SCP-8654

評価: +25+x
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アイテム番号: SCP-8654
レベル0
収容クラス:
apollyon
副次クラス:
{$secondary-class}
撹乱クラス:
amida
リスククラス:
critical

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インシデント-8654中に撮影されたデジタル写真。撮影者は不明。

特別収容プロトコル: Apollyonクラス手順に従い、財団は知的生命の継続を最優先にしなければならず、Amida以外の全てのアノマリーの収容は不要と考えられています。これを支援するため、全ての知的存在は現在クリアランスレベル0を有するSCP財団職員と見做されます。

時間サイト-01への到達には全て失敗しています。インシデント-8654以前に蛇の手の構成員であった職員によれば、全ての「道」は機能を停止しています。SCP-2000は依然として機能していますが、地球人口の補充のためにSCP-2000を起動することは非現実的と考えられています。

SCP-8654ファイルには財団の知る全ての安全な場所のリストが添付されています。インシデント-8654の生存者は、以前の所属に関わらずこれらの場所に来る必要があります。

「転覆」のとき、あなたは仕事帰りで車を運転していた。それは全て、ほんの一呼吸の間に起こった。シートベルトが胸に食い込み、シートから持ち上げられているように感じ、ハンドルを握る手は滑った—そしてエアバッグが顔に当たっていた。吐き気がした。耳鳴りがして、周りを見回す。混乱の中で道を逸れ、溝に落ちてしまったらしい。幸いにも、怪我一つなかった。

近くで別の車がぶつかる音が聞こえた。振り返って、運転手を見た。彼はあなたほど運が良くなかった。男性は意識を失い、頭から血を流し、浮いているように見えた。手足は車の屋根に大の字に広がり、彼を支えるものは何もないように見えた。

何が起きている? 急いで車から出て、気持ちを立て直さねばと感じた。もっと近くで見れば何かわかる。本能的な素早い動作で、車のドアを開けてシートベルトを外す。あなたの顔はサンルーフにぶつかり、それにひびを入れるとともに鼻から血が出る。戸惑い、立ち上がろうとして、誤って開いたドアの外に脚を出してしまった。

あなたの重心が車の外になり、身体が外へと滑り出す。左手でハンドルを掴み、落ちるのを止める。快晴が上に広がっている。あるいは…… 下に。右手でハンドルを掴んで中に身体を引っ張ろうとするが、重心がずれて指が滑ってしまった。

最後に、必死の動きで安全ハンドルを掴んだ。それは人一人分の体重を支えられるようにはできておらず、すぐに折れてしまった。あなたは木の枝をいくつか突き抜けた。あなたは叫んだ。

そしてあなたは落ちた。

説明: SCP-8654は動物と重力との反転した関係です。従来の重力力学に反して、動物界に属する生物は逆方向の力を受け、上方に押し出され重力源から引き離されます。

SCP-8654の起源は不明です。財団は2036年10月23日の21:38:19、口語的に「転覆」と呼ばれるインシデント-8654中にSCP-8654を認識しました。インシデント-8654から3か月以内で、鈍力による外傷、既存のインフラの破壊、社会崩壊の組み合わせにより世界人口の推定97%が死亡しました。

プロジェクトTOPSIDEは、SCP-8654を逆転させるための財団の共同的な取り組みです。集落-2000の破壊後、プロジェクトは中止されています。

「転覆」から1か月、あなたは旅立つ用意ができていた。

アパートの外の世界では、事態はますます悪化していた。人々は恐れ、言われたことは何でも信じ込んだ。人身御供を説く終末の予言者、互いにスイッチが入ったコミュニティ、新世界の構築について語る黒服の謎の男たち…… どれからも離れておいた方がいいだろう。

