胡太郎 |
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ところで、才能やらなんやらは遺伝するものであるだろうか。この疑問は僕とその妹である白乃瀬鯨にもよく関わってきていることなのだが、それについて話そうとすると血族の呪いやら遺伝子的な異常が絡まってきてさらに混迷を極めていく。順番に語って行こうと思う。くじらちゃんは中学生に上がった時から引きこもりはじめた。その時にやっと妹の肌が僕よりも白い理由を聞かされた。僕もその時は厨房のガキだったから、それについて親も全容を理解できるとは思っていなかったとは思う。単に「病気」と両親は説明した。この説明はわかりやすいものではあるのだが、僕の今の考えでは必ずしもこれが正確な説明だとは思わない。僕の妹が持つモノとは先天性白皮症、いわゆるアルビノというやつだった。
中学生に入る前までは妹は普通だった、と思う。肌が白いという特徴はあれども彼女に付き合う人々は如才無く話していたし、肌の色の差なんてあまり意識することはなかったんだろう。中学生になってからその差が強くなってきたのを感じだと思う。くじらちゃんはまず体育に出られなかった。当然、太陽の光を浴びながら長い時間活動するのはまずかったので休むのは普通の処置だ。しかし、中学の体育の先生は昔ながらにそう考えていなかったようであるし、他の生徒らもその先生と同じ考えであったようだ。次に彼女は月の半分も学校に行くことができなかった。だから定期的に休むわけだが、中学生になってからはそのスタイルがうまくいかなくなってきた。くじらちゃんはとても頭が良かったので勉強については何も問題なかった。いや、問題がなかったことが問題だった。ほとんど授業を受けていないような奴がテストの時にだけ来て、かなりのいい点をとっていく。それは他の生徒にとっても心苦しいことだっただろう。というわけで僕の妹は疎外された。出る杭は遠くから見てよく目立ち、そして邪魔だった。
ここで話を冒頭の文句について戻そう。アルビノはメラニンの生合成に関わる遺伝子の欠損により発生するメラニンの欠乏だ。これが遺伝子に関係してるということは疑いの余地がない。しかしアルビノと体力の弱さというのは当たり前のように付随するものではなかった。アルビノの人が体力がないというのは、人間の差別心が産んだ単なる偏見だ。
しかしそれはそれとして、くじらちゃんには体力がない。部屋の外から出るのにも一苦労し、外に出れば日光に悩まされる。親が言うからには、どうやら白乃瀬という名前の先祖は、こんな症状を繰り返し発現させてきたということらしい。白乃瀬という名前は天皇に与えられた名誉ある尊称ということだ。これでも昔(といっても2000年くらい前だ)は、かなり力のある一族だったらしい。"その娘、神託を受け取りし者。"だけれども力は与えられなかった。そしてその昔、くじらちゃんみたいに弱い弱い我らの先祖は巫女をやっていたらしい。
まあつまり何が言いたいかというと、僕の家では奇妙にも"頭が良いが体力の無い娘"がよく生まれてきたということだ。これは冒頭の疑問にも通ずる。確かに頭の良さというのは遺伝するのだろう。ただ、それは環境だとか親個体が与えられる不定形な生物学的な資質によらないものも実際のところ多く含む。例えば政治家。政治家の息子が政治家をやっている例は僕も知っている。しかし、政治家に有利な遺伝形質というのは果たして存在するのだろうか?確かに話し方が優れていたり、顔面偏差値の面でもそうかもしれないが、本当に重要なのは親の人脈などの基盤をどの程度引き継げるかだろう。反面、陸上選手なんかは──僕はその例を具体的に出せないが──肉体的なポテンシャルも多いので上手いこと引き継げたら成果を残せるのではないだろうか。
