徴の流星
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「こんにちはカインさん、元気にしてた?」

私が手元の資料から目を上げると、すぐ目の前には若い女が立っている。窓のないサイトの廊下で、彼女は明るく輝いて見えた。これは単に彼女が美しいということの比喩ではない。彼女が持つ能力により固形化した光を繊維状に加工し、服に織り込んでいるのだ。体に受けた光を結晶化させ、自由に変化させるという異能持つ者。それが彼女、SCP-4818。名をレオラと言ったか、ファミリーネームは聞いたことがまだない。

私は無闇に明るい笑顔を向けてくる彼女に応えて、薄くほほ笑みを浮かべる。

「こんにちは、4818。私はいつもどおりです。ところで初任務はいかがでしたか?」

「ええ、それはもう……機密事項だよカインさん。ここでは話せない」

「プロトコルの遵守は大切なことです。結構ですね」

片方の眉を軽く上げてみせる。レオラは収容へ協力的な態度を継続し、最近必要な基礎訓練を終えて機動部隊A-9"残された希望"に配属されたばかりだった。

あの、「パンドラの箱」の後継部隊。

私も実働こそ少ないものの、そのメンバーに含まれている。しかし何という皮相だろうか。「パンドラ」の後釜に「残された希望」とは。そして、よりによって「彼」の失敗の後に私をあてがうとは。ソフィアやムースの強い要望がなければ、そして彼女がいなければ、私は確実に参加を断っていただろう。しかし昨今の世界情勢はそういう事情を差し引いてもなお、この老骨に鞭を打たねばならないと決意させるほど大きく乱れている。現実改変者の急増や、異常存在を利用したテロ攻撃。いつの世も人間はぞっとするほどに愚かだ。

また、レオラのような存在を同じような異常な存在にぶつけようとする財団の都合のいい「保護」にも反吐が出る。こういう特殊な能力を持ってしまった人間は、大抵が力に溺れ、あるいは力を御しきれずに破滅する。そして財団やアルフィーネ……あの魔女の猟犬に狩られることになるのだ。彼女が今の所そうなっていないのは、彼女のマーベル色のメシアコンプレックスが故なのかもしれない。

そこまで考えて、私は頬が一度だけヒクリと痙攣するのを感じた。
この私が彼女に対してメシアなど、と。

「まあね、でもちょっと息苦しい。ほんとに秘密組織なんだね」

「そうですね。現代においては最も大きく、その大きさに輪をかけて秘密主義なのがここです」

「これじゃあなんか悪役って感じ。でも、世界を守るためなんだもんね」

「必要悪というもの……なのでしょうかね。まあただの回収任務なら、罪悪感など感じないでしょう?」

「そうだけどさ……え、知ってたの?」

「同じ部隊員ですので、一応確認までにログは拝見しました。お疲れさまです」

「あなたってそういう所あるよね……」

実際のところ、レオラの初任務はごく簡単なものだった。近郊の人口密集地で発見された異常芸術家の隠れ家に踏み込み、作品を容器に入れて回収するだけの任務だ。踏み込むと言っても現場に着いてみれば異常芸術家本人はすでに逃走しており、レオラの唯一の活躍といえばお手製の「閃光結晶弾」の投擲くらいだった。

あとは絵や彫像を箱詰めする、単なる引っ越しか何かのような作業ばかりだった。

「死人も出ず、怪我さえなく。とにかくほっとしたよ……」

「それが一番です。死なないというのが大事ですよ」

「あなたが言うと説得力があるねえ」

「唯一の杵柄というか、亀の甲といいますか。とにかく死なない限りは何かを正そうという努力を続けられます」

「なんか、深いわ」

「いやいや。重々しく聞こえて、その実は大した意味などない。年寄りの言葉というのはそういうものですよ」

「そんなものかなあ」

「ええ、そんなものです。では私はこれで。仕事の続きをします」

「うん、じゃあねカインさん」

「ええ、また」

私はそう言って微笑むと、また歩き始める。確認すべき書類にはすべて目を通し、記憶した。このように紙でしか保管されていない昔の財団の資料を「バックアップ」し、無限に続く暇を使ってデータ化する。そして他の人員が見るべきでない情報を発見したらサイト管理官に報告し、抹消する。

私は財団に収容されてある程度の信頼を得たあと、平時はこのような作業に時間を費やしていた。あるときには特異性を見込んでのことか、外部との交渉役を任されたことまであった。古い時代は遣わされた使者の多くは殺されるのがならいであった。死なず、加えられた害意をそのまま跳ね返す自分は、財団にとってさぞ便利な使者であろう。そして今は、A-9の支援業務もそこに加わった。ああこれで暇だなどと、本当は忙しくて仕方がないな。

そこまで考えると、意図せず自嘲的な笑みを浮かべていることに気がついた。

「あなた、もしかして誰もいないところでもずっとニコニコしてるの?」

「えっ」

私が後ろを振り返ると、しばらく歩いたというのにレオラがまだ着いてきていた。

「4818、あまり驚かせないでください。どうかされましたか?」

「うん、なんでもないんだけどね」

私には、レオラがなんだか煮え切らない態度のように見えた。ちょうど両親になにか言いたいが、はずかしいとか気がひけるとか言う理由でもじもじしている子供のような。ややあって思い当たり、レオラに尋ねる。

「……もしかして、例の初任務のことでなにか?」

「ええ、まあ」

「もしかして、怖かったのですか?」

「うっ……まあそれもあるんだけど。その、どうだったかなと思って」

「どう、とは……」

脳裏に刻まれた作戦のログを思い返す。正直見るべきところのない、平凡な内容だ。黒塗りのSUVで一軒家に押しかけ、ほか隊員のバックアップを受けてレオラが閃光弾を室内に投擲し、ベテランが突入。誰もいないことが確認されたあとは手早く回収を済ませ、周囲の住人には記憶処理を実行。約100分ほどで作戦全体が完了している。

レオラにも特にミスはなく、彼女の慣らしのための簡単な任務だったとはいえ良い手並みであったと言えるだろう。

「……鮮やかだったと思います。私は戦略家というわけではありませんので、他の方がどう言うかは分かりませんが」

「そう!?鮮やか!?」

にわかにレオラが色めき立つ。