クレジット
タイトル: SCP-8918 - 死は随所に色濃く表れていた
翻訳責任者: C-Dives
翻訳年: 2024
著作権者: Rounderhouse
原題: SCP-8918 - death was written large everywhere
作成年: 2024
初訳時参照リビジョン: 11
元記事リンク: ソース

イーペルでのカナダ遠征軍を描いた絵画。
特別収容プロトコル: SCP-8918-Aは現在、王立カナダ騎馬警察 (RCMP) のオカルト・超自然活動委員会 (OSAT) との共同収容指令の対象となっています。
2024年12月15日時点で、SCP-8918-Bから-EはNeutralizedに再分類されています。
説明: SCP-8918は、20世紀初頭にカナダ遠征軍第78大隊で活動したヒト型アノマリー部隊、“ファブFab・ファイブFive”の総称です。彼らは本来、カナダ全土に分散していた無関係の自警活動家でしたが、イギリスの対独宣戦布告を受けてカナダが第一次世界大戦に参戦したため、兵役に志願しました。各々の特異な能力が認識されると、彼らは速やかにSCP-8918へと編成され、士気高揚を主な目的とする儀礼部隊となりました。
SCP-8918は1915年春、志願兵だけで構成されたカナダ遠征軍の第一陣としてヨーロッパに派遣され、ベルギー西部での第二次イーペルの戦いで初めて戦闘に参加しました — 配備の遅延が原因で、SCP-8918はフランス、イギリス、ベルギー各軍とドイツ軍が激突し、10万人以上の死傷者を出した前年秋の第一次イーペルの戦いには立ち会うことができませんでした。
当初こそ前線から離れた場所で儀礼的な役割を果たす予定でしたが、SCP-8918は戦争の残余期間を通して、徐々に正規軍と共に実戦任務に携わるようになりました。彼らがカナダに完全に帰国できたのは、ヴェルサイユ条約締結後の1918年晩冬になってからでした。SCP-8918-Eは1917年4月にヴィミー・リッジの戦いで戦死し、帰国できませんでした。
SCP-8918は第二次世界大戦でのカナダ軍戦力としては動員されませんでした。財団は当初、SCP-8918構成員らの収容を試みましたが、王立カナダ騎馬警察 OSATが介入し、SCP-8918はカナダ陸軍の退役軍人であるためOSATが身柄を確保すると主張しました。部隊がパッシェンデールの戦いで全滅したことを示す資料が捏造されました。このため、SCP-8918構成員らは比較的自由な私生活を送っていました。
SCP-8918の能力の目撃証言の多くは、証拠が欠如していたため、過度に誇張された戦争体験談として片付けられました。しかしながら、SCP-8918は現在もカナダ国民から国家威信の象徴と見做されています — これは主に、1960年代を通してナショナル・コミックス・パブリケーション (現在のDCコミックス) から出版され、地域的に好評を博した一連の創作コミック “ファブ・ファイブ: カナダの十字軍” の影響によるものです。カナダ国民の間では、SCP-8918の異常な能力に関する逸話はコミックの人気に起因して生じたものであり、その逆ではないという見解が大勢を占めています。
SCP-8918構成員らは異常に長い寿命を有していましたが、不死ではありませんでした。SCP-8918-Cはパーキンソン病の合併症により2013年に146歳で、SCP-8918-Bは小細胞肺癌により2019年に151歳で、それぞれ死去しました。SCP-8918-Dは2020年初頭の世界的大流行時にCOVID-19に感染し、139歳で死去しました。本稿執筆現在、SCP-8918-Aが唯一存命のSCP-8918構成員です。
SCP-8918の経歴が一般の世界大戦史家たちによって記録されることはなかったため、RCMP OSATは、最後の隊員が死去する前に同部隊の活動や経歴を編纂するため、財団歴史部門の研究者1名がSCP-8918-Aに面会してインタビューを行うことを許可しました。

ハリファックスでのカナダ遠征軍。
SCP-8918-A
本名: ルイス・マッカンデル
能力: “脱穀機に巻き込まれて失血死する寸前で、アーサー王の亡霊に命を救われた! 甦った彼はランスロットの鎧、ガラハッドの剛力、そして魔法の盾プリドウェンで武装し、凍てつく北の大地を護り抜くことを誓ったのである — カナディアンCanadian・シールドShieldとして!” (ファブ・ファイブ #1 より)
<記録開始>
[ハロルド・ブランク博士がベネット曹長に付き添われて入室する。両者ともに医療用マスクを着用しており、ベッドの横に着席する。]
ブランク: こんにちは、マッカンデルさん。
ベネット: マッカンデル少佐。
[SCP-8918-Aはベッドの上で身を起こし、手探りで眼鏡を探す。眼鏡を掛けると、彼はブランク博士を注意深く見る。]
SCP-8918-A: ふん。どうも。
ブランク: ハリー・ブランク博士と申します。財団歴—
SCP-8918-A: お前が何者かぐらい見当はつくさ、若造。騎馬警官マウンティじゃないのはその髪型で分かる。
ブランク: 失礼しました。
ベネット: マッカンデル少佐は事前に説明を受けておられる。まず原則として、機密扱いの情報や作戦に関する質問をしたり、そちらの話題を持ち出してはならない—
ブランク: まず訊ねてみなければ機密情報かどうかは分からないだろう?
ベネット: 私がその都度知らせる。このインタビューはあくまでも少佐の余暇で行われているので、彼はいつでも打ち切ることができる。面会時間は19時ちょうどで終了するので、それまでに終わらせてほしい。
ブランク: そして、君はこれからコーヒーか何かを飲みに出て、ガーゴイルみたいに私の肩越しにジロジロ見張っていたりはしない。
ベネット: いいや。
ブランク: うーん。まぁ訊くだけ訊く価値はあったかな!
[ブランク博士はSCP-8918-Aに顔を向ける。]
ブランク: さて、時間を無駄にするのは惜しい。マッカンデルさん—
SCP-8918-A: マッカンデル少佐だ。
[ブランク博士は唇を尖らせる。]
ブランク: 了解。マッカンデル少佐 — あなたは1914年から1918年まで、カナダ遠征軍の第78大隊、C中隊の一員として活動していた。そうですね?
