SCP-8607

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評価: +11+x

アイテム番号: 8607
レベル5
収容クラス:
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none



特別収容プロトコル


ルーシーはメイプルロードの大きな家に住んでいます。住居番号は14番です。赤レンガの壁と茶色の瓦屋根、とても大きな煙突があります。煙突は底が詰まっているため機能していませんが、ルーシーは家の形をした蒸気機関車のように家から煙が出ているのを描くのが好きです。

Lucy_House.png

ルーシーの家

ルーシーの家には2つの階に11の部屋が広がっています。以下があります: ルーシーの寝室、ルーシーが寝たり絵を描いたり本を読んだり時々物を作ったりします; パパの寝室; 大きな空き部屋、一度ママの寝室になってからまた大きな空き部屋になりました; 小さな空き部屋、他のどこにも収まらないものが置かれます; 2階のバスルーム; 1階のバスルーム、トイレだけがありお風呂はありませんが、やっぱりバスルームと呼ばれています; キッチン、パパとルーシーが食事をします; ダイニングルーム、パパとママとルーシーが、クリスマスやルーシーの誕生日のような特別な日に食事をしていました; 居間、テレビがあります; ユーティリティルーム、洗濯機や乾燥機やその他の機械があります; 地下室、今パパはここから仕事に行きます。

ルーシーはもう地下室に行ってはいけません。そうするとパパの気を散らしてしまい、パパは気が散らないことが重要だからです。ルーシーはもう大きな空き部屋に入ってはいけません。嫌な記憶を思い出して苦しくなってしまうからです。

ルーシーはいかなる状況でも家を出てはいけません。ルーシーは常に家の中にいなければいけません。ルージーは家を去ってはいけません。

ルーシーは決してドアや窓を開けるべきではありません。ルーシーは必要以上に外を見るべきではありません。ルーシーは知らない人と話すべきではありません。

ルーシーは注意深くパパの言うことを聞いて、その通りにしなければいけません。ルーシーはいつも与えられた指示にできるだけ早く従わなければいけません。ルーシーは必ずしも理解できない場合にもルールに従わなければいけません。ルーシーはルールが自分を守るためにあることを理解しなければいけません。

ルーシーはパパを信じなければいけません。

ルーシーはいつも丁寧で礼儀正しくしようとしなければいけません。ルーシーは他人に思いやりがなければいけません。ルーシーは上品でなければいけません。

ルーシーはデザートを食べる前に夕食を食べ切らなければいけません。ルーシーはテレビを見る前に今日の宿題を全て終わらせなければいけません。ルーシーは現在に満足する前に過去を忘れなければいけません。

安全と便利さのため、ルーシーは9歳で居続けなければいけません。


説明


ルーシーは色の長い髪をしています。

Lucy_Self_Portrait.png

ルーシー、9歳半

ルーシーは茶色と緑ハシバミ色のきれいな目をしています。

ルーシーの身長は1メートルと28.5センチです。

ルーシーが考える自分の3つのいいところは、人の手伝いをするのが得意なこと、授業中に行儀がいいこと、とても速く走れることです。

自由時間には、ルーシーは泳ぎに行ったり、絵を描いたり、テレビを見たり、友達と喋ったり、公園に行くのが好きです。

ルーシーが大好きなものは、アイスクリーム、フワフワなもの、鉛筆、友達、ママです。

ルーシーが嫌いなものは、嘘つきな人、授業中にうるさくする人、叫び声で眠れない人、ボタンさんです。

ルーシーが得意な教科は、図工、音楽、算数、自己啓発です。

ルーシーが克服したい教科は、理科、英語、歴史です。

ルーシーが実力を発揮できるのは、みんなが静かなとき、先生がわかりやすく説明してくれるときです。

ルーシーが実力を発揮するのが難しいのは、友達から遠くに座っているとき、黒板から遠すぎるとき、家の間を移動していて宿題をする時間がないときです。

将来は、ルーシーは動物のお世話をするか芸術作品を作りたいと思っています。

ルーシーは今年、これまでに39個の金星をもらいました。

ルーシーはママとパパと一緒に住んでいます。

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ルーシーのパパは科学者で、それはとても素晴らしいことです。授業参観の日に来て自分の仕事について話すような科学者ではなく、とても特別な秘密を持った科学者です。ルーシーのパパは、世界中の人を助けるとても重要な組織の一部の、抽象化部門という場所で働いています。パパは応用理論の博士で、とても特別で重要な分野なのでほとんどの人は存在も知りません。

パパは大事な仕事をしていたので、思うようにはママやルーシーに会えず、時には疲れ果てて帰ってきて一人の時間が必要なこともありました。パパはルーシーとママをとても、とても愛していたから仕事をしていただけなのに、ママは必ずしもそれを理解できたわけではありませんでした。

ルーシーは、一生懸命働いてこんなに素敵な家やこんなに素敵なものを与えてくれるパパがいてとても幸運です。

ルーシーはとても幸せでなければいけません。


補遺



インタビューログ

8607-00-00/00/0000


    インタビュー対象:

    インタビュアー:


[ 記録開始 ]


今日は、ルーシーは紫のウサギが描かれた靴を履くことにした。

8歳のときにこれをもらった。今では彼女の足には小さすぎてつま先がきついが、ルーシーはウサギが好きだ。

パパは本当はウサギはもっとピンク色だと言っていたが、ルーシーは紫だと言い、ママも同意した。ルーシーの好きな色は紫だ。

ルーシーはカーテンを開ける。特に理由がなくとも、朝にはそうするものだ。外はやはり何もない。

世界は、誰かがくしゃくしゃに丸めてから広げ直した紙のように見える。

ルーシーは部屋を出て、階段を降り、左に曲がってキッチンに入る。パパはいつもそこにいる。彼はトースターの近くに立っている。トーストが跳ね上がるが生焼けで、パパはまたそれを入れ直す。

テーブルの上にはバターとジャムとママレードとシリアルとコーヒーとリンゴジュースが用意してある。

ルーシー: 牛乳はどこ?

口に出してすぐ、ルーシーはパパが「馬鹿な質問」というものを尋ねたことに気付く。ルーシーは冷蔵庫の中にあるから自分で取りに行け、と言われるのを予想する。だがパパはすぐには喋らない。彼はトースターの上に身を乗り出して、金属が赤くなっていくのを見ている。

パパ: 牛乳なら使い切った。

ルーシー: ありゃ。

ルーシーはしょんぼりしてラッキー・ループのシリアル包みを見つめる。箱には小麦の輪っかのフレーバーは8607種類であると誇示されている。

ルーシー: 少しもないの?

パパ: ない。

ルーシー: 次いつ買う?

パパはトースターにのめり込んでいる。電源を切るために指をボタンの上に乗せる。

パパ: もう買わないと思う。

ルーシーは困惑して彼を見つめる。

ルーシー: もう牛乳ないの?

パパ: ない。

ルーシー: 何で?

パパ: 今はいろいろ難しい。

ルーシー: 何で?

パパ: そういうものだからだ、ルル。

ルーシーはにらみつけて唇をかむ。ルーシーはルルと呼ばれるのが好きではない。ルーシーのママはルルと呼んだことはない。

ルーシー: 何でえええええ?

パパ: いいから! 牛乳はもうないんだ、何でかは関係ない。

ルーシー: でも牛乳いるよ。

パパ: 牛乳はいらない。他にいろいろあるだろ。

ルーシー: 他のじゃやだ!

パパ: トーストがある。

ルーシー: トースト嫌い!

トーストが跳ね上がる。パパはトースターを先に切っておくのを忘れて、トーストが焼けてしまった。それぞれのトーストの中には汚く黒い斑点がある。トーストがそうなったとき、ママはよくそれを「炭」と呼んでいた。

パパは音を立てて手で調理台を叩く。

パパ: クソが。ほら、まだシリアル食べれるだろ。牛乳がないからってその砂糖と段ボールの味が薄くなることもないだろ。

ルーシー: 乾いててやだよ。

パパ: じゃあ水でもかければ。

ルーシーはパパが正気じゃないんじゃないかという目で見つめる。

ルーシー: うー。

パパ: ほら、リンゴジュースよりはいいだろ?

