崩壊の遮光/再生の斜光_2


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始まりがいつだったのか、正確なところは分からない。ただ一つ明らかなのは、終わりが始まった場所はロシア国内だという事だった。

ある日、財団の要請を受けてバイカル湖南部の偵察に向かった第297独立特殊任務支隊の分遣隊がイルクーツクに帰投した直後に消息を絶ち、シベリア軍管区司令部は直ちに第103ロケット砲兵旅団に、正にこの様な事態に備えて配備していた焼夷弾頭搭載のBM-271による焦土作戦を命じた。恐らくはほぼ同時刻、コーカサス地方全域で引き籠り変態カルト共の一斉蜂起が発生した。プロト・サーカイトの住民たちがハルコストと化して集落から外へと飛び出していき、近隣の村落を襲撃した。襲われた町は犠牲になった住民たちの肉と骨と腱で作られた塊──私たちはそれを"ジェネレーター"と呼んでいた──へと変貌した。

中央軍管区の支援を受けながらもイルクーツク、ウラン・ウデ、アンガルスク、その他のバイカル湖周辺の主な都市は数日のうちにアンガル川沿いに進行する”肉の氾濫”に飲み込まれた。続いてアフリカ大陸と南ユーラシアでも同じ事が起きた。

DEVWARCOM2はそれらの調査と鎮圧の為に、GRUを通じて"P"部局の残滓である所の超常戦部隊―我々が"ペンタグラム"の後継であるのと同じように―とコンタクトを取った、CRITICS3だけでどうにか出来る規模を間もなく超えるだろう、という予測からだった。

そして苛立たしい事に、それは正確だった。私たちは彼らと共に同定済みのプロト・サーカイトの"巣"に派遣された。まずアフリカ大陸、ついでアブハジアからカザフスタン、ウラル山脈を跨いでロシアの辺境地帯まで。大抵の場合、集落を目視できる範囲に到着した時には既に儀式が開始されているか、その準備の最中だった。

私達は殆どの場合狙撃で"司祭"の頭蓋を粉砕したが、それで儀式は止まる事は無かった。信者の一人が司祭の遺体に近づき、よく研がれたナイフで器用に肉を解体し、血の一滴も地面に吸わせないように注意深くそれらを手にしながら口に含むと、まるで何事もなかったかのようにそいつが代わりに進行を務めた。それはその悍ましい内容とは裏腹に、一種の知性さえ感じさせる洗練された動きだった。ゾンビ映画で見る様な野蛮な食い散らかし方とは全く違う。正に聖餐の名に相応しいものだった。

奴らの"転化"を止める為には皆殺しにするしかない。私たちは最初、今までタイプ・グリーンの無力化に一番使い勝手の良かった.338ラプアのボルトアクションを使っていたが、"冷たい銃腔からの一撃"だけでは何の結果も得られない事が判明してからは50BMGか、距離が近い山岳地帯では308NATOや6.5㎜CRDMRのセミオートを使うようになっていた。それでも大抵の場合、持ち歩けるだけの弾薬で事を為せることは少なかった。コーカサスではハインドが強襲を仕掛けた後に降り立って、目標を指示した後はフルバックかフランカーが無誘導爆弾とサーモバリックのカクテルをばら撒いて地域ごと粉砕した。それでも、私たちが破壊できたジェネレーターはごく僅かだった。



私たちの敵はサーカイトやそいつらの創造物だけではなかった。タドラルト・アカクスで唐突に出現した、砂だけで出来た建造物を調査する目的で財団は"九尾狐"を展開し、その支援の為に直接行動能力を含む中隊規模の戦力を提供するよう依頼してきた。DEVWARCOMはこれに応じて連邦国防軍第5野戦猟兵旅団から抽出した中隊規模の歩兵部隊に幾つか支援部隊を組み合わせた機動戦闘団を派出した。彼らは目標地点に到着する直前、"奇妙なタイプ・グリーンの集団―後から聞いた話では"クソ溜めの王達"の末裔らしく、一説にはダエーバイトの分派した連中だとも―から襲撃を受けた。

腹立たしい事に、財団の連中は初めからこいつらがいる事を知っていたらしい。精兵の野戦猟兵1個中隊は航空支援のアパッチを"未知の手段"で撃墜され、直後に突然見えない手に頭を捻り潰されたり心臓を抜き取られる状況に混乱しながらも、ガンシップの105㎜と30㎜の支援を受けて何とか奴らを撃退し、複数の捕虜を得た。r分遣隊と財団の研究者グループは注意深く奴らにインタビューし、単に変態カルトと”再び”地上の覇権を巡る戦いを挑む事自体が奴らの目的である事を知った。人間はその目的に対する障害の一つに過ぎないと。

