン: 21
元記事リンク: https://scp-wiki.wikidot.com/scp-8596
by PlaguePJP

SCP-8596-1の収容チャンバー。
特別収容プロトコル: SCP-8596-1は、ニュージャージー州のパインバレンズにある人里離れた住宅に収容されています。年に2回、サイト-322の職員1名がこの場所を訪れ、SCP-8596-1へのインタビューを行う必要があります。インタビュー担当者は常に以下の装備を携行しなければなりません。
- SCP-8596-1の近くにいる間、1時間ごとに服用する記憶補強薬の錠剤。
- 非致死性の武器。
- 標準的なボディカメラ。
- SCP-8596に関する文書。
SCP-8596-1には、2基の小型スクラントン現実描を内蔵した施錠式の機械式首輪が装着されています。この首輪はサイト-322の監視コンソールによって遠隔で監視・制御されています。もしSCP-8596-1が首輪を取り外した場合、職員はボディカメラの非常用ボタンを押し、平和的に収容チャンバーから退出を試み、基地へ戻らなければなりません。
首輪が装着されている限り、SCP-8596-1とは会話を通して興味を持たせるよう努めてください。SCP-8596-1は元財団職員でもあるため、会話を円滑に行えるよう、丁重で親しみのある態度が求められます。
すべてのインタビューは最終的に担当職員が「SCP-8596とは何か」を問いかける流れへと誘導することが求められます。まれにSCP-8596-1が自発的にSCP-8596についての話題を切り出すことがあります。この話題が終了した後、担当職員は丁重に断りを入れて収容チャンバーを退出してください。

SCP-8596-1。
説明: SCP-8596は[編集済]です。
SCP-8596-1は、エリック・ラムゼイ博士として確認されている人型実体です。当初はサイト-322の異常存在収容区画に収容されていましたが、統合プログラムの一環として財団の尋問担当者に採用されました。
SCP-8596-1はクラスIIIの現実改変能力者であり、高度なエンパスおよびテレパシー能力を持ち、自身の周囲の局所的な現実を自在に改変することができます。SCP-8596-1は、交流する対象の微細な表情、身体反応や生理的変化を読み取ることが可能です。テレパシー能力は限定的ではあるものの、対象の記憶をリアルタイムで閲覧しながら緻密に記録を取ることが可能です。
サイト-322での統合時に起きたインシデントをきっかけに、SCP-8596-1が対象の記憶を取り除いたり植えつけたりできることが判明しました。ただし、記憶を直接読み取ることはできません。これを踏まえてサイト-322の管理部との交渉が行われ、SCP-8596-1はパインバレンズの収容チャンバー(SCP-8596-1の現実改変能力によって構築された住居)に移送されました。
補遺8596.1: SCP-8596-1へのインタビュー
2024年後半のSCP-8596-1担当インタビュアーとしてジョージ・アンブローズ研究員が任命されました。彼は上記のSCP-8596に関する資料を受け取り、2024年10月13日にSCP-8596-1の収容チャンバーへ派遣されました。
書き起こし
«記録開始»
(アンブローズが急ぎ足で家に入る。SCP-8596-1はソファに腰かけ、その日のクロスワードパズルを埋めている。背後の暖炉では薪がくすぶっている。SCP-8596-1は扉のほうを一瞥してから再び新聞に向き直る。)

ジョージ・アンブローズ研究員。
SCP-8596-1: もうすぐポットローストができるところだ。あと5分ってとこかな。
(アンブローズは椅子を引き、暖炉の近くに座る。手袋を外して手を薪にかざすと、寒さで身震いしている。)
SCP-8596-1: 火をつけるのに手こずってたんだ — 暖炉の火をね。
(アンブローズは付近にあったオイル缶をつかみ、薪に振りかける。震える手で持っていたライターをつけようとするが、火花が出ない。3回目で火がつき、アンブローズは薪に火を移してから椅子に座り直す。)
アンブローズ: ちょっとだけ時間をくれ、エリック。
SCP-8596-1: まだそう呼んでも大丈夫なのか?
アンブローズ: むしろ奨励されてるよ。ラポール形成のために。
SCP-8596-1: なるほど。ともあれ—
(SCP-8596-1は立ち上がり、オーブンのほうへ向かう。)
SCP-8596-1: —ポットローストがちょうどできたみたいだ。食べるか?
アンブローズ: 食欲はないんだ。
SCP-8596-1: ここまで来るのにどれくらいかかった?
アンブローズ: 26時間。
(SCP-8596-1はポットローストを取り出し、味見してからカウンターに置く。)
SCP-8596-1: なら腹は減ってるだろ。俺から何も受け取るなって言われてるのか? ここで一緒に食事したらラポール形成には持ってこいだろう。
(アンブローズは記憶補強薬の錠剤を口に放り込む。)
(アンブローズとSCP-8596-1は向かい合い、黙々と食事をしている。アンブローズはポケットから紙とペンを取り出す。)
アンブローズ: 始めようか?