パパは微笑もうとする。ルーシーは反応しない。笑顔が薄れる。

パパは焼けたトーストをトースターから指で持ち上げ、皿の上に置く。

ルーシーはテーブルの前に座る。

ルーシー: ママに電話したい。

パパは強張る。

パパ: 無理だ。

電話はもう機能しない。

ルーシー: でも-

パパ: 無理だ

ママは行ってしまった。パパはこう説明した。

ルーシー: でもやってみたら?

パパ: なんでもいいから、電話は休ませておくんだ。

外の何もかもなくなってしまった。

ルーシー: ママなら牛乳持ってきてくれるかな?

パパがトーストに勢いよくバターを塗ると真ん中が割れ、黒いカリカリの破片がテーブルに飛び散る。

パパ: 牛乳はもうないんだって、わかるか? なくなったんだ! 使い切った。でもまだたくさんたくさん同じくらいいいものがある。だからないもののことを考えるのはもうやめて、まだ持ってるものに感謝しよう、いいか?

ルーシーは喋らない。パパの気を悪くするのは好きではない。胃が締め付けられるような感じがする。だがルーシーは何がパパの気を悪くして何なら悪くしないかわからないので、何も言わない方が安全だ。

代わりにルーシーは頷く。

パパ: トーストとママレード食べろ。ママレードは好きだろ。

パパは速く立ち上がりすぎてテーブルの裏側にぶつける。テーブルが振動してマグカップを倒し、コーヒーが向こうまでこぼれる。

パパ: クッソ! ほら- 畜生。

ルーシーは立ち上がらず、できるだけ椅子に背を沈める。彼女は押し込みすぎて木の中に沈んでいくのを想像する。

パパは青い布でテーブルを拭き、トースターの中のパンを更に取り出してルーシーにトーストとママレードを用意する。

彼は黙って用意するが、ルーシーが思うにまだ気が立っているタイプの沈黙だ。まずバターを乗せておくのを忘れ、ママレードが多すぎてしまう。

ルーシーは喉が渇いたが、飲み物をもらえるか尋ねない。

二人は会話なく食事する。

やがてルーシーは食べ終え、パパは二人分の皿を流しに入れる。

パパ: そうだ、俺はいくつか仕事しないといけないが。お前は何したい?

ルーシーはテーブルの下で自分の脚を蹴る。友達のジェイニーの家を訪ねたい。外に行きたい。ママと話したい。

ルーシー: テレビ見たい。

パパは頷く。

パパ: わかったよ、でもルールはわかってるよな。まずは宿題。

パパはキッチン隅の食器棚に向かい、他のカラフルな分厚い本の中から緑色の分厚い本を取り出す。

パパ: 算数。

これは本物の宿題ではない。ルーシーの学校の先生が用意したものではない。ママとパパが買った学習本で、そのほとんどは今の彼女には簡単すぎる。

パパは緑の本をテーブルのルーシーの前に置いてランダムなページを開く。既にやったところだとルーシーは思ったが、何も言わない。

パパは方眼紙と尖っていない鉛筆を渡す。

パパ: ほら、準備できたな。たまたま俺もちょっと数学をやるから一緒だな。お前と俺で。

パパは答えを待っているようだが、ルーシーは何を言うべきか思いつかない。指を鉛筆の上に置き、テーブルの上で前後に転がす。鉛筆はコロコロと音を立てる。コロコロコロコロコロ。

パパ: よし、そろそろ俺は行くぞ。お前はいい子にな? 愛してるよ、ルル。

パパはルーシーの額にキスをする。無精ひげが彼女の素肌を引っ掻き、そこから逃れようと頭をあちこちひねる。

パパは仕事のため地下室に行く。地下室へのドアが開くとくぐもったブンブンという音がする。鍵が所定の位置にスライドすると大きなカチッという音がする。

ルーシーは鉛筆を持ち上げ、問題を読み始める。


[ 記録終了 ]











Lucy_Breakfast.png











インタビューログ

8607-00-00/00/0000


    インタビュー対象:

    インタビュアー:


[ 記録開始 ]


ルーシーはすぐに算数の問題のタネを見つけ出す。問題の答えは"8"と"6"と"0"と"7"を何度も繰り返している。

こうなるとルーシーはかなり賢くなった気がするが、それでも確認のため、正しい方法で全ての問題を解く。

算数はハント先生が宿題を採点していたときほど楽しくない。パパは紙に小さなチェックマークやバツをつけないし、スマイリーフェイスやスタンプや金星をくれたりしない。それにハント先生は彼女をルルとは呼ばなかった。

ハント先生のことを考えるとまたママのことを考え、ジェイニーや公園や学校やプールやもう何もかも、ルーシーにはできないことを考えてしまう。そうなると不幸せになる。

本物じゃない宿題を終えても、ルーシーはまっすぐ居間に行ってテレビを観はしない。代わりに、かつてはキッチンから庭に通じていた大きなガラスの引き戸の前に向かって、立つ。

一応、今でも通じてはいる。だがルーシーはもう庭のあまり多くの部分を見ることができない。中庭を作るダイヤモンド型の石がほんのちょっと、後は何もない。

ルーシーはガラス窓の外を見つめるが、それはやってはいけないことだ。何かが見返してくるかもしれない。

ルーシーはテレビの砂嵐というものを知らないような年齢ではあったが、そうでなければ外の色をそのように説明したことだろう。

ルーシーの家の向こうの世界は霧に覆われている。それか、霧のような何かに。あるいは靄に。雪かもしれない。だがそのどれにも似ていなくもある。

なんだか、もっと濃い何か。ねばねば。べたべた。汚らしい。

誰かが巨大な水族館のように世界を水で満たし、腐った牛乳の塊をこぼしたようなものだ。白と灰のシルトの巨大な雲が空中をゆっくりと漂い、バラバラになったりくっついたりする。

それを見ると不愉快な気分になる。

それでもルーシーがそれを見るのは、影があるからだ。

芝生の端、あるいは芝生があったと思わしき場所の端。何かの物体が立っていて、視界から隠されてはいるが完全に隠れてはいないところの、少しだけ濃い影。

それは茂みかもしれないし、手押し車かもしれないし、ママがお気に入りの花や低木を植えていた光沢のある鉢かもしれない。

あるいは、怪物かもしれない。

今、家の外にはたくさんの怪物がいるとパパは言う。霧の中に住んでいる。入ってこようとしている。それがルーシーがもう外に出られない理由の一つだった。

そしてルーシーは芝生の影をボタンさんだと判断した。

ボタンさんはルーシーの8歳のバースデーパーティーにやって来た子供向けエンターテイナーだ。彼は白い顔と、唇よりも大きく塗られた笑顔と、明るい赤色の髪をしていた。その赤髪は、ルーシーの意見では銅のような普通の人の赤髪ではなく、車やトマトや地獄の炎のような、明るい赤色をしていた。

ボタンさんを見ると、ルーシーは叫んで中に入ってしまった。友達にさよならを言うことも、ケーキのたくさんの部分が切り取られるまでその一口を食べることもできなかった。

ボタンさんはパーティーの後に帰ったはずだが、ルーシーは行く様子を見ていない。だからルーシーは、ボタンさんは屋根裏部屋に引っ越してきて、夜には天井の秘密の小さな穴から彼女を見ていると考えた。

ルーシーのママとパパが何度屋根裏に連れて行っても、ルーシーは彼がいないと確信できなかった。屋根裏は古い箱やスーツケースや本が山積みになっていた。ボタンさんが隠れられる場所ならいくらでもあった。