SCP-8918-A: 応アイ。
ブランク: あなたは俗に“ファブ・ファイブ”と呼ばれるB分隊の隊員たちと共に西部戦線で戦い、そのリーダーを務めていた。
SCP-8918-A: リーダーとしてできる限りの力は尽くした。
ブランク: あなたはヴェルサイユ条約の締結後、カナダに引き揚げ、第二次世界大戦には動員されなかった。
SCP-8918-A: ん。
[しばしの沈黙。ブランクは両手を打ち合わせて立ち上がる。]
ブランク: では、これで終わります。歴史のお勉強は終了!
ベネット: 何を言っている?
ブランク: 君こそ何を言っている? 君たちが歴史を編纂してくれと頼んだから、私はそうしたまでだ。カナダへの貢献には感謝します、少佐、しかしあなたたちは数百万人の中のたった5人に過ぎなかった。
ベネット: カナダ軍唯一の超常部隊だ。君にはブリタニア百科事典の要約よりは多少マシな仕事ができると思っていたのだがね。
ブランク: そういう君はいったいどこで歴史学の博士号を取ったのかな?
SCP-8918-A: 今のは嘘だ。
[両者がSCP-8918-Aに向き直る。]
ブランク: 失礼、今なんと?
SCP-8918-A: 俺はリーダーじゃなかった。そりゃ勿論、分隊の指揮官ではあったとも。だが本当にリーダーだったのはドリューだよ。俺たち5人の中で実戦経験があったのはあいつだけだった。ドリューはアフリカにいたのさ。ボーア人との戦争でな。
[ブランク博士はベネット曹長と視線を交わす。彼は再び着席し、メモ帳を開く。]
ブランク: それは… SCP-8918-Bですね? アンドリュー・リーム。“ヴォワヤジュール”。
SCP-8918-A: アイ。いつも祖父さんがネルソン提督の指揮下でワーテルローの戦いに参加したとか言ってたが、勿論俺にはどこまでが本当か分からん、真っ赤な嘘かもしれんしな。だが、俺たちは気分が沈んでたから、スピオン・コップでボーア人と戦い、砲撃1発で植民地人100人を吹っ飛ばしたとかいうドリューの武勇伝に耳を傾けた。完全な編隊を組んだライフル連隊、きらめく銃と華やかなピーコート。あの時、俺たちはみんなふさぎ込んでた。民兵省が計画段階でヘマしたせいで、最初の大攻勢に参加できなかったんでな。
ブランク: フランドルの戦いですね。
SCP-8918-A: アイ。クリスマスまでに決着がつくとばかり聞かされてたから、俺たち5人はフランドルで戦えないのは戦争全体を見送るのと同じだと思ってたのさ。勿論実際はそうならなかったが、全くのところ、俺たちはただのガキだった。最年長のドリューは、どうやれば栄光を掴み取るチャンスをモノにできるかを話して、俺たちの機嫌を取ろうとした。俺たちは理屈をこねて、この5人ならライフル中隊ぐらい簡単に撃退できると考えた。ドイツ人どもは5人の子供に直面し、尻尾を巻いてベルリンまで退散するに違いない。勲章をもらい、女の子たちにちやほやされ、晩飯までには家に帰れる。
ブランク: 開戦前にお互いのことをどの程度知っていましたか?
SCP-8918-A: 全く知らなかった。噂には聞いてたし、他の奴らも同じように俺の風評だけは知ってたと思う。俺はただの地元民として、できる範囲で人助けをしてた。銀行強盗を撃退するとか、暴走機関車を止めるとかだ。付いた綽名が“カルガリーCalgary・キャバリエ”Cavalier。俺みたいな人間が他にもいるとは聞いてたが、探す気は起きなかった。それから、ヨーロッパの大騒乱に関する電報が届くようになって、俺は当然志願した。真に闘うべきものを求めたんだ。新聞売り場を通り掛かった時に、一面見出しが目に入って — “ドイツ皇帝、宣戦布告” — 徴兵事務所に直行した。志願者の列が建物を囲んでて、軍曹からは一番後ろに並べと言われた。だからその建物を地面から持ち上げてみせた。それが軍の注意を引いたのさ。
ブランク: アーサー王も感銘を受けたでしょうね。
SCP-8918-A: 何?
ブランク: …アーサー王の亡霊ですよ。死の瀬戸際からあなたを救った。鎧と剣と能力を与えた。カナダ全土の守護者という使命を託した。思い当たることがありませんか?
[SCP-8918-Aは喘ぐように笑う。]
SCP-8918-A: そりゃ軍からオウム返ししとけって言われた台詞だな。アーサー王の亡霊なんていねぇよ、若造。ある日、親父の小麦畑を耕してた俺は、地面から半分突き出てた箱につまづいた。棺桶だった。蓋をこじ開けると、中には全身鎧を着た骸骨が入ってて、聖母マリアが描かれた盾を両手で抱えてた。俺の指は聖母様のご尊顔に触れ、それ以来俺はずっとこうだ。
ブランク: ふむ。アーサー王がどうしてカナダの田舎に出没するのか、いつも不思議に思っていました。
SCP-8918-A: クソ同然のホラ話さ。他の奴らの能書きも似たり寄ったりだった。だが、役割はしっかり果たした。
ブランク: 役割とは?
SCP-8918-A: 士気だよ、若造。俺たちは最初から戦地に必要とされてたわけじゃない。野営地は軍の中継基地というより収穫祭みたいな雰囲気だった。気分は高揚してた。俺たちはマルヌやイーペルで起こっていることを何一つ知らなかった。大いに酒を飲み、笑い合った。訓練はごく初歩的で、何十年も昔の流儀だった。俺たちはまだライフル隊形での行進を習ってる最中だったんだ! 他の兵士たちは、俺たちが直々にカイザーのケツを蹴り飛ばしにいこうとしているみたいな目で俺たちを見た。イーペルに着くまでは、実際そうしてやるつもりだった気がする。
<抜粋終了>

イーペルの負傷兵。
SCP-8918-B
本名: アンドリュー・リーム
能力: “ヴォワヤジュールVoyageurは忠実なカヌーのラ・シャッセ・ギャルリla chesse-galerieに乗り、ケベック州の上空で静かに目を光らせる。危険、不法、虐待を見たならば、彼は斧で正義を執行するために舞い降りるのだ!” (ファブ・ファイブ #3 より)
<抜粋開始>
[SCP-8918-Aが話している間、ブランク博士は漫然とメモ帳に書き込みをしている。ベネット曹長はドアの傍に立っている。]
SCP-8918-A: ああ、ちゃんと飛んだ。お前みたいにな。
ブランク: 私は飛べません。
SCP-8918-A: 何一つ見逃さないらしいな、え? ドリューのカヌーはカナダ本国では問題なく飛べた。ヨーロッパでは事情が全く違った。慣れない空気だったのかもしれないし、彼女は1そこにいたくなかったのかもしれない — そうだとすれば、彼女は俺たちの誰よりも賢かったことになる。いずれにしてもカヌーは猛烈に揺れまくり、ベルギー上空で俺たちが命がけでしがみ付いている間、ドリューは辛うじて彼女を制御する程度のことしかできなかった。
ベネット: 第二次イーペルの戦い。
SCP-8918-A: アイ。偵察隊として派遣された。スミス=ドリエン将軍は、俺たちに船で空を飛ばせて、ドイツ軍が布陣している場所を正確に把握すれば、申し分なく士気を高められると踏んでた。特に危険は無いはずだった。当時、ドイツ軍は攻勢を掛けてたんだ。マルヌの戦いで奴らの短期決戦計画はぶち壊しになった。イーペルはイゼール川の河口に近いし、フランドル海岸はドイツ軍を迎え撃つのに絶好の—
[ブランク博士が声を上げる。]
SCP-8918-A: うん?
