
SCP-915-JP-Aからの景色。
アイテム番号: SCP-915-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: 現在、SCP-915-JPはサイト-8164に移築されています。1週間に1回のペースで、SCP-915-JP-A周辺の定期観測を実施してください。
説明: SCP-915-JPは奥行1200mm・幅1800mm・高さ2700mmのLIXIL社製シャワーユニットです。確保当時、SCP-915-JPは京都市に存在する[編集済]病院の2階シャワー室として使用されていました。完全に閉じた状態のSCP-915-JP出入口扉を外部から6回ノックして開いた場合、SCP-915-JP-Aと指定される特定の地点への侵入が可能となります。
SCP-915-JP-Aは位相変調空間内の砂浜に位置します。この砂浜は外周約4kmの島嶼を取り巻く海岸線の一部をなしています。自然環境は地球と大差なく、ヒトの生存に悪影響はありません。
天体観測の結果から、SCP-915-JP-Aの位置は西太平洋上の北緯███████、東経███████地点に相当することが判っていますが、実際の当該地点に陸地は存在しません。島内では複数の人工物が発見されているものの、人間の存在は確認されていません。
財団による確保当時、SCP-915-JP-A付近には以下に示す複数の物品が置かれていました。いずれの物品にも異常性は確認されていません。
- ビーチパラソル
- アウトドア用の折り畳み椅子
- クーラーボックス
- A4判のノート(資料915-JP-01と指定)
- ボールペン
資料915-JP-01には21ページにわたって日記らしき文章が書き込まれています。記述内容および筆跡鑑定の結果から、著者は████年4月から8月にかけて[編集済]病院に入院していた日本人女性“凪浦百合子”(POI-4094-JPと指定)だと考えられています。
資料915-JP-01(抜粋)
5.3
先生に勧められたので、今日から日記を書いてみる。
といっても私は出歩けないし、書くことはあまり思いつかない。
だから、夢の話を書くことにする。いわゆる夢日記というやつ。
5.4
私はベッドで目を覚ます。街の中心に公園があって、その公園の中に私のベッドがある。夢はいつもここから始まる。
夢の舞台はいつも同じ場所。路地の多い街で名前は凪浦という。私の名字と同じ。和風の古い家が多いけど、レンガの建物なんかもある。テレビで時代劇とか大河ドラマばかり見てるから、その影響かも。
5.10
明晰夢を見るのにはコツがある。説明は難しいけれど、一度コツを掴んだら、いつでも何もしなくても見られる。
明晰夢の中では、そこが夢の中だとなんとなくわかって、自由に動けるようになる。
でもなんでもアリではない。物を思い通りに操ったりとか、瞬間移動とかはできない。これは人にもよるのかな? 少なくとも私は無理。
6.13
この街には海がない。どちらの方角も山に囲まれている。昨夜は街の外れまで行ってみた。山のふもとで道は途絶えて、その先は暗い森だった。空は晴れているのに、森の奥は夜のように暗い。足を踏み入れようとすると、後ろからおじいさんに話しかけられた。そちらに行ってはいけないと言う。なんだか怖くなって引き返した。
7.21
東の市場で見かけない人に会った。街の中で会う人の顔はだいたい把握しているのだけど(自分の夢だし)、その人の顔は知らなかった。大きなつづらを担いだ男の人。
その人は豆田彦兵衛と名乗った。明るい人で、タヌキみたいにお腹が太い。行商人をやっているらしい。
7.30
また豆田さんに会った。
豆田さんに、いま欲しいものは何かと聞かれた。何よりも一番欲しいものは何かと。
私は海が見たいと答えた。ボートに乗って世界中を航海したいと言った。
8.9
取引を持ちかけられた。豆田さんは私に海と舟をくれる。私は代わりにこの街を渡す。そんな取引。
私は断った。舟があっても私の身体では漕ぎ出せないから。けれど、それなら代わりの身体もくれるという。
街のことなんて私に聞かれても困るのだけど、私は同意した。
正直期待はしていないけど、本当にここを抜け出せるのなら儲けものだ。
───ここからは現実の話!───
8.12
豆田さんの言ったことは本当だった。本当に海に行けたのだ。
海は、写真で見るよりずっと広かった。
砂浜にはパラソルが立っていて、海の上には大きなボートもあった。ボートというより、クルーザー? そんな感じ。
貰った身体もいい調子。
今すぐにでも舟に乗ってみたいけど、残念ながら空は雨だ。出航は晴れを待ってからが良い。
8.13
今日もずっと雨だった。残念。
浜辺を走ったり、水に入ったりして遊んだ。
8.14
今日も雨。いくらなんでも長すぎる気がする。
でも気長に待とう。止まない雨はない、とも言うし。
8.16
雨。5日連続。
波も高くなってきた。風も強い。雨というより嵐だ。
すこし怖い。
8.18
嵐は止まない。
雨と風の音を聴きながら、まるで泣き声のようだなと思う。
だとしたら、何がそんなに悲しいのだろう?
泣き止んでほしいと思うけれど、私にできることはない。
8.19
今日も雨。
8.19 追記
嵐の海を見ながら、うたたねをした。
夢を見たけれど、内容は覚えていない。
夢の内容を思い出せないのは久しぶり。街を手放したからかな。
でも悪い夢ではなかった気がする。起きたら頬が濡れていた。私は泣いていたみたいだ。どうして?
8.20
昨日の嵐が嘘のように凪いでいる。ようやく出発できそう。
慣れ親しんだ浜辺には、なんだか後ろ髪を引かれるけれど、この機会を逃す手はない。この日記は置いて行くことにする。
いつか私と同じように、誰かがこの砂浜にたどり着いたら、
そしたらその誰かは(つまりあなたは)この日記を読んでくれるだろうか。海に来てから、あの街の夢は一度も見ていない。私はそういう取引をしたから。
後悔はしていないけれど、少し寂しいのも事実なのだ。
だから、よかったらあなたにも、あの街のことを知ってもらって、
そして今度眠るとき、私の代わりにあの街を訪れてほしい。
そのときは、私は元気だと伝えてほしい。そうでなくとも、晴れを待つまでの暇つぶしには、なると思うから。
潮風が気持ちいい。
いってきます。
海の向こうで待っているね。
補遺1: ████/08/12以降、POI-4094-JPは病状の急変によって昏睡状態に陥っていました。08/20 22:00頃、2階シャワー室内にて死亡しているPOI-4094-JPを病院職員が発見しました。家族および病院職員が常時看病に当たっていたにもかかわらず、POI-4094-JPがシャワー室へ移動する様子は目撃されていません。
同日深夜、“国立成長医療研究センターの信楽”と名乗る人物が病院を訪れ、研究目的と称してPOI-4094-JPの遺体を引き取りました。しかしながら成長医療研究センターに信楽なる職員は実在せず、引き取られた遺体の行方は不明です。
補遺2: ████/08/27放送のSCP-568-JP内“オオタ・ニュース”のコーナーにて、“アンソン多島海でビスクドールの乗った漂流船が発見された”とのニュースが報じられました。同放送によれば、発見されたビスクドールは日本語を話し、“京都出身のユリコ”と名乗っているとのことです。SCP-915-JPおよびPOI-4094-JPとの関連性について調査が進められています。