ママとパパもボタンさんは怖かったに違いない。ルーシーが眠りについたと二人が考えたとき、彼らはボタンさんについて言い争っていた。

「どっちの責任なの? そっちがあいつを招待したんでしょ!」

「こうなるなんてわかるわけあるか! 俺が何でも知ってる超能力者だってのか?」

一度、9歳の誕生日に彼が現れなかったことで、ルーシーはボタンさんが本当に永遠にいなくなったと信じるという間違いを犯した。

だが彼はまた戻ってきた。靄の中で待っている。彼女を待っている。

ルーシーは額をガラスに押し当てて、影をずっと、ずっと見ていた。額は冷たくも熱くもない。何も感じない。

やがて、ルーシーはもう十分ボタンさんを見つめ続けていたと考える。影を見るのをやめたらすぐにボタンさんが動き出すのではないかという恐怖が収まらないが、いつまでもキッチンにいるわけにはいかない。だから居間に行って、テレビを見る。

ルーシーはいつもソファの左側、ママが座っていた場所の隣に座る。パパはいつも肘掛け椅子に座る。

ルーシーはテレビの録画メニューを開く。チャンネルはどれも映らない。前にパパに新しいものが見たいと幾度となくお願いしたが、パパは新しいものはもうないと説明した。

「信じるんだルーシー。俺たちにあるものに感謝するんだ」

ルーシーはそれに感謝するのは難しい。前はあらゆる種類のチャンネルや番組や映画を観れて、やってきて一緒に観る友達がいて、図書館があって、公園があって、スーパーへのお出かけがあって、空があって、太陽があって、星があった。そしてママがいた。

ルーシーは今、何に感謝すればいいのかわからない。

ルーシーはガーデニングの番組をつける。とても退屈で、司会者は高齢で話すのがあまりにも遅いが、たくさんの花の写真が見れるし、ママがまだここにいたときによく観ていた番組だ。

パパがまだこれを消去していないのは、たぶん見るものが少なすぎるからだろう。

ルーシーはしばらくガーデニング番組を観る。

その時、00時00分、司会者がアブラムシへの正しい対処法を説明している真っ最中に、録画が停止する。ルーシーは困惑する。この回は前にも観ており、こんなところで終わらないことは知っている。リモコンの上に座ってしまったのではと確認するが、リモコンは横にある。

テレビが地上波に戻る。チャンネル8607に合わさっている。

画面には荒々しい光の点滅パターンが映っている。ルーシーは自己啓発の授業でこれはてんかんの危険性がかなり高く、警告メッセージが表示されていないといけないと知っている。

不明: ハロー?

光の背後に顔がある。特徴を捉えるのは難しいが、間違いなく顔である。ルーシーは動かない。

不明: ハロー?

別の部屋から聞こえているかのように、声はこもっている。

ルーシーはリモコンでテレビを切ろうとするが、反応しない。

空中に嫌な苦いにおいが漂い、テレビの様子が何かおかしい。中で何かが燃えているかのように、白い煙の束が後ろから漏れ出ている。

不明: やあ、ハロー。聞こえるかい?

煙は濃く、黒くなり、流れは鈍重になっていく。

ルーシーは右腕を口の前に持ってきて、緊張した様子でそれを噛む。どうしたらいいかわからない。

ルーシー: うん。

ルーシーは恐らく立ち上がって逃げ出すべきだと考えるが、恐怖が強すぎて動けない。

煙が広がって天井に登り、床に落ちていく。

不明: ねぇ、君はルーシー・カーマイケルかな?

煙は今や部屋全体を包み込んでいる。霧のように。靄のように。もっと嫌な何かのように。

ルーシーは手を噛む。

ルーシー: 知らない人と喋っちゃダメって。

煙はルーシーの口に、鼻に、肺に入っていく。病院のような臭いがする。

不明: とっても長い間探してたんだよルーシー。もうちょっと近くに来れる?

顔は画面に近付いてくる。白くザラザラとしている。ルーシーは叫び出す。

ルーシー: ボタンさん! パパ! ボタンさんがいるよ!


[ 記録終了 ]











記録・情報保安管理局より通達

ルーシーの夢の中で、彼女はパパに向かって叫んでいる。

彼女はパパの手を取って、半ば走り半ば飛ぶようにして、キッチンに、大きなガラスの引き戸に向かう。「見て! 見て!」得意満面で指さす。

霧が晴れてきて、再び庭が見えるようになっている。庭の隅に影などなく、何百何千 – 8607羽 – のウサギが刈り取られていない草の上を飛び跳ねていく。北から南へ、大移動の一部のように。

ルーシーは手をガラスに押し当て、手のひらに温かさを感じる。

「見てパパ! 全部良くなってるよ。また絶対安全だよ。怪物はいないよ」

「あぁルーシー」

パパの背は高く、恐ろしいまでに高くなっている。高すぎて彼が収まるにはキッチンの屋根は消え去らねばならず、その上は真っ黒で、何もない。彼は、泣きそうなほど失望した様子の彼女を見下ろす。

「あぁルーシー、お前はもっと成長してるものだと思ってた。ウサギは紫色じゃない」

— RAISA管理官、マリア・ジョーンズ














インタビューログ

8607-00-00/00/0000


    インタビュー対象:

    インタビュアー:


[ 記録開始 ]


パパがテレビを叩き壊してしまった。部屋の隅にはガラスとワイヤーとプラスチックの破片がある。

ルーシーはソファに座っている。

パパは黒いゴミ袋を持って戻ってきて、破片をシャベルで中にかき集め始める。

ルーシーの目は輝いている。彼女は自分の脚を蹴り、踵をソファの基部に叩きつける。

ルーシー: パパーーー、テレビ壊しちゃったよ。

パパ: ったく、ルーシー、他に考えることはないのか?

ルーシーは指を噛む。

ルーシー: それはテレビだったよ!

ルーシーはそれで全て伝わるかのように話す。テレビを壊すという罪があまりに明白で異端なのでパパに理解できないはずがないかのように。

ルーシー: どうやってテレビ観たらいいの?

パパ: 観ない。

パパは壊れたテレビの破片を袋に投げ込み続ける。

ルーシーの上唇は震えている。彼女はもう二度と見ることはないママのことと可愛い花のことと退屈な司会者のことを考えている。

ルーシー: そんなのめちゃくちゃだよおお。

パパは金属片を床に投げつけ、その時初めてルーシーはパパがとても、とても怒っていることを理解した。

ルーシーは時折、人の感情を悟るのが難しく感じる。学校のミルズ先生は色々な表情をした顔のボードを持っているが、どれも本物の顔のようでなく、どれもパパの顔とは似ていない。

パパ: いいから、こいつは所詮テレビなんだよ! 手足を失ったわけじゃないだろ!

ルーシーは体育座りになる。ルーシーは四肢をハグするかのようにきつく締める。

パパ: ゴミテレビが。正直言うと、お前はかなり甘やかされてきたちっちゃい子供だ、本当に。そしてそれは俺のせいじゃない。あぁ駄目だ。俺はそんな風にしたくなかった。俺はずっと自立してた。人生で一番大事なことが何か知ってるか? 立ち直りだよ。困難なときにも進み続けれること。あいつらはもうそれを教えてくれない。どうやって耐え抜くか学びにならない。きついときに毎回いちいち丸まっててどうなるんだ、あぁ? 誰が面倒見てくれる? 立ち直る力。だから俺はお前の世話をしてやるために残ったんだ。だからお前は安全でいられるんだ。覚えておけルーシー。

ルーシーには何を言っているか理解できなかった。彼女は膝の頂点に視線を集中させ、痛むまで二つの膝を押し付け合う。

パパの声は静かになる。彼はルーシーの前に屈み、その目を見ようとする。

パパ: これが最善かもな。 あんなのは何も…… つまり、テレビはもうないものを思い出させるだけだ。悲しくさせるものだ。二人ともあんなものは忘れるっていうもっとマシなことをしないと、オーケー?

