寿司職人は闇と踊る
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「桜ちゃ…じゃなかったイエスタデイ。いらっしゃい。」

のれんをくぐり、店に入ってきた人影に板前は声をかけた。その調理衣は白く、染みひとつない。

イエスタデイは、促され席に座ったが、心ここに有らずといった様子だった。壁に書かれている魚の漢字をちらちら眺め、体をゆっくりと揺らしているなど、どうにも落ち着きがない。

「それで、話があるって?」とフレイム

「その、僕は…」

イエスタデイは口を開いたが、言葉に詰まり、また閉じてしまった。しばらく続く沈黙。うつむいたまま黙ってしまったイエスタデイを見て、ふと思いついたようにフレイムは言った。

「そうだ。また寿司、食べてく?」

少し驚いた表情を見せた後、イエスタデイはゆっくりとうなずいた。




帰り道、イエスタデイは、結局"あなたを殺しに来ました。"とは言えなかったなと考えていた。

七聖板前"第七のフレイム"改め闇寿司四包丁"熱包丁のフレイム"。先日、彼女は"回らない寿司協会"を脱退し、闇寿司に亡命したのだ。現在、イエスタデイを含む"粛清部隊"のメンバー全員にフレイム殺害命令が下されていた。

話した限り、フレイム自身には特に変わった所はなかった。しかし、協会の暗部に所属しているイエスタデイには、彼女の亡命理由はいくらでも思いつくことができた。もちろんこの"粛清部隊"の存在もその一つだ。

これで、連続して二回目の粛清失敗となった。まあフレイムはかなり強いので、"暗殺に失敗"してもある意味では問題ないわけだが、形式だけでも戦っておくべきだったか。そう考えていると前回の暗殺対象との戦いを思い出した。

闇寿司の親方、闇。その安直な名前とは裏腹に、あの男は強敵だった。ダーク・ハンバーグによる拳銃弾反射にもすぐに対応した上に、重くて扱いにくいラーメンを容易く操ったのだ。とっさに銃撃で逸らしたものの、あのまま直撃していたらただでは済まなかっただろう。というかどうやって蓮華で保持しているのだろうか。

考え事をしていたせいか、イエスタデイは背後から忍び寄ってくる影に気づくのが遅れた。慌てて振り向き、拳銃を構える。

「お前。闇寿司に入らないか?」と闇は言った。




「それで、俺に話があるって?」

「ええ、正式に闇寿司四包丁になる前にいくつか言っておきたいことがあって。」それだけ言うとまたイエスタデイは口を閉じた。ただ黙々と歩くイエスタデイに闇は仕方なくついていった。細い裏路地をなんども通り、"道" — 次空間の狭間にある通路 — を幾度も抜ける。あまりにも複雑な道のりに闇は何回かイエスタデイを見失いかけた。

そうして、ようやく目的地に着いたようだ。外見は、普通の江戸前寿司屋に見える。のれんには、「宮寿司」と書かれていた。

闇を店に通すと、"準備があるので、少し待っていてほしい"、そう言って、イエスタデイは奥に引っ込んでしまった。内側も、普通の江戸前寿司屋だった。

正直に言って闇は、スニークの時同様に、イエスタデイが罠を張っていることを半ば期待していた。だいたいスカウトの時も、振向き様に何発か撃ち込まれたものの、意外とあっさりと闇寿司四包丁になることを了承されてしまった。フレイムと敵対しなくてすむようになる、というのが決め手だったのだろうが、余りにも上手く行き過ぎて逆につまらなかった。もっとあの容赦のないリバーストラップ・タクティクスを体感してみたかったのだ。というわけで、"これでも喰らえ!"と銃弾を撃ち込んでくるような展開を闇は待ち望んでいた。

そうやって用意されたお茶を飲んでいると、イエスタデイが出てきた。調理用白衣を着たイエスタデイの持つ皿には、普通の寿司(注: 回らない物を指す)が並んでいた。

「これでも食べながら話を聞いてください。」

「…」



「うまいじゃないか。」

「ありがとうございます。」

「この店はどうしたんだ?」

この間のスニークの一件もあるので、一応聞いてみる。

「フレイムから借りました。」

なるほど。

「協会の追手が来ないようにここに立てたらしいんですが、今度はお客が来なくなっちゃったらしくて。」

"熱包丁のフレイム"。強引に闇を説き伏せて闇寿司入りした彼女は、まったく闇1に染まっていない点を問題視されて送り込まれたBLADE of SUME-CI2を返り討ちにしたりと色々あったものの、今では闇寿司四包丁にしてよかったと闇は考えている。

なぜなら彼女が寿司協会の"粛清部隊"を一重に彼女が引き付けているため、闇寿司の活動は一段とやりやすくなったからだ。"粛清部隊"はそこそこの実力を持つ上にやたらと数が多いため、平均して闇寿司四包丁より強い実力を持つ3が滅多なことでは動かない七聖板前よりも厄介であると言えた。

そんなことを考えている内に、寿司を食べ終わった闇は、会話がしばらく途切れていたことに気づき、こちらから話を振ることにした。

「それで、言っておきたいことってなんだ。」

しばらくイエスタデイは躊躇していたようだったが、意を決したように口を開いた。

「僕は、"回らない寿司協会"会長の、臼倉膳座の実の娘なんです。」

闇は、かろうじて驚きの表情を隠すことに成功した。

イエスタデイ、臼倉桜は、ゆっくりと自分のことを語っていった。昔から食材を加熱すると焦がしてしまうこと。そのせいで父との関係がうまくいっていなかったこと。母親が死んでから、余計に関係が悪化し、逃げるように"粛清部隊"に身を置いたこと。

そして改めて、イエスタデイは問いかけた。父親が"回らない寿司協会"会長である自分が闇寿司四包丁をやってもいいのかを。

「問題ねぇよ。」まだ正直驚きが抜けきっていなかったが、闇はそう答えた。

「身内が寿司協会にいる奴なんていくらでもいる。元寿司協会ってのもザラだ。」

フレイムみたいなのは流石に例外だがな、と続ける。寿司協会の、特に"粛清部隊"は…余り環境が良くないのでより良い環境を求めて闇寿司へと入る者も多いのだ。

「食材を焦がしてしまうので、あなたの言う…邪道な寿司はあまり握れないかもしれませんがそれでも大丈夫でしょうか?」

なるほど、それでわざわざ寿司を出したわけか。思えば確かに生モノだけしかなかった。江戸前寿司といえども、ネタを炙ったり、茹でたり、煮たりして下準備するものもあるし、クソジジイも言っていたが、出汁巻き玉子で寿司屋の実力を測るという風潮もある。さぞかし肩身が狭かったことだろう。

「それも構わねぇ。できるものからやっていけばいい。それに、王道あってこその邪道だからな。」

そう答えるとイエスタデイは、初めて表情を緩めたように見えた。




店を出た闇は満足感に浸っていた。"銃包丁のイエスタデイ"。きっと闇寿司四包丁として成長していくことになるだろう。素直すぎるきらいもあるが、なかなかの闇を抱えているではないか?

それと同時に最後のイエスタデイの表情から、埼玉の店を任せてきた自分の娘のことをなんとなく思い出してもいた。一応、護衛と監視をこっそり付けているので、巻き込まれてはいないはずだが、一度顔を見せに行くべきだろうか?いや、彼女とは別の道に進むと決めたのだ。余計なことはしない方がいいだろう。


それにしても…と闇は先程の驚きを改めて反芻した。

あいつ女だったのか。


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