グルジア語でもロシア語でも"十字架"の名を冠する峠、グルジア軍道のどこかでマシニストの先祖が作った壁が突然姿を消したのも、そんな肉の氾濫の中で起きた出来事だった。壁を食い破ってイカれたクソッたれ共が現れたんじゃない。壁自体がどこかに消えてしまった。あれがただの鉄壁じゃなく、指向性を持った自己創発性型素子の重合体である事を、財団はその時まで知る事はなかった。それも当然だった。シリアのオリーブ林とは少々違う成り行きだったが、奴らは意図的に遠ざけられていたんだから。機械崇拝者共と倉庫番連中の間の駆け引きは、意外な事に前者が勝った。奴らにとっては正に待ち望んだ瞬間だったに違いない。尤も、それに気づくチャンスが無かったわけじゃない。ズルカルナインが何故"双角"として描写されるのか、私たちにとってはそれ自体が興味を引いたが、"収容狂"の連中にとってはそうではなかったのだろうか。いずれにしろ機械オタク共と変態カルト共は、―歴史上もそうであったように―一時的な共通の目的の為に盟約を結んでいたに違いない。壁を構成する微小機械群はダストプラズマ化し、周りの人間をハルコストに変えていった。それは正に"肉の氾濫"の一部だった。コンクリートは珊瑚のポリプ虫めいたエナメル質に置換され、住人は肉の塊に飲まれた後、各々に割り当てられた役割に沿った形状にその肉体を改変された。

ロシア軍は空挺軍スペツナズの1個小隊を丸々犠牲にしながらも核武装が可能なよう改造された(或いは以前から秘匿して配備されていた)SS-264を用いて1.5ktの核弾頭を撃ち込む事に成功したが、もはや他の奔流に合流した後はどうなったか分からない。ただ一つ言えるのは、メカニト共が目指す"神格化"を奴らより先に成し遂げたのはサーカイト共だったという事だ。今やハルコストは強化され、目的に最適化された肉体に加えてシリコン重合体の外骨格と細胞単位でのネットワーク端末を備えた奴らは、さながらNCW5化された機械化歩兵部隊の歪なカリカチュアだった。

もはや財団の言う"ヴェール・プロトコル"は形骸化したも同然だった。最初はSNS、次にYoutube、最後にはラジオやローカルTV局までその映像を流し、そいつらが現実の脅威として人類に突き付けられた事を大勢が知った。収容マニア共のリーダー達はLV-ZERO”捲られたヴェール"シナリオの発生と合衆国暫定ヴェール・クリアランスの解除を通達してきた。だが、そいつに今更何か意味があるとは思えなかった。ヴェールは捲られたんじゃない、一方的に引き裂かれて燃やされたんだ。クソッ、"闇に生き、光に奉仕する"だの”我らこそ世界の守護者”だのと独り善がりな傲慢の象徴、それ自体が無意味だというのに。私たちがその活動を秘匿してきたのは、単にそれが作戦上必要だったからに過ぎない。財団に”戦い”の意味を教えてやる奴が必要だったんじゃないだろうか。



モスクワは記録的な素早さで作戦機動グループ6を召集し、それはドクトリンが成立した時とは真逆の方向、即ち東に向かって侵攻した。次の都市を目指すサーカイト共の軍勢も、NATOの航空優勢下に於いても攻勢を維持できるまでに洗練され尽くした火力と機動、装甲の前には無力だった。

唐突に第一梯団が戦線を無視して転進を開始したその時まで、財団もGOCも、そして私たちもその勝利を疑う事は無かった。

OMG及びその後方に配置された第一梯団を構成する部隊の兵員は、後方支援部隊も含めて全て財団が提供した改良型の認識災害対策エージェントを投与されていた。それは標準的な軍用規格の防護マスクと組み合わせる事で、既知の一切のベクターを遮断する事が出来る。もしそれに意図的に仕込まれた欠陥が無ければ、1か月以内に肉の氾濫は阻止され、半年でユーラシア大陸におけるサーカイト共の表立った活動は一掃される筈だった。残念ながらそうはならなかった。私たちも同じものを提供されたが、r分遣隊がその致命的な欠陥を発見した時には後続の主力部隊そのものが危険に晒されつつあった。それはOMGの先鋒であった3個旅団のうちの一つが補給の為に進軍を停止した時に起きた。元々、それは作戦計画に折り込まれた停止であり、残る2個旅団が両翼から進撃を継続する事で東側への縦深を継続的に確保する手筈だった。それまで確認されていなかった未知種のハルコストー強化セラミックの外骨格を備え、時速80㎞のダッシュと助走無しに30m高の跳躍が可能な歪なケンタウロスの様な姿だった―が補給部隊を襲撃するまでは。