ルーシーはどう返したらいいかわからない。忘れるということはそうしようと選んでできることではない。何年も何年も何年も経つか、頭に十分なスペースがなくなるか、それが本当につまらないときに脳が勝手にすることだ。宿題とかスペルとか日付とか歴史上の出来事を忘れることなら簡単だ。花を忘れることはそれよりずっと難しい。

だがパパはルーシーが何か言うのを待っている。ルーシーはパパの気を悪くするのが好きではない。

ルーシー: わかった。

パパ: いい子だ。

パパはルルと呼ばれるのとほぼ同じくらいルーシーが嫌いなやり方で、ルーシーの髪をわしゃわしゃとなでる。ルーシーはそうされたいと思ったとき以外に触られるのが好きではない。

パパ: 一緒にいるぞルーシー。何があっても。いつまでも面倒見てやるからな。

パパは背筋を伸ばす。

パパ: きっと大丈夫になる。テレビを持ってない子もたくさんいる。そのほとんどが将来かなり賢くなる。

パパはテレビの破片を袋に入れに戻るが、それほど大きな音は立てない。

ルーシーは残骸を見つめながら、怒鳴られずに訊きたいことを訊く方法を考える。

ルーシー: 何で壊さなきゃいけなかったの?

パパ: 安全じゃないからだ。

ルーシー: 何で?

パパ: そういうものだから。

それは答えになっていなかったが、ルーシーは「何で?」と言わないよう注意する。彼女は少し考える。

ルーシー: テレビに映ってた人誰?

パパ: 関係ない。

ルーシー: 何で煙が出てたの?

パパ: 心配しなくていい。

ルーシー: ボタンさんはテレビの中にいたの?

パパ: 馬鹿な質問をするな。

ルーシーは怒ったように唇を噛む。これが馬鹿な質問だとは思わない。何がそんなに馬鹿なのか理解できない。

ルーシー: 何で教えてくれないの?

パパ: 言ってもわからないからだ。

破片が袋の中に飛んでカチャンとまた大きく音を立てる。

ルーシー: 教えてくれなくてどうやったらわかるの?

パパ: 俺を信じるんだ、ルル。

ルーシー: ルルって呼ばないで!

パパの唇は薄い。テレビの欠片はバン!バン!バン!と音を立てる。

パパ: どうしてその名前でそんなに怒るのかわからないな、本当に。みんなに子供っぽいと思われるぞ。

ルーシー: 怒ってない!

パパ: 怒ってるよ。声を大きくして反抗してる。

ルーシー: 怒ってないって!

ルーシーは泣きだしたい。彼女は馬鹿で愚かな思いがするが、理由はよくわからない。

パパは頷き、満足してゴミ袋を持ち上げる。

パパ: テレビはいらない。家族として一緒にできることならいくらでもある。


[ 記録終了 ]











Lucy_Television.png











インタビューログ

8607-00-00/00/0000


    インタビュー対象:

    インタビュアー:


[ 記録開始 ]


パパはルーシーに「クールオフ」する時間を与えたが、これはルーシーが嫌う表現だ。彼女の内側がシュワシュワとしているときはクールになりたいのではなく、動いて、話して、真剣にとらえてほしいのだ。

腕にはいくつも噛み跡がある。

今日パパはもう仕事に戻らないから、たくさんの時間をルーシーに費やせる。パパはルーシーの工作を手伝おうとしている。

ルーシーは本当は工作の手伝いは必要なかったが、絵を描くのは大好きだ。ママとパパが会いに来たとき、学校のミルズ先生は彼女を「訓練中の偉大な芸術家」と呼んだ。これはルーシーが人生で感じた中で最も誇り高い出来事だ。

ミルズ先生は彼女を図工と自己啓発の分野に誘って、火曜日と木曜日に学校の前に行くレッグアップクラブの責任者を務めていた。

ルーシーはキッチンにいる。食器棚から作品フォルダーを取り出す。ルーシーの作品フォルダーは赤い紙のフォルダーで、学校に絵を持ってきたり持ち帰ったりできるようミルズ先生がくれたものだ。ルーシーはよくミルズ先生に自分の絵を見せて、それが何の絵か説明した。ミルズ先生はいつも興味を持ってくれて、たくさんの質問を投げかけてきた。ルーシーは自分の絵の話をするのが大好きだった。

ルーシーは作品フォルダーを開いてページをめくり始める。

大きなウサギの絵がある。紫の身体と青い目をしている。

ルーシーと、学校の友達のジェイニーと、スイミングプールで出会った友達のミーガンの絵がある。この二人は直接会ったことはないが、ルーシーはお互いに気に入るだろうと考えている。

公園のリスの絵がある。赤色をしている。公園にいるリスといえば灰色ばかりだが、ルーシーは一度だけ、一瞬だけ本当に赤いリスを見たと確信している。パパはそんなはずないと言う。ママはどんなことでもありうると言ったし、実際に見ていたことを望んだ。

ルーシーの家の絵がある。煙突から煙の雲を吐き出している。住居番号は8607となっており、間違っている。

最初はクラゲだったが、その後宇宙人になった絵がある。紫色をしている。触手から緑のエネルギーを放出している。星に囲まれている。

大きな黄色い三日月が微笑んでいる絵がある。ルーシーはマグカップの縁をなぞることで月の曲線を描いた。ミルズ先生はとても賢いアイデアだと言った。

ボタンさんの絵がある。とても近く、上って出たいかのようにページの外を見つめている。その顔はそれが描かれた紙よりも白い。

いくつかの花の絵がある。赤いものも青いものも黄色のものもあるが、ほとんどは紫色をしている。

ルーシーはようやく白紙の束を見つけ、それらを引き抜く。

パパはレッグアップクラブでもらった紙人形の一つを作っている。既に切り取られた2つの腕と2つの脚と胴体がある。特別な曲がったピンが付けられているので、四肢を胴体に取り付けて前後に動かすことができる。

パパ: どう考えてるルーシー? これは俺用かお前用か?

ルーシーは眉間にしわを寄せて人形に全集中する。図工はとても重要だ。

ルーシー: うーーーん。パパ。パパの方が似てるよ。

パパは微笑む。

パパ: わかった。これは俺だな。その後にお前のを作って、それからこいつらのお話をしよう。どう?

ルーシーは熱心に頷く。

ルーシー: 背中を定規やパイプクリーナーにくっつけてテーブルの裏で支えると歩いてるみたいに見えるよ。

ミルズ先生がそう教えた。彼女は「紙人形劇場」と呼んだ直立した長方形を持っていた。

パパ: ほうほう。どうやるか見せてみろ。

パパはいいか尋ねることなくルーシーの鉛筆を数本使っている。ミルズ先生は誰かのものを断りなく勝手に使うのはとても無礼で、そんなことをしたら友達になってもらえなくなると言っていた。だがルーシーはそれほど気にしていなかった。また誰かと図工ができるのがうれしかった。最後に図工の授業を受けてからもう███████████になる。

ルーシーは顔をしかめる。さっき考えたことは何かおかしい。もう一度試す。

ルーシーが最後に図工の授業を受けてからルーシーが思い出せるよりも長い時が経った。

その方が少し気分がいい。ルーシーはミルズ先生と最後に図工を受けてからどれだけ経ったか思い出せないが、学校から離れていると忘れるのは簡単になる。

だが……

顔をしかめる。最初に思い返そうとしたとき、そこには別の何かがあった。虚無なる大きな氷の塊、全く別の記憶のような。

ルーシーはもう少し考えようとするが、どんなものだったか本当に思い出せない。起きた直後は覚えていた夢を数秒後には忘れてしまうように。

ルーシーは考えるのをやめ、紙を一切れ引き寄せる。

パパは紙人形にシャツを描いている。

ルーシーは自分が何を描きたいのかわからない。普段なら最近見たものか行った場所を描くのだが、家に新しいものはないし他に行く場所もない。

彼女はチョウを描こうとするが、左右の羽が上手く合わない。

蒸気機関車を描こうとするが、上手くいかず車輪が妙に小さくなってしまう。

ウサギでいっぱいの庭を描こうとするが、何故だか悲しくなってしまう。

そこでルーシーは家族を描くことにした。自分を真ん中に、パパを左に、ママを右にして手を握っている。ルーシーはママに大きな紫色の笑顔を見せ、パパに小さな赤い笑顔を見せる。更に、ママの周りに大きな紫色のハートを浮かべる。

パパ: ルーシー…… もうこんなことするなって言ったよな。

ルーシーはたじろぐ。パパはルーシーが読み取れない表情の一つを浮かべて彼女を見つめている。唇は真一文字になっている。声は低く荒々しい。

ルーシーは先ほどの作業に戻ろうとする。何も壊していない。何も面倒は起こしていない。テーブルに色ペンの跡をつけてしまってはいない。

ルーシー: 何?