他の人たちは取り乱し、苦しみ、生きることに絶望していた。あなたはできる限り彼らを慰めようとした。彼らの多くは両親、親戚、友人、恋人…… 以前の近所の人たち、そして知り合うこともなかった人たちを、喪っていた。あなたの知り合いは皆遠くに住んでいたので、彼らが生きていると想像することで自分を慰められた。その方が、優しかった。

この「SCP財団」とやらによれば、町はずれの安全な場所へと毎日輸送がされているらしい。どこかの地下に。十分な食料があって、他の生存者たちがいて、悲嘆からくる狂気から逃れられる場所。唯一やらなければならないのは、輸送手段への到達、ということらしい。他の人たちは釣り合いおもりを持って、あなたを置いて立ち去って行った。残ったのはあなたの選択だった。あなたはただ彼らの出発を遅らせただけだった。彼らは泣いて、あなたにハグし、そして去っていった。あなたは彼らが、あなたのことを忘れてしまうくらい長く生きてくれることを願った。

あなたは子供の頃、世界の終わりの物語を楽しんだ。核の冬、悲惨なパンデミック、巨大な怪物の話に、あなたは夢中になった。あなたはよく、どんなことが自分の身に降りかかってほしいか考えた。最終的に、世界を再構築しなければならない悲しみと責任を考えたら…… あなたは終末を生きるよりも、その中で死ぬことを選んだ。

いい人生だった、窓辺に座りそう思った。眼下には灰色の大空が広がっている。それはアパートの端よりも先まで延びて、一面の雲と雨だった。陰鬱で惨めな日。死ぬのにはもってこいな日。あなたは深呼吸し、数週間ぶりの新鮮な空気を味わった。

目を閉じて、そっと身体を押し出す。

そしてあなたは落ちた。

補遺1: 財団の対応

インシデント-8654の直後、緊急時脅威戦術対応機構 (ETTRA)は世界規模の非常事態を宣言しました。SCP-8654は直ちにApollyonに分類され、財団の既存予算の多くは影響の緩和のために転用されました。次の文書は、この計画を詳述するETTRAが公開したメモです。

脅威:

SCP-8654

脅威説明:

人を上に落とす重力の反転。

短期的解決策:

  • 財団の地下施設を居留地として再利用する。
  • インシデント-8654の生存者に援助を差し伸べる。
  • 上記の生存者の新たな居留地への移動を支援し、仕事と引き換えに住まいと物資を提供する。
  • 生存者を生かし続けるのに十分なリソースを増やし、維持する。リソースの不足時は、財団にとって価値のあるスキルセットを持つ人物が優先される。財団への加入を拒否した生存者は許容可能な損失と見做される。
  • SCP-8654を収容する方法が発見されるまで人口を維持する。

長期的解決策:

  • SCP-8654を逆転させる方法を開発する(更なる詳細はプロジェクトTOPSIDEを参照)。
  • SCP-2000を起動させて2036年10月22日時点の人類を再創造する。

あなたは目の前の洞窟の出口を見つめた。あと11歩踏み出せば、青空へと飛び降りることになる。後ろで銃のカチッという音が聞こえる。

十。

効果的な処刑方法だ、そう思った。いい肉が無駄にはなるが、この「文明的な」トンネル住人たちは、そのようなものは頼りにしない主義らしかった。恐らく、与えられた穀物とニンジンを食べて毎日を過ごし、救われるのを待っているのだろう。畜生、数年前に誘いに乗らなくて良かったと思った。

九。

飛び降りて死ぬことに熱心だというわけではない。だが世界は既に終わっていた。ある時、外で遊ぶ子供たちを家の中で座って眺めていたと思ったら、次の瞬間には天井に独り取り残されていた。昔のあなたは彼らと一緒に死に、新しく生まれ変わったのだ。

八。

かつてのカルトは確かに魅力的だった。だが彼らの周りで十分に時を過ごしてみると、その本当の姿が見えてきた。自殺の協定。人々は避けられない死には意味があると信じたがり、独りで死にたくないと望んだ。出発の準備が整うと彼らは同志たちを集め、乱痴気騒ぎと説教を始めた次には、手を取り合って青の中に飛び込んでいった。