第一梯団は肉とシリコンで出来たクリーチャーの集団に包囲され、奴らと同化した。兵士たちはそれまでの犠牲者と同じように各々の兵科に特化した肉体構造に改変され、その火力は数時間前までの友軍に向けられた。第二梯団は誰も状況を理解できないまま後退を続け、落伍した部隊は第一梯団と同じ目に遭った。"肉のカーテン"がユーラシア大陸を縦断するまでは1週間ほどかかった筈だ。この時でもモスクワの判断は淀みなかったのは、初めから財団を信用していなかったからに違いない。GRUはロシア軍の展開地域には一切立ち入らないようにとの通告を最後に、私たちとのコンタクトを一方的に遮断した。

私たちは財団の内部統制がまたもや機能不全を起こしている事に確信を持った。尤も、IASSの連中はずっと前からそれに気づいていた様子だったが。DEVWARCOMはO5評議会に直接コンタクトしてこう告げた。"さっさと腰を上げろ、クソ間抜け共。”と。私たちは機甲大隊戦闘団と共に例の抗体が生成されたサイトに乗り込んで制圧し、データを掻っ攫った。幸い、それは財団と私たちがより優れたサーカイトの認識災害対策を確立するのに役立つ物だったらしい。それでも戦争はまだ始まったばかりで、敵の方が遥かに優勢なのは変わらなかった。

衛星写真で見たユーラシアは、血管か葉脈のような細い筋が幾つも南北に走っていた。その途中には、さながら腫瘤のような塊、巨大化したジェネレーターが幾つもあった。人口密集地、つまり都市だ。モスクワはホットラインを通じてアメリカとNATOに、今まで人類が実行したことない規模の火力を投射する事、それに対して一切手出しは無用である事を告げてきた。ICBMを除く全ての戦略的な火力行使手段、つまりSRBM、SLBM、巡航ミサイル、そして自由落下型核爆弾を搭載した爆撃機が一際大きな腫瘍を粉砕するべく差し向けられた。彼らは自分の故郷、或いは家族、友人がいるかもしれない場所に手を下す行為をどの様に考えていたのだろう。それ以外の通常兵器は、東西に向けて移動を続ける元々同胞だった部隊に向けられた。

それは間違いなく、人類が実行し得る最大規模の破壊だった。肉の氾濫は押し留められたように思えた。その時は。



同じ頃、バルカン半島では"女王"が再活性したという報告があった。史上類を見ない変態野郎の正妻、その成れの果て。ODINによる衛星軌道上からの重爆撃によって受けた傷を癒す為に、南東ヨーロッパのほぼ全域を触手で覆いつくし、"ワーカー"を吐き出し続けた。その動きは緩慢で、危険を察知すれば徒歩でもどうにか逃げられる程度のものだった。この地域に展開するNATO軍部隊は、ようやく内部統制を取り戻した財団が開発した抗体を投与されており、それ故に際どいところで脱出する事が出来たが、そうではなかった民間人や民兵たちは自ら肉の氾濫に飛び込んでいった。

NATOは自分達もロシアと同じ厄災に襲われている事に気づいた。ベルギー・ドイツ・イタリア・オランダの戦闘爆撃機──主にF-16とトーネードADV──は、NATOの核共有ポリシーに沿ってアメリカから提供された2発のB617を抱いて空爆の最初の口火を切った。そのすぐ後、ディエゴガルシア及びアメリカ本土から飛来した戦略爆撃機部隊とフランス海軍のラファールもこれに加わった。一方でアメリカ、イギリス、フランスのSLBMはロシアが辛うじて押し留めている肉の氾濫に対する堤防が決壊した時に備えて留め置かれた。