僕は昔、某有名プロレスラーと某有名黒人陸上選手が子供を残したら、最強の子供が生まれるのだろうか考えたことがある。強いものと強いものを掛け合わせたら本当に強いものが生まれるのか、これは美味しいものと美味しいものを、チョコと寿司を混ぜたら上手いのだろうかという疑問にも似ているのだが、後者の場合多くの人が「No」と回答するだろう。チョコに寿司は美味しくない、と思う。試したことはないけれど。試したとすれば馬鹿なことだ。寿司という文化に対する侮辱であり、かなりのゲテモノが生まれてしまう。ならば、人間にそれを置き換えた場合はゲテモノだろうか?これは試したことがない…寿司への侮辱が存在するのと同様に人間への侮辱も存在するのである。生物学的な側面で言えばそれは「No」と聞いたことがある。これは僕の中学生の時の生物の先生が言っていた。生物の遺伝子はそもそも多様性があった方がいいらしい。オスとメスに分かれて交配するその大きな目的は多様な環境に適応するためであり、様々な形質を持つ子孫を残す試みであるがため、同じような形質を持つ人が交配すればそれは必然的に無意味を為してしまう。イケメンとイケメンが結婚すれば普通の顔になりやすいとも。
これらの要素を斟酌してみれば、僕と妹の一族は奇妙な縁に恵まれている。まずアルビノが遺伝するには両親共々にその家系である必要がある。うちの家では父さんが婿入りしたので、白乃瀬の名前は母から来ているが、アルビノを出すのは母の家系のみである。それでも僕の妹にはアルビノが発現している。これは奇妙としか言いようがない。さもすれば、白乃瀬に代々伝わる伝承にその根拠を求めるしかないだろう。白乃瀬の先祖は何かの理由で「白」に成ったらしい。
僕は電車に乗って自宅から1時間程度の場所にたどり着いた。休日の真昼間にも関わらず人がそれほど多くなく、東京といっても栄えている場所とそうでいない場所があるのかとつくづく思った。
僕は機械と名のつくものが大体苦手だ。くじらちゃんの勧めでスマートフォンでLINEをやってみせるくらいはしているが、それ以上のことをスマホでやったことがない。それに対して、くじらちゃんは機械のプロフェショナルだ。監視カメラで監視している。家にいながらして外の出来事を知っている。今回のこともネットでいろいろ知ったんだろう。彼女がその能力を発揮するのは何か幅広い頭脳労働を与えられた時だ。特にこないだの事件なんかはそうだが、僕がこのようなパシリじみたことをやらせられるのはその時からになる。僕はくじらちゃんと違って体力はある方なのでこのへんは兄妹でうまく調整されているというか、役割分担がなされているというか神の意思を感じなくもない。
くじらちゃんが指定した住所は駅からまた30分ほど歩いた、閑静な住宅街の中にあった。隣が普通の家宅であるところを見るにその店自体も元々は普通の家宅であったのだろうか。店にしては少し狭いという感じもあるしもしかしたら改装をしただけなのかもしれない。だけども、十分に高級店の威厳を持った店構えがそこにあった。高校生が入ってもいいのだろうか?とはいえ、うだうだしてても意味がないので暖簾をくぐる。確かくじらちゃんはLINEで「寿司を回しに来たのですが」と言えと言っていた。確かに金持ちでない我が家にとっては寿司は注文するというよりかは回っているものであるが「回す?」寿司は回さずとも回っているものではないのか?そこら辺がずっと気になっていた。
店内は極めて簡素なつくりになっていてカウンター席と机両方あった。客は1人割腹のいい男がラーメンをすすっているところ以外は誰もいなかった。ラーメン?回転寿司ならともかくこんな本格寿司店でラーメンを食べているのか?