七。

あなたには別の決意がある、そう思う。自分も転覆のときに死ぬはずだった。足首をひねっていなかったら、あなたも庭にいたことだろう。それなら怖くはあったが、すぐ終わった。何かが自分が生き残るよう選んだから、自分は生き残ったんだろう。

六。

だが財団のしたことがあなたをおかしな方向に持っていった。彼らはみんなを洞窟やトンネルに引きずりこみ、世界は同じで、この先も人生は続くと思わせようとした。一体どこのどいつが子供を上下逆さまの世界に持ってきたがるんだろうか?

五。

あなたの人間性は種と共に滅んだ。あなたは孤独な動物だ。生き残りがあなたに与えられたゲームであり、あなたは優秀なプレイヤーだ。だが最近は食料が欠乏し、漁らねばならなかった。トンネル住人たちは地上に農場を有し、そこで作物を育てていた。食事を得るために、あなたは必要な果物と野菜を盗っていった。

四。

ある日、毎日の襲撃中に、作物を世話している農家の一人に出くわした。彼はあなたのよりもずっと高度な釣り合いおもりを持っていて、それにあなたは最後に肉を食べてからとても長い時が経っていた。これまでその一線を越えたことはないわけではなかった。

三。

蓋を開けてみれば、トンネル住人たちは作物を常にカメラで監視していたようだった。あなたがこれまで盗っていった量は、わざわざ追いかけて止めるまでもないリソースだと判断したらしい。だが仲間の一人を殺すのは? 別問題だ。あなたを捕まえて処刑するに値した。

二。

だがどうして頭の後ろを撃ち抜くだけではダメなのか? 自由の身になって外に出るこの儀式に一体何の意味があるのか? あなたは振り返ってトンネル住人たちを見た。太陽の光が洞窟の口から漏れ、彼らはそれから後ずさる。彼らは死を目の前にでもしているかのような恐怖を目に浮かべ、青空を見つめていた。

一。

ほう。それを恐れるのも当然のことだ。あなたは地表にしがみつきいつも青空の上で過ごしてきたが、数年も岩の上で過ごせば太陽だって嫌いになるはずだ。この処刑はあなたを怖がらせるものではなかった。彼らを怖がらせるものだ。ゲームで負けるに値する相手。あなたはにやりと歯を見せて、全力で声を上げて笑った。

ジャンプ。

そしてあなたは落ちた。


補遺2: タイムライン

財団の最善の努力にも拘らず、SCP-8654を逆転させる方法は見つかっていません。SCP-8654の収容及び軽減の取り組みに関する注目すべき出来事の概要が以下に示されています。

  • 2036: インシデント-8654が発生、即座に推定20億人の人間が死亡する。財団は世界中複数箇所の地下に仮設住居を設け、生存者を援助する。奇跡論の専門知識を有する多くの生存者がプロジェクトTOPSIDE支援のためサイト-2000に移動する。

  • 2037: 飛行不可能な大部分の動物種の絶滅による環境崩壊、収穫期までの限られた時間、集落へ人を移動させるための資源の浪費により、この年の冬は特に厳しく、生存者の25%近くが飢餓や病気で死に瀕している。

  • 2038: 多くの集落では非必須の人員に対し65歳という年齢制限が設けられ、多数の議論を呼んでいる。集落-01が消滅する。O5評議会は管理官評議会に置き換えられる。

  • 2039: 元カオス・インサージェンシーのエージェントらは、年齢制限や多くの場所で設けられているその他の社会政策に関して暴動を扇動する。この反乱は鎮圧されたが、集中攻撃により複数の集落が失われた。

  • 2040: ほとんどの集落が収容限界に達する。物議を醸す「子亀政策」が制定され、新たに救助された生存者は入場を許可される前に法廷で価値を証明しなければならない。

