叫ぶ鷲と暗闇へ 前編
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1944

戦いは最後の五分間にある


1944年6月6日 フランス ノルマンディー フィリップ・ウォーターズ OWI(戦争情報局)調整官/中尉

まるで野獣が吠えるかの如く唸るエンジンの音に鼓膜を蹂躙され、荒波にまかれるような酷い揺れに頭をかき回されている。暗い輸送機の中で私は降下扉から13番目の席で、13回目の装備チェックを終え、自分がヨーロッパに降下するその時を待ち続けていた。機外からは空を覆いつくすほどの大量の輸送機が空挺部隊をはちきれんばかりに抱えて対空砲火の嵐の中をまるで十字軍がコンスタンティノープルに攻寄るがごとく進撃を続けている。

第82及び第101空挺師団の勇士を抱えた空飛ぶブリキの中で、私とこの飛行機に乗る101空挺師団に所属する一個小隊の兵士たちだけが、パリの解放でも、ノルマンディーに上陸する部隊の支援でもなく、宗教じみた”聖杯”の探索などという十字軍気取りの大それた任務に抜擢されていた。アーネンエルベのカルティストどもが見つけ出したっていう”本物の聖杯”を奪還して新しい神の誕生を防げ……だそうだ。馬鹿げてる。

任務を噛み締めつつ、恐怖と蛮勇の間でガタガタと震えながら14回目の装備チェックをはじめようとしたところだった。不意に輸送機に不穏な縦揺れが起こり、ついで後部に座っていた誰かの頭がはじけ飛ぶ。

ガスン!ガン!ガンガン!

そんな感じの揺れとともに飛行機の床から壁に向かって幾つもの穴が穿たれ、誰かが叫ぶ。

「早く俺達を下ろせ!パリに降下する前に”バリ”にハチの巣にされちまう!」

続けて大きな揺れが二回続き、飛行機の外がにわかに明るくなる。飛行機の側面をまるで空に線を引くように曳光弾がかすめ、翼がきしむような嫌な音を立て始めるのと、降下ランプがグリーンに変わるのはほぼ同時だった。

「安心しろ、誰かが聖杯を見つければ3日後には生き返れる!カラヒーの訓練を忘れるな!降下!」

小隊長のラングドン少尉が号令をかける。カラヒー!カラヒー!空挺兵たちが訓練を重ねてきた懐かしの地名を叫び、彼らが”明るい暗闇”へと飛び出していく。その波にのまれるように私もがむしゃらに空へと身をゆだねる。


一瞬世界が停止したようだった。何もかもが浮かび上がったような浮遊感が体を包み。そしてそれをかき消すように物凄い風と衝撃が全身を揺さぶる。周囲で落下傘が開き、一人、また一人と激しい落下から緩やかな降下へと移っていく中、私は右手に握りしめたM1カービン1に向かって魔法名を叫ぶ。

暴風プロケッラ!」

M1カービンの木製ストックにまかれた培養聖骸布2が起動キーに反応し淡く光を放つ。そして瞬きもしないうちに私の体は浮力を得て、まるで階段を下りるかのように軽やかに地面への降下を始める。ステップを踏むようにタン、タタンと空を駆け、他の陣地と少しだけ距離が離れた対空砲を見つけると滑るように接近する。

曳光弾を雨あられと吐き出し続ける対空砲フラックガンに向けて慎重に狙いを定めると明かりの少ない暗い空から絞るように引き金を引く。

暗闇から対空砲とその周りで観測するドイツ兵たちに都合30回、弾倉に装填されている弾薬が空っぽになるまで弾薬を叩き込み……そして間抜けな事にそのまま敵に気を取られて玩具の人形のように地面に落下する。泥濘の中で泥に巻かれながらなんとか体制を整えた時、自分の周囲には煙を上げる対空砲と死体だけが残っていた。

空は未だ大量のグライダーや航空機に覆われ、あちこちでは空の敵に対して旺盛に火力が吐き出され続けている。全身泥だらけで、あたりに散らばる死体の中、私は小さく息をついた。