SCP-8596-1: 話か? 大歓迎だ。ちょっと待ってくれ。
(SCP-8596-1はリカーキャビネットに向かう。冷凍庫からバーボンのボトルとグラスを2つ取り出し、自分とアンブローズの分を注ぐ。アンブローズは手をつけない。)
アンブローズ: 名前を。
SCP-8596-1: 名前なら知ってるだろ。
(SCP-8596-1はグラスを掲げて乾杯を促すが、アンブローズは無視する。少し間を置いて、SCP-8596-1はグラスを一気に飲み干し、もう一杯注ぐ。)
アンブローズ: 自分の名前を認識しているか、確認だよ。
SCP-8596-1: エリック、E-R-I-K、ラムゼイ、R-A-M-S-E-Y。
(アンブローズはメモを取る。)
アンブローズ: 年齢は。
SCP-8596-1: 64歳。
(アンブローズはメモを取る。)
アンブローズ: 最近、暴力的な考えを抱いたことは?
SCP-8596-1: どうしてここに来た?
アンブローズ: インタビューするためだ。
SCP-8596-1: ラグー管理官がついこの前ここに来たぞ。なんでも、自分で発注した何かの機械でサイト-322を破壊しかけたらしい。その前はムーニー博士が、サイトに役立つとかいうガムボールマシンを横領したとかでやって来たし、さらにその前はジュリアンで……何かのクリーチャーが持ち場から逃げたとか。お前さんは功績があってここへ派遣されたわけじゃないんだろ? この首輪があってもそれくらいわかる。
アンブローズ: ハズレくじを引いたんだ。
SCP-8596-1: 俺ってそんなに魅力がないか?
(アンブローズは黙り込む。)
SCP-8596-1: 連中はお前さんに何て言った?
アンブローズ: あなたが少し取り乱していたと聞いた。
SCP-8596-1: まあオブラートに包めばそんな感じだな。
アンブローズ: 話がしたいんだろう? じゃあ何があったのか教えてくれ。
SCP-8596-1: お前さん、レアンドラ・ポロック博士って人には会ったことあるか?
倫理委員会による調査
被告: レアンドラ・ポロック博士
概要: ポロック博士には以下の容疑がかけられています。
- テッド・フランクリン研究員が精神的衰弱の末に死亡するのを助長した。
- 玄妙除却部門が定めるガイドラインに反して、異常な研究物質が付着したフランクリンの遺体を処分しようとした。
- 事件の映像記録を破棄させるため、警備員を異常性のあるアーティファクトで脅迫した。
- 上記警備員に未処理の記憶処理薬を混合した有害カクテルを飲ませ、永続的な記憶障害を引き起こした。
- 脱走。
SCP-8596-1: 俺の能力はな、ありきたりな言い方だが祝福でもあり呪いでもある。バーで周りを見回せば、顔の筋肉のちょっとした動きや瞳孔の開き具合だけで、女性と上手くいくかどうかわかる。俺が財団に雇用されたのには—
アンブローズ: "統合"された。
SCP-8596-1: —統合されたのにはちゃんと理由があるんだ。
アンブローズ: 否定した覚えはないよ。
SCP-8596-1: 俺の境遇が呪いだって言うのは、要するに人というものがわかり過ぎるってことだ。倫理委員会が寄越したレポートを読んだときに、彼女 — ポロック博士は終わりだなってピンときた。誰かが彼女を陥れようとしてるとね。レポートを読むだけで確信できた。この首輪があっても、それくらいは見通せる。
(尋問室はSCP-8596-1によって改変されており、レアンドラ・ポロック博士のオフィスとして再現されている。)
SCP-8596-1: 正直言うと、テッドのことはあまり好きじゃなかった。
(ポロック博士は黙っている。)
SCP-8596-1: このサイトの嫌いなところの一つは、まあ他のサイトを知ってるわけじゃないが…ちょっと緩いんだよな。
ポロック: そうかもね。
SCP-8596-1: 俺はプロ意識ってものが好きなんだ。たとえ強制されてやってる仕事でも、やるからには真面目にやる。仕事だからな。
ポロック: 私も自分の仕事は真面目にやってるつもりだけど。
SCP-8596-1: そういう意味じゃない。サイト-322の問題は、プロ意識をあまり重視してないところだ。ポールなんかは、本当に厄介な問題を全部コイクス博士に丸投げして、自分は「面白い」アノマリーを捕まえるのに夢中だよ。ポケモンごっこかっての。
ポロック: ふん。
SCP-8596-1: 「ふん」ってなんだ?
ポロック: ただの「ふん」よ。
(SCP-8596-1は目を細めてポロック博士を見る。)
SCP-8596-1: 誰かを思い出したか?
ポロック: テッドは変わった人だったわ。
[2時間分の会話省略]
ポロック: 研究内容は亜分子レベルの検証でね。何かを原子レベルで効率的に破壊する手段を生み出すのが私の任務だった。サイト-43が異常物質の廃棄を簡単にするために欲しがっていたみたい。
SCP-8596-1: 完成したのか?
ポロック: 後回しにしてたわ。
(沈黙。)
SCP-8596-1: お前さんが背負ってる重圧はわかるよ。
ポロック: どういう意味?
(SCP-8596-1が指を鳴らすと、室内の監視カメラが消滅する。音声のみが記録されている。)
SCP-8596-1: これでちょっとは気が楽になった?