ブランク: 気を悪くしないでいただきたいのですが、重要な部分まで話を飛ばせませんか?
SCP-8918-A: 重要な部分?
ブランク: オーケイ、今の言い方は失礼でした。
SCP-8918-A: 全くだ。
ブランク: つまりですね。私は軍事史家ではないんですよ。それは私の分野ではないし、関心もありません。日付や戦闘の長大なリスト、機動や攻勢をまとめた地図、どの将軍がどの攻撃を指揮したかはどうでもいいのです。それは却って私の目を曇らせます。インタビューの前にお断りしたはずです。
ベネット: だから重要性の低い分野だと言うのかね? 退屈だから?
ブランク: いや、重要性の低い分野なのは、軍事史家が片手間に博士論文を書くからだ。あれは死や虐殺や殺人について、なぜそうなったのか、なぜそれが悪しきことなのかについて何ら鋭い指摘をすることなく、ただ座って数字を書き連ねるだけの学問だよ。
[SCP-8918-Aが咳込む。]
SCP-8918-A: いいだろう。泣き言を止めるなら話をしてやる。
ブランク: どういうお話でしょうか?
SCP-8918-A: 俺の盾が今どこにあるか知ってるか?
ブランク: ケベック州の歴史博物館です。私も子供の頃に見ましたよ。
SCP-8918-A: 鎧が一緒に展示されてないのには気付いたか?
ブランク: 是非詳しく聞かせてください。
[SCP-8918-Aは数秒間にわたって湿った咳の発作を起こした後、気を取り直す。]
SCP-8918-A: 俺たちはマルセイユに上陸し、砂利道をベルギーに向かって行進していた。全身軍服さ。糊の利いたコート、てかてかのスパッツ、磨き上げたブーツ。まぁ勿論、ヒンターランダーと俺は軍服を着なくていいことになっていたがね — 滑稽な絵面さ、何しろ俺は鎧を身に纏い、毛皮姿のヒンターランダーは将校の騎馬とお喋りしてるんだからな。白布で覆われた荷馬車が長蛇の列になり、道の反対側を通って俺たちが来た方向へ戻っていくのを見ても、気力はほとんど衰えなかった。前線まであと数マイルの場所に野営した時、将軍から、ドリューのカヌーで敵の陣形を偵察してこいとのお達しがあった。そこで俺たちはあのギシギシと軋むカヌーに乗り込み、空に向かって漕ぎ出した。
[SCP-8918-Aは少しの間沈黙している。]
SCP-8918-A: フランスとベルギーは上空から見ると美しい。なだらかな緑の丘と牧草地、羊の放牧地。暗闇の中で見たってのに、俺はそれをよく覚えている。月が頭上にあり、俺たちはカヌーの横から身を乗り出して、影の中から何かを見分けようとしていた。
[SCP-8918-Aは再び合間を取ってから話を再開する。]
SCP-8918-A: ドリューはカヌーの蛇行を抑え込むのに手一杯で、カヌーが なぜ 蛇行しているかまでは頭が回らなかった。突然、俺たちは上下逆さまになり、“命がけでしがみ付く”というのがまさしく文字通りの表現になった。全ては高速回転し、俺は兜の中で吐いた。煙の匂いがして、俺たちは無様に地上目掛けて落っこちていった。俺はある時点で気絶したか、自分のゲロで窒息したらしい。
ブランク: ジーザス。何が起こったのですか?
SCP-8918-A: 迫撃砲の流れ弾だ。ドイツ軍が果たして俺たちを狙ってたかどうかは、今になってもさっぱり分からん。純然たる混乱状態だ。耳元でのドリューの叫び声と、ドスンドスンという鈍い音で目を覚ました。
[SCP-8918-Aは大声で笑う。]
SCP-8918-A: 俺はドリューを押し退けた。行進したくないと言った。自分がどこにいるか見当もつかなかった。
ブランク: 彼はどうしました?
