クレジット
SCP-CN-2965 - 刺杀阿道夫/アドルフに死を
著者: Rye Travis。他の作品は著者ページから。
画像: 出典はWikipedia。CC-BY-SA 3.0ライセンスに適合
「不運な星の下に生まれてきた子なんでしょうね。」
アイテム番号: SCP-CN-2965
オブジェクトクラス: Keter
特別収容プロトコル: 財団時間異常部門はSCP-CN-2965-Aに関連する時空間の変化を監視します。現行の現実に局所的CK-クラス:再構築シナリオが発生したことが確認された場合、直ちにフィードバックを除外サイトに記録し、抑制手順クロノス・カルテット-01を発動する必要があります。機動部隊ウプシロン-36 (“フォーエヴァー・イン・ラヴ”)は1820年代のベルギー、ワロン地域のディナンに駐留し、SCP-CN-2965が成人し名声を獲得するまでの間異常な時間旅行者による暗殺を阻止し、SCP-CN-2965を保護します。
SCP-CN-2965-Bから没収された時間異常および超常技術は、人型実体のうち異常なものと併せて時間サイト-02に収容されます。収容区画は指定区域内を漂う自由クロノンを消滅させるために少なくとも3基のマイヤー=ジョイス時間減衰装置で包囲し、内外の時間異常による干渉効果の浸入を抑止します。非異常のヒトに対してはクラスC記憶処理を施し、本来の時間軸に送還します。
現在、一般社会におけるSCP-CN-2965の功績および幼少期の生活についての認知度向上キャンペーンの実施を検討中です。
説明: SCP-CN-2965はサクソフォーンの発明者として知られるベルギーの楽器製造者、アドルフ・サックスです。現行の基底時間軸の記録によれば、SCP-CN-2965は1814年に現在のベルギー王国ワロン地域ナミュール州ディナンで誕生し、1894年にフランス共和国パリで没しました。
SCP-CN-2965-Aは幼少期のSCP-CN-2965を暗殺しようとする一連の試みです。暗殺者(以下SCP-CN-2965-B)は通常現代もしくは近未来に由来する人物であり、先天的な特異性、未収容の時間異常や未来の超常技術を用いて不安定なタイムトラベル、あるいは過去の人物に対する時間横断的な精神操作を実行することにより暗殺を達成しようと試みます。
確保されたSCP-CN-2965-Bに尋問が行われたすべての事例において、暗殺の正しい標的はナチス・ドイツの指導者、アドルフ・ヒトラーであったことが判明しています。しかし、転送途中の時空座標のずれ、準備段階における事前情報の誤謬、現地住民との間の誤解などといった様々な要因により、最終的に彼らの暗殺の試みは誤ってSCP-CN-2965に向けられることとなりました。
西洋の音楽史と管楽器の発展にSCP-CN-2965が齎した著しい貢献を鑑みるに、彼が成年する前に死亡した場合サクソトロンバやサクソルン、サクスチューバ、並びにサクソフォーンを原型とするあらゆる楽器が発明されたという事実は基底時間軸から完全に消失し、ジャズ、交響楽、抒情音楽、軍楽をはじめとする幅広いジャンルに属する数多くの音楽家の生涯とその作品が改変されるものと見込まれます。幼少期のSCP-CN-2965の居住地域内には変装した財団エージェントが交代制で配置されており、SCP-CN-2965が成長し社会における十分な認知を獲得するまで負の要因となりうるあらゆるものを排除します。
補遺CN-2965.1: SCP-CN-2965-B行動目録
# | 日付 | 概要 |
---|---|---|
SCP-CN-2965-B-4 | 1818/5/14 | 対象はゼネラル・エレクトリック社のロゴが貼られたシボレー・シルバラードに搭載された民生用“C204時間移動装置”を利用してタイムトラベルを達成した。標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象はSCP-CN-2965が飲むために用意されていた牛乳を硫酸に取り換え、標的の口腔と食道に重度の熱傷を生じさせた。 |
SCP-CN-2965-B-7 | 1820/11/23 | 対象はクラスIV奇跡術師であり、不明な地球外実体に目標とする時代の様々な工芸品を対価として捧げることによってタイムトラベルを達成した。標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象は複数回の儀式によりSCP-CN-2965の住居内の家具に塗装された未乾燥のニスの揮発を加速させ、標的を中毒と窒息により瀕死の状態に至らしめた。 |
SCP-CN-2965-B-8 | 1821/3/7 | 対象はニッケル、水晶、象牙を主な材料とする粗末な装置を使用してタイムトラベルを達成した。この装置の基本的な動作原理はどのような人物がいつ発見してもおかしくないほど極めて平易なものであり、その内容をよく把握すればリベットと板材を用いた大量生産も可能であると考えられる。標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象はSCP-CN-2965が通行していた街路沿いの家屋の屋根から石の瓦を落下させ、その頭部に衝突させることにより頭蓋骨骨折と短期間の昏睡を引き起こした。 |