ポロック: […]そうね、多少は。
SCP-8596-1: 協力してほしい。そうすればもっといろいろと楽にしてやれる。
ポロック: あなたの胸についてるマイクはあまり気分を楽にしてくれないわね。
SCP-8596-1: 珍しく、俺の考えを読まれたな。
(SCP-8596-1はマイクの電源を切る。)
[30分経過]
(カメラとマイクが再起動する。ポロック博士は床に倒れ込んで泣いており、SCP-8596-1が慰めている。SCP-8596-1はカメラの一つに向かって頷き、セキュリティチームが部屋に突入。ポロック博士を連行する。オフィスのレイアウトは海面の波が引くように消え去り、尋問室の実際の様子が戻ってくる。)
後記: レアンドラ・ポロック博士は逮捕に至る一連の事件を認めた。
アンブローズ: それの何が問題だったんだ?
SCP-8596-1: 彼女はやってない。
アンブローズ: やってない?
SCP-8596-1: 俺が…彼女の頭にその出来事の記憶を…まあ、植え付けたということになってる。それで、彼女は…その、解任された。
アンブローズ: 嘘だろ。どうしてそんな真似をした?
SCP-8596-1: 言ったろう、誰かが彼女を陥れようとしてたんだ。
アンブローズ: あんたは尋問官として送り込まれたんだろ! 真実を引き出すのが仕事だろうが。
SCP-8596-1: 最初からそんな仕事じゃなかった。俺の仕事は、上層部が欲しがっている答えを引き出すことだった。誰かが罪を犯し、誰かがそれを完璧に隠蔽した。となると、誰かが責任を取らなきゃならなかった — そうしなきゃ、奴らも、俺たちも、無能だと思われるだけだからな。
アンブローズ: そんなの—
SCP-8596-1: 収容セルに入れられたことはあるか?
アンブローズ: なんでそんなことを聞く?
SCP-8596-1: 入ったことあるか?
アンブローズ: いや、ないよ。
SCP-8596-1: 財団で働いている人間の中で、収容セルで過ごした時間が"アノマリー"並みに長い奴なんて一人もいないはずだ。正気を保たせるためにいろいろ与えてくるとはいえ、実際は厳しすぎる。俺の場合、たかが8×8フィートの狭っ苦しい箱に押し込まれて、寝台も小さくて身体がはみ出す。正気を保つための支給品は何だと思う? ヒビの入ったテレビに、見られるのはニュースチャンネルが3つだけ、クロスワードパズルの本が3冊、1日にせいぜい3分会話するかどうかの警備員とのやり取りと、あとは音楽の入ってないレコードプレーヤーだけだ。俺がリクエストしたレコードは全部「取り寄せ中」ってことになっていた。
アンブローズ: そんな状況だったなんて知らなかった。
SCP-8596-1: それだけでもひどかったが、最悪なのはそれじゃない! 現実錨が俺の部屋の照明スイッチに繋がってたんだよ。あのギラギラと眩しくて耳障りな明かりを、せめて一時間だけでいいから消してくれって頼み込んださ。たった一時間、眠るためだけに! でも奴らは、俺が逃げ出すかもしれないって恐れて断ったんだ。
アンブローズ: 気の毒だが…
SCP-8596-1: 俺はもう二度とあんな場所に戻りたくなかった。どんな理由があろうと、絶対に嫌だった。
(武装した警備員がSCP-8596-1を取り囲み、地面に伏せて手足を広げるよう指示している。)
(SCP-8596-1が首をかしげると、警備員の武器が消失する。区画はロックダウン状態に入る。SCP-8596-1は近くの監視カメラを見つめる。)
SCP-8596-1: まずこいつらを帰してやる。そのあとでラグー管理官と話がしたい。
SCP-8596-1: あの人はアノマリーには甘いからな。俺にとっては助かったよ。話し合いの結果、折り合いをつけた。
アンブローズ: それでここに来ることになったわけか。
SCP-8596-1: ああ。首にこの厄介な重荷をぶら下げられる前に、自分で「快適な環境」を作るのを許されたんだ。
(SCP-8596-1が首輪を指先で叩く。)
SCP-8596-1: 今では月に一度の娯楽の補給と、週に一度の食料の補充があって、平穏と静寂がある。永遠に閉じ込められるっていうストレスからは解放されたかな。
アンブローズ: でも結局はまだ閉じ込められてるんだろ。
SCP-8596-1: 視点の違いさ。ここは俺が自分の頭で作り上げた家だ。俺だけの居心地の良い場所。だが、お前さんはどうだ? 何時間も車を走らせて、さらに飛行機を乗り継いでサイトに戻ったら、最低でも10時間は働いて、そのまま同じサイトにある寮に戻る。寝て、起きて、また同じことの繰り返しだろ。
アンブローズ: 俺が同情してるってわからないか?