  • 2041: 全ての集落に渡る統一的教育プログラムが作成され、カリキュラムにおける気象教育の欠如が指摘される。

  • 2043: 人口増加により多くの集落はスペースを使い切り、解決策として地下道の掘削に頼る。

  • 2045: 地球外起源の未確認飛行物体が集落-23付近の地表に衝突し、異星人の可能性について国際的な関心が高まっている。上記UFOは非異常だが異星人起源ではないと判断され、集落-2000に移送された。

  • 2048: サイト-96に管理者を名乗る男性が現れる。財団の記録にそのような人物は存在しないため、管理官評議会は彼を危険と見做し集落-17に拘置した。

  • 2050: かつては最も人口の多い集落の一つであった集落-43が爆発する。救出可能な生存者はいない。

  • 2053: 集落-19は宇宙計画を開始し、バーロウ管理官は人類が星々を探査したいという願望を表明している。

  • 2054: 最初の「逆さま」世代(インシデント-8654から10年以内に誕生した子供)が18歳になる。

  • 2055: 飢餓のために集落-19の宇宙計画は中止され、予算は地下道開発に移される。

  • 2059: 集落-17が説明もなく消滅する。

  • 2061: ETTRA管理官のダン・ダニエルズ博士が後継者を指名することなく死去。前例がないため、管理官評議会の多数決により1名が選出される。

  • 2062: 多くの集落は住民が地上に出る必要性を減らすため、地下農場の建設を開始する。

  • 2064: 集落-19は入口を封鎖し、財団の他の相手との接触を拒否する。

  • 2070: プロジェクトTOPSIDEは初めて予算削減を受ける。いくつかの集落、特に高齢者の多い集落はこれを嫌い、離脱を試みる。集落間での公然の紛争期が開始する。

  • 2071: 暴力から逃れるため、多くの集落も入口を封鎖する。

  • 2074: 集落-2000が急襲で脅威にさらされた後、分離独立派は降伏する。

  • 2079: 地震により集落-87の地下道に亀裂が入り、住民の90%近くが死亡する。多くの集落はより深く地下道を掘ることを選択する。

  • 2085: アパラチアの炭鉱で20,000人以上の生存者コミュニティが発見される。彼らは財団の権威を認めることを拒否し、終了される。

  • 2089: 集落-19が再度姿を見せ、既存の集落間に国際的に地下道を掘るというバーロウ管理官の詳細な計画を持って財団の他のメンバーに連絡する。これは国際高速トンネルネットワークInternational High-Speed Tunnel Network(IHSTN)の創造につながる。

  • 2090: 財団は一時的に地上を放棄することを決定する。124対3の投票で、管理官評議会はプロジェクトTOPSIDEの資金の85%以上をISHTN建設に再割り当てする。

  • 2092: 異常な掘削・建築技術の利用により、人口50,000人以上の集落は全て高速鉄道で接続される。

  • 2096: 全ての集落がIHSTNを通じて接続される。この達成を祝うパーティーでバーロウ管理官が脳卒中を起こし、その後死亡する。

  • 2098: 突然の雇用喪失に不満を抱いた複数のトンネル労働者が自分たちの集落を作ろうと試みる。財団運営メディアによって彼らの処刑が大々的に報道され、更なる反乱を阻止する。

  • 2100: 世界は真夜中に一斉に逆立ちして新世紀を祝う。新年のお祝いの新しい伝統として提案されたが、2101年に再度流行することはなかった。

  • 2101: 逆さま世代の最初のメンバーが年齢制限に達したため処刑される。

  • 2102: 世間の激しい抗議のため、年齢制限は75歳まで引き上げられる。

  • 2107: 集落-2000が崩落により破壊される。プロジェクトTOPSIDEは無期限に休止される。

  • 2109: 世界人口が70,000,000人に達する。

  • 2113: インシデント-8654以前に生まれた最後の非異常の人間であるジャスパー・ウィリアムズ博士が肺がんにより死亡。

明日、あなたは死ぬ。64歳、死に備える時間なら十分にあった。明日はあなたが65歳になる日、つまり命日だ。栄誉なことだろう。彼らは敬意を表して祝宴を開き、最後の言葉を言う機会を与えるだろう。そして部屋に連れていかれると、そこの空気がよどんで、めまいがして、意識を失う。それでおしまい。

