SCP-9880

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緊急事態部門より急告


ノア・トレント管理官へ: 正常性プロトコル6-14に基づき、またサイト-188の管理官という役職上、あなたは現時点からケベック市及びその大都市圏の大部分におけるベースライン現実の維持を統括します。

SCP-9880は既に選択された全ての居留地で活性化しており、現在進行中の脅威が終息するまで解除されません。現在、都市とその周囲 516.92 km2 の土地が収容されています。あなたは現在、居留地内においてSCP-9880の存在と現況を把握している唯一の人物です。

あなたが居留地に関して下す全ての命令は、当部門の職員らによって遵守されます。あなたは、この都市に関する現行の属性が収容期間全体を通して事実に即したままに維持され、いかなる逸脱も修正されることを保証する責務を負います。

  • 人口は約650,000人である
  • 都市の所在地はセントローレンス川付近である
  • 優勢言語はフランス語だが、英語も強い影響力を有する
  • 可視的少数派ヴィジブルマイノリティの人口割合は最大32.8%である
  • 最も人気のあるスポーツはホッケーである
  • サイト-188は主要なSCP財団サイトであり、カナダで4番目に大きな施設である

光が保たれるよう、あなたを頼りにしています。

1年目

部門から、この1年間の行動を全て日誌に記録するように指示された。私と部門を安心させるためらしい。いいだろう。

想定通り、市民は何も気付いていない。誰一人として街から出られないように諸々の口実を用意してきた。煩雑な許可手続き、健康状態の審査、不可解にも遅延したり却下されたりする書類、等々。若干の苦情は寄せられるが、大事には発展していない。多分、あのドームが市民を洗脳し、万事順調だと錯覚させているのだろう。

サイト-188にも実のところ、さしたる変化はない。職員たちは今や全員、自覚していなくとも部門のために働いている。唯一大きく変わった点があるとすれば、施設内で研究・収容する新たなアノマリーの受け入れだ。それでも、彼らは常の如く最善を尽くして職務に励んでいる。

部門は外部の出来事をあまり教えてくれない。私が把握しているのは、世界各地から選抜されたエージェントたちが、事態の解決に必要なアノマリーの捜索に派遣されていることだけだ。どれくらいかかるかを訊ねたところ、状況に依るとの答えが返って来た。具体的にどういう要素に依存するのかと訊いたら「全てに」だそうだ。安堵すべきか、恐怖すべきか、私には分からない。正直、未だにほとんど何も理解できていない。“光”とやらの保護を任せておきながら、彼らは私を暗闇に留め続けている。

つい先日、1人の部門職員が私に会いに来た。確か医療品輸送チームの一員だったと思う。彼はこの居留地に市民として定住できるかと訊ねてきた。その類の手続きがどうなっているのか、私に手続きを策定する権限があるかどうかも分からないので、“ある程度の成果を上げたら”許可しようと言っておいた。その言葉がどういう意味を持つにせよ。

ステータス:

  • 人口は約620,000人である
  • 都市の所在地はセントローレンス川付近である
  • 優勢言語はフランス語だが、英語も強い影響力を有する
  • 可視的少数派ヴィジブルマイノリティの人口割合は31.3%である
  • 最も人気のあるスポーツはホッケーである
  • サイト-188は主要なSCP財団サイトであり、カナダで4番目に大きな施設である

光は保たれる。


8年目

新設した“職務ポイント”制度は、“部門への貢献と勤続年数に基づき、市民として街に定住できる者を決定する”というもので、効果は一応出ている。しかし、完璧には程遠い。

数年前に会話した青年がまたやって来た。ほとんど見分けがつかなかった。随分と大人びて見えたし、顔には大きな傷痕が走っていたからだ。彼は、これまで何年も奉仕してきたし、職務ポイントも十分貯まったので、約束通りケベック居留地に住まわせてほしいと言った。私は無理だと伝えた。この街の少数派人種は既に人口割合の上限に達していて、これ以上受け入れれば現状が崩れてしまう。私は謝罪し、数ヶ月後にまた来てくれれば人口に変化があるかもしれないと提案した。

どうやら青年はあの後、緊急事態部門の上席幹部を暴行して致命傷を負わせ、奇跡術パスポートを奪い取って不正に居留地への入場権を得てしまったらしい。実際、彼はもう入り込んでいる。あの小僧は今、私の街に身を潜め、職務を放棄し、他人を誘い入れるための鍵を握っているのだ。信じられない。