そして店主も奇妙な格好をしていた。普通寿司屋の調理人が来ているのは白い服だと思うのだが、それは真っ黒だった。多くのエプロンが白いのは汚れをすぐに発見するためだ。これでは本末転倒ではないかと疑問に思うがその思考は彼の発言によりかき消された。
「へいらっしゃい。お客さん何頼みます?言っておきますが、ここの店は高いですよ。あなたに払えるんですか。」
僕は訝しげにその男性店主を見遣る。金ならくじらちゃんに調査代金として幾分かはもらっているので問題がない。彼がそう言ったのは僕が明らかに高校生だからだろう。そう、普通入るような場所じゃないのだ。それだけにラーメンの主張が激しい。
「問題ありません。寿司を回しに来ました。」
すると店主は「へへっ」と笑ってこう言った
「そうですかい。まさかお客さんも"そっち"側のプレイヤーだとはねぇ…。こんな細腕で寿司が回せるんですかい?了解しやした。ここでは特別なルールを採用しているので説明させてもらう…。着いてこい。」
彼は急にまじめ腐った口調で話した。確かにさっきまでの軽薄な喋り方は演技っぽくて堂に入っていなかったというか、慣れていない感じだった気もする。
彼は奥の暖簾がかかった部屋に僕を案内した。部屋は明かりがあるだけの狭い部屋だったが、彼が「へいらっしゃい、ゲートオープン!」と叫ぶと床が下に動き出した。エレベーターが降りていくような浮遊感のあと、着いた先には上の店よりも広い闘技場があった。一見してプロレスみたいな試合場だが、周りがフェンスで囲まれている。試合場の上には一際目立つ台があった。おそらくはこの上で「寿司を回す」んだろう。
観客の歓声があちこちから上がりまさしくプロレスのような場所だった。
「少々遅かったが自己紹介しよう!私の名前は多良場 可児。今回のお前の敵だ。さあ、お前も名乗ってくれ」
僕はこの展開についていけなかった。まさか寿司屋の下にこんな世界があったなんて!そしてやっと上手いこと飲み込めたような気がする。「寿司を回す」なんらかの2人でやる競技。その競技は僕たちの見えないところで盛り上がっていたのだった。まさしく「裏格闘技」とかそういったムーブメントなんだろうか?まずルールを僕は知らない。今から説明してくれるようだが…。
「僕の名前は白乃瀬 胡太郎です。よろしくお願いします。」
僕は普通に名前を名乗っただけだった。これまで観客はこれからまるで夏の高校野球を見るように盛り上がっていたが、僕が"白乃瀬"といっただけで途端に静かになってしまった。まるで群衆は白乃瀬にトラウマがあるかのようにざわめき、そして噂をし始める。
「白乃瀬…?白乃瀬って全国トーナメントで準優勝したあいつか」
「いやでもアイツは女だって聞いたぞ」
「それも噂じゃないか、白身魚の白乃瀬といったら正体不明のゲキツヨプレイヤーとして有名だろ?」
「まさかこんなところで会えるなんて!あの白身魚がまた観れるのか」
「ふんっ。相当腕があるようだな。お前の噂は聞いたことがあるぞ。まさかこんな"裏"のスシブレードにやってくるなんて思わなかったがな。数年前姿を消したと聞いたがどうだ?」
僕は謎の展開に口を出せなかった。白身魚の白乃瀬?全国トーナメントで準優勝?そもそもスシブレードってなんなのか?分からないことが多すぎて混乱は止まない。しかしここまで来てしまったのだ。これでルールわかりませんとか、それ全部違う人の話なんですよ、とか言っている場合ではない。「スシブレード」はなんらかの「スシ」を使った2人対戦のゲームであることは確かだろう。ここから推測になるが、ブレードとは何かぶつかり合う様子を表しているのではないだろうか。まるで日本刀がぶつかり合うように。そして「回す」と言った言い回し。これはおそらくスシを回すという行為を指している。スシを回す……?なんらかの比喩的な言い回しであることは間違い無いだろうが、それにしても回すというのはなんだろうか。つまりこれらのことを総合して考えると「スシブレード」という競技は2人で回るスシをぶつけ合って「回らなくなった方の勝ち」というゲームであると推測できる。
「黙るか貴様。まあいい。白乃瀬は喋らないという話だったからな。それではこの場所でいつもやっている特殊ルールを紹介しよう。"リミテッドフォーマット"だ。」
歓声が客席から上がる。普段の調子を取り戻したみたいだ。リミテッドフォーマットとはなんだろうか。地声で十分声が届くほど通りのいい声で彼はルールを説明する。
「このルールでは限られたデッキを使って合計3回の対戦を行う。まず今回用意した特別なネタを見てもらいたい。」
彼がそういうと横の部屋から机に乗せられたたくさんの種類のスシが運ばれてくる。右端から順番にマグロが3種、ヒラメが3種、そしてカニが3種。
「これが今回のデッキだ!イェンロン料理組合からの食材の提供だ。まず使うネタを選ぶ。1試合目ではマグロから1つ。2試合目ではヒラメから1つ。3試合目ではカニから1つ。これらのネタはよく似ているが、どれもその特性や味は大きく異なったものとなっている。マグロには熟成されたものや中トロ、大トロなどというレパートリーがあり、それぞれに相性がある。つまりこの勝負はそれを見極めることも大きく試合の勝敗に関わってくるというわけだ。それ以外のルールは"スシブレード国際ルール"に従う。わかったか?」
なるほど。つまりジャンケンみたいなものをスシでやるのか。「回す」というのは手札を開示するときの名称だろうか?