(SCP-8596-1は再び首輪を指先で叩く。)
アンブローズ: アノマリーに対して俺たちがしていることに、満足したことなんて一度もないよ。でも、それが間違っていると分かっていても、受け入れなきゃならないことってある。
SCP-8596-1: つまり、システムの中で働くだけで、それを変えようとはしないってわけだ。
アンブローズ: 状況を説明してるだけだ。正当化しようってわけじゃない。
SCP-8596-1: 俺が雇われ—
アンブローズ: 統合。
SCP-8596-1: —ああ、統合されてたあの一年と、それ以前の数カ月間、ただ収容セルにいた頃も含めて、お前さんみたいにはっきり物を言うやつには会ったことがなかったな。
アンブローズ: うちのサイトの管理官は、あなたが望んでいるようなことを大きな目標に掲げてる。
SCP-8596-1: それはただの新しい形での収容に過ぎない。お前さんが望めば、今日にでも仕事を辞めて一生戻ってこなくてもいい。でも俺が統合されてた頃にそんなことをやったら、すぐまたあの箱へ逆戻りだろうさ。ポールは俺たちアノマリーに興味なんてない。気にしてるのは世間体だよ。いかにして周りに自分を道徳的なサイト管理官だと思わせるか。アノマリーとうまくやって、財団のために働かせることができるのは自分だけだと印象づけること。その注目度たるや、とてつもないものだ。
アンブローズ: 俺は食わしてくれてる組織に、自分の意見をぶつける気はあんまりないんだよ。
SCP-8596-1: それでも道徳心を捨ててないのはいいことだ。いわば、粗削りのダイヤってやつだな。
アンブローズ: 俺なんて歯車の一つだ。
SCP-8596-1: さっきも言ったが、そういう自覚を持ってる人間は滅多にいないんだよ。
アンブローズ: 何の意味もないさ。
SCP-8596-1: どうして?
アンブローズ: ただの空虚な言葉だ。俺は結局、あの組織のために働き続ける。それじゃ何の意味もないだろ。
SCP-8596-1: 俺はそう思わないね。お前さんだって本当は知ってるはずだ、そんな言葉が"何でもない"わけないって。
アンブローズ: そうか?
SCP-8596-1: この会話の全部を振り返ると、お前さんにとっては大きな意味があるはずだよ。
(アンブローズは黙り込む。しばらくしてから、グラスを取り一気に飲み干す。そしてバーボンを多めにつぎ、再び飲み干す。)
SCP-8596-1: この首輪があろうとなかろうと、俺が感じ取れる以上に、お前さんにとっては大きな意味があるんだと思うよ。
職員記録

ケネス・ウィルキンス研究員。
サイト: サイト-322
部門: 次元研究部門
現在のプロジェクト: ケネス・ウィルキンス研究員とジョージ・アンブローズ研究員は、次元間移動を容易にする技術の研究に取り組んでいます。財団の現行技術では、異次元や並行世界への移動には、膨大かつ制御不能なエネルギー消費が必要となるか、あるいは異常な力によって既存の「次元間の道(Way)」を開くことが求められています。
SCP-8596-1: 面白そうだな。
アンブローズ: ああ、最初はすごく楽しかった。ケニーのことは、この研究を始める前はあまり知らなかった。多分同じ年に財団に入ったくらいの接点しかなくて。でも結果的に、お互い手が空いていて、異次元に興味があるってことで組むことになった。いろいろあったけど、結構うまくやれてたよ。
(ウィルキンス研究員は座って、放浪者の図書館の「道」に関する報告映像を見ている。アンブローズ研究員は同じ研究室の部屋の反対側に腰かけ、ノートに方程式を書き留めている。)
ウィルキンス: 「道」が開かれる瞬間を見た人はいるのかな?
アンブローズ: 放浪者の図書館の? あれは何千年も昔から存在してるものだぞ。
ウィルキンス: うちには千年単位で生きてる人だって何人かいるでしょ。
アンブローズ: そういう人たちと気軽に話せるわけもないし、そもそも同じサイトにすらいないことを考えればなおさら無理だ。
(ウィルキンスはアンブローズのほうに移動し、背中にそっと手を当てて円を描くようにさする。)
ウィルキンス: どうした?
アンブローズ: ストレスで気が狂いそうだ! もう3週間くらい—
ウィルキンス: 正確には19日。
(ウィルキンスは微笑む。)
アンブローズ: 最高だな。19日間成果ゼロか。
ウィルキンス: 期限は1年あるんだぜ。土下座でもすれば2年に伸ばしてくれるかもよ。
アンブローズ: ああ、そりゃ期待できるな。
ウィルキンス: ネガティブすぎ。せっかくの長い、二人きりの時間を楽しんでるのは俺だけか?
アンブローズ: そんなこと言ってないだろ。
ウィルキンス: 行間を読んだだけさ。
アンブローズ: 読み違えてるよ。
ウィルキンス: まあ落ち着けって。どうにかなる。方法はあるし、きっと見つかる。
(ウィルキンスはアンブローズの頬にキスをして、自分の席に戻る。)
SCP-8596-1: 「仲が良かった」と。
アンブローズ: ああ、まあ。仲良くなったんだ。
SCP-8596-1: 俺は驚くことはあまりないんだ。少なくともこの首輪を嵌められるまではな。でも、頭のいい奴が頭のいいことをしてるのを見ると、やはり興味をそそられる。たとえばマザーボードを見せられて、どう動くか、何をするか、どの部品がどういう役割かって説明されれば、理解はできる。でも「どうやってこんなのを思いついたのか」を問われると、まったく見当がつかない。で、お前さんらはどうやって次元間移動を実現したんだ?