転覆後、ティーンエイジャーの頃は皮と浮き出たあばらしかなかったことを考えれば…… こんな堂々とした最期を迎えるとは思いもしなかっただろう。財団が何年ものあなたの奉仕に感謝を見せる最後の機会だった。あなたの集落には飢えを防げるだけの物資がある。最初の頃の冬のような飢餓はもうない。そしてあなたは、集落に食料をもたらすために青空に立ち向かった英雄の一人だった。あなたは農家であり、クラウドタッチャーであり、それをすこぶる誇りに思っていた。あなたは退職金を稼いだのだ。たった一つ、最後の願いがあった。また日が昇るのを見たい。

宿舎からこっそり抜け出したのは夜遅くだった。一緒に住んでいる人はいない。配偶者は2年前に65歳になり、娘はその夫と共に向こう側の集落に住んでいる。こんな時間に起きている人はいない。あなたは石の廊下を歩き、「釣り合いおもり」と書かれた扉に到達する。扉は施錠されていたが、あなたの鍵はまだ使える。釣り合いおもりの警備は甘く、ほとんどの人は青空を見下ろそうとも、ましてその上で歩こうなどとは思いもしない。

釣り合いおもりは大きな金属のフレームで、下にはタンクが、上にはタイヤが付いている。人が中に入ってハーネスを着け、重心をタンクの上にしっかり保つことで、常にまっすぐ立っていられるし、酔わずに地上を歩くことができる。釣り合いおもりに乗って移動するには、足を下のレバーに縛り付け、手でレバーを引いて操縦することでその上のフレームを「歩いて」移動させられる。タンクは水で満たされており、金属のおもりの重量も相俟って、人は真上の地面に体重をかけ、青空の上の地上を歩くことができる。

あなたが足を縛り付けた釣り合いおもりは、引退前に使っていた古いものだった。奥の方にあり、使われていなかったので埃をかぶっていた。クラウドタッチャーたちは他人のおもりを基本的なマナーとして使っておらず、誰もあなたのを要求していないようだった。タンクを水で満たすと、おもりが自分より重くなったことで天井に引き上げられるのを感じる。安全のため、50ポンド余分に水を入れておく。

おもりを天井に押し付けながら、あなたは部屋を出て、廊下を歩き、集落の入口まで出てきた。下には夜空が広がり、大口を開けた黒き深淵の底では星々が煌々と輝いていた。太陽がやってくる地平線にはかすかな光が差していたが、まだ下に顔を出してはいなかった。一日の始まりに、転覆の後でさえまだ「日が昇る」という言葉を使うとは興味深いことだ、そう思案する。言葉の癖というものだろうか。昔からの習慣。

日が昇るまでまだ少し時間があったので、野原をちょっと散歩してみることにした。暖かい夏の夜だ。作物はよく育っているが、まだ収穫の時期ではない。それでも、確かにここに戻ってきた。この何年も、食料を育てるために働いてきた…… 奉仕に生きる人生よりもよい人生というものはあったのだろうか。最初の頃、冬は悪夢だった。もうその時のことを考えることはあまりないが、空腹は覚えている。食わせねばならない相手が多すぎる、それが問題だった。自分から外に出ない人が多すぎた。一方、確かにあなたは出ていた。毎日その身を危険にさらし、青空に挑み、全員が十分に食べられるようにした。