パパ: 言ったよな、この家にこいつを描くなって!

ルーシーは忘れていた。

ルーシーは自分がゆっくりと縮んでいき頭がキッチンテーブルの下まで沈んでパパの顔が見えなくなることを想像する。

ルーシー: 何で?

パパ: ここは俺の家でそう言ったからだ!

パパは手を伸ばしてテーブルから絵をひったくる。ルーシーは手を伸ばしてそれを掴もうとするが、パパは既に引き離してしまっている。パパが絵の3分の1を引き裂いてくしゃくしゃにする恐ろしい音が聞こえる。

ママの腕はまだルーシーの手を掴んでいるが、それ以外は全部なくなってしまった。

ルーシーは喉を絞めたような叫び声を上げる。目頭が熱くなり、涙でいっぱいになる。

ルーシー: 私の絵! 私の絵! 台無しにしたああぁぁ!

パパは口を開き、彼女の目の前でがっくりして老けたように見える。彼は肩を落とす。

パパ: 俺は- クソ、ごめん。ごめんなルーシー。これはとってもいい絵だ。俺た- 冷蔵庫に貼っておくから、オーケー?

ルーシーは泣いている。絵は台無しだ。絵は台無しだ。パパは絵の残った3分の2を、キツネザルの写真がついた長方形の特別なマグネットで冷蔵庫に貼り付ける。

パパ: シーッシーッシーッ、大丈夫、大丈夫だから。可愛い絵だな。あぁルーシーごめん。パパはそんなつもりじゃなかったんだ。大丈夫。全部大丈夫。

ルーシーは大きく鼻を鳴らす。頬は赤く目は赤く鼻の穴の片方からは鼻水が垂れている。

ルーシー: どうしてママの絵を描いちゃいけないの?

パパは拳を握り締めて体勢を立て直す。大きくため息をつく。

パパ: ママはもういないからだよ、ルーシー。向こうのものは何もかもなくなった。そしてもう戻ってこない。

パパはルーシーの肩に手を置こうとするが、彼女は苛立って手を離すまで身体を揺らす。

パパ: ママに執着するのは良くない。お前にとって毒だ。お前を悲しくさせるだけだ。前がどうだったかは忘れて今あるものを考えよう。俺とお前。それで十分だろ?

ルーシー: やだ!

ルーシーはキッチンの床を踏み鳴らしてキツネザルのマグネットをひったくる。引き裂かれた絵は床に落ちる。

キツネザルのマグネットは特別だ。一緒に動物園に行ったときにパパが買ってくれたものだ。それはママのいない初めての遠出で、キツネザルの囲いに来るまでルーシーはひどく不機嫌だった。キツネザルは面白い顔を見せて、ルーシーは面白い顔を返して、パパが一番面白い顔を作って、ルーシーはひたすら笑った。まるで魔法が解けたかのようで、雨が降っていたがその日の残りはとてもいいものだった。

ルーシー: 全部なくなったんだったらキツネザルもいなくなってて、だからこんなもの持ってられないもん!

ルーシーはゴミ箱に向かってマグネットを投げ捨てる。数インチずれてその後ろに落ちる。

パパ: ルーシー! すぐに拾え!

ルーシー: やだ! パパなんて嫌い嫌い大っ嫌い! ボタンさんにつかまっちゃえばいいんだ!

ルーシーは冷蔵庫のマグネットを更にパパに投げつける。数字のものも文字のものも写真のものも。一つがパパの額に当たる。

ルーシーは大声で泣き叫ぶ。

パパは大声で叫ぶ。

しばらくそれが続く。

00時00分、ルーシーは自分の部屋に送られる。


[ 記録終了 ]











記録・情報保安管理局より通達

ルーシーの夢の中で、彼女はママではなくパパに寝かしつけの物語を読んでもらっている。

彼は本の正しい持ち方がわからず、ページを後ろに折り曲げすぎて背表紙に汚い折り目がついてしまう。ルーシーは本が台無しになると叫びたかったが、ほんの少しも動くことができず、口を開けることすらできない。

物語はラプンツェルによく似ているが、悪い魔女がお姫様を塔に閉じ込めるのではなく、善良で愛情深い王が世界のあらゆる悪から姫を守ろうとしているところだけが違う。

「これで全部終わりだよ」パパが言う。「でもお前は安全にここにいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも」

ある日、ハンサムな王子様が通りかかり、お姫様は助けを求めて彼に呼びかける。彼女が長い髪を下ろし王子様が塔の頂上に登ったそこから、物語はおかしくなる。

王子様の耳はあまりにも長く、目はあまりにも鋭く、歯はあまりにも多すぎて - 8607本も! そして彼はその全てを見せつけるかのように笑いを止めない。

ルーシーはパパに、赤ずきんと混ざっている、ママならそんな間違いはしないと言いたく思うが、彼はただ悲しげにルーシーを見るだけしかしない。

「████████████████████████████████████████████████」彼は言う。

ルーシーはとても寒気がして、とても、とても恐ろしい。

— RAISA管理官、マリア・ジョーンズ














インタビューログ

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[ 記録開始 ]


ルーシーは恐ろしい音で目を覚ます。

その音が何なのか、実際にどんな音だったのかはわからないが、それはまだ耳の中に反響し、首の後ろの小さな毛が逆立っている。ママのお気に入りのマグカップを割ってしまったときのような、重苦しい感覚が腹の底にある。

音は彼女の下、キッチンからした。

ルーシーはパパに嫌いだと言った。

ベッドから這い出る。

ルーシーはパパにボタンさんにつかまってしまえばいいと言った。

階段を1段飛ばしで降りる。

ルーシーはパパに恐ろしいことを言った。

そして今は。

そして今は。

キッチンの床に影が横たわっている。

違う。キッチンの床に人が横たわっている。

違う。キッチンの床に躰が横たわっている。

だがそれはパパではない。

パパは躰の上に立ち、息を切らしている。右手にはハンマーを握っている。ハンマーの先端は赤い。

パパは疲れ、老けて見える。

躰は完全に静止している。その頭はキッチンドアの反対に向いており、ルーシーはその顔が見えない。乱れた茶髪の下に黒い水たまりがある。

ルーシー: 誰?

パパ: 部屋に戻りなさい、ルーシー。

ルーシー: 死んでるの?

パパ: 戻るんだ、ルーシー。

ルーシー: 何で-

パパ: 部屋に戻れ、ルーシー! 今すぐ!

パパは振り返る。ハンマーはまだその手に握られている。喋ると同時にそれを揺らす。

ルーシーは脚の動くできるだけの速さで階段の上に逃げる。

ルーシーは寝室に入りドアを閉めることなくベッドに震えながら登る。彼女は真ん中に脚を組んで座り、大きなフード付きのマントのようにベッドシーツを背を伸ばした身体の上に引き寄せる。

これはルーシーが見てもらいたいが、見てもらいたいということは見てほしくないときの座り方だ。

シーツで身体を覆うことは誰にも見られたくないことのアピールだが、背を伸ばして座ることでまだ見られるようになる。こっそり、心の奥底で、ルーシーはそう考えていた。

ルーシーがベッドに横たわって泣いていても誰も気づかないだろう。だがベッドの上に座って頭の上にシーツを乗せてドアを開けていれば、ママがやってきて一緒にいてくれた。

彼女はいつもとても物静かだった。ルーシーはベッドの横に座ってきたときの慣れ親しんだ体重による圧力を感じるまで、ママに気付くことはなかった。ルーシーは何も言わず、ママもしばらくそうしていた。ママは娘が準備できるまで待って、それから手をベッドシーツの下に滑らせてルーシーを掴んだ。大きく、温かく、安全だった。その手に抱きしめられると、スポンジから水を絞り出すように悲しみの一部があふれ出てきた。