アンブローズ: おかしいかもしれないけど、「道」に答えがあったんだ。
監督評議会会議
(ウィルキンスとアンブローズが監督評議会に研究成果を報告している。)
ウィルキンス: さて、こちらの油膜のように見えるものが「道」です。ご存知の通り、「道」は放浪者の図書館へ繋がる出入口です。異常ではありますが、厳密には奇跡論的な性質を持つため、これまでは再現が不可能だとされてきました。ところが、我々の研究によって、この「道」を形成する素材の合成に成功したのです。
(アンブローズはヒュームフードの電源を入れる。虹色を帯びた金属質の液体がビーカーからチャンバー内に注がれる。しばらくすると、油膜のような外観に変化する。)
アンブローズ: プレゼンの前に、この「道」の先に繋がっている次元へある物を置いてきました。
(アンブローズは「道」に手を差し込み、中から青リンゴを取り出す。)
アンブローズ: なかなか説得力のあるプレゼンだったおかげで、予算部門からの追加資金がもらえたし、数名の次席研究員も付けてもらえることになった。
SCP-8596-1: カップルの時間が台無しになったか?
アンブローズ: この頃には、もう寮を出てケニーの部屋で一緒に暮らしていたんだ。姉からは「早すぎる」って言われたけど、時には直感ってやつがあるだろ。
SCP-8596-1: なるほどな。ただ、俺が想像するにそれは空のポケット次元みたいなものだろう? どうやって次元間移動にまで至ったんだ?
アンブローズ: 馬鹿みたいに聞こえるかもしれないが、結局は魔法なんだ。
監督評議会会議
(ウィルキンスとアンブローズが監督評議会に研究成果を報告している。)
ウィルキンス: 技術的な話をすると、図書館の「道」は周波数をもとに図書館へ入り、希望する場所へ出るようプログラムされています。あらゆる宇宙には独自の周波数が存在し、それぞれの宇宙内の各地点にも固有の周波数があります。問題はその周波数をどうやってチューニングするかなんです。司書たちにとっては呼吸のように自然な行為でも、我々にとっては実用レベルに落とし込むまで多くの調整と失敗を繰り返す必要がありました。
(アンブローズは液体の入ったもう1つのビーカーを取り出し、ブラシを使ってヒュームフード内の壁に人が通れる大きさの「道」を描く。ポケットから刃物を取り出し、未知の言語でささやくと刃が紫色の光を放つ。アンブローズは自分の手を切り、その血を手のひらと指に塗りつける。彼は「道」の近くに手をかざし、そのまま近づけようと必死に耐える。息を呑むと同時に、切り口から紫色に輝く7本のエネルギーの糸が伸び、「道」の縁に接続する。アンブローズは目を閉じ、もう片方の手で糸をゆっくりと押し、引っ張り、ねじりながら調整する。)
(評議会の後方で、現実に亀裂が走り始める。アンブローズが最後の糸を引くと、2つ目の「道」が現れ、部屋が振動する。ウィルキンスは最初の「道」に入り、評議会の後方から出てくる。)
(2人は静かに会議室を出て廊下を歩く。次第に笑みをこぼし合い、エレベーターに乗り込むと、抱き合って喜びを分かち合う。ウィルキンスはアンブローズの首筋をつかみ、歓声を上げる。2人はキスを交わす。)
SCP-8596-1: そりゃすごいな。
アンブローズ: ああ、でもまだ次元間移動そのものではなかった。同じ地球上の別の場所をつなげたに過ぎない。
(アンブローズは3杯目のバーボンを飲み干す。さらに自分で注ぐ。)
アンブローズ: 俺たちが必要としていたのは次元間移動だ。理屈の上では単純で、異なるメイン周波数を捉えて、そこから構築していけばいい。
SCP-8596-1: 問題は?
アンブローズ: 無限の次元がある。周波数も無限だ。たった一つの特定の次元を見つけ出すのに、一生かかるだろう。ましてや監督官たちが求めていたものなんて到底手が届かない代物だ。これを早期警戒システムの一部にしようとしていたんだよ。彼らが必要としていたのは、俺たちの宇宙とほぼ同じ複製だった。完全な複製を見つけるのは簡単だ。3本目の糸の周波数をほんの数マイクロメートル内外に調整すればいい。でも、ほぼ同じ世界となると? 確かに存在はする—
SCP-8596-1: しかし、無限の海の中というわけか。
アンブローズ: それでも最終的にはひとつ見つけた。たったひとつだけ。
SCP-8596-1: また聞くが、問題は?
(自律型ドローンが「道」から飛び出してくる。2人は疲れ切った様子で、明らかに睡眠不足である。部屋には朝日が差し込み始めている。)
アンブローズ: 問題なさそうだな。
(アンブローズは周波数をメモする。)
ウィルキンス: 問題なし? いや、完璧そのものだろ!
(ウィルキンスがアンブローズを抱きしめるが、アンブローズは弱々しく応じる。)
アンブローズ: おまえのその元気、どっから湧いてくるんだよ。
ウィルキンス: どうしたんだ?
アンブローズ: もうくたくただよ。
ウィルキンス: そりゃ俺だってそうさ。
アンブローズ: とりあえずここらで切り上げて、もう帰ろう。まずは危険物処理班に現場の調査を依頼してからだ。
ウィルキンス: 今? 今このタイミングで!? マジでイカれてるって!