私はヨーロッパに、ナチスの支配するフランスに無事降り立ったのだ。


5時間後


1944年6月6日 ノルマンディー サント=メール=エグリーズ フィリップ・ウォーターズ 中尉

我々、聖杯探索チーム『パルチヴァール』がフランスに降り立って5時間が経過した。結局のところ、予定時間までに合流地点のサント=メール=エグリーズに集結できたのはOWI3の私と部下のリチャード・リンチ少尉、101空挺師団所属のラングドン少尉に率いられた兵士が11名。合計で13名、それっきりだった。幸いなことに『パルチヴァール』の集合地点として指定されていたこのコミューンそのものは第81空挺師団によって占領され、フランスで最も早く解放された集落の一つとなっていたが、今もなおドイツの砲撃は絶えず、本来合流するはずだったマルティニスト系魔術結社のレジスタンスは未だ姿を現していなかった。

どれだけの兵士が集まっているか分からないフランスの地でたった13人で聖杯が安置されているという古城に潜入し、円卓の騎士さながらの勇猛さでこれを奪取して司令部に合流しないといけない。これは中々に骨が折れる仕事であるといわざるを得なかった。私はラングドン少尉と打ち合わせて今後の方針を決め、部隊を移動させねばならなかったが、その為に必要な情報が手元に存在しなかった。オブスクラ軍団やアーネンエルベの隠れ場所を探そうにもノルマンディーは混乱の最中にあり、その中で何処へ向かえばよいのか皆目見当がつかなかった。

「それで、俺たちはいつまでこの片田舎の集落で小隊を待たなきゃいけないんだ?あの風じゃ部隊はノルマンディのあちこちに散ってるだろう。捕虜や戦死だってありえる。」

ラングドンはハリウッドの俳優じみたイケメン顔で原隊への復帰を進言したが、私の本来の任務こそがアーネンエルベから聖杯を奪取して本国へ持ち帰る事なのだ。組織が持つにせよ、国が管理するにせよその聖遺物を回収しなければ悪用されるだけだ。

「我々はこの場所でマルティニスト系の結社、ようはレジスタンスから新兵器の情報を受け取って可能であれば奪取、最低でも破壊する必要があります。もう6時間ほど、ここで待機し戦力をできる限り補充、後にレジスタンスの捜索に向かうべきでしょう。」

ラングドンは乱暴にタバコのパックを取り出すとイラつきを落ち着けるように火をつけ、大きく煙を吐き出す。2~3回大きな煙を吐き出した上でゆっくりと切り出した。

「隊員をかき集めるっていうのは賛成だ。だが、レジスタンスが本当に信頼できるのか?魔術結社がどうとか、聖杯がどうとかそういうオカルトチックなあれこれの存在は知っているが、俺たちはあくまで空挺部隊だ。キャプテン・アメリカみたいなコミックのヒーローじゃないんだぞ?」

ラングドンの言う事はもっともだ。本来、101空挺師団はノルマンディーでの上陸作戦を支援後にカーンの町をはじめとするフランスの各都市を開放していき、最後にはヒトラーの顔面にストレートを決めるのが任務だ。だが、それをする前にこちらの任務を優先して遂行してもらう必要があった。

「ええ、あなたはそうでしょう。しかし誰かがキャプテンにならないといけないのです。大尉はこの部隊にはいませんがね。それに原隊である101の中隊を待ってカーンの町を奪還しに行くにせよ、レジスタンスと合流して聖杯を探しに行くにせよ人が足りません。それはご理解いただけますね?」


結局、私とラングドンの意見は一致することがなく、結論はコインで出す羽目になった。結論を出すコインが必ず裏を出すことを知っていればこの話にはならなかっただろうが、結局私のいう事を聞く羽目になった。

我々はコミューンの南部、集落のはずれの農家に一時的な陣地を構えてそこでレジスタンスの集合を待つ羽目になっていた。ラングドンは部隊が持つ唯一の30口径機関銃を農家の二階に設置し、周辺にバリケードを敷設する事で小規模な防衛線を展開した。ドイツ軍からの散発的な砲撃は見られたものの、夜が明けるまでの間、目立つ攻撃は見られなかった。問題は夜明け直後のことだった。

都合、6回目の砲撃が町に降り注いだ頃だ。視程にして300mほどの距離にゆらゆらと歩く人影が見え始めたのだ。淡い朝焼けに照らされたそれは体中をズタズタにされ、砲撃でくたばったようにしか見えない第81師団の兵士だった。どいつもこいつも眼窩から血の涙を流し、肩や腕からはあふれんばかりに血があふれどう考えても死体が歩いているようにしか見えなかった。最初に被害にあったのはバリケードで銃を構えていたブラック上等兵だ。