おもりに何か違和感を覚えた。動くのが簡単すぎる。ある程度ペダルから押される抵抗感はあるが、あまりにも弱すぎる。あなたは固まる。あなたの上で何かが滴る音がする。心配して後ろに手を伸ばすと、か細く水が流れているのを感じた。あなたのタンクは、あなたの古くて何年も触れられていなかったタンクは、漏れていた。青空へ落ちないちょうどの重さしかもうなく、水は毎秒減り続けていた。

慌ててペダルをこぎ、集落に戻ろうとする。ここに出てきたのは間違いだった。誰もあなたがここにいることなど知らない。誰もあなたが落ちる前に助けには来ない。恐怖の感覚と共に、釣り合いおもりがゆっくりと土から落ちていくのを感じる。素早く必死な動きでトウモロコシの茎を掴み、地面にしがみつこうとする。今のところは、この茎とおもりであなたを支えられる。しがみつくのはだんだんと困難になっていったが、考える時間くらいはあった。救いの手を探して辺りを見回すと、日が昇り始めているのに気付いた。

地平線は燃えるようなオレンジ色で、その下には雲の狭間から青が輝いていた。奇妙ながらも平和な瞬間だった。上でゆっくりと滴る水の音でさえも、舗装路に当たる雨音のように心地の良いものだった。もしかしたらこうあるべきなのかもしれない、あなたは独り思った。結局は、今日が命日なことには変わりない。クラウドタッチャーよりも、何よりも一番あなたに合った死はどんなものだろう。

トウモロコシを手放す。地面が上に離れていくのを見て、おもりを滑り落とし、金属が落ちて地上にぶつかるのを見る。一緒に空へと持っていくのは資源の無駄だ。それに、こうすればあなたに何が起きたかわかってもらえるだろう。逃げ出したと思われたくはない。

そしてあなたは落ちた。

補遺3: プロジェクトTOPSIDE

プロジェクトTOPSIDE概要

プロジェクト名: TOPSIDE

プロジェクト目標: SCP-8654を逆転させ、重力を正常に戻す。

プロジェクト詳細:

  1. 重要な異常知識を持つ全ての人物(特に奇跡論や異常力学の知識を持つ者)は可能であれば集落-2000に移住する。
  2. 上記の専門家はSCP-8654を逆転させる方法を判断する。
  3. SCP-8654の逆転は知的生命の保存に次ぐ第二位優先事項と見做され、集落-2000はこの目標達成に必要な物資を受け取る(O5評議会管理官評議会により決定される)。
  4. SCP-8654が逆転された場合、世界を2036年10月21日00:00の状態に戻すためにSCP-2000が使用される。

プロジェクト更新: 2107年7月10日、崩落により集落-2000は全プロジェクトTOPSIDE関連情報と共に破壊された。管理官評議会の全会一致の投票により、プロジェクトTOPSIDEは無期限の休止状態に移行した。


七十一年。七十一。年。プロジェクトTOPSIDEが始まった時は、3~6ヶ月以内、長くても2年もあれば終わるだろうと思われていた。だが、集落-2000には山ほどリソースがあったのに、答えを見つけるまで七十一年もかかってしまった。今日、あなたはある報せを受け取った。SCP-8654を逆転させる方法が見つかったというのだ。やっと世界を正すことができる。周りの誰もが歓声を上げる中、あなたはオフィスへと走った。

そこで何年も働いてはいるが、それでも集落-2000の管理官オフィスは恐ろしいものだった。集落-2000の底にあり、地上に突き出している。床は大きな窓になっていて、机と椅子が真ん中にボルト留めされている。それは管理官に地上世界の美しさを思い出させるように設計されていて、世代を経るにつれ重要性は増していった。今日生きている人のほとんどは、木とか草とか、夜空の星々など見たことはない。あなたは毎日それを見ていた。そのシンボリズムは理解していたが、ここで見下ろすといつもめまいがする。あなたの下には、ただ青がある。論理的に考えれば、ガラスにはあなたの体重を十二分に支えられるだけの強度があるのはわかっていた。爆弾でもない限り割れることはないだろう。それでも、あなたの愚かで根源的な部分にはまだ不安があった。だがそれもそう長くは続かない。

