
サラーム・ナルジーン次席研究員が制作したSCP-8675個体。
アイテム番号: SCP-8675
オブジェクトクラス: Neutralized
特別収容プロトコル: 世界各国のSCP-8675個体は監視下に置かれます。個体数が膨大であるため、現時点では収容は実行不可能です。各国のコミュニティに潜入した財団エージェントは、全世界的にSCP-8675個体の目撃情報や渡りパターンを追跡します。財団職員に捕獲された個体は、更なる分析のためにサイト-58へと移送されます。
説明: SCP-8675は6,500羽の紙細工の鳥の群れを指します。個体ごとに差異があるものの、いずれも意図して制作されたように見受けられます。SCP-8675個体を構成する紙の種類、デザイン、色彩、表面の書き込み、紙の折り方、画風は多種多様です。野外や他個体がいる場所に置かれると、SCP-8675個体は野鳥のそれと強く類似するパターンで行動します。これには長距離移動を伴う渡りや群れの形成が含まれます。SCP-8675個体は疲労を示さずに飛ぶことが可能であり、通常ならば危険な環境においても飛行を継続できます。
補遺-8675-1:
1月4日の10:48 AM、サイト-58にあるサラーム・ナルジーン次席研究員のオフィスから、ピンク色のSCP-8675個体が廊下へと飛来する事件が発生しました。ナルジーン次席研究員もその後間もなく廊下に現れ、鳥の捕獲を試みました。25分間に及ぶ取り組みの後、クーパー次席研究員がタッパーの空き容器を使ってSCP-8675個体の収容に成功しました。
特筆すべき点として、このSCP-8675個体には2つの名前が書き込まれていました。片方はサラーム・ナルジーンの名前であり、もう片方は死亡した5歳児童の名前でした。児童の名前は検閲されています。
事情聴取のため、ナルジーン次席研究員は安全なインタビュー室へと護送されました。
<記録開始>
序: ナルジーン次席研究員はインタビュー用テーブルに座っているが、目線は遠くを見ており、焦点が定まっていない。クーパー次席研究員が入室して向かいに着席するまで、彼女は無反応のままである。
クーパー: サラーム。大丈夫?
ナルジーン: 大丈夫だと思います。
クーパー: ところで、鳥は無事よ。でも幾つか質問がある… あなたさえ良ければね。
ナルジーンは頷く。
クーパー: [編集済]って誰なのか、教えてくれる? どうして彼の名前が鳥に書き込んであったの? それに… どうしてあなたの名前も一緒に?
ナルジーン: 数週間前、あるウェブサイトを偶然見つけたんです。勤務中だったのに、つい… 時々、他のことを何も考えられなくなってしまう。どういう意味か分かるでしょう - あなたにはもう話しましたからね。
クーパー: その -
ナルジーンはクーパーの発言を遮ろうと口を開けるが、言葉が出てこない。代わりに、目が蛍光灯の光を反射して輝き、涙がこぼれそうになっているのが分かる。
クーパー: サラーム? ねぇ、集中してちょうだい。お願い。これは重要な話なのよ。
ナルジーン: あのね、故郷の親族や友達と話す時、みんな近況を訊ねるんです。そして、あなたはとびっきり賢いから、将来とびっきり素晴らしいことを成し遂げるだろうって言います。でも、みんな敢えて口にしないのは、私の家族が… 逃げ出せたということ。私は祖国が平和のために縋る数少ない希望の一つ。だから素晴らしいことを成し遂げなければならない、さもないと…
クーパー: あなたの人道主義的な工作プロジェクトが異常性を発現したことと、その話がどう繋がるの? サラーム、私がこれを理解するのを手伝って。
ナルジーン: 私は沢山のことをしてきました。でも、私が祖国のためにできるのは、ここに座ってマヌケな折り紙の鳥を作ることだけです。私はあの地区を訪れたことさえない。あそこの人々のことも、この子のことも知らない。それなのに… 彼らを裏切ったような気がするんです。
クーパー: 裏切ったですって? 自分が何を言ってるか分かってる? あなたは誰も裏切ってない。でもね、そんな風に自分を追い詰めてたら、やっぱり誰の助けにもならないのよ。
ナルジーン: 過去15ヶ月間にあそこでどれほどの喪失と苦痛が感じられてきたか、あなたには想像もつかないでしょう。公平に言うならば、私にも分かりません。
長い沈黙が続く。
ナルジーン: こう思ったんです。もし鳥を作ったら、それが飛び立って、祖国の人たちに、彼らと一緒に死ぬことができずにいるのを私が深く悔いていると伝えてくれるんじゃないかって。イカれてますよね?