「それではさっそく初めて行こう。時間が足りないからな。まずスシ選択タイムをとる。時間はきっかり5分だ。そしたら自分の選んだスシを大きな声で宣言してくれ。では俺から行こう!第1戦目、じゃあマグロAを選ぶぜ。」
とは言っても何の知識のない僕にはどういう基準で選んでいいのかまったくわからない。寿司は家族でそれなりに食べたことがあるのだが、そのどの経験をとってしても回転寿司だった。回らない寿司屋なんて行ったことは一度もなかったはずだ。先程彼が取ったマグロAはとりわけ色の濃い赤みマグロだった。ここからおそらくはトロであろうネタと熟成マグロしか残っていない。マグロは熟成した方がうまいと聞いたことはある。もしこの勝敗がうまさで決まるのならば、熟成マグロであるCを取るべきだが、それだとすれば彼が取ったのが赤身であるのが気になった。うまさが勝敗の基準ではない?おいしさ以外にスシには何の要素があっただろうか?独自の基準を持っているのか、それとも何かスシを「回す」ことによってアクションを取り、そのランダムな結果により勝敗を決めている?男はスシに相性があると言っていた。それはまるでジャンケンのようにグーを出したらチョキに必ず勝てるというような言い方ではなかった。どちらかといえば、ポケモンの"タイプ相性"のような、みずタイプとくさタイプではくさの方が圧倒的に有利であるが、レベル差があれば覆せるというような言い回しでもあった。つまり、役によって勝敗を決めるマージャン、トランプ、いかなるゲームとも異なるだろう。それら以外に相性があるが、それだけに左右されないゲームを考えてみると将棋などもその範疇に入るかと思う。例えば銀の駒は横から攻撃に弱いという性質上、角より飛車に弱いということになる。陣形から例えるなら、ヤグラ囲いは居飛車に弱いということか。しかしこれはボードゲームのように見えなかったし、動き方など明示されていないので除外する。
ここまで考えて僕は単純なことを見落としていたことに気がついた。スシブレードという名前からそれがぶつかり合うことを知っていたのだ。つまりこういうことだ。「スシブレード」は伝統的な独楽遊びとの類似性が見受けられる。
- アタックタイプの独楽はスタミナタイプの独楽を飛ばすことができるが、ディフェンスタイプの独楽を飛ばすことができない。
- スタミナタイプの独楽はディフェンスタイプから逃げ切れるがアタックタイプに吹き飛ばされやすい。
- ディフェンスタイプはアタックタイプを防ぐことができるが、スタミナタイプの速度にはついていくことができない。
「スシブレード」はスシの要素と独楽の概念が結びついた遊戯であると推測できる。
OK、それでは何を選ぶべきか考えてみよう。多良場は一番最初にマグロの赤身を選択した。彼はゲームのルール上最初に選ぶということが不利であるのにもかかわらず、その選択肢を選んだ。それは僕が何もできないと思っているが故の慢心なのだろうか。
赤身はマグロの中で一番安いネタである。その次に中トロや大トロが来るだろう。それよりうまいのは熟成マグロ。この時、これが三すくみの関係で成り立っているという仮説は成り立たない。むしろトランプ的なゲーム構成要素になっている。なぜなら、熟成マグロは中トロ及び赤身に勝てる実力を一般的に持っていると考えられるが、中トロは赤身にしか勝てないからだ。熟成マグロはそれより下の札の全てに勝てるが、大富豪のように3には負けてしまう。この場合、赤身は熟成マグロに勝てるのだ。だから安易なイメージで熟成マグロを選んでいたら、赤身の奴隷的優位性(奴隷は執念で刺す)に負けてしまうところだった。なら僕が選ぶのは中トロが適切か?
