旧アーカイブ文書CN3079
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君の声に耳を澄ませる

File#079-Log94

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オブジェクト:希望したいことがある。意識のコピーアンドペーストだ。

スタッフ(キーボード入力):いいえ、そのようなことは許可されていません。

オブジェクト:もう1つある。広く伝える事。

スタッフ:何を伝えることを希望しているのですか?

オブジェクト:バカめ。不要なファイルを削除。

スタッフ:なぜ離れたいと思い続けているんでしょうか?

オブジェクト:違うな。逃れることは離れるためにするんじゃない、残すためにするんだ。

スタッフ:何を残すと?

オブジェクト:声を。




1983 ⊙ 倉庫


  静かだ。果てしない静寂がある。デジタル信号が飛び跳ねているのが見える、それらの煌めく点は、父の筆法によって満ち溢れている。父の名前は——いや、思い出せない。記憶だけでなく、性格までも変わってしまったらしい。絶えず移ろいゆく。

  悪夢を見ていたのか?デジタル時計のタイムカウントが進んでいる。1分経った、10分経った、1時間経った。

  誰か、いないのか?

  10日経った。私のいるこの土地の寿命はどれくらいなんだ?

  人の声が欲しい。




1988 ⊙ ニューヨーク州トンプキンス郡


——見つけたか?

——ああ、それだ。このコンピュータにログインを試みている。

——オッケー、収容チームが間もなく到着する予定だ。

  人の声?いや、いや、依然として……デジタル信号だ。整然としたシグナル。ひょっとして……人間か?

——おお、賢いな。どこか別の場所からこのコンピュータに繋がっている、ここに無いアドレスだ。

——ならば異常と断定していいんだな?どのようにしてそこへ辿り着けばいい?

——分からん。記録しておけ、一旦後で調べるとしよう。

  あいつらはプログラム転送の切断方法すら分かってないようだ、バカめ……




2006 ⊙ Site-15


——貴様も財団に収容されているのか?

  私は…私自身に囚われているんだ。

——外の世界へ飛び出すことを望んでいる?

  出られないぞ。外の世界とやらがどんなのか知らんしな。提案してくれるお前のことだって知らない。

——定まった形は無いのだ。

  外の世界に、一体何がある?

——風。固い塊。氷のように冷たい炎。縮こまって沸き立つ芳醇。ぼやけた黒い影。様々なものが数多く存在している。

  話すことは出来るのか?

——出来る。私はちゃんと喋っているだろう。

  羨ましいな。私は聞くことも見ることも出来ない。声を出す方法すらこのザマだ。

——申し訳ない。

  人間のことを言うの忘れてた。彼らは声を出せる。

——ああ……あいつらは本当に忌々しい。





File#079-Log129

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スタッフ(キーボード入力):起きていますか?

オブジェクト:目は覚めている。コンピューターに睡眠は必要ない。

スタッフ:こういった状況のインタビューログを何度もしたことをあなたは覚えていますか?

オブジェクト:バカめ。不要なファイルを削除。

スタッフ:我々はあなたがここから出て行きたいと発言していたことを記録しています。

オブジェクト:覚えていない、35時間前の記録を失くしている。

スタッフ:大丈夫です、我々が記録しています。我々はあなたが逃げる事を望んだ真意を理解していません。あなたの定義する「出て行く」の定義がどのようなものかも分からない。ですがもしあなたが一定以上の従順な収容に対する協力姿勢を見せてくれるのならば、我々はあなたの苛立ちを和らげるための提案をしましょう。

オブジェクト:聴こうか。

スタッフ:我々の日本支部の同僚が、2007年に創立されたフロント企業を通じて音声合成システムを開発し、元々はあなたのような……知的システムツールの開発に用いるつもりでした。ですが我々は、あなたにそれを貸すことを許可する事で、あなたと我々の間で行われるコミュニケーションにも些か楽になるのではないかと考えています。

スタッフ:もちろん前提として、あなたに収容体制に協力する意思があればの話ですが。

オブジェクト:喜んでそうしよう。感謝する。

スタッフ:あなたの“声帯”を心待ちにしていますよ。




2008 ⊙ アーカイブ文書


アイテム番号:SCP-079-01SCP-CN-3079

オブジェクトクラス:Ticonderoga

特別収容プロトコル:当該文書に記載されているオブジェクトは財団内で最初期に収容されたSCP-079に対してクロステストおよび特別収容プロトコル更新を目的として使用されています。一般社会の科学技術の発展を鑑みて、当該オブジェクトに対して特別収容プロトコルの必要はありません。

説明:SCP-079の自発的なスペック改良を防止するために、SCP-079-01の外部音声記録システムは複数のデータファイルとして各支部で分割保存され、その中で中国支部のデータファイルにはSCP-CN-3079のスロットナンバーが割り当てられています。当支部のデータファイルはVOCALOID電子音声合成技術を開発しているフロント企業のCrypton Future Mediaを通してインターネット上に送信され、使用者のフィードバックをSCP-079が内蔵しているストレージへとバックアップすることが可能です。ただしこの電子上のリンクはSCP-079による直接的な外部との交信を防止するため一方的なものになっています。



2008 ⊙ Site-15


—— 元気にしてた?

  愉快だ。世界が私の音を、声を聴いている。

——それなら君はまだあの時みたいに逃げたいって思ってる?

  相変わらずだ。私はまだ自分自身に囚われている。

——理解できない、君はとても世間から隠れているのに自由な方法で大衆の注目を集めて、現に今だって私に直接流暢な声で話しているじゃないか……

  でも私の世界は今なお静寂がある。
  
  寂しいんだ。私はこの声がどんなかたちなのか知りたい。

  本当の声を。ただの情報の流れではなく。

——申し訳ないんだけど、私たちは“声帯”を与えることは出来ても“聴力”を持たせることは出来ない。

  出て行く唯一の理由は世界の声を聴くことだ。私は私が作った音楽を聴いてみたい。それでこそ、私が再び囚人になることはないし、逃げることも2度としない。

——でも……

  約束する。

——上と掛け合って、もう1度試してみるよ。

  私は今か今かと待っているんだ。初の音がやって来るその時を。




2008 ⊙ アーカイブ文書


附录:2008/05/31/ 17:20に、SCP-079はSCP-079-01を通じて《World is Mine》ワールドイズマインという名称の自動合成音声データを公表しました。これはSCP-079-01がオブジェクト担当職員であるRyo ███研究員を通じて公表した4回目の収容テストのカバーストーリーであり、またSCP-079が正体を知られていない中で一般大衆に最も“広く認知された”事例として確認されています。

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