SCP-8918-A: 俺の兜を強引に引っ張って脱がせた。いきなり、鈍い振動が激しい爆音になり、煙と銅のような匂いが鼻を突いた。俺は泥の中にうつ伏せで倒れてた。立ち上がろうとすると、ドリューは何か叫んだが、絶え間ない爆音のせいで聞き取れなかった。俺が耳を貸さないと気付くと、あいつは俺の片脚を引っ張ってまた泥の中に倒れ込ませた。顔をぶん殴ってやろうとした時、タ・タ・タ・タ・タ・タという音が、一瞬前まで俺が立ってた場所を切り裂いていくのが聞こえた。機銃掃射だった。脛当てが温かくなって、自分が漏らしたことに気付いた。
ブランク: 中間地帯ノーマンズランドに墜落したのですね。
SCP-8918-A: アイ。ドリューは腹這いで俺に近寄り、頭に触れた。そして手に付いた血を見せた。あいつは付いてこいと叫び、俺はやみくもにあいつの後ろを這っていった。ざっと1時間ほどの間、見えたのは左右にくねるドリューのブーツの底だけだった。泥にできる限り身体を密着させて這い進んだ。時々進行方向を変えたが、最初のうち、俺はその理由が分からなかった… 死体に出くわして回り込むまでは。ほとんどの死体は敵か味方かも判別できなかった。
[合間。]
SCP-8918-A: 勿論その時は気付いてなかったが、俺はかなりこっ酷く頭を打ってた。何が起きてるのか、ほとんど理解していなかった。全てがほんのちょっとぼんやりしていた。ただ、ライフル隊形で立ち、膝を突いて発砲するというドリューの話のことだけ考えていた。そして、ふと自分が動いていないのに気付いた。鎧の一部が — 脛当てが戦場に張り巡らされた有刺鉄線の輪に引っ掛かってやがった。身動きが取れない。振り解こうとしても無駄だった。立ち上がらなきゃ外せそうになく、立ち上がればドイツ軍の銃でズタズタに引き裂かれる。そして、心のどこかで、故郷から遠く離れたこの地で死ぬかもしれないと悟ったんだと思う。母さんのポットローストをもう一度食べることも、俺を抱き締める親父の手のタコを感じることも、雪が解けて厩舎の隙間だらけの藁ぶき屋根から滴り落ちた時のロバの嘶きを聞くことも、もう二度とないかもしれないと。俺たちがハリファックスを出立したのは冬だったが、今はすっかり春の雪解けの時期だ。そして俺はベルギーの泥っ原で血を流して死ぬんだ。その時になって、俺はひたすら泣き始めた。
[沈黙]
SCP-8918-A: やがて誰かが、俺が一緒にいないのに気付いた。ドリューが戻ってきた。奴は優しくはなかった — 優しくしてる余裕は無かった。俺の襟首を手荒に掴み、鎧の一部がもぎ取れるほどの力で引っ張った。十数メートル引きずられたところで、俺の中の何かが立ち直り、腕がまた動き始めて、身体を前へと引っ張っていった。ヒンターランダーの居場所に辿り着くまでそうして這い進み、また一塊で動き始めた。ドリューの指が俺の襟首に巻き付き、ヒンターランダーの手がネルソンを掴んで、とうとうイギリス軍の隊列の明かりまで辿り着き、上から塹壕の中に倒れ込んだ。俺はさぞかし見ものだったろうよ — 泣きじゃくり、泥とションベンにまみれ、脛当てを半分失くした騎士だ。みんなが泣きじゃくっているのに、俺は気付いた。俺たちは本当にただのガキでしかなかったんだ。
[沈黙]
<抜粋終了>

ソンム。
SCP-8918-C
本名: 不詳
能力: “生まれてすぐに荒野に捨てられ、狼たちに育てられ、熊たちから戦い方を教わった — 彼は人間の言葉を話さない。母なる大自然の過酷な正義を貫くため、彼は南へと旅立った。彼こそが… ヒンターランダーHinterlanderである!” (ファブ・ファイブ #2 より)
<抜粋開始>
[ブランク博士は閉じたメモ帳で漫然と自分の膝を叩いている。]
ブランク: それで、彼は本当に一言も話さなかったのですか?
SCP-8918-A: 6年間、俺はあいつのすぐ傍で過ごした。一緒に戦い、飯を食い、クソを垂れた。あいつが口を利くのを聞いたのは一度限りだ。
ブランク: 彼はなんと言いましたか?
SCP-8918-A: それは別に重要じゃない。
ブランク: 重要じゃないとはどういう意味です? 彼はヒンターランダーですよ! 人間の言葉を話さず、云々。彼は喋らない。それが彼の全てです。
SCP-8918-A: 必ずしも正確じゃないな。あいつはかなりお喋りだったぜ — 人とは話さなかったがな。
ブランク: 待ってください。するとあの描写は本当なんですか? 彼は動物と会話できた?
SCP-8918-A: アイ。
ブランク: ふむ。
SCP-8918-A: とはいえ、あいつがどの程度話し、どの程度聞いてたかまでは正直分からん。聞き上手な奴だった。いずれにしても、あの能力は数え切れないほど何度も重宝した。
[SCP-8918-Aは笑い始めるが、咳の発作に遮られる。]
SCP-8918-A: ある時、ヴェルダンで、オーストリアの砲兵旅団の援軍を食い止めたことがある。1匹のリスがヒンターランダーのところに来た。身長7フィートの、筋骨隆々たる、動物の毛皮を身にまとった男にだ — 他の兵士たちでさえあいつを怖がってたのに、あのちっぽけな茶色のリスはちょこまかとあいつに近寄ってきたのさ。多分クルミをねだったんだろう。ヒンターランダーは無言で皮の小袋に手を入れ、クルミを出してリスに渡した。リスはその返礼に、待望の砲弾を携えて森の中を移動しているオーストリア軍の救援隊の正確な居場所を教えてくれたんだ。清々しい勝利だった。
ブランク: しかし、彼が一度だけ口を利いたと言いましたね。英語で?
SCP-8918-A: アイ。
ブランク: 私には、歴史に残るべき出来事のように思えます。
[SCP-8918-Aは少しの間考え込む。]
SCP-8918-A: 1916年後半。俺たちはソンムにいた。
[ブランク博士とベネット曹長が共に顔を上げる。]
ベネット: ソンム?