ある信号を放送する必要があった。管理官評議会の緊急会議を招集するもので、最優先事項だ。あなたはコンピュータの前に座って信号を送り、人々がどう反応するか想像してみることにした。間違いなくどの集落でも、上の階のような祝祭が行われるだろう! TOPSIDEが議論の的になっていたことはわかっていた。予算削減はどんどんありふれたことになっていって、多くの人は到底成功しそうにないと考えていた。だがあなたは、あなたのチームは、彼らが間違っていたと証明したのだ! 解決法を見つけたのだ。

やがて、メッセージリクエストを受け取った。興奮してそれをクリックすると、集落-19の管理官、ウィリアム・プラットのやつれた顔が現れた。彼は自分の聞いていることを信じたくないかのような、悲観的な顔をしていた。

「どうも、エル管理官。あのメッセージを送ろうとしたのか? そちらは…… やったのか?」プラット管理官は、何かを飲み込んで抑えようとしているかのような、低くしわがれた声で話した。

「あぁ。神に感謝だ、あぁ。我々はやったぞ、プラット、ついにやったんだ!」

プラット管理官は大きく、低い音のため息をついた。悔恨の表情が顔を横切り、厳しい決意を固めたような顔を浮かべた。腹の内の何かが落ちたように。

「プラット? 何かあったのか?」あなたは尋ねた。

「いや、何も。そちらの人々はパーティーの真っ最中か?」プラットは言った。

「あぁ……」あなたは用心深く言った。「この件で何か問題が? 70年もこれにかけてきたんだぞ」

「それが道理だな。そちらもそこに行くことをお勧めする。彼らと一緒に」プラットはあなたを気の毒に思っているようだった。だがなぜそんなことを? 何年も失敗を重ね、やっとのことで— 脳内で何かが音を立てた。吐き気のするような感覚。どうして今になってこの力を放棄する?

衝撃を受け、何か言おうとしたが、言葉は口から出てこなかった。プラット管理官は黙って座っていた。彼は目に慚愧の色を浮かべ、あなたを見つめた。「申し訳ない、管理官。さようなら」彼は言った。メッセージは閉じられた。

手のひらを顔に当て、あなたは立ち上がった。現実とは思えない。昔からの習慣でガラスの上を歩き回っていると、大きなカチッという音、それからバンという音がした。あなたは爆発によって床に叩きつけられたが、それを除けば無傷だった。一方机は、完全に破壊されていた。もしその席に留まっていたら…… そんなことは重要じゃない。重要であるはずがない。別のコンピュータの下に行って、誰かにこれを伝えなければ。この悪夢を終わらせてくれる誰かに。

身体を押し上げようとすると、かすかに物が割れるような音がした。指先と手のひらの間からクモの巣のようなものが這い出ていた。ガラスが割れていた。爆発で傷ついたに違いない。たった一度体重のかけどころが悪ければ、一挙手一投足に力が入りすぎれば、あなたは落ちる。ガラスの向こう、梢が伸びているのが、それから青空が見えた。今日は雲一つない快晴だった。

ガラスの外に出なければならない。慎重に、手を伸ばした。立ち上がるリスクは冒せないが、這うことはできそうだろうか。膝に軽く圧力をかけて尻を前に動かす。後ろでガラスが割れるのが聞こえる。ひびはあなたの体重と共に広がり、ほとんどは膝の部分にできている。だが慎重に、計画的にいられれば、床を粉砕することは避けられる。さあ行こう。

極めてゆっくりと、脚を一本空中に持ち上げ、身体を一歩前に引っ張る。そうするとすぐにガラスは大きな音を立ててひびが入ったが、割れることはなかった。よし! このプロセスをもう一本の脚でも始める。今度は、身体を前に引っ張るとき、ピシッという大きな音が聞こえ、ずっと大きなひび割れがあなたの下から伸びているのが見えた。

