O5からの通知

ようこそ。

君は当然、報告書に手抜かりを見つけたことだろう。オブジェクトクラスに違和感を覚えたかもしれないし、男性の接触を禁じる意味が分からなかったのかもしれない。財団が博士に危険なオブジェクトと触れさせる訳がないと判断したのかもしれないし、娯楽を与えすぎていると感じたのかもしれない。あるいは、単に報告書が稚拙だと思っただけかもしれない。

いずれにせよ、君は正しい。あの報告書はほとんどがダミーである。……実験ログを除いて。君が気付けるように、故意にミスを残したのだ。しかし、我々が掴んでいる真実は、さらに荒唐無稽なものに見えるだろう。

あの少女は、現実改変者である。だが、彼女はそのことを知らない。
幸運にも、彼女はそのことを知らない。

君が学生時代、短距離走を経験したことがあるならば、私の言いたいことがすぐに理解できるだろう。全力で疾走すると、酸欠や激しく上下動する視点、風音のために、頭は何も考えられなくなる。ただ1つ「もっと速く」という思いの下に、体を突き動かしている。──現実改変者の起源を説明するには、これだけで十分である。彼らの多くは、こうした状況に陥って初めて、己の能力を発揮させるものだ。

我々はこれまで、数多の現実改変者に遭遇してきた。彼らの場合、「速く走りたい」と念じても、単に足が速くなるだけであった。彼女のような、ソニックブーム走法を可能にするほどの改変者は、未だかつて存在しなかった。それと同時に、彼女は膝に傷を作れてしまうほどに、己の力に無知である……今までは「怪我したくない」と思ったがゆえに、傷一つ付かなかったのだろう。

しかし、彼女の力はこれだけに留まらなかった。これが、彼女に娯楽品を与えてしまった理由である。彼女は「速く走りたい」と思った途端、音速を超え、「あの人は良い人だ」と思った途端、Tictoc博士を規律違反させ、自らの結婚指輪を贈らせた。

彼女が君を「優しい人だ」と思った場合、君は報告書の一切合切を、彼女に打ち明けないと誓えるだろうか?

彼女が「ここから出たい」と真に願った時、何が起こるだろうか?

最後に、君はある事に違和感を覚えなかっただろうか。
君は壁の中に麻酔薬を埋め込むだけで、彼女の収容違反を防げると思うだろうか?あの現実改変者に。
当然、この措置は不十分である。それでは、壁の中には何を埋め込むのが最善なのか。

これこそが、この嘘に塗れた報告書の目的である。CN-102の収容隔壁内にある、全てのスクラントン現実錨は、これより君が管理することになる。本来、オブジェクトの管理担当はTictocだが、彼女に包帯を送ったことで、我々は彼が自我を完全に失っていると判断した。恐らくは、彼女が彼をこのような「良い人」にしてしまったのだろう。

君はあの実験記録を読んで、TictocとCN-102が旧知の仲だと思っただろう。我々は君に、彼らがかつてクラスメイトであり、あの運動会に一緒に参加していたということだけ伝えておこう。
詳細は言えないが、我々は次のように認識している。彼女と過ごした3年間の中で、Tictocの振る舞いは「良い人」と思われるに足るものであった。これは彼本来の性格かもしれないし、CN-102がそうさせたのかもしれない。その辺に関しては、我々には知る由もない。

現実錨の存在を、彼に気付かせてはならない。彼は良い人なのだから、少女に伝えてしまうだろう。これは我々の失態であった。もっと早くに、あれが現実改変者であることを把握するべきだった。こちらが察知した時にはもう、彼は接触しすぎていた。

その上、彼は既に、彼女がKeterクラスの現実改変者であることを知ってしまっている。これ以上、彼に知られてはならない。彼は報告書に男性禁止令を書き入れることに拘っている。これは恐らく、CN-102との交流を通じて、個人的な思い入れができてしまったのだろう。……あるいは、CN-102がそうさせたのかもしれない。

アノマリー”にオブジェクトを任せてはならないのだ。研究員の幸運を祈る。

確保、収容、保護。

— O5-7

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