クーパー: イカれてなんかいない - 人間だもの。メチャクチャで、苦しくて、答えが見つからない時はみんなそうする。だけどね、サラーム、あなたは理由があってここにいるのよ。それを忘れないで。
クーパーはテーブルを回り込み、泣き始めたナルジーンの肩に片手を乗せる。
クーパー: 焦らなくていい。続きは後にしましょう。
++++
結: ナルジーン次席研究員が制作した個体はSCP-8675-1と指定され、収容下に留まっている。世界各国のSCP-8675個体群は引き続き変化を監視される。現時点では、ナルジーンへの更なる事情聴取から、当該現象に関する有用な情報は得られていない。
<記録終了>
補遺-8675-2:
2025年1月15日、467日間の紛争の後、ガザ地区における停戦が宣言されました。これは、それまで無生物状態だった個体や保管下の個体も含めて、SCP-8675個体とその群れの行動に全世界的な変化を及ぼしました。これらの行動は実際の野鳥の渡り習性と同一の協調的な長距離移動として表れました。全ての渡りがガザ地区へ集結するルートを辿っていると断定されました。
この現象を受けて、SCP-8675-1の放鳥が厳重な検討の上で承認され、収容下から解放された後の行動を追跡するための現地観察が実施されました。SCP-8675-1はガザ地区近辺で放鳥され、他のSCP-8675個体の大きな群れに加わる様子が遠隔操作ドローン経由で観察されました。ナルジーン及びクーパー次席研究員はこの出来事の監視を許可されました。
<記録開始>
クーパー: サラーム?
ナルジーン: はい?
クーパー: 最初にSCP-8675の話をした時… 確か、ウェブサイトの話をしたわよね。もしあなたさえよければ、先に進む前に私たちが知っておくべきだと思うことが他にあるかどうか、聞いておきたい。
ナルジーンはゆっくりと頷く。
ナルジーン: 良い機会だと思います。
13:04: 収容下から解放されたSCP-8675-1は、ガザ地区北部の難民キャンプの上空を協調飛行する他数十羽のSCP-8675の群れに加わる。キャンプには難民と家畜が密集している。地上の人々は頭上を飛ぶSCP-8675の群れに気付いていないらしく、多くの者は援助物資として通りに最近投下された袋からこぼれた小麦粉を拾うのに集中している。相当数の難民が膝を突き、地面に散乱した小麦粉を、土で汚れているにも拘らずかき集めようとしている。約15羽のSCP-8675個体が降下し、難民と並んで穀物をついばみ始める。
ナルジーン: パレスチナのことが頭から離れなくて集中できないことが時々ある、って話を前にしましたよね? それで、そのウェブサイトに辿り着いたんです。そこにあの子の名前がありました… たった5歳でした。そして、まだ誰も彼のために鳥を作ってはいませんでした。
ナルジーンは含み笑いする。
ナルジーン: 衝動に突き動かされました。デスクからポストイットを何枚か掴み取って、軽く絵を描いて、一緒に折り畳みました。しまっておくつもりでしたけれど、仕上げた直後にちょっと目を離したら - 鳥は消えていました。後はご存知の通りです。
13:06: 群れは近くの建造物に向かって移動する。建造物は既に崩落しており、残骸が跡地後方にある広い野原に散乱している。周辺に人の気配は無い。これにも拘らず、17羽のSCP-8675個体が降下し、瓦礫の小さな一角に5羽ずつ整列する。その後の分析で、この建造物はかつて学校だったことが確認された。
クーパー: あれに生命が宿った理由に心当たりはある?