ロシアからの最後の通信は"Take’em everything you've got"だった。祖国万歳。ロシアは最期まで偉大だった。私たちは直接それを見る事は無かったが、空軍のSR-928がリアルタイムで伝えてきた情報は十分に刺激的だった。元々は空軍のパイロットだったであろう肉の塊がSu-279のコクピットに"乗り込み”、人間が操縦するのと同じように機体を離陸させていく。今やメカニトによって強化されたサーカイト共の機甲師団は1986年の旧ソ連軍がやろうとしていた事をそのままなぞっていた。コクピットに融合した肉と腱を詰め込んだ戦闘機や爆撃機がポーランド上空に殺到し、NATO航空戦力のうち半数近くは航空戦力はそれを阻止する事に費やされた。第6艦隊がUSSジョン・C・ステニス及びUSSセオドア・ルーズベルトと合流し、F-14DやF/A-18E/F、F-35Cなんかが空中戦に参加するまで、ロシア国境線沿いの航空優勢は得られなかった。



モスクワ陥落後、東は日本、西はイギリスにロシアから避難民を乗せて飛来した民間機に加えてロシア空軍の輸送機や爆撃機が殺到したせいで、前線に比較的近い民間空港の殆どは機能不全に陥った。その結果、アメリカ本土から来援する予定の即応部隊の早期投入は不可能になった。ロシア本土から脱出を試みる航空機が敵性ではないではない事を確認する為に、NATOの迎撃機は対象機の全容を目視で確認できるまで接近するよう命じられた。それは平時の迎撃プロトコルと同様だったが、数が桁違いだった上に、軍用機であろうと民間機であろうと、それが敵性である可能性を除外できない状況では、機体のみならずパイロットにも限界まで負荷を強いていた。



何人かのパイロットは、更に残酷な光景を目にする事になった。帰国前、私はマシューと結婚したばかりのアンジェラと少しだけ話す機会があった。彼女がスロバキア上空で遭遇した、尾部をロシア国旗の色そのものに塗装したボーイング777は、その機首の手前までが肉の襞に覆われていて、コクピットまで接近すると緊張した面持ちのロシア人がこちらを見ながら”本機を撃墜せよ。一刻も早く”と流暢な英語で告げてきたのだという。彼女は僚機に監視を譲り、自ら”シューター”を宣言した。そして、ミサイルがターゲットに吸い込まれ、砕け散った機体の残骸が焼け落ちる肉腫と共にタイガ以外は何もない地表に落下していくのを見守る事しか出来なかったと。

ボーイングの機内は、恐怖に怯えながら母親を呼び叫ぶ子供、何とかして生き延びてやると僅かな希望を捨てられなかった恋人達、最期を悟って手を握り合う老夫婦で満席だったに違いない。アンジェラの放ったAMRAAMは彼らにとって救済だったのだろうか、それとも最後の希望を打ち砕く絶望だったのだろうか。彼女には心から同情すると共に、自分がその立場で無かった事を幸運に思った。





ヨーロッパに駐留するNATO戦力の身動きが取れなくなっている間、少しでも肉の津波が押し寄せるのを遅らせる為、アメリカ本国から長躯飛んできたB-52は戦術核を装備した巡航ミサイルを満載していた。それだけではない。海軍はGIUKギャップを超えて戦艦部隊さえも派遣した。USSアイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン、モンタナ、ニューハンプシャーはNATOに加えてロシア海軍の残存艦艇による護衛を受けながら北海に突入し、砲身が摩耗し切るまで16インチ砲弾を撃ち込み続けた。それはロシアが成し遂げた火力の集中投入に匹敵するもので、敵を押し留めるには十分な筈だった。もし敵があの時のままであれば、だが。

その頃になると、ロシア軍の大半を吸収した奴ら―鉄の壁を構成していたナノマシンが自己増殖し、それによって強化されたハルコストが生み出されており、バルカン半島のみならずスカンジナビア半島の沿岸を除く全域が制圧されていた。歯質とセラミックで出来た外骨格を持つ体長200mの巨人、そいつは人の形をしていたが、肩からは悪魔──或いは天使の翼を思わせる形をした巨大な腕が生えていた。奴の装甲をぶち抜くには高高度から投下されたBLU-10910弾頭が必要で、空軍はGBU-31に移動目標への誘導能力を付与しなくてはならなかった。

南はペルシャ湾岸まで達し、ホルムズ海峡の通過は軍艦でさえ安全な物ではなくなっていた。前線はドイツ・ポーランド国境まで後退し、戦略兵器、通常兵器の区別なく使える火力の全てを底に注ぎ込んでいた。中東諸国はずっと前から見るも無残な状態だった。ORIAが何かをする事が出来たとは思えない。イラクからアメリカ軍が、シリアからロシア軍が撤退し、ハルコスト共が暴れはじめた直後から、イスラム国家の殆どは石油の輸出を巡る紛争に巻き込まれていた。