このゲームが伝統的な独楽遊びに似ているなら必ずそのスシを回す動作が用いられるはずだ。僕はそれをよく観察した。
「おーし、選んだな?ではいくか。」
3、2、1、へいらっしゃい!!!
僕は彼のやることを観察しながらスシを回す動作を真似した。ハシでスシをしっかりと掴みその端を手にした湯飲みで勢いよく叩く、すると僕の中トロは回転を始めた。台座にスシが乗ると観客は勢いよく騒ぎ始める。それを観てるのが本当に楽しいみたいに騒いでいる。
「がんばれアルティメットマグロ!」
「負けるなトロライナー!」
スシは回っていた。回転寿司のようなレーンにのったものではなく、それが自転のように。よくよく考えてみるとスシにはさまざまな要素がある。ネタとシャリのつながっている力が強いほどこの競技では有利になるだろうし、シャリはふんわりとした食感など気にせずガチガチに固めた方がいい。そうこう考えているうち、相手の赤身マグロがはじけとんだ。1試合目の勝敗は僕の勝ちで決まった。
「ふんっ。まあいいだろう。一回は敵に攻撃を許さないと盛り上がらねえからな。よし、今度はお前から次を選べ。」
僕は迷わずに選ぶことができた。なぜなら、この「ヒラメ」のうちAだけがカレイだったのだ。カレイとヒラメの違いを見分けるのは難しく、切り身の状態であればなおさらだ。しかし彼の言葉がいみじくもヒントになったのだ。彼はまだ相手のことを把握できているつもりでいる。初戦、悔し紛れのようなことを言ったが、実際最初は手加減をしていたのだろう。僕はこの競技をプロレスに再三例えていたが、プロレスならそういうその場が盛り上がるような仕込みをする。多良場可児の気質から言ってもそうなのだろう。左ヒラメに右カレイという言葉があるようにその2つは口の向きが異なっている。そして独楽にも右回りがあるものだ。だから僕は1つだけ大きく異なった「カレイ」を選んだ。
が、しかしこのまま2連勝というわけにはいかなかった。僕が放ったヒラメは後ろに大きく吹っ飛ばされ、地面に落ちた。
「そのスシは自分で食いな!」
先程彼は自分で食べていたようであるし、それには従った。だがあまり美味しいとは言えなかった。
「お前はその中で一番悪い選択をした。それはとりわけこの中では悪いものだったんだ。回す腕はあっても魚を選ぶ目がないんじゃダメだな!そのまま敗北を喫するがいい。」
最終戦、最後はカニだった。切り身で用意されていたのとは違い、殻に収まったカニA、収まっていないBとCの選択肢がある。カニといえばズワイガニやタラバガニなどいろいな種類があるが、どうやらこれは同じ種類のようだった。僕はBのを選ぶ。Aの方が高級品かもしれないが、それも罠かもしれない。結局不自由な選択で、ここに至ってあまりその余地はなかったのだ。
彼は意外にもCの選択をする。Bが優位であるならば、それへの対抗策としてAを選んでくるかと思った。Aはトランプで例えるならば、2でありこの中で1番強いカードだ。
3、2、1、へいらっしゃい!!!