その時になって初めて、何よりも優しい声で、ママは何があったのか尋ねた。ある時は、学校のみんなが意地悪したり、嘘をついたり、彼女を困らせるとわかっているのにうるさくするというものだった。ある時は、パパが失礼だとかうるさいとか何かを理解してくれないというものだった。またある時は、ルーシーにもわからないか表現できないものだった。ただ心の内に悲しみや怒りや苛立ちがあり、理由もどうしたらいいかもわからなかった。

そしてママは聞いて、話して、少しずつルーシーをシーツの下から引き出していって、ルーシーはほんの少しずつではあるが、気分が良くなっていった。

ルーシーは闇の中で、頬に伝う涙を拭いながら待っている。

圧力はない。手はない。

時間が過ぎる。どれくらい経ったかはわからない。世界が終わった時に、家中の時計が取り去られて空はもう何も伝えてくれなくなったから。

ルーシー: ごめんなさい。

誰に言っているのか、何を謝っているのかよくわからない。だが全てがおかしくなって、それは恐らく彼女のせいだ。

ルーシー: ごめんなさい。

彼女は何度も何度も何度もささやく。


[ 記録終了 ]











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どれくらいかもわからない時間が過ぎる。

誰も上がって見に来ないので、やがてルーシーは降りることにした。

パパがいやしないかと、つま先立ちで廊下を歩く。

一番上の段に座り、身体を引っ張って次の段に座り、次の段に、次の段に。誰も怒鳴りつけにはこない。

ルーシーは最後から2段目で止まり、一番下の大きな手すりの柱で身体の一部を隠す。彼女はそこに腕を巻き付ける。

キッチンのドアは開いており、床の躰はなくなっている。パパはまだそこにいる。バケツとモップと、シンクの下から出したルーシーが触ることを許されていない色付きのボトルの列がある。

床は濡れている。

パパは振り返って彼女を見る。その顔は赤く、汗ばみ、照っている。彼は引きつった笑みを彼女に浮かべる。

パパ: ルーシー。

彼は屈んでハグするかのように腕を伸ばす。ルーシーは動かない。彼女は手すりの柱をさらに強く締める。

ルーシー: 死んでたの?

パパは立ち上がって腕を下ろす。笑顔も消える。

パパ: そうだルーシー。死んでた。

ルーシーは下唇を口の中に引き入れて噛む。そうすることで次の言葉を発するまでに時間ができるから。

ルーシー: パパがやったの?

パパは一心に彼女を見ている。ルーシーはその表情を読み取れない。

パパ: そうだルーシー。俺がやった。俺たちを守るために。

ルーシーは爪を肘に押し込んで肉をつねる。

ルーシー: ボタンさんだったの?

パパ: 違う、そんな馬鹿な- いや。違う。ボタンさんじゃない。

ルーシーは頷く。理に適っている。ボタンさんは茶髪ではない。そして恐らく彼は殺されたりしない。

ルーシー: 誰だったの?

パパはこれを考えているようである。

パパ: 怪物だった。外からの。俺たちを傷つけようとしてた。

ルーシー: 怪物には見えなかったよ。人に見えた。

パパ: 人に見える怪物もたくさんいる。

ルーシーは頬を強く手すりに押し付け、片目だけが周囲を覗く。

ルーシー: パパは怪物なの?

パパは動かずにうなだれたようになる。顔が老ける。それから唇が歪む。

パパ: 何言ってるんだルーシー。

ルーシーは縮こまる。彼女は間違ったことを言った。

パパ: 何がどうしてそこに座って俺があれみたいな何かだって訊けた? あれだけしてやったのに- 何もかも

パパは存在しない聴衆を探しているかのように、左に右に向きを変えてキッチンを歩き回る。目は見開かれている。息は荒くなっている。彼は空中でジェスチャーする。

パパ: あいつが俺のことをそんな風に見ろって? そりゃそうだよな。いつも! いつも! あいつはいつもお前を俺の敵にしたがってた。いつも俺をこき下ろそうとしてた。

パパは叫んでいる。何かが喉を絞めているかのように声は大きく、強張り、異様に高い。

ルーシーは手すりから手を放して立ち上がろうとするが、パパの叫びが大きすぎて両脚が下に出てまた段差に着地してしまう。

パパ: 駄目だ! どっか行っていいなんて言ってない!話してるだろうが!話し!てる!だろうが!お前は俺が父親として値するリスペクトを見せて俺の話を聞け!理解しろ!

凍えているかのようにルーシーの身体は震えるが、寒さは感じない。階段のカーペットに指を食い込ませ、爪をできるだけ押し込む。

パパ: 俺がやってきた- 俺がこれまでやってきた仕事は全部お前を安全で快適でそれでそれでそれで- 幸せにしてきた。そんなに間違ってるか? 俺は- 俺は凡百の怠け者の父親にもなれた。放り捨てて自分で何とかしろとも言えた。でも俺は働いた。一生懸命働いた。そしてあいつはそのことを嫌った。それを憎んだ。あいつは俺が大事なことをしてるのが、価値あることをしてるのが大嫌いだった。俺が生み出したものが嫌いだった。生活保護で生きてた方がマシなのになんて目で見下してきた。あいつは何か間違えているんじゃないかと必死だった。いつも俺を貶めて苦しめる口実を探してた。あいつがお前にしてきたことを見ろよ。

ルーシーは息をこらえる。何故息をこらえているのかはわからないが、あまり大きな音で息をすると何か悪いことになる気がした。

パパ: お前ら二人が一緒になって俺が存在もしてないようにしたのは!俺にわからない秘密の言語で話してたのは!あいつが帰ってきたときお前は飛び跳ねて走ってって色々話したが、俺が帰ってきたときお前は何回わざわざ俺に会いに来た?何回お前の一日について、それか、それか何かしらについて教えてくれた?

ルーシーは再び下唇を噛む。皮膚が薄く柔らかくなり、歯が貫いて血の味がするまで噛み続ける。彼女は味に意識を集中する。

パパ: それはフェアだったか?俺にとってフェアだったか?お前の人生から切り取られるのが?自分の娘に?俺がお前をここに生きさせてやったのに!俺がおもちゃとかゲームとかお菓子とか買ってやったのにお前は一回も一回も一回も何一つ- 一つも- 一つも-

パパは空中に言葉を絞り出そうとしているように手を揺らす。彼はあきらめる。

パパ: - あいつに見せたみたいには。一回も。あいつがそうしろって言ったのか? その話をしたのか? あいつは俺がいないとき一日中俺の嘘を言ってたのか?

パパは拳でキッチンテーブルを叩き、それを跳ね上げて揺らす。

ルーシーは衝撃波が通り抜けたようにガタガタと震える。

パパ: 俺は何でもしてやった。お前たち二人に。何一つお前があいつと同じように俺を扱ってくれるには十分じゃなかった。お前が俺を嫌ってるみたいに。俺を嫌うよう育てられたみたいに。

ルーシーはとても短く浅い息を吸っては吐き出すという作業を繰り返している。それは頭を水泳中と錯覚させる。

パパ: あれだけしてやったのに。あいつは俺たちを見捨てたんだルーシー!難しいことになったら、問題が起きたら、その問題に取り組もうと気に掛けるやつもいればただ諦めるやつもいる。そいつらは気にしないからだ。俺と同じくらいには一切気にしないからだ。俺はやり抜きたかったんだ、お前のために!お前に真っ当な家族をやるために。そしてあいつは気にも留めず俺たちの全てを破壊して- たったの-

パパの声は消えていく。不規則な呼吸を吐き出す。それから拳を壁に打ち付け、半分は痛みへの叫びを、半分は激怒のうなり声を漏らす。

パパ: どういう道理だ!?どういう道理で俺は何かの怪物扱いされなきゃならない!?俺は気にかけてやったんだ!俺は挑んでやったんだ!俺はお前を守りたかったんだ!俺が感謝されたことがあるか?一言のありがとうももらったことがあるか?

