付記: ウー・チェン、SCP-CN-1199研究チーム元リーダー、インシデントK0813/1199の事後処理のために現場に赴いたことで蒸気状態のSCP-CN-1199を多量に吸い込み、SCP-CN-1199-2に変化した。同氏は財団に収容される最初のSCP-CN-1199-2であり、SCP-CN-1199-2Aとして指定されている。
日付: 2019/11/31
質問者: [Maurice]博士、サイト-CN-301管理官。
回答者: SCP-CN-1199-2A、SCP-CN-1199研究チーム元リーダー、呉塵ウー・チェン。
[記録開始]
[Philemon]: おはよう、ウー博士。
SCP-CN-1199-2A: おはよう、[More]。時間の概念がそろそろわからなくなってきたけどね。
[Harrison]博士は軽く笑う。
[Addison]: 私も同じさ。確か今は――おっと、午後3時8分だ。これはこんにちはというべきかな。ほら、金属箱に押し詰められているのは、君も私も一緒さ。
SCP-CN-1199-2Aが微笑む。
SCP-CN-1199-2A: そうかもしれないな。でもまあ、そこそこ気持ちよく過ごせたよ。
[Cooper]: 仕事をしなくていいなんて羨ましい限りだ。で、今週の調子はどうだ?
SCP-CN-1199-2A: また「人類の心理に対するCN-1199の影響」ってか?勘弁してくれ、[Galbraith]。もっと面白い話はできないのかね?
[Priestley]: 有り体に言われると面白くも何もなくなるだろう。君の長期休暇が羨ましいから、職権を乱用して仕事を見つけてきてやってるんだ。
SCP-CN-1199-2A: まあ、私は特に構わないが。変化してから、忘れたと思っていたことを多く思い出すようになったのは確かだ。
[Matthew]: 詳しく聞きたい。
SCP-CN-1199-2A: 私の人事ファイルを見ただろう。私は江南の生まれだ。貢楊呉家の末裔にあたる。数百年の歴史を誇る名門名家は、代々伝わる底深い学問があるものだ。私の一族も例外ではない。
私の父は、一族最後の固執者だった。彼の旧い学問と伝統に対する愛好は、もはや信仰以外の何物でもない。そんな彼が、黴臭い古典の知識の数々を、愚昧なほどに伝統的な教育法で私に叩き込んだ。彼は、私が古来の伝承を引き継いでくれることを願った。だが私は――私は彼の望むような人にはならなかった。けれど、私は後悔していない。
SCP-CN-1199-2Aは[Hope]博士から渡された水の入ったコップを手に取る。
SCP-CN-1199-2A: あの古書たちは憎たらしかった。今にも朽ち去る紙面が、縦書きの旧字体が、句読点のない支離滅裂の漢文が憎たらしかった。あの吐き気を催す黴臭い匂いを、今も悪夢の中に感じる。
私たちは全く違う人間だった。だがもしかすると、同じ人間でもあるかもしれない――彼は世の潮流に逆らい、現代から伝統へと遡る。そして私もまた彼に逆らい、伝統から現代へと踏み入れた。やがて、私は財団の心理学者になった。なんと皮肉なことか。そうだろう?数千冊の古典は、今や一文字たりとも覚えていない。父が生涯をかけて蒐集した古書は、08年の火事ですべて焼失したと聞く。
SCP-CN-1199-2Aが水を飲む。
SCP-CN-1199-2A: 彼自身の遺骨も、古書の燃え滓に混ざっていた。彼にとっては、そこそこいい結末だったのかもしれない。まあ、生前は土葬に固執する人だったが。私は葬式に行かなかった。財団に雇用された時、カバーストーリーに「自身の死亡」を希望したからだ。
しかし私が言いたいのはそれではない。あの頃父が中古音で私に読み上げたものは、ほとんど印象に残らなかった。だが、ただ一幕、ただ一幕だけ、私はどうしても忘れられない。あの河川の研究を担当するようになってから、ずっと。
SCP-CN-1199-2Aは数秒、沈黙する。
SCP-CN-1199-2A: それは、霜と露が降りる朝だった。秋が深まり、空は仄白い色を帯びていた。彼の声が、水気と混ざり合うように響く。
「公無渡河、公竟渡河。渡河而死、其奈公何。」と。
彼の目はよく覚えている――深奥と狂気に何重もの自制心を掛けたような眼差しだった。その一瞬の、あるいは一瞬にも満たない何かが、私の眼底に焼き付いた。
[Geoffrey]: 「渡河而死、其奈公何。」?
SCP-CN-1199-2A: そうだ。機動部隊と消失した研究員がつぶやいた「公乎公乎、其奈居」と「提壺将焉如」は、李賀の『公無渡河』による。その大元になっている楽府歌辞だ。
[Edmund]: わかった。続けてくれ。
SCP-CN-1199-2A: ……ずっと解せなかった。なぜこの言葉だけが脳に焼き付いて離れないのかを。そして同じく明晰に覚えている記憶は16歳の時、彼が私の頭を押し付けて、先祖の位牌の前に跪かせ叩頭をさせたことだ。勢いのあまり、額から血が出ていた。その時は――悪い、余計なことを喋ってしまったな。ずっと考えを巡らせても、答えは見つからなかった。だがこの金属箱の中では、足りないものは数多くあるが、考える時間だけが有り余っている。やがて私には見えたのだ。河を渡る狂人の振り返りが。
「公無渡河、公竟渡河。」それは、本質的に違うものだ。
SCP-CN-1199-2Aが水を飲む。
SCP-CN-1199-2A: 和光同塵と中庸の道を選ぶことだけを美徳とする古代の価値観に、この歌辞が魅せる狂気と真実には――なんと戦慄を覚えたことか。それには勧善懲悪などという虚飾はなく、有りの儘の――死と、人間があるのみ。
千年前、河に堕ちて死ぬ狂人は、なぜ河に身を投じることを選んだのか?なぜその妻子兄姑、ないし後世の詩人たちに叫ばれる「公無渡河公よ河を渡ること無かれ」の声は彼を引き止められなかったのか?それは、もっと本質的なもの。現実よりも真実味を帯びるもの――この繰り返される日常の根底に徘徊するものだからだ。
それはいとも力強く、いとも狂おしい。それは千の咆哮が如く、天を劈いて暴雨を降らす。李白にも、李賀にも、温庭筠にも、名もなき先哲たちにも。どれほどの「公無渡河」にも変えられなかった――闇よりも昏きものなのだ。
死。死そのものが答えだったのだ。人類が本能的に死を求める意思、力強くも狂おしい破滅願望。それはすべてを打ち砕き、すべてを切り裂く。それは、千年前の古辞が、私たちに教えてくれたもの。
河を渡れ、死へ渡れ。
[Whittier]: ウー博士、君の情緒は——
SCP-CN-1199-2A: [Ivan]、私は狂ってなんかいない。
私は千もの法則と百もの定理を見てきた。しかして真理はいつも唯一つ。
名も無き顔も無き死よ――
SCP-CN-1199-2Aは隠していた凶器で、自ら左側の頸動脈を突き刺した。血液が飛び散り、[Richards]博士の顔に付着する。
SCP-CN-1199-2A: それは私たちの生涯にある唯一つの真実なのさ。
[記録終了]
終了報告書: SCP-CN-1199-2Aの即死が確認されたものの、収容違反事案にはならなかった。調査により、同氏が自害に使用したのは鋭く磨いた食器であった。[Tate]博士は気が動転したため、早めに自室に戻った。