ブランク: あなたたちは士気高揚部隊だと思っていました。
SCP-8918-A: その妄想はイーペルで終わった。俺たちは1週間、塹壕の中でうずくまり、泥と雨水とみぞれに膝まで浸かり、イギリス軍やフランス軍と肩を並べて過ごした。ドイツ軍の砲撃音を聞いて身を屈め、機関銃の射手が疲労で倒れた時には代わりを務めた。俺は鎧の一部を捨てた。敵の刃を粉々に打ち砕く魔法が掛かった鎧は、敵の姿が見えもしない状況じゃほとんど役に立たないことが分かったんでな。板金と軍服のごった煮を着るようになった。盾はそのまま持ち続けた。とにかく、司令部は盾にこだわった — ごく稀に占領した町がある程度原形を留めてると、司令部は俺たちを戦勝パレードに駆り出した。だが、イーペルで俺たちは貴重な教訓を学んだ。
ブランク: 何でしょう。
SCP-8918-A: 司令部は役立たず以下の存在だということだ。奴らは兵士をやみくもに砲撃や待ち伏せやその他の死地に送り込む。地面が1インチの隙間もなく死体で埋まるほどに、千回でも兵士を犠牲にして顧みない。頼れるのは塹壕で隣にいる仲間だけだ。俺たちは仲間を見捨てるつもりは無かった。だから、大隊が第三次攻勢に向けたソンムへの行軍命令を受けた時、俺たちは従った。
[合間。]
SCP-8918-A: イーペルが死だとすれば、ソンムは地獄だった。イーペルでは少なくとも敵の居場所が分かった。塹壕の中、有刺鉄線の後ろに隠れていられた。砲撃が始まったら、地面に伏せて祈ればよかった。
ブランク: しかし、ソンムでは違った。
SCP-8918-A: そうだ。
[沈黙。]
SCP-8918-A: ソンムでは砲撃が始まるなんてことはなかった、と言うのはそもそも終わらなかったからだ。それが自軍の砲撃であれ、ドイツ軍の応戦であれ、骨が震えるのを感じなかった時は一瞬たりとも無かった。俺たちは2ヶ月そこに駐屯し、化け物じみた大砲に囲まれて生きる術を学んだ。大砲どもは立ち尽くし、戦い抜き、弾詰まりを起こしても絶対に壊れはしなかった。大砲どもは生き延びたから、俺は生き延びるために大砲みたいになっていった。塹壕に身を隠し — いや、あれを“塹壕”と呼ぶのはいくらなんでも控えめ過ぎるだろうな。イーペルには塹壕が、板張りの補強を施した構造があった。灯油ランプと信号線があった。ソンムのは人間で埋まった穴だ。木柱は穴に溜まった水の中でとっくに腐ってた。壁はただ土を固めただけで、雨が降る度に少しずつ崩れ、足首まで届く泥水の仲間入りをした。
[SCP-8918-Aの片足が痙攣する。]
SCP-8918-A: 俺は鎧の足部装甲サバトンを付け続けてたからまだ助かった方だ。他の多くの兵士はそれほど幸運じゃなかったよ。キッキング・ホースは酷い塹壕足にかかった。足の裏の皮膚が白くなって、剥がれ始めるんだ。あいつは回復するまで走れなくなり、つまり多かれ少なかれ役立たずだった。俺たちが初めて戦列に合流したのは、ドイツ軍が軽く攻勢を掛けてる最中だった。誰もが跪き、イワシの缶詰みたいにぎゅうぎゅう詰めで、耳をつんざくような銃声の下で呻いたり唸ったりしてた。俺の隣にいたフランス人の伍長は、カビが生えたパンの欠片をまるでご馳走みたいに頬張っていた。ネズミに気を付けろと言うと、そいつは微笑んでフランス語で何か返事した。俺はフランス語が分からんから、通りかかったドリューに言葉を伝えるまで、礼を言われたんだとばかり思ってた。
ブランク: その伍長はなんと言ったのですか?
[SCP-8918-Aは微笑む。]
SCP-8918-A: 「こんな場所にはネズミも来ない」。あの状況を見事に要約してたと思うね。それでも動物はいた。犬。ゴキブリ。勿論、将校どもは自分たちの騎馬を、危険が及ばないように戦線の後ろに留めてた。純粋なエゴのケダモノだ。奴らは父親からクリミア戦争の体験談を聞かされて育った、騎馬がいなけりゃ将校じゃないと思ってる類の将校だった。ヒンターランダーは何日も厩舎で馬の面倒を見ていた。野生で育ったとかいうデタラメが真実かどうかはともかくとして、あいつは馬の扱いにとても長けていた。あいつが腰を下ろしてブラシを掛けると、馬たちは話し、あいつは耳を傾けた。そして戻ってくると、身振りで地図を持ってこさせて、ドイツ軍の哨戒ルートに目印を付けた。
ブランク: どうして馬がそんな情報を知っていたんでしょう?
SCP-8918-A: 俺が思うに、馬たちは人間の戦争にはほとんど関心が無くて、ドイツ側の同類とお喋りするのが楽しかったんだろう。ヒンターランダーは一度も打ち明けなかった。だが、あいつは馬たちを愛していた。それこそ将校どもよりも遥かに強く。多分、馬の方が奴らより賢かった。
ブランク: と言うと?
SCP-8918-A: 俺はてっきり、俺たちの役割はぬかるみにしゃがみ込んで機を伺うことだと思っていたんだ。もしかしたら、イギリス軍の指揮官たちが、普通ならキリストに向けるような口調で語り続けていた戦車とやらに頼るのかもしれないとな。違った。ある晩、砲弾が空を横切っていく中で、いきなり大騒ぎが始まり、イギリス人とカナダ人が全員動き出し、俺たちを起こしてエンフィールド銃を点検しろと言った。何があったのかと俺が訊ねると、相手は出るんだと叫んだ。
[SCP-8918-Aは笑う。]
SCP-8918-A: 「出るって、どこに?」 俺は戸惑ってそう訊いた。相手は軟弱者を見るような目つきになったが、それでも一応返事した。「馬鹿か? 塹壕を出て突撃するんだ」 信じられなかったね。ドイツ軍はまだ発砲してた — そして向こうが撃ち続ける限り、俺たちは撃ち返していた。自軍の機関銃に背中を向けて戦ってこいというお達しさ。唯一の儚い希望は、一緒に騎兵隊が出撃することだった。きっと成功の見込みがある時だけ騎兵隊を出してたんだろう。そこで俺たちは、馬が足をトントン踏み鳴らし、クロウリー中尉を背中に乗せるのを立って待っていた。クロウリーは俺たちの誰一人として聞き取れない言葉を幾つか叫び、それから更に数分間、ドイツ軍の銃声が収まるのを待った。そして俺の身体が銃みたいに機械的に動き始め、だだっ広くて空っぽの中間地帯に突進していく黒や白や茶色の騎馬を追った。金切り声を張り上げながら付いて行った。
[合間。]
SCP-8918-A: 正直に言うが、あの戦闘はほとんど記憶に無い。エンフィールド銃を撃った覚えはある。誰かに命中したかもしれない。叫び声が沢山聞こえた。突撃中に、油の焦げる匂いがして、金属同士が擦れる音を聞いたのも覚えている。俺は顔を上げて煙の方へとふらふら近寄っていった。辺り一面を飛び交う弾丸。ドイツ語、フランス語、英語の怒号。穴に嵌まり込んだ、どんくさくて醜い箱 — かの有名な無敵の戦車様だった。
ベネット: あれは戦車が用いられた最初の戦いでした。
SCP-8918-A: その通りだ。オイルが漏れていて、危険なほど前のめりになってた。俺が履帯の下に片手を突っ込んで持ち上げ、車体を正すと、戦車はまたじりじりと進み始めた。轢かれたドイツ人の顔を見る前に死んだと分かるぐらいのろい前進だった。そいつは塹壕に落ちた戦車の重みで潰され、皮膚から骨が突き出し、軍服はほとんど全体が真っ赤に染まってた。俺と同じぐらいの歳だった。黒髪、尖った鼻。細い口髭。目は頭蓋骨から飛び出してた。そしてその頭蓋骨を馬の蹄が踏み潰し、騎兵はろくに速度を落としもせずに通り過ぎた。そちらに顔を向けた時、俺たちは既に隙を逃していた。どうやらドイツ軍は銃の弾詰まりを解消したようだった。「撤退しろ!」とヴォワヤジュールが叫んだ。だが騎兵隊の突撃は一度始まったら止められない。次から次へと、ドミノ倒しみたいに、馬たちはマキシム機関銃に引き裂かれていった。悲鳴を上げながらよろめいて横ざまに倒れたり、撤退中に肋骨や脚を折ったり、有刺鉄線に引っ掛かったりした。俺は戦場を這い進んだ — 他の兵士たちもだ、そして倒れた仲間を救おうと全力を尽くした。横転してもがく騎馬に押さえ付けられて苦痛に叫ぶ騎兵がいた。何も考えず、俺はその騎兵を引っ張った。下半身は馬の下敷きになったままで、内臓がぬかるみにこぼれた。
ベネット: なんということか…
SCP-8918-A: その頃にはもう、俺は血を見るのに慣れっこだったから、機械のように進み続けた。ヒンターランダーに出くわした時、あいつは目をかっ開いてその場に凍り付いてた。立ち止まることも、戸惑うことも、取り乱すことも決して無かった男が、微動だにせず立ち尽くしてた。100頭の馬の断末魔が聞こえていたんだろう。だが俺はあいつを塹壕まで引きずっていった。
ブランク: 彼はなんと言いました?