SCP-CN-2965-B-11 | 1817/10/19 | 対象は自身の意図で該当地点のアンカー・ポイントに接触することでタイムトラベルを可能とする不安定な時間転移者だった。対象は正しい目標のタイムノードに辿り着くまでに多数の別のタイムノードを転移してきたものと思われ、現在時間異常部門がこれら別のノードに発生しうる変化・影響の調査/処理を行っている。標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象はSCP-CN-2965を2度、それぞれ3階の窓と崖から突き落とし、多数の骨折を負わせて長期にわたり寝たきりの状態に追い込んだ。 |
SCP-CN-2965-B-13 | 1817/6/25 | 対象の起源は不明。対象は人工カー・ブラックホールがもつリング状の特異点を通じ、異常な音響学的性質を有する電磁波を標的の所在する時空座標に向けて発信したとみられる。この電磁波が引き起こした幻聴は脳の意識的信号を遮断・置換し、それによって標的の高次精神活動を誘発/抑制する。送信の過程で発生した情報の損失により、対象の発信した自殺を実行させる命令はSCP-CN-2965に針1本を無意識に飲み込ませるのみに留まった。この事例の発生後、財団エージェントがSCP-CN-2965の住居の建物に少量のテレキル合金を埋め込んだ。以後、同様のインシデントは記録されていない。 |
SCP-CN-2965-B-16 | 1822/12/4 | 対象は未来の財団職員であり、修復・リバースエンジニアリングが施されたSCP-317-3を無許可で使用してタイムトラベルを達成した。 標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象はSCP-CN-2965の父親の工房で様々な現代の材料を用いて即席の火薬爆弾を製作し、起爆した。これにより、標的は重度の熱傷を負った。時間異常部門はこれを甚だしい違反行為として未来の財団に報告するとともに、現在の時点で直ちに当該職員を解雇した。同部門は本インシデントの遡及的な終結を図るため、SCP-317-3の研究過程を監視中である。 |
SCP-CN-2965-B-19 | 1824/9/12 | 対象は標的と同じ時代の現地住民であり、臨死体験の後に短期間のみ現代の人物の人格と記憶を獲得したとみられる。この過程で得た知識を誤って解釈したことにより、対象はSCP-CN-2965の後頭部を石で殴打し、続いて川に投げ込むことで溺死させようとした。その後、エージェントは現在の財団サイトに対象を収容するよう連絡を行った。 |
SCP-CN-2965-B-20 | 1826/3/17 | 対象は[編集済]に自然に構築されたタイムマシンを使用してタイムトラベルを達成した。標的の所在する時空座標に辿り着いた後、対象は拳銃でSCP-CN-2965を直接射殺しようとしたが、付近に配置されていたエージェントにより直ちに制圧され、サイトへの連行後尋問が行われた。対象へのインタビューログについては補遺CN-2965.2を参照。 |
補遺CN-2965.2: SCP-CN-2965-Bインタビューログ
インタビュー対象: SCP-CN-2965-B-20
インタビュアー: リー・トラヴィス博士
<記録開始>
トラヴィス: さて本題に入ろうじゃないか、B-20。君はどんな秘密兵器を使った?魔法か?超能力か?それとも何かのオーバーテクノロジーでも使ったのか?自作品か、それとも貰い物か?天才だったり友達が居たりするような奴には見えないがね。
B-20: 色々出てきたがどれも俺は知らないし、誰かに手伝ってもらったわけでもないね。俺は見つけただけだよ— 別の言い方をするなら、[編集済]のなんでもない片隅を歩いていたら目に飛び込んできたってところかな。ハイキングしてたら見つけたんだよ。最初は暇潰しにぶらついてただけだったんだが、進んでいくと段々山奥の未開の野原って感じになってきたんで行けるところがなくなるまで歩いてみたんだ。それで引き返そうとしたら、迷ったことに気付いた。
B-20: そうしたら、地面の穴を囲むように砂利道が引かれてるのが見えた。穴はかなり深くて中に何があるかは分からなかったが、歪んだ光が屈折してこっちへ来ていた。砂利道を歩いていくと、道には終わりがないみたいで、周りの風景は段々と融け合って線になって、ねじれて繋がって高周波で震える一つの塊になった。俺が立ち止まった時にだけ、周りは元に戻っていった。
B-20: 突然空が暗くなって、また明るくなるなんてことが何度も繰り返された。誰かが電気のスイッチで遊んでるみたいだったな。体温が上がってるのが感じられて、地面が青白く輝き始めた。おまけに周りには誰もいないのに影だけが大量に現れた。後ろを向いて引き返し始めると、すぐに数分前の困惑してる自分の顔が目に入った。まさにその時、自分が何を見つけたか知ったのさ。
トラヴィス: つまり、天然のタイムマシンを見つけたというのか?到底信じられた話ではないな。自然の進化でコンピュータが創り出されるなんてことがあり得るとでも?
B-20: どうしてあり得ないと言える?そういったものが存在したって、そう意外な話でもないさ。ガボンのオクロには数十万年も動き続けた天然の原子炉がいくつもある。同じことが時間に対して起きたってだけなのに、なぜ疑う?実際のところ、時間に神秘的な点なんて何もないのに。
トラヴィス: その二つは理屈の上では月とスッポンだと思うが、まあ問題はそこではない。こちらももっと奇っ怪なものを見てきているからな。こちらの者が君の話した内容を確認しに行くだろう。 (嘆息) まったく、誰でもマーティ・マクフライになれる時代か。
トラヴィス: それで、タイムマシンを手に入れて最初に考えたことが、宝くじを買うことでも死んだおばあちゃんに会いに行くことでもなく、殺人だったのか?