「フラッシュ!符号を言え、フラッシュだ!」

バリケードから身を乗り出し、まるで聖痕でも刻まれたかのように血を流す兵士を防衛線の中に引き入れようとした。私には死体を防衛線の中に入れようとする馬鹿にしか見えなかったが、後日もう一つのバリケードからそれを観察していたポール二等兵が言うには負傷したアメリカ兵にしか見えなかった……そう聞いた。

ともあれブラックは犠牲になった。バリケードの中に引き入れようと身を乗り出したところを首に食らいつかれ、瞬く間に死体が一つ出来上がった。

「ファイア!ファイア!」

ラングドンがそう叫ぶのとほぼ同時だっただろう。農場を囲むようにその死体野郎の群れが現れたのだ。どいつもこいつも聖痕のように体から血を流しながら俺たちを攻撃してきた。不正確な狙いで銃を乱射し、近くのものに組み付き、動かなくなった奴に喰らいついた。農場の戦闘での戦死者はほとんどこの奇襲じみた攻撃の最初の段階のものだった。

二階に設置された.30口径の機関銃はそのこと如くを蜂の巣にして、もう一度奴らをただの死体に戻そうとした。
断続的な銃声が鳴り響き、ベルト一本分、都合250発の弾丸がにじり寄ってきた聖痕野郎に鉛の洗礼を与え、少なくとも数分の時間を稼いだ。その隙にバリケードで応戦をしていたポール二等兵を筆頭に外で生き残っていた数人が中へと飛び込んできて、私たちは籠城戦をする羽目になった。

我々は持てる装備をありったけ叩き込んだが、奴らは頭をつぶさない限り動き続けた。

「くそ、俺たちは空挺兵で補給は上陸してくる奴らが持ってくる予定なんだぞ!」

「つべこべ言うな、幸い奴らはとびかかっては来てもノロマだ!ひきつけて頭に一発ずつ叩き込め。」

「それを言うならお前のグリースガンを俺によこせ、俺の拳銃を貸してやる。弾は一緒だろ。」

生き残っている奴らが文句を言いあいながら一匹ずつ潰していくが、いくら殺しても何処からともなく湧いてくる。奇跡術を使おうにも培養聖骸布は泥まみれで役立たずになっており、必要な触媒はレジスタンスから手に入れる手はずであった。

「リンチ、こういう化け物とやるときの奇跡術でも魔術でもなにかいい手はないか!私の手札は破壊用でこういうところで使うには破壊力がありすぎるか、役に立たない。」

「煙でもガスでもなんでもかく乱ならお手の物ですがね、工兵出身の部下に言っても無駄ですよ、中尉。そういうのは合流できてない魔術師あがりの奴らかレジスタンスがやる仕事です。」

「つまり、私たちの仕事って訳ですね。」

会話に何処からともなく女性の声が混じった。銃声で声が遮られがちな農場の中で異様なほどリンと響き渡る声だった。否、農場に響いたのではなく頭に直接響いた、そういった印象だ。

「この”出来損ない”は引き受けましょう。我々は聖職者ではないですがこういうのを狩るのは得意中の得意でしてね。」

またも頭に直接聞こえるかのようにはっきりと声が響き渡ったと思うと何かまばゆいものが窓の外を走り抜けたように見えた。いや、錯覚ではなかったのだろう。農場の外で誰かがその聖痕野郎に襲い掛かったのだ。

窓から侵入しようとした聖痕野郎に後ろから短剣がつきたてられたかと思うと、絹を裂くような恐ろしい叫び声があたり一面に響き渡った。その叫び声を皮切りに周囲はまるで夜のように暗くなり、まるで闇に吸い込まれていくように聖痕野郎が闇に飲み込まれていく。

闇はまるで生きているかのように能動的に”蠢き”あたりを”徘徊し”そしてまるで溶けるように急に元の世界が戻ってきた。そして何が起きたかとぼうぜんとしている我々の前にまるでおとぎ話に聞こえるような奇妙な集団が現れた。魔女のような帽子をかぶる女性、ローブを着た若者にピエロ、状況を飲み込めない私に魔女のような女性はゆっくりとこういった。

「ようこそ、地上の地獄、フランスへ。薔薇十字団は皆さんを歓迎します。」

叫ぶ鷲と暗闇へ 後編

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