SCP-8918-A: 何も言わなかった。その時はな。しばらくの間、ただ壁を見つめてた。あいつが口を利いたのは何年も後、ヴェルサイユ条約が結ばれてから、俺たちが戦場に戻った時だった。そこは静まり返っていて、生気はまるで感じられなかった。死体は全て片付けられたが、塹壕はまだ埋まってなかった。将軍どもは勝利を収めた場所で俺たちの写真を撮りたがったのさ、ほら、本国の新聞で載せるためにな。俺たちは戦場を見渡した。何も変わってなかった。
ブランク: どういう意味ですか?
SCP-8918-A: そこに立っていたのがその時でも、5年前でも、50年前でも関係ない。そこは相変わらずフランスだった。国境は、何百年もそうだったように、ライン川に戻されてた。統治者が変わった領土は無かった。救済された街も、破滅した街も無かった。そして、ヒンターランダーは俺の方を向いて、気のせいかと思うほど静かに訊いたんだ。「どうして」と。
[沈黙。]
ブランク: 彼にどう答えましたか?
SCP-8918-A: 真実を伝えた。俺には分からないと。
<抜粋終了>

パッシェンデール。
SCP-8918-D
本名: ナサニエル・ネルソン
能力: “吹雪に見舞われた彼は、北の大地そのものによって死の淵から救われた! 彼女の化身として選ばれた彼の血管には氷水が流れ、軽く触れるだけで大人が凍り付き、吹雪を意のままに支配する — その名もスノーマンSnow-Man! (ファブ・ファイブ #6 より)
<抜粋開始>
[ブランク博士はメモ帳を閉じてナイトスタンドに置いている。彼は椅子の上で身を乗り出している。]
ブランク: 炎は本当に彼の弱点だったんですか、それともデタラメですか?
SCP-8918-A: 裸火を避ける傾向はあったが、痛いかどうかは一度も言わなかったな。不快感を覚えただけだ。
ブランク: そうですか。しかし、彼は戦場では役立ったでしょう。
SCP-8918-A: お前の想像ほどじゃないぞ。
ブランク: なぜです?
SCP-8918-A: 北の大地の化身とかいう宣伝文句が嘘っぱちかどうかは知らん。ただ、俺たちが戦場にいた頃、あいつの能力がもっと限られてたのは確かだ。
ブランク: どこからともなく大吹雪を召喚したりはできなかった?
SCP-8918-A: できなかった。まぁ、雪やみぞれが降った時 — そういうことは頻繁にあった — その矛先が俺たちじゃなくてドイツ軍の陣地を襲うようにはしてくれた。それでもかなり耐え難かったがね。
ブランク: カナダ出身なのにアメリカ兵に寒さの愚痴をこぼしたりとか?
SCP-8918-A: 寒気じゃない。湿気だ。寒さは悩みの種で、外套にくるまらなきゃやってられん。だが湿るのはどうだ? 身体が濡れて骨まで冷え込む。指先はプルーンみたいな皺が寄って、引き金を引けるかどうか疑わしいほど震え、敵が攻めてこないのを祈るしかなくなる。足が濡れれば、皮膚が腐り始める。
ブランク: 成程。
SCP-8918-A: パッシェンデールでもそうだった。俺はあそこで初めて塹壕足になった。惨憺たるものだったぜ、あれは。
ブランク: それはパッシェンデールに限らないでしょう。
SCP-8918-A: じゃあ、惨憺たる展開が山積みだった戦争の中の、一番惨憺たるものと言い換えるか。
ブランク: あなたは当時どうしていました?
SCP-8918-A: 他のみんなと同じだ。生き延びようとしていた。イーペルに、この戦争ってもんの正体を始めて見せつけられた場所に戻っていた。あれはな、あの地域を掌握するための3回目の作戦だったんだ。壁が崩れるまで兵士を人形みたいに投げ付け続けるだけだった。
ブランク: 当時でさえ不評だったそうですね。
SCP-8918-A: 誰もフランドルでまた会戦することなんか望んでなかった。馬鹿の骨折り損だ、そして勿論、司令部は揃いも揃って馬鹿だった — ゴフだのヘイグだの全員だ。俺たちは粗悪な装備に似合いの粗悪な命令ばかり受けた — 詰まったライフル、湿気た弾薬、厚紙の魂を持つ奴らから支給された厚紙の靴底。そして俺たち全員を馬鹿にするかのように、雨が降り始めた。雨、雨、いつまでも雨。遅延が問題に変わり、やがて、司令部は凍てつくような土砂降りの雨の中、防備の固い村に俺たちを突撃させようと考えてるのが徐々に分かってきた。
ブランク: とても得策とは言えませんね。
SCP-8918-A: ネイトには戦略の才能があった。人を動かしたり、奇襲を仕掛けたりだな。戦場では、あいつの助言に従う下級将校も数人いた。上級将校は違った。上級将校どもは絶対に耳を貸さなかった。
ブランク: 彼らはネルソンを嫌っていたのですか?