アンブローズ: まだ完全じゃないけど、時間の問題かもな。
ウィルキンス: 俺たちが直接中に入らなきゃダメだろ。
アンブローズ: お前こそイカれてんのか?
ウィルキンス: そりゃちょっとはね! でもさ、フレミングがペニシリンを発見したとき—
アンブローズ: そこでフレミングを引き合いに出すのは卑怯だろ。
(ウィルキンスがアンブローズに笑みを向ける。アンブローズは手で口元を隠して笑いをこらえながら、メモ帳に走り書きしている。)
ウィルキンス: フレミングがペニシリンを発見したときに、もし防護班が来るまで待ってたらどうなってたと思う?
アンブローズ: 実際、フレミングは馬鹿な真似する前にちゃんと周りに話してたんだよ。お前がこのポータルでやろうとしてるみたいな無茶とは違う。
ウィルキンス: 一回入ってみるだけ。それで終わりにする。
アンブローズ: いいか、俺はお前を愛してる。それはお前もわかってるだろ。だけど、これは仕事だ。俺は真面目にやってるんだ。
ウィルキンス: 俺が不真面目にやってるとでも思ってるのか?
アンブローズ: そういうことじゃない。これは俺たちの仕事だ。仕事には守るべき手順と基準がある。プライベートがどうであれ、愛を盾に間違った行動を取らせようとしないでくれ。
ウィルキンス: じゃあ俺が入る。こんなチャンスを棒に振るつもりはない。
SCP-8596-1: なかなか頑固なやつだったんだな。
アンブローズ: 頑固ってより、ケニーはリスクを取るのが好きだったんだ。俺はそうじゃなかった。
アンブローズ: 別に棒に振るわけじゃないだろ!
ウィルキンス: 俺たちはこの分野で史上最高レベルの研究の最前線にいるんだぞ! で、お前は、この人造の次元間ポータルに初めて入るのが、名前も知らない元軍人とかでいいっていうのか? 冗談じゃない!
アンブローズ: お前、本当に正気じゃないな!
ウィルキンス: この栄誉は俺たちのもんだろ!
アンブローズ: 俺たちだって、きちんと評価は受けられるさ。
ウィルキンス: じゃあアポロ計画に携わったNASAの科学者の名前を一人でも言ってみろよ。
アンブローズ: もういい、だったらもう閉じちまうからな!
ウィルキンス: そんなこと、絶対させないからな。
(ウィルキンスは「道」のほうへ歩み寄り、強引に手を差し入れる。)
ウィルキンス: ほら見ろよ! 何ともないだろ!
アンブローズ: もう見てられん。家で会おう。ちゃんと頭を冷やせよ。
アンブローズ: それで、俺は出て行った。あいつが俺からはっきり聞いた言葉は、あれが最後だったんだよ。
SCP-8596-1: 結局、本当に入ってしまったのか?
アンブローズ: そこは、ほぼ俺たちの狙い通りのもう一つの地球だった。でも決定的な違いがあって、空気中に寄生する超微小生物が大量に存在していたんだ。下手したら数兆匹規模かもしれない。そこでは人間も動物も全部が、その生物と共生する形で進化していた。俺が翌朝研究室に来たら、昨日呼んでおいた防護チームが彼の身体を運び出して、セクター全体を消毒しているところだった。
SCP-8596-1: それは…ひどいな。
アンブローズ: ちゃんと言ったんだよ、俺は。誓って言った。
(アンブローズがバーボンをまた一杯飲み干す。彼が次を注ごうとするのを見て、SCP-8596-1がボトルを取り上げる。)
アンブローズ: 本当に、あいつに言ったんだ。
ラグー: 気持ちはわかるよ。
アンブローズ: あんたに何がわかるっていうんだ!
ラグー: 危険なんだよ、ジョージ。彼の状態は悪いし、しかも進行がものすごく速いんだ。
(アンブローズの目に涙が浮かぶ。)
ラグー: こんな話するのは得意じゃないんだ。本当にすまない。君が今どんな思いか、想像もつかないよ。でも現実を見て欲しい。彼は未確認の領域に入って、完全に未知の病気を拾ってしまった。看護師たちは信じられないほど厳重な防護服を着ている。君が会いに行ったら命の危険があるんだ。
アンブローズ: それでも会わなきゃダメなんだ。
ラグー: 本当に、すまない。
(アンブローズは泣き始める。)
アンブローズ: もう少しで終わるところだったのに! どうしてこんなことに…! いてあげればよかった! なんで! なんであの場に残らなかったんだよ、俺は?