しまった。床は砕け散った。

そしてあなたは落ちた。



SCIP.net Direct Access Terminal


こんにちは、私の後継者。

沈んだ心でこのメッセージを書いている。これで、私はかつて知っていた世界に戻る希望を完全に諦める。

転覆前の財団は悪の組織だった。その時私はまだ若かったけど、それでもそのことくらいは認識できた。私たちはみんなその価値があるって、世界を救うための難しい決断だって言い聞かせた。実際のところ以上にそう信じたかったんだと思う。結局は、何も関係なかった。世界はいずれにしろ終わった。

私みたいな老輩が世界のことについて前にも話してるのは知ってるけど、死にかけの女が思い出にふけることくらい許してほしい。晴れた日に空の下に立って、顔に暖かさを感じられた。ある日外を歩いていると、突然雨が降り始めた。中に入るときには服はびしょびしょで、私は震えていた。子供の頃は冬の雪の日が大好きで、雪の天使や雪だるま、雪玉、好きなものを作った。暖かい夜には、草の上に寝転んで星を見上げることもできた。あぁ、星が恋しい。

でもそんな日は終わった、切望してはいるけど、それはもう過去のもの。転覆が起きたときにそれを逆転させようとしたのは自然なことだった。もし1年、もしかしたら2年以内に解決のカギを見つけていたら、SCP-2000を起動して、全員に記憶処理して、あのときみたいに普通に戻れたかもしれない。でもそうはならなかった。そうはならなくて、何年も経って、新しい世界での生き方を学ばないといけなくなって、青空に怯えてトンネルを掘らないといけなくなった。私が管理官評議会のメンバーになったときは私は救いようのない夢想家で、若い頃の世界がそのままあるべき世界だと想像していた。キャリアの中で、自分がどれだけ世間知らずだったか学んだ。

後継者にこれを言っておく。TOPSIDEの成功は許されない。転覆前の人類を再生することの意味を考えてみて。SCP-2000は当時の人間を再創造する。それ以降に生まれたみんなはどうなる? 人口の多さを考えると、財団に実用的な選択肢は一つしかなくて、それを取るだろうとわかってる。転覆後に生まれたせいで何世代もの子供たちが死ぬのを見ることはない。

でもTOPSIDEを完全に止めることはできない。静かに、尊厳ある死を遂げないといけない。頭上にある空を思い出せる人が全員いなくなってから、その血を放出させていこう。TOPSIDEを止めるのは不満が多いだろうけど、今度こそ平和が広がる。もし、何かの残酷な奇跡でプロジェクトTOPSIDEが止められる前に成功してしまった場合、直ちに行動を起こさないといけない。成功したらエリス管理官からメッセージが届く。それを受け取ったら、エリスの机の爆弾を起動させて、集落-41の核弾頭で集落-2000を破壊してほしい。そこの管理官はこの計画を知ってるから、隠蔽してくれるはず。

きっとあなたは、この計画は財団への背信だと思ってるはず。そうじゃない。財団は世界を安全に保つことが目的だと言いたがるけど、真実は正常を強要すること。私がしているのは、70年前の正常性よりも今の正常性を優先しているだけ。また転覆が起きるのは見たくない。一回何とか生き残ったというのに。

幸運を、
アメリア・バーロウ

集落-19管理官


そして風が周りで呻き声をあげる。

四肢を揺らしながら、身体が回転する。

スピードが上がる。

空気が薄れる。

あなたは気を失うかもしれない。

地面が遥か遠くへ引っ張られる。

服に火が点く。

あなたは明るく燃え上がる。

肉は溶けて泡立ち、炭化する。

そして急に、とても寒くなる。

そして残渣はいつまでも落ち続ける。

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