ルーシーの頬を涙が流れる。内側で涙が丸みを帯びようとしているのがわかる。胃が痛む。唇は出血している。

ルーシー: 私…… 私…… ママに電話したい。

[データ削除済]

ルーシーはすすり泣きながら四つん這いで階段を駆け上がる。寝室に飛び込んで勢いよくドアを閉める。ベッドに身体をうずめる。パパは追ってこない。


[ 記録終了 ]











記録・情報保安管理局より通達

ルーシーの夢の中で、何かが確かにおかしい。彼女は走っている。

ルーシーの夢の中で、その父親は財布を持って芝生に腰を下ろし、色鮮やかな紙幣をボタンさんの手に押し付けている。ボタンさんは彼女の窓を見上げてウインクする。その笑顔は顔に対して大きすぎる。

ルーシーの夢の中で、彼女は何年も何年も学校に行っていない。ミルズ先生は悲しげに彼女のクラスで使うトレイを片付け、彼女の絵をリサイクルへと捨てている。ルーシーはやめるよう叫んで懇願するが、遠すぎて聞こえない。

ルーシーの夢の中で、王子様は昆虫のように手足を伸ばしてはねじらせながら石積みの上を動き、塔を上っている。彼は笑いを止めることなく、おかしな顔をやめない。

ルーシーの夢の中で、彼女は走るのを止められない。

ルーシーの夢の中で、霧が晴れて芝生の影がママだとわかる。ママはたった一人で凍死し、その躰は像のように冷たく灰色をしている。

ルーシーの夢の中で、正しく羽を描かなかったことにチョウたちが怒っている。チョウたちは彼女の顔にぶつかり、パパはそれをハンマーで叩こうとする。ルーシーは彼らのせいではないとパパに言おうとするが、話し始めるとチョウたちはその口に群がる。パパは狙いをつけ始める。

ルーシーの夢の中で、ルーシーの家はスノーグローブになっている。ボタンさんがそれを振ると、ガラスの中で霧が渦巻くとともに彼女の友達全員が「おー」とか「あー」とか声を上げる。ボタンさんはスノーグローブをとても激しく振って、家がバラバラになって他の雪の結晶みたいに宙を舞う。もっと速く、もっと速く。

ルーシーの夢の中で、彼女は思い出せる限りずっと走り続けている。

ルーシーの夢の中で、クラスはパパが働いている場所に遠足に行った。パパが自分の仕事について話している間、他のみんなは頷いてクリップボードにメモを取っていたが、ルーシーは注意を払っておらず何の話をしているかわからない。彼女は抽象とは何なのか、さらに言えば部門とは何なのか気になり、間違ってその疑問を大声で叫んでしまったことに気付く。クラスのみんなが彼女を笑う。パパはとてもがっかりしたようで、とても、とても老けているように見えた。

ルーシーの夢の中で、彼女は歯を磨こうとするが、歯は全部流しに落ちて排水溝に流されてしまう。ボタンさんが天井から呼びかけ、眠ったら自分のものと交換してあげると告げる。

ルーシーの夢の中で、ルーシーはママのお気に入りのマグカップを割ってしまった。ママは立ち去って二度と帰ってこない。

ルーシーの夢の中で、彼女は人生で一番疲れていた。

ルーシーの夢の中で、ウサギの靴の足を入れるところの周りを歯が覆い、今にも足首に噛みつきそうになっている。「それを履くんだ、ルーシー」パパが言う。「そうすれば外を歩きたくもなくなるだろ」

ルーシーの夢の中で、ボタンさんは動物園に行く。靄で息が詰まるが、動物はまだそこにいる。ルーシーはごめんなさい、本当にごめんなさいと叫ぶが何も変わらない。ボタンさんは写真と全く同じキツネザルを見つけ、パパのハンマーでその頭蓋骨を叩き割る。彼は死体をキッチンのゴミ箱の裏に投げ捨てる。翌日ルーシーが見つけるように。

ルーシーの夢の中で、パパはキッチンの窓からウサギを撃っている。「紫じゃない」彼は言う。「やっぱり紫じゃない」

ルーシーの夢の中で、焼けた金属と病院のような嫌なにおいがする。

ルーシーの夢の中で、テレビから牛乳が漏れている。パパはそれを止めようとして、テレビを蹴っては部屋に投げ捨てる。「家に牛乳は残ってない」怒って言う。「今あるもので何とかするんだ」

ルーシーの夢の中で、何十万マイルもある巨大な穴が地表全体を覆いつくして白いスモッグを噴出する。ルーシーのママは落ちて落ちて落ち続ける。

ルーシーの夢の中で、ルーシーはラグドールのようにバラバラになっている。四肢は大きな山積みになりパパが彼女を縫い合わせている。「本当にごめん、おぁ本当にごめんな。そんなつもりじゃなかった。気分が良くなってくれると思ったんだ。信じてくれよ、可愛い子、信じて」ルーシーは縫い方が何もかも間違っていて糸は紫色がいいと言おうとするが、その口はボタンの付いた笑顔に縫われたただの線になっている。

ルーシーの夢の中で、ルーシーは走っているが実際に動いているとは思わない。どこにも行き先はない。何もない。

ルーシーの夢の中で、彼女は寝室のドアを抜けようとしたが開いた先は行くことを許されていない地下室になっている。部屋は█████████████でいっぱいだ。それらは冷たく、鋭く、ルーシーの頭を割って開けたくなる。パパは出ていけと叫んでいる。ルーシーは逃げようとするが、階段は長く長く長くなって頂上が見えなくなる。

ルーシーの夢の中で、ちょうどパパがルーシーの絵を引き裂いたところでママの腕は真っ二つに裂ける。ルーシーは叫んで手を放そうとするが、血を流す手の残りが彼女の手を万力のように掴んで放さない。ルーシーは何度も何度も何度もごめんなさいと言う。

ルーシーの夢の中で、キッチンの床の死体が起き上がる。それはゆっくりと階段の上に自分を引きずって寝室のドアを叩く。「ルーシーなの?」それは尋ねる。「ルーシー・カーマイケルなの?」取っ手が回る。

— RAISA管理官、マリア・ジョーンズ














インタビューログ

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[ 記録開始 ]


ルーシーは目覚める。ベッドに物慣れない圧力がある。

パパがそこに座っている。彼の身体がルーシーの右脚の下半分を押し下げている。

パパ: まだ起きてるかな?

パパの目は充血している。不快で鼻をつくにおいがする。

パパ: 俺は何でもしてやる、知ってるか? 知ってるかルーシー? お前のために。お前たち二人のために。

ルーシーはそっと脚を引き抜こうとする。動かない。パパは気付いていないようだ。

パパ: 心配しなくていい、いいか? いいかルーシー? 心配しなくていいんだ。ほとんど何も。俺が続けてやる、こんな風に、好きなだけ。好きなだけ長く。お前と俺で、ルル。永遠に。好きなだけ。

彼は不明瞭な声を出す。ルーシーの脚はすぐにつかまってしまう。

パパ: お前は大丈夫だ、ルーシー。大丈夫。愛してるよ。とっても愛してる。お前も俺を愛してるか、ルーシー?

ルーシーはベッドシーツを口に乗せている。それをゆっくりと下ろす。

ルーシー: 足に乗ってる。

パパはふらふらと立ち上がる。

パパ: あぁしまった。ごめんよ。ごめんルル。ルーシー。ルーシールーシールーシー。

彼は少しよろめいてドアに進む。

パパ: 俺は戻る。俺は- 俺はお前のためにこうしてるんだ、ルーシー。全部お前のため。わかるよな。とっても賢い子だから。パパは誇らしいぞ。

パパは立ち去るときにルーシーの靴を片方踏みつける。紫のウサギの靴。彼は後ろによろめいて躓きそうになり、それから蹴ってどかす。靴はベッドの下に消える。

ルーシーは何も言わない。


[ 記録終了 ]











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[ 記録開始 ]


今日は、ルーシーは靴下だけを履いている。

ルーシーはカーテンを開ける。特に理由がなくとも、朝にはそうするものだ。外はやはり何もない。

世界は学校のホワイトボードのように見える。何年も何年もペンの跡がしっかり消されていない古いものだ。

ルーシーは部屋を出て、階段を降り、左に曲がってキッチンに入る。パパはもうそこにいる。彼はテーブルの前に座っている。昨日着ていたものと同じ、同じ染みの付いたシャツを着ている。皿にはパンくずが乗っている。

テーブルの上にはバターとジャムとママレードとシリアルとコーヒーとリンゴジュースが用意してある。

流しの中には缶やガラス瓶がある。

牛乳はない。

パパ: おはよう。

ルーシーの唇は治っているがまだザラザラとして口の中で腫れている。彼女はテーブルの前に座る。

パパ: ちゃんと寝れたかな?