ラグー: 自分を責めちゃいけない。
アンブローズ: 頼むよ、ポール。お願いだ。一度でいいから、この目で彼を見させてくれ。一度だけでいいんだ。
ラグー: それはできない。本当に、どうしても無理なんだ。
アンブローズ: 結局、会わせてもらえなかったよ。
SCP-8596-1: それはつらいな。
アンブローズ: 今まであんなに強く何かを望んだことはなかったかもしれない。
SCP-8596-1: 会わせてもらえない理由はわかる。残酷だけどな。なんてひどい話だ。
アンブローズ: 危険だって、それしか言われなかった。彼は感染症にやられて死にかけてて、いずれは会えるかもしれないけど、いつになるかわからないって。
SCP-8596-1: そんなのじゃ納得できないよな。
アンブローズ: でも、実際に危険なのは確かなんだ。
(ポール・ラグーのオフィスに「道」が開き、アンブローズがバールを持って出現する。アンブローズはラグーのデスクにある鍵付きの引き出しを見つけ、バールを差し込みこじ開け、中からラグーの予備カードキーとピストルを取り出す。)
アンブローズ: ラグーは毎晩午前2時ごろには帰ってたから、そこは簡単だった。警備員たちが毎晩3時15分に休憩でタバコを吸いに行くのもわかってた。長い徹夜作業のときなんかは、ケニーと一緒によくそいつらと一服してたんだ。休憩は5分くらいだけど、その隙があれば十分だった。
(サイトの監視コンソールに新たな「道」が開き、アンブローズが出現する。ラグーの認証カードを使ってシステムの管理者権限を取得し、カメラ映像をチェックする。やがて医療区画の映像に行き当たり、「使用中」となっているにもかかわらず監視が存在しない部屋を発見する。そこがウィルキンスの病室だと推測し、アンブローズは医療区画のカメラを停止させてからコンソールを退出し、「道」を閉じる。)
アンブローズ: ケニーの病室だけカメラが設置されてなかった。どうしてそうなってたのかはわからない。
SCP-8596-1: それで、そのあとどうした?
アンブローズ: そ、その時、他のカメラも切ったんだけど、カードキーを置き忘れて…たぶんカメラを切ったせいで警報が出たんだろう。サイトがロックダウンされてしまった。俺はただ、最後に一緒にいる映像がどうしても欲しかったんだ。ケニーの顔を見返せるようにしておきたかったんだよ。
(アンブローズの目に涙があふれる。)
アンブローズ: 俺たち、研究に追われてて、一緒の写真なんて一枚も撮ってなかったんだよ。どうして一枚も撮らなかったんだろう? そんなことがあるのか? 何週間も会えないうちに、ケニーの顔が……あの素敵な笑顔が思い出せなくなってきてた。ストレスで目がピクつく俺を見て笑ってくれたこととか、そういう感覚は覚えてるのに、顔が思い出せないんだ。時間がたつと、あっという間に忘れてしまう。だから何か、二人を思い出すものが欲しかった。ただそれだけなんだ。
SCP-8596-1: それで、どうした?
アンブローズ: 研究室に戻って、ボディカメラを取ってきた。二人がハグする姿だけでも撮りたかった。それが俺の中で彼を永遠に残す方法だと思ってた。もう二度と会えなくても、その映像さえあればいいって。
(アンブローズは息を荒くし、泣きそうなのをこらえているように聞こえる。彼は手から伸びていた最後の紫色の糸を引く。深く息を吐くと、「道」に飛び込み、医療区画の一室に出現する。)
アンブローズ: ケニー?
(部屋の左奥には白いベッドがあり、シーツが何かを覆っている。その周囲には、点滴装置、人工呼吸器、心拍モニターなどの医療機器が並び、それぞれがビープ音や低い振動音を響かせている。)
アンブローズ: ケニー? いるのか?
アンブローズ: 部屋はがらんとしてた。あいつがそんなに危険だって言われてたわりには、何も特別な設備がなかった。本当に、何も。
SCP-8596-1: それで、どうなった?
(アンブローズはベッドに近づき、シーツをめくる。)
(そこにはケネス・ウィルキンスの身体があった。極度にやせ細り、脂肪も筋肉もほとんど見当たらない。肌はひび割れ、剝がれかけの磁器のようで、人形じみた外見になっている。目は開いたまま瞬きせず、緑がかった濁りが広がっている。腹部では何かの塊が蠢いている。)
(アンブローズはその場に崩れ落ち、号泣する。)
SCP-8596-1: 生きてたのか?
(アンブローズの頬を涙が伝う。)
アンブローズ: どれくらい泣き伏してたのか、自分でもわからない。数秒だったのか、何年にも感じたのか。ただ、警報の音だけが俺を現実に引き戻した。
(医療区画にロックダウンの警報が鳴り響く。警備員が一人部屋に入ってくる。)
警備員: ジョージ! 両手を上げて部屋から出ろ!
アンブローズ: なんでケニーがこんな姿になってるんだ?
警備員: いいから部屋から出るんだ、ジョージ! 頼む、傷つけたくないんだ!
アンブローズ: こんな状態で生かし続けてるのか?
警備員: 10秒以内に部屋を出てくれ!
アンブローズ: この機械全部、ケニーを生かし続けるためのものか?
警備員: ジョージ、頼む、俺のチームが来るぞ。奴らはこんなに優しくない。部屋から出るんだ!
アンブローズ: 質問に答えろよ!この機械がケニーを生かしてるのか、って聞いてんだ!
警備員: それは俺たちが決めたことじゃない。
アンブローズ: こんな形で無理やり生かしてるっていうのか?