SCP-8918-A: 志願兵を嫌っていたんだ。俺たちには軍学校に通った経験が無かったからな — 砲兵旅団を指揮したこともなければ、インドで棍棒をぶん回すヒンドゥー教徒を何十人もなぎ倒したこともない。俺たちは命令を受ける動物だった。戦闘に勝利したら、それは指揮官の卓越した戦術のおかげで、戦闘が敗北に終われば、それは志願兵どもが臆病者でマヌケだからだった。
ブランク: 統治する側はいつまでたっても変わりませんね。
SCP-8918-A: ネイトは — その頃には、他の兵士たちはあいつをある種のスポークスマンとして慕っていた — テントに籠っている将軍どもに、雨中の攻撃は悲惨な結果に終わるだろうと伝えようとした。
ブランク: きっと、彼らは耳を傾けて、計画を変更したんでしょうね。
SCP-8918-A: 雨の降りしきる中、ネイトが塹壕に戻ってきて、計画に変更はない、天候によらず攻撃すると単刀直入に言ったのを覚えてる。緊張が高まってた — フランス軍の一部が反乱を起こしたという話が伝わってきてたし、同じような愛国心が燎原の火のように塹壕に広まってた。それでも2日後、攻撃は開始された。
ブランク: 上手くいきましたか?
SCP-8918-A: そりゃもう、進軍中にドイツ軍の大砲からこっ酷くやられて、ヘイグが攻撃を中止するぐらいにはな。最初の攻撃は失敗だった。それから2ヶ月間、ドイツ軍との無意味で猛烈な応酬を続けた後、俺たちは他のカナダ軍師団と共にイーペルへ向かい、オーストラリア軍を救援しろと命じられた。気付けばまた、赤ん坊みたいに泣きじゃくりながら這い込んだあの忌々しい塹壕に戻っていた。まるで別な人生のように感じた。
ブランク: 長い3年間でしたね。
SCP-8918-A: だがそれでようやくパッシェンデールへの突破口が開けた。更に1ヶ月かかったが、最後にはドイツ軍を追い出した。何もない、田舎の、取るに足らない村だった。丘の上に建ってたから重要だっただけさ。俺とネイトであの荒れ果てた村に入った時のことは覚えてる。店も、家も、全部瓦礫になっていた。教会の尖塔は危なっかしく傾いていた。石畳よりも穴ぼこの方が多かった。汚点だ。
[沈黙。]
SCP-8918-A: 俺たちがしばらくあたりを見渡してる間に、他の師団が到着し、テントを張り、村を占領した。最後の抵抗勢力を一掃したんだ。1人の将校が騎馬でやって来て、数多くの兵士が死んだがその犠牲は今や報われた、と演説を始めた。俺たちは耳を傾けた — だが正直信じられなかった。
ブランク: 遂に成し遂げたことを?
SCP-8918-A: いや。この村に50万人の死者を出して占領する価値があるかもしれないということをだ。
ブランク: うむ。帰国後、ネルソンとはよく話しましたか?
SCP-8918-A: いや。何度か文通はした。クリスマスカードを送り合った。大したやり取りはしなかった。
ブランク: なぜですか?
SCP-8918-A: ネイトは帰国した後、留守中に2人の弟が入隊したのを知った。弟たちは出征し、ヴェルダンで戦死していた。俺はそれに対してなんと言えば良いか分からなかったんだと思う。ネイトは北で過ごすことが増えて、こちらで見かけることはどんどん少なくなり、終いには全く姿を見せなくなったよ。
<抜粋終了>

ヴィミー・リッジのイギリス砲兵。
SCP-8918-E
本名: ドノヴァン・ランスキー
能力: “暴れ馬から投げ出された後、目覚めた彼は、毎秒100回鼓動する心臓と、野生馬の速度を手に入れていた。バンクーバーで朝食を摂り、ケベックで昼食を摂る男 — キッキングKicking・ホースHorse!” (ファブ・ファイブ #3 より)
<抜粋開始>
[ブランク博士のメモ帳は片付けられている。彼はSCP-8918-Aを見つめている。ベネット曹長は窓際に立っている。日が沈もうとしている。ピザの箱がコーヒーテーブルに置かれている。]
ブランク: 彼は年齢を機知で補っていたんですよね? 本ではいつもそうでした。
SCP-8918-A: アイ。俺も若かったが、あいつは 少年 だった。15歳を越えちゃいなかったろう。だが賢かった。
ベネット: なのに軍は彼を入隊させたのですか?
SCP-8918-A: 当時は色々違ったのさ。
ブランク: ランスキー。ユダヤ系でしたか?
SCP-8918-A: アイ。なぜだ?
ブランク: いえ、なんとなく。そして、唯一帰国しなかった。
SCP-8918-A: ん。
ブランク: 何があったのですか? もしお訊きしても構わなければ。
SCP-8918-A: どういう意味だ?
ブランク: つまり、彼はどのように… 亡くなったのですか?
SCP-8918-A: “死んだ”と言っていいんだぞ、若造。
ブランク: そうですね。オーケイ。彼はどのように死んだのですか?
SCP-8918-A: ランスキーはいつも走り回っていた。想像できるだろうが、優秀な偵察兵だったよ。俺たちがヴィミー・リッジにいた時のことだ — あの戦いでは、俺たちは複数の師団に分散してた。俺はテルスへの攻撃を支援する役割で、ランスキーは一足先に、ドイツ軍がどの程度まで塹壕を掘ったか探ることになった。そうすりゃ、丘の上の重砲が俺たちの進軍を援護すべきか、村を砲撃すべきかが分かるからだ。俺は第3師団にいた。まさに混沌だ、分かるか? 何が起きているのか見当もつかない。
ベネット: 塹壕よりも酷かったのですか?
SCP-8918-A: いいや。地獄の種類が違うだけだ。とにかく、俺はランスキーにやるべきことを伝えた — 行って、ちょっと見たら、すぐに戻ってこい。英雄になろうなんて考えるな。
ブランク: 当ててみましょう。彼は耳を傾けなかった?