ルーシーの頬はまだヒリヒリとする。彼女はテーブルクロスのヒラヒラを指の間でねじる。

パパ: 今日は計画があるんだ。大きな計画。

パパは話しながら立ち上がる。彼はパンをトースターに入れる。ルーシーの目を見ていない。

パパ: 問題が何かわかるか? 俺たちは十分一緒にはいられてないんだ。俺はかなり地下に閉じこもってて、お前はテレビにくぎ付けになってて、その、多分これが全部俺たちに必要なものだったんだ。俺たちには全体を享受できる家があって、俺にはお前がいて、お前には俺がいる。真に必要なのはそれだけなんだ、な?

ルーシーは黙って待つが、明らかに答えが期待されている。彼女はテーブルクロスを見て頭を縦に振る。

パパの顔に一瞬小さく何かの感情がよぎる。

パパ: 見ろ、ルーシー-

玄関のドアをノックする音。

テレビ番組で警察がしているような、大きく力強い、素早いノック。ドンドンドン。

完全に動きが止まる瞬間がある。パパは唇を強く合わせて薄くする。ルーシーは椅子の上で振り返る。

パパ: ルーシー、自分の部屋に行ってるんだ、いいな?

ルーシーは影がまだ芝生の上にあるか確認したい。

パパ: すぐに。

ルーシー: でも-

ノックは繰り返す。ドンドンドン。

パパ: ルーシー。何であっても俺が何とかする。部屋に行くんだ。頼む。

ルーシーは椅子を下げる。キッチンを出る。階段を上る。パパは足で裸木の段をドスドスと踏みしめながら地下に向かう。

ルーシーはためらう。心の一部では、手すりから見下ろして何が起こるのか見てみたい自分がいる。だが彼女はそこまで馬鹿ではない。もしボタンさんだったら? もしパパが彼女を見たら?

ルーシーは寝室に入りベッドの上に戻る。

3回のノック。ゆっくりと、静かに、ルーシーの窓から。

不明: ルーシー? ルーシー・カーマイケル?

外の霧に人影がある。ぼんやりとした闇でできた染み。

ルーシーはフード付きマントのようにベッドシーツを自分の上に引き寄せる。

ルーシー: 出てって。

一瞬の沈黙。

不明: ねぇルーシー、窓を開けてちょっとお話しないかな? とっても大事なことなんだ。

声は女性らしい。優しくはっきりと聞こえ、ルーシーは学校の先生を思い出す。ボタンさんとは全く似ていない。

不明: 残念だけどあんまり時間がないんだルーシー。一瞬だけでも入っていいかな?

明るい白の輪郭がルーシーの窓ガラスに現れる。手のように見える。5本の指がある。

だが霧の中には怪物が住んでいる。

そして怪物は人に似ている。

ルーシー: 何で外にいるの?

また沈黙がある。

不明: えっと、君を探してたんだよ、ルーシー。

それはルーシーの質問に対する答えにはあまりなっていない。ルーシーはこれは無視することにする。

ルーシー: どうして?

不明: 私は必要とする人の世話をすることを仕事にしてるグループの一人なんだ。そして今の仕事は君の面倒を見ること。

当然ながらこれは怪物でも簡単に言えることだ。

ルーシー: お巡りさんみたいに?

不明: ほんのちょっとはそんな感じ。

ルーシー: バッジは持ってるの?

声に一瞬ためらいがある。

不明: それはもう。見たい? 窓を開けてくれたら見せてあげれる。

ルーシーは考える。ルーシーの学校では警察に関する集会が行われたことがある。彼らの言う通りにするのが非常に重要だった。

ルーシー: わた-

下の階から大きなバンという音がする。

ルーシーはベッドシーツを更に身の回りに引き寄せる。頬がうずく。

ルーシー: パパが窓を開けちゃダメって。

3度目の、更に長い沈黙。声は更に低く更に優しく話し始める。

不明: ルーシー、最初はとても混乱するだろうことはわかるよ。君はとてもたくさんのことを経験してきた、君はとても勇敢だった。これ以上君を困難にしないように願ってるんだ。でも私を信じてくれないと。君のお父さん…… 彼は今近くにいて安全な人じゃない。彼は…… とても悪いことをしてきた。

ルーシーは罪悪感で胃が締め付けられるのを感じる。

ルーシー: パパは誰かを殺した。

声は悲しげに聞こえる。

不明: うん。そうした。

ルーシー: あなたのお友達だったの?

声はほんの一音節だけ笑い声を発してから、鼻をすする。

不明: うん。うん、そう思う。一緒に働いてた。彼はチームの一員だった。あなたに言ったグループの。ブレッド・アンド・バタフライズ。彼の名前はマシュー。彼は君の面倒を見たかったんだ。

罪悪感が強まる。腹が痛む。

ルーシー: ごめんなさい。ごめんなさい。

不明: ちょっとちょっと、君のせいじゃないよ。君は何も謝らなくていい、オーケー? 君は何もしてない。彼がああやってここに来たのは彼の選択。マシューは君のお父さんをとてもよく知ってた。彼は…… 話し合いで解決できると思ったんだ。

ルーシーは布団カバーの端にある留め金をいじって、パチンと開けてはまたパチンと閉じる。

ルーシー: 名前は?

不明: ハーモニー。

ルーシー: いい名前。

不明: ありがとう。自分でつけたんだ。

ルーシーは窓の取っ手を見る。鍵穴がついているがロックは機能していない。

また下の階から大きなバンという音がする。

不明: ルーシー、本当にごめんだけどあまり長い時間はないんだ。窓を開けてもらえる? お願い。

ルーシーは上唇を噛む。

ルーシー: パパに訊かないと。

不明: ルーシー、君のお父さんは嘘をついてるんだ。ごめんね。そんなこと聞いたら辛いよね。君のお父さんは…… 君に会えなくなることを心配しすぎてるんだ。だからとっても馬鹿でとっても自分勝手なことをして、君を愛して気にかけてくれる人の誰にも見つからないように隠したんだ。お母さんに見つけられない場所に。

ルーシーは目を見開く。

ルーシー: ママを知ってるの?

不明: ちょっとね。君のことをお母さんに話したことがある。君のことをとっても、とっても恋しがってた。会いに行きたい?

ルーシーは震える。

ルーシー: うん、お願い。

不明: お母さんのところに連れてってあげる。でも私のことを信じてすぐに窓を開けてくれる?

階段を足音が上ってくる。

ルーシーの腕がベッドシーツの中から伸びる。彼女は取っ手をいじくる。

取っ手が回る。窓が大きく開く。

霧は窓ガラスがあった場所をなぞるが、入っては来ない。

パパ: ルーシー?

パパはルーシーの部屋の前にたどり着く。彼は開いた窓を、ルーシーを、外の青白い影を見つめる。顔を歪ませる。

パパ: ルーシーに近寄るな!娘から離れろ!

パパはルーシーに向かって走るが、速さが足りない。スローモーションで動いているかのように。

一つの手がベッドシーツの下に伸びてルーシーの手を掴む。それは骨のように白い。おしろいのように白い。それは鉄の万力のようにルーシーを締め付け、引き抜く。シーツの外へ、窓の外へ、家の外へ。

長く恐ろしく、苦痛に満ちた叫び声。

霧の中に消えていく。


[ 記録終了 ]











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