警備員: 頼む、部屋を出てくれ。すぐに記憶処理を受けさせるから。
(アンブローズは警備員の胸を撃つ。警備員は崩れるように床に倒れる。)
(アンブローズは錯乱状態で部屋を行ったり来たりしながら泣き叫ぶ。ボディカメラを取り外し、床に投げ捨てる。その後、床に嘔吐し、ウィルキンスの身体に近づいていく。)
(聞き取れない声で何かを囁く。カメラには、アンブローズがウィルキンスに覆いかぶさるように映っており、声をあげて泣いている様子がわかる。)
(もう一発銃声が響く。アンブローズはボディカメラと薬莢を拾い、部屋を後にする。)
(アンブローズはシンクに突っ伏してえずいている。SCP-8596-1が肩に手を置く。アンブローズは泣いている。)
アンブローズ: 俺は…いったい何をしてしまったんだ…?
SCP-8596-1: 彼を苦しみから救った、というわけだろう?
(アンブローズは声にならないまま泣き、深く呼吸をする。)
アンブローズ: そうするしかなかったんだ。そうするしか。
SCP-8596-1: 続けて話してくれ。
アンブローズ: あんな、あんな姿のまま、見捨てられるわけがなかったんだ…絶対に。
(SCP-8596-1はアンブローズの顔を指差し、視線を合わせるよう促している。)
SCP-8596-1: 俺の目を見ろ。冷静にな。で、次に何があった?
アンブローズ: そうするしかなくて。本当にそうなんだ。信じてくれ。ごめんなさい。ごめんなさい。やるしかなかったんだ。
(アンブローズは自分の髪をかきむしる。)
アンブローズ: お、俺は…別の「道」を開いた。あのときリンゴを入れた次元への「道」を…くそっ!
(アンブローズは泣き崩れる。)
SCP-8596-1: 落ち着け! ここを見ろ、俺の顔を見ろ。
アンブローズ: それで…ベ、ベッドごと引きずって、ケニーをあっちにやったんだ。警備員もカメラも一緒に。あんな冷たくて何もない世界に置き去りにして。置いてきてしまった。
(アンブローズはさらに取り乱し、シンクに顔を伏せて泣く。)
(SCP-8596-1は首輪の留め具を外し、取り外す。)
アンブローズ: なん…だ?
(家の壁が海面の波のように揺らぎ始める。)
アンブローズ: いったい、どうなってる…?
(アンブローズはすすり泣き、えずいている。)
(家の外観が消えていき、尋問室が現れる。SCP-8596-1は監視カメラを見て頷く。セキュリティチームが部屋に突入し、アンブローズを連行する。彼らが退出した後にラグーが部屋へ入る。)
ラグー: 素晴らしい。本当に見事だよ。
SCP-8596-1: ああ、どうも。
(SCP-8596-1は首輪をラグーに手渡す。)
ラグー: 予想よりずっと早く終わったな。
SCP-8596-1: こいつの映像資料を2000本は見たからな。もっと早く片付くかと思ってたが。
ラグー: あと、あの嘘の罪を着せられた研究員の話。傑作だな。これで倫理委員会も裁判なしで済むから大喜びだろう。
SCP-8596-1: 俺を雇った甲斐があったろ。偽書類に載ってる俺の記述は消してくれ。誰にも読ませたくないんでな。
ラグー: 了解した。1か月も隔離してあいつは何も口を割らなかったが、お手柄だよ。実に鮮やかな仕事だった、エリック。
SCP-8596-1: あとの事務処理はこっちでやっておく。
(SCP-8596-1は出口へ向かう。)
ラグー: どうぞ、お好きに。SCP-8596のファイルだけは更新しておいてくれ。
«記録終了»
注: SCP-████の仮名である「SCP-8596-1」は本ドキュメントから削除済みです。まだSCP-8596-1への言及が残っている場合は、サイト-322のRAISA担当者に提出し、ファイルから削除してください。SCP-████の偽装指定および本ファイルへの追加・削除は、O5-3の承認を得ています。
特別収容プロトコル: N/A
説明: SCP-8596はケネス・ウィルキンスの遺体です。ウィルキンスは次元研究部門に所属し、安価かつ再現性のある次元間移動手段の開発に従事していました。
ウィルキンスは並行地球(DS-10226701と指定)に赴いた際、空気中に存在する寄生生物に感染し、その身体は急速に蝕まれました。サイト-322の医療スタッフは倫理委員会および監督評議会と協議を重ね、この病原体の研究価値がウィルキンスを死亡させるよりも優先されると判断しました。そのため、研究が完了するまで人工的に延命処置が施され、研究終了後に解任される予定となっていました。
SCP-8596は、SCP-8596に関連する個人的事情によって精神的に不安定となったサイト-322の職員によって無力化されました。当該職員はピストルでSCP-8596の額を撃ち、彼を逮捕しようとした警備員ベンジャミン・シーモア1も射殺しました。遺体、凶器、その他の証拠品は並行地球(DS-00000011と指定)に隠匿されました。
この反逆行為を行った職員、ジョージ・アンブローズは尋問を受け、ケネス・ウィルキンスおよびベンジャミン・シーモアの殺害を自供しました。さらに不法侵入、資格情報の窃盗、無許可の奇跡論行使、財団資源の不正使用、無許可の職場内交際への関与といった罪状により、サイト-06に収監され、終了処分を待っている状態です。