部門は、青年の名前と過去の貢献がDEEPWELLアーカイブから削除され、彼の存在は次の世界では忘れ去られると確約した。だが、それでは不十分だ。彼を街から追い出さなくてはならない。始末しなくてはならない。

居留地は好調とは言い難い。私は街が深刻な経済不況に陥っているという建前を保ち続けている。統計データも芳しくない。私の与り知らぬところで、他の部門職員が人々を街に受け入れているのではないかと疑っている。光を守るのは私一人の役割であるべきだ。

ステータス:

  • 人口は約550,000人である
  • 都市の所在地はセントローレンス川付近である
  • 優勢言語はフランス語と英語である
  • 可視的少数派ヴィジブルマイノリティの人口割合は36.1%である
  • 最も人気のあるスポーツはホッケーである
  • サイト-188は主要なSCP財団サイトであり、カナダで4番目に大きな施設である

光は保たれる。

16年目

どうしても街を離れたいと強く主張し続けていたごく少数の市民を、望み通りに出ていかせた。統計的には痛手だが、少なくとも外部から部門を支援してくれることだろう。

居留地への定住に必要な職務ポイントをもう一度引き上げた。部門職員の一団がこれに抗議し、職務放棄にすら発展した。予想通りだ。部門からは後ほど、背信者たちが終了され、経歴情報がDEEPWELLから削除されたとの報告があった。彼らは忘れ去られるだろう。

ケベックはアメリカ大陸の最後の居留地だと聞いている。ケベック以外の最後の1つは“杜撰な管理体制”のせいで崩壊したそうだ。当たり前だ。私の街こそが最強なのだ。存続に値する唯一の都市だ。

そうは言っても、日が経つごとに、私の知るケベックからはどんどん遠ざかっている気がしてならない。

街の住民は誰一人、外部で数百万人が死んでいるのを知らない。誰も現在のドームが死体に囲まれているのを知らない。誰も私がこの手で殺した大勢の人々を知らない。誰も現実を知らない。記憶処理薬がまだ少し残っているうちに飲んでおけばよかった。また無知に戻りたい。この街の奴らと同じように、普通になりたい。

ステータス:

  • 人口は約300,000人である
  • 都市の所在地はセントローレンス川付近である
  • 優勢言語は存在しない
  • 可視的少数派ヴィジブルマイノリティの人口割合は41.1%である
  • 最も人気のあるスポーツは不明
  • サイト-188は主要なSCP財団サイトであり、カナダで2番目に大きな施設である

光は保たれる。

27年目

大飢饉。それが現在の建前だが、私がこの街に伝えてきた中では最も真実に近い。人々は餓死し、より良い環境を求めて他へ移ろうと試みるだけの気力が残っているごく少数の者たちは失望に直面する。或いは、部門に加わらないなら頭に銃弾を撃ち込まれる。

それが“正常”なんだろう? この地獄を説明付けるにはそう考えるしかない。ここは本来、地獄であるべきじゃない。私たちの世界の最後の名残であるべきだ。だが、この街を見て、“これこそかつて知っていた世界だ”なんて言える奴がいったいどこにいるだろう。私には言えない。これは正しくない。それでも正しいはずなんだ、私たちにはもうこれしか残されていないんだから。

サイト-188にいる他の財団エージェントはもう職務を果たそうともしない。友人や家族と一緒に過ごすのに没頭している。私が愛する人々は生きているかどうかすら定かでない。知りたくもない。少なくともその無知は許容できる。

いつになったら解決するのかと部門に問い合わせ続けている。前回、彼らは“あと数年”と言った。もうそれ以上経過したんじゃないか? 十分ではなかったのか? 彼らは返答しなかった。もう私のメッセージや命令には一切反応しない。最後に食料やその他の必需品が街に運び込まれるのを見てからかなり経つ。部門はここを見限ったのだろうか。見捨てられた私たちが緩慢に死んでいく間、破滅した世界のもっと重要な場所に注力することにしたのだろうか。