その瞬間彼のスシ──────ではなく頭部が破裂した。あまりに一瞬のことだったので何が起きたのかまったくわからず、それをただ眺めることしかできなかった。ただ、多良場の目の前に黒い筋が通ったように見えた。スシはただそれが当たり前のように回っている。しかしこの事態は観客にとって当たり前のことではないようだ。何かこの事態のことを図ろうとしているようだった。
「アカデミアのやつだ!!」
「ここは知られてなかったはずでは?」
「クソ!!!」
僕はここに初めて来たので、当たり前なことがわからないが(スシを回すという文化が当たり前ではない)、このような環境下にあっても頭部が破裂したということが尋常でないのはなんとなくわかる。観客は慌てふためいて逃げようとしているが、出口が狭いので避難は厳しい。後ろから、何かを突きつけられたような気がした。それはとても大きなダツだった。
「おい。お前は"闇"のものか?」
闇?なんだろうか。ともかく僕は軍服みたいな服を着た女に"ダツ"を突きつけられている。少しでも動けばダツの先端が首に刺さってしまうだろう。心臓の高鳴りを感じた。まさかこんな危ないことになるなんてまったく聞いてなかった。くじらちゃんはいつも──説明不足だ。白乃瀬の名前がこんなに通っているなんて知らなかったし、くじらちゃんはそんなことを話すこともなかった。ああ、でもこんなに間合いを詰められていたらどうしようも無い…。
「闇?なんですかそれは。むしろ僕は白だと思いますよ。」
「おい、本当のことを言え。ダツがいつ突き刺さるかわからんぞ。」
「いやいや、ほんとに知らないんですよ。今日は妹の頼みでここに来ただけなんで…。」
「馬鹿。闇の闘技場のこと知ってるなんてスシブレーダーしかいないだろう!」
「ここは闘技場だったんですか?僕はスシを回してただけに見えたんですが。」
「クソ、クソ。だからこの仕事は嫌なんだ。三崎に文句言ってやる。」
「僕の方が説明欲しいところなんです。スシブレードのルールだってさっき知ったんですよ?」
「嘘だ。お前はさっきまでスシを回していたじゃないか。」
さっきまで回っていたカニのスシがゆっくりと速度を落としながら止まる。残念ながら僕の負けだったようだ。
「危ないところだったな。お前の負けだ。」
と言って僕のカニを拾い上げると見せつけた。
「これはカニじゃない!カニカマだ。」
…カニカマ、本物ではないが安いのに旨いということで僕は全然嫌いではない食材だが…スシにおいて偽物のネタを使っていたら負けてしまうのもうなずける。
「お前のような才能のあるスシブレーダーは負けていたら飲み込まれていたぞ。幸い私があいつを殺したから良かったものの。」
「いやいや、殺すって…僕はこんな殺伐したことをやりにきたんじゃないんですよ。なんで…こんなことに。」
「闇のスシブレーダーは滅さねばいけない決まりなのだ。これは私たちスシアカデミアの使命でもある。」
僕らは一度上に上がり人がいなくなった寿司屋のテーブル席で勝手に拝借した茶を飲みながら情報の交換に勤しんだ。彼女はこれもまた勝手に取ってきたガリを手で掴んで食べる。
「それでお前の妹は白乃瀬鯨だっていうのか?」
「ええ、はい。そうですよ。僕こそ聞きたいのですが、あなた方の界隈で僕の妹が何をしたというのですか?」
「彼女はスシブレード2023年国際大会で優勝候補を負かし準優勝を勝ち取った。それまでまったく名の知られてなかった小娘がだ。その年は伝統ある銀座の店、"鮨一の跡取り春宮貴樹"やあの"黒色猟銃ブラック・ゲィムの舛添兄弟"も参加していた。だが、そいつら全部あの"白い才能"に負けてしまったんだ。アカデミアは総力を上げて彼女の正体を捜索したが、ついに見つけることはできなかった。彼女は監視カメラの映像ですら捏造してあらゆる捜査の目を掻い潜って見せた。まさかあいつに兄弟がいたなんてな。」
「アカデミアとは?」
「スシアカデミアのことだ。スシを学び研究するための機関であり、一流の職人を育成するための場所でもある。」
「なるほど。わかりました。あなたのことも全部妹に報告しますよ。僕にはわかりませんがその"界隈"で何かが起きてるようです。元々そのための調査でしたしね。」
「ま、待ってくれ。できれば彼女と合わせてくれないか?」
「いやぁ、ずっと自分のこと探してた人を紹介できないでしょう。」
「お願いだ。頼む。」
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