ナルジーン: 悲しみでしょうか。あるいは記憶。そこには大量虐殺の統計以外の何かに育つことができなかった子供が1人いたという、打ちのめされるような考え。
クーパー: じゃあ - あれはその子の魂だと思っているの?
ナルジーン: 私は気の毒な死んだ子供の魂の器にするつもりで鳥を作ったのではありませんよ。イスラム教徒は幽霊や輪廻転生のようなものは信じていません。私はあれを… 思いやりの表れとして作ったんです。分かりますか? 彼が存在したこと、彼の命は掛け替えのないものだったこと、彼の物語はあの人々が住む、今となっては無慈悲な世界の片隅以外でも受け止められているんだと伝える思いやりです。
13:09: 群れは飛行経路を再び近くの住宅地へと向け直す。数軒の家屋が見えてくるが、その多くは深刻に損傷しているか、完全に破壊されている。SCP-8675-1が屋根の崩落した1軒の家に向かって滑空していくのが確認される。SCP-8675-1は家屋に接近し、2階にある大きな割れ窓から進入する。
ナルジーン: 今考えれば、おお神よYa Allah、あんなのは本当の思いやりですらない - せいぜい感謝程度です。死んだ子供の名前が書かれた、ただの紙の鳥。
彼女は苦々しげに笑う。
ナルジーン: そんなものを、誰かの気が晴れることを願いながら世に送り出しているんです!
クーパー: サラーム…
ナルジーンの目に涙が込み上げてくるが、彼女は泣かない。
13:12: 家屋内では、埃が空気中を漂い、ゆっくりと家具や瓦礫の上に積もっている。薄い埃の層があらゆる表面を覆っており、家が長期間にわたって無人であることを表している。汚れた玩具、破損した額縁、装飾品の破片など、私物の残骸が散乱している。鉄筋が数ヶ所で露出しており、構造崩壊を示唆している。この部屋は突然放棄されたように見受けられる。最近まで人間が住んでいたことを示す唯一の形跡は、まだ壁に掛かっている絵画を覆う埃の上に書かれた "لدي أمل" (希望はある) というフレーズだけである。
ナルジーン: わ - 私はこの子を知っているわけじゃありません。あの子供たちを誰一人として知りませんけど、そんなのは関係ありません、だってきっと誰かが知っている、知っていたはずで - この全てがどんなに理不尽なことか、私は考えずにはいられない。そして… 少しの間、彼のために別な現実を想像したくなるんです。子供たちが家族のもとへ戻ってきた現実。子供たちは戦争が終わるまで雲の上に留まっていただけで、それから帰ってこれた現実 - そして、家に帰れたのが嬉しくて、壁に落描きをしたり、花瓶を割ったり、いつまでたっても寝ようとしなかったりする現実を。
13:17: SCP-8675-1は隣の寝室に飛んで移動する。寝室にはベッドが2つあり、それぞれ部屋の反対側の端に置かれている。鳥は寝室と生活空間の間を数回往復して、家に残っているものを調べる。片方のベッドは目に見えて損傷しており、フレームが折れ曲がってマットレスが破れているのに対し、もう片方のベッドは比較的無傷で、枕がまだ頭側に整然と置かれている。SCP-8675-1は無傷なベッドの枕の上に着地し、動きを止める。
ナルジーン: 私は子供たちが雲の上にいると信じます。でも、戻ってこないのは分かっています。
13:39: SCP-8675-1は枕の上で静止しており、それ以上の活動の兆候を示さない。
<記録終了>
既知の全てのSCP-8670個体はガザ地区の特定の場所へと帰還し、その大部分は学校の校舎や住宅でした。到着すると、全てのSCP-8675個体が活動を停止しました。後に財団職員が実施した不活性SCP-8675個体の調査は、鳥の数と分布が、パレスチナ・イスラエル戦争の結果として死去したパレスチナの児童6,750名と大まかに一致することを明らかにしました。