B-20: タイムマシンがあるっていうのに、そんなことを気にするとでも?もっといい考えがある。タイムマシンで何かするんなら世界の未来を変えられるようなデカいことに決まってる、だったらやるべきことは勿論歴史上で最も悪名高い男を殺すことだろ?
トラヴィス: 君の計画について説明してくれ。
B-20: 勿論、直接地下壕に乗り込んで大勢のSSの前で奴を殺すわけにはいかないから、奴がまだ子供の頃まで戻ることに決めた。奴を探すのは骨が折れたよ — 北から南へ道を歩き、俺の壊滅的なドイツ語を理解してくれる村人全員に、川に落ちて溺れかけたアドルフという子供を知っているか聞く。それにほとんどの時間を費やした。俺もバカじゃないから、「ヒトラー」が奴の父親が正しい親の名前に改姓した後の苗字なのは知っていた。ただ、その変える前の苗字ってのがあんまり舌を噛みそうな名前だったんで1、それが何だったかを思い出せなかったんだ。
B-20: 俺はずっと、ずっと奴を探し続けた。そうしてあと一歩でやっと奴を殺せるってところで、おたくらに捕まったというわけだ。
トラヴィス: 君は私が見てきた中で最も直接的なタイムトラベル暗殺者だよ。ほとんどの者はバタフライ・エフェクトを避けようともっと目立たない手を使ったというのに、君はそういったことはまったく気にかけなかったようだな。
B-20: 気にかける?ヒトラーという忌々しい悪魔を生かしたままにしておくことより気にかかることなんてないだろう。奴を殺したらどうなるかなんて誰だって分かる。奴の凶行を止めるためならどんな犠牲も厭わないさ。
トラヴィス: だが残念なことに、君は失敗した、と。
B-20: 全てあんたたちのせいだぞ、冷淡な処刑人どもめ。なあ、お決まりの言い訳は何だ?タイムラインの安定化?運命は避けられないってか?それともまさか、あんたたちが高い城の男?
トラヴィス: どれも間違いだ。ノヴィコフとエヴェレット2のどちらが正しいにせよ、そんなことは関係ない。なぜなら君の犯行を止めた理由はきわめて単純明快だからだ。 君がどうしようもない馬鹿だという、ただそれだけの理由だよ。
B-20: はぁ?
トラヴィス: 君は間抜けだ、上から下まで、まったくひどい間抜けだ。自意識過剰の誇大妄想狂で、そのくせ実態は知ったかぶりの理系学生じゃないか。その辺の店や百科事典で知った知識をひけらかすのはやめにすることだな、語尾の“f”と“phe”の音の区別もつけられないほどドイツ語が下手だというのに。その地面から生えてきたタイムマシンとやらにはきっと今がいつなのかを示す機能がなかったんだろう、君はどういうわけか本来より100年も前に送り込まれてしまったというわけだ。君はヒトラーを目にしてすらいない。なんたって、君が殺しかけた男はアドルフ・サックスなんだからな!
B-20: サ…サックス?
トラヴィス: まだ分からないのか?君があの日殺そうとしたのはサックスの発明者だ。君たちのような馬鹿のおかげで、100年後のナチス総統と同じ名前の不運な少年が伝説になるほどに酷い子供時代を過ごす羽目になったんだ。 後世の人々が彼をどう評したか、考えるまでもないだろうな。「災難続きにも負けなかった少年」、「数えきれないほどの死神を退けた男」、あとは「阿呆な時間旅行者に人気の映えスポット」。ああ、彼の最期はもう十分に悲惨なものだったというのに3。
(沈黙)
B-20: それはつまり、俺がもし成功していたら、サックスは —
トラヴィス: ああ、サックス一家全員、それにサクソフォーン、サクソルン、サックスの発明した楽器は何から何まで全部消えたことだろう。そして、数えきれないほどの音楽家とその傑作や、数知れないクラシック音楽のアレンジや改作もだ。マルセル・ミュール、アルバート・アイラー、ミルトン・バビット、コールマン・ホーキンス、ケニー・G。全てが水泡に帰するところだったんだ、君の馬鹿な間違い一つでな。
B-20: じゃあ、ジョージ・マイケルが「ケアレス・ウィスパー」を書いたのもなかったことに?
トラヴィス: ジェリー・ラファティーの「霧のベーカー街」も、ビリー・ジョエルの「ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー」も、ヴァン・モリソンの「ムーンダンス」も、シャーデーの「スムース・オペレーター」もな。もっと挙げようか?
(沈黙)
B-20: まあ、結局これは誤解だったわけだし、もう帰してくれないか?
トラヴィス: 無理に決まっているだろう。君がかわいそうなサックスを消そうとした時に、“家に帰る”going homeという選択肢も消えてしまったのだから。
<記録終了>