いや待て、まさかそれが全ての答えなのか? 世界の終わりを待っているだけなのか? 私たちは終焉が訪れたのを認めるだけの正気はあっても、チャンスはまだあると思い込むほど愚かだ。過去が私たちのことを記憶してくれるだろうなどと考えるほどに。しかし、私たちがすべきことは思考ではなかった。皆ずっと前に死者の仲間入りをして、かつて知っていた世界を飾る他の屍たちと共に朽ちてゆくべきだったのだ。

しかし、私たちは死んでいない。

そうだ、努力は続けなければならない。より良い時代への、より良い世界への希望を抱き続けなければならない。部門は私たちを見捨てたかもしれないが、私たちは諦めないぞ。今はまだ。

まだ。

ステータス:

  • 人口は100,000人未満である
  • 都市の所在地はセントローレンス川付近である
  • 優勢言語は存在しない
  • 可視的少数派ヴィジブルマイノリティは存在しない
  • 最も人気のあるスポーツは不明
  • サイト-188は主要なSCP財団サイトであり、カナダで最大の施設である

光は保たれる。


███年目

「全ての動物を一組ずつ集めなさい。」 神はノアにそうお告げになられた。「洪水が来て、あなたの方舟とその中の者たちだけが生き残る。私が創造した他の肉なるものは全て死ぬ。私はあなたを義人であると信じている故、生きるべき者たちを慎重に選び出しなさい。」

予想の通り、洪水が起こり、方舟に乗らなかった全ての生き物が死に絶えた。ノアがかつて知っていた世界は終焉を迎え、彼は約束されし新たな世界の到来を待つばかりとなった。

百五十日後、神はノアのことを思い出しておられなかった。しかし、神が語られた通りに義人であるノアは忍耐強く待ち続けた。毎日、船上の動物たちの世話を終えると、彼は木造船の窓から外を見やり、水が引いて陸地が徐々に再び現れるのを願った。しかし、外の水平線を飾る豪雨には、未だ変わりはなかった。

三百日後、神はノアのことを思い出しておられなかった。ノアはかすかな疑念を露わにしたが、神の御言葉を信じることを知っていたので、すぐにそれを抑えた。しかし、動物たちは動揺し始めた。ある者は互いに争い始め、またある者は希望と理性を失っていった。それでもノアは、それがいかなるものであれ、神の裁きを信じ続けた。

五百日後、神はノアのことを思い出しておられなかった。疑念はもはや束の間の感情ではなく、偏在する恐怖と化していた。自分は何かしら神を誤解していたのだろうか。誤った動物を救ってしまったのだろうか。神は突然考えを改められたのだろうか。ノアは窓の外を見続け、果たして水面下に陸地が残っているかどうかさえ疑った。積まれた食料は徐々に少なくなっていった。方舟に乗る生き物の半数は、他の半数への餌となった。ノアも止む無く、新世界へ連れて行くと約束した何匹かの動物を食べて、それらを美味であると感じた自分自身を憎んだ。洪水の終わりを未だ待ち続けているのは彼だけであった。

千日後、神はノアのことを思い出しておられなかった。しかし、ノアは神のことを忘れてしまいたいと切に願っていた。方舟の食料は枯渇して久しかった。全ての動物は、この死にゆく世界で少しでも長く生き延びようとして、互いに殺し合っていた。とうとう、ノアとネズミの番いの片割れだけが残された。木板の裏に身を潜めていたのを遂に見つけ出した時、ノアはちっぽけなネズミの身体を掴み、拳の中にしっかりと握り込んだ。ネズミの悲鳴は、巨大ながらんどうの方舟の中に、叫び声を上げる空気が尽きるまでこだまし続けた。ノアは人生最後の食事を丸呑みにした。そして、彼自身の創造物の真ん中にじっと佇み、外の海流に合わせて身体を揺らしていた。方舟は幾年月を経ても未だ浮かんでいたが、どれほど頑丈な船であろうと永遠に持ち堪えることはできない。ノアは最後まで沈黙を守ることを己に誓った。彼はこの誓いを破ってはならないことを知っていた。










十万日後、神はノアのことを思い出しておられたかもしれない。しかし、それを語り継ぐ者はもうどこにもいなかった。




















ステータス:

  • 人口は1人である
  • 都市の所在地は地獄付近であり、地獄方面へ移動中である
  • 優勢言語は沈黙である
  • 可視的ヴィジブルな者は存在しない
  • サイト-188は唯一のSCP財団サイトである

斯くして、光は吹き消される。

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