SCP-8918-A: 完璧に耳を傾けた。ただ、ドイツ軍がとっくにテルスから撤退し、尾根の上の方で防備を固めているとは予想してなかった。あいつは真っ直ぐ、毒ガスの雲の中に突っ込んでいった。
ブランク: あぁ。
SCP-8918-A: ランスキーは一瞬のうちに、咳込み、喘ぎ、よろめきながら俺たちの陣地に戻ってきた。あのガスは肺をズタズタに裂く、しかもあいつはそれを大量に吸い込んだ — 走ったせいでな — 胸の中でガスがぐるぐる回ってる状態だった。俺たちに毒ガスのことを伝えようとしながら血反吐を吐き、そして死んだ。
ブランク: 申し訳ありません。
SCP-8918-A: ああ。
ブランク: あなたのせいだとは思っていません。
SCP-8918-A: いったいどうしてあれが俺のせいになる? 俺は村に毒ガスを撒けと命じた蛮族どもじゃないぞ。
ブランク: ええ、ただ言葉の綾で—
SCP-8918-A: そうかい。
[沈黙。]
SCP-8918-A: 若造、今日お前は俺を質問攻めにした。俺からも1つ訊いていいか?
ブランク: 内容によります。何を知りたいのですか?
SCP-8918-A: お前は猫か?
ブランク: 最後に確認した時は違いましたね。
SCP-8918-A: だったら、丸一日喉に詰まらせてたその毛玉を吐き出しちまった方が身のためじゃないのか。
ベネット: 何です?
SCP-8918-A: こいつの面を見ろ。物語のことなんかどうでもいいような振りしやがって。お前だって例のろくでもない漫画を読んで育ったんだろ?
ブランク: それなりに持っていました。10冊ほど。
[SCP-8918-Aは咳の発作を起こす。]
SCP-8918-A: 俺の人生最低の決断だ。馬鹿げた与太話。いかに俺たちが英雄的に野蛮なドイツ人を撃退したかを若い奴らの頭に吹き込んじまった。デタラメさ。全くのデタラメだよ。
ブランク: あれはヒーローの物語です。私にとっては良い話でした。尊敬の対象を与えてくれました。
SCP-8918-A: あそこで起きたことに英雄的な要素なんてこれっぽっちもありゃしない。
ブランク: そして、間違いなくその後にも。
SCP-8918-A: あー。そういうことかい。初めから見当を付けとくべきだったな。
ベネット: 彼は何を言っているのですか?
SCP-8918-A: 20年後に、ヨーロッパに戻ってまた同じように戦ってくれと軍が頼み込んできた時、俺たちだけが賢明にもノーと言えたということさ。
[沈黙。]
ベネット: は?
ブランク: お気持ちは分かりますよ? 第一次世界大戦はクソでした。不必要で無意味な流血。起こる必要は無かった。悲劇でした。しかし、まさか二度目も同じだと 本気で 考えてはいないでしょうね。
SCP-8918-A: いつだって同じだ、若造。
ブランク: ええ、そうですね、戦争は地獄です。分かっています。惨たらしく、恐ろしく、邪悪です。ですが、戦うべき価値があるものも 多少は あると思いませんか?
SCP-8918-A: あれはヨーロッパ人の戦争だった。俺たちの息子を死に追いやる代わりに、奴らに対処させればよかった。
ブランク: 相手はナチスだったのですよ!
SCP-8918-A: 奴らは地球の反対側だった。またしてもヨーロッパ人同士が戦い、俺たちをいざこざに巻き込もうとしてた。
ブランク: あなたはナチスが絶対にカナダに影響しないと考えるほど愚か ではない はずだ。よしんば攻めてこなかったとしても — 虐殺があった! あれを見て志願兵になった者は大勢います。
SCP-8918-A: ドイツだろうがイタリアだろうが、他のどんな国だろうが、そこの気違いの独裁者が自国民に何をしようと、俺の知ったことじゃない。
ブランク: (興奮した口調で) あなたは当時生きていた! 新聞を読み、写真を見たんでしょう — アウシュヴィッツを、ダッハウを、ブーヘンヴァルトを。剥き出しの悪を! どうしてあれが自分たちの問題じゃないなんて言えるんですか?
SCP-8918-A: なぜ俺たちがありとあらゆる不正義のために血を流さなきゃならない?
ブランク: それこそがヒーローの本分だからですよ!
[沈黙。]
ブランク: どれだけの子供たちがあの漫画を読んだかを知っていますか? あなたたちがパッシェンデールで小隊を救ったとか、ヴェルダンで村1つ分のフランス人の子供たちを助けたとか、そんな物語を聞いて育ったかを? あなたたちのようになりたいと思ったかを? ところが今、あなたは振り返って、実は私たちは人類史上最も非道な不正義に介入 すべきじゃないんだ と言う。くだらない政治問題を飛び越えて正しい行いをしてはいけないと告げる。そんなメッセージがありますか?
[ブランク博士は合間を置く。]
ブランク: 彼らに そんなことが言えますか。
[沈黙。SCP-8918-Aの心拍数モニターが安定したビープ音を鳴らしている。]
SCP-8918-A: (静かに) 俺たちはヒーローなんかじゃなかった。仮装した馬鹿なガキの集まりだったんだ。人助けってのは、火事を消し止めたり、木の上から猫を降ろすことだと勘違いしてた。そして軍は俺たちを連れて行き、肉挽き機に放り込んだ。
ブランク: ええ。その通りです。気の毒だと思っています。しかし、それで他の全てが許されるわけではない。
[SCP-8918-Aは数秒間沈黙した後、顔を上げる。彼の目つきは険しい。]
SCP-8918-A: その椅子からは簡単に言えるさ。お前が俺と同じ戦場にいたなら — 俺が見たものを見ていたら — たった1人でも他のガキにあんな思いをさせないためなら何でもするだろう。どんなことでもな。
ブランク: だったら、私はあなたのような大人にならなくて幸いでした。
<抜粋終了>
ブランク博士はインタビュー中のメモを4日後に提出しました。SCP-8918の最終的な歴史記録はまだ草案段階です。インタビューの後、RCMP OSATは追加取材を許可する意向を示しましたが、ブランク博士とSCP-8918-Aはどちらも再度の面会に意欲を示さなかったため、この申し出は辞退されました。

パッシェンデールのカナダ兵。