中国はこれらを調定しようと努めていた―何しろ彼らにとって一番の得意先だったからだ―が、ロシア国境を越えて都市を飲み込んでいくハルコスト共に蹂躙されるのは一際早かった。恐らく中国の抑止の試みは数ヶ月も続かなかった。彼らは最も内側に目を向けるべきだった。中国軍部隊はまともな戦略的機動を取る事が出来なかった。それはロシア国境付近、つまり内陸部のインフラが十分でなかった事もあるが、一番は彼らの関心が東に偏っていた事だろう。極東で流された血は全くサーカイトとの戦争に於いては不要な物だった。彼らはまず朝鮮半島を強引に制圧し、次いで彼らが第一列島線と呼ぶ概念の獲得に執心した。第7艦隊と日本の護衛艦隊はこれの阻止に動かざるを得ず、結果として団結して中国内陸部のハルコストによる進出を食い止める時間を失った。



その時まで私たちはヨーロッパ各地を飛び回り、主にネオ・サーカイトやメカニトの奴ら、つまりまだ無事な地域で息を潜めている連中共の不穏な動きを追い、拠点を潰し、儀式を台無しにしてやっていたが、DEVWARCOM隷下の核戦力部隊がSTRATCOMのサブコマンドに編入されるタイミングで即時の帰還を命じられた。中東に展開する他の米軍部隊と同じように、だ。私たちはヨーロッパでやっていた事と同じ事を今度は本国でやる事になった。

ISNP締結国・機関は、条項オメガ/99に沿って所定の機能を統合した。アジア・欧州復興機構11は、その名の通り異常生物学的実体の手に落ちた領域の奪還と復興を目指す組織だった。GOCはまだ辛うじて機能している国連を通じてまだ国家としての機能を失っていない者たちを取り纏め、財団は異常実体の研究に注力、そして5か国は情報及び火力行使手段を提供する。私たちi3分遣隊はIASS直轄戦力として統合され、AEROの情報戦分野の中核となった。



そのうち、ネットには奇妙なミームを含む認識災害が蔓延し始めた。財団とGOCはDEVWARCOMを通じて民間にも我々が摂取したサーカイトのベクター汚染を抑制する抗体の散布を開始したが、その展開には差があった。面白半分で試した儀式でハルコストに転化する救いようのない間抜けも居るには居たが、それ以上に我々にとって脅威だったのは、本来は海を越える事の出来ない奴らが電子的な手段で本土に迫っているという事実だった。メカニト共はユーラシアで"神格化"が成功したニュースを見て大喜びで後に続こうとした。そのうち、奴らに制圧されたユーラシアの都市から奇妙な衛星放送が流れ始め、その認識災害は既存メディアにも浸透し始めた。メディアに対する抑圧は殆どの場合暴力を伴った。不意に異言を口走るニュース司会者を止める為にSWATや州軍が出動するのはほぼ毎週の事だった。そのうち、都市単位でのベクター蔓延が発生し、州軍の機甲部隊が到着した時には既にハルコストの巣窟と化している事も珍しくなくなっていた。兵士も弾薬も装備も不足し始め、防衛線を縮小せざるを得なくなった。財団のマッド・サイエンティスト共はそれを解決する糸口を探そうと躍起になっていたが、私がそれを目にする事は無かった。

r分遣隊と財団の研究チームは、その認識災害には知覚した者の神経系に一種の病原性実体を生成させる機能がある事を発見した。それは一種のプリオンで、中枢神経系で細胞外凝集する事で指向性の人格変容を引き起こす上、二次感染者にも同じ作用を及ぼす。例えベクター抗体で一時感染を免れても、感染性因子を体に入れてしまえば同じ事、という訳だった。そしてプリオンである以上、化学的にも物理的にもこの拡散を防ぐ方法は無いという事も。

我々は財団の連中が"壊れかけの舞台装置"と呼ぶ施設に移送された。ここは例の異常ベクターの影響が及ばない為の仕掛けが何重にも施されており、衛星軌道上も含めて最も安全な場所なのだとか。ワイオミング州全域が腫瘍に覆われてもここは維持される、と神経質そうな顔をした研究者が表情一つ変えずに告げたのを覚えている。だが、今やウエスト・イエローストーン空港は1個師団の拠点と化していた。ジャクソンホール空港には海兵隊と陸軍、そしてソルトレークの全域はユタ州兵と陸軍の師団が幾つも展開していた。その配置図だけは信頼に値する。

そして、私の物語は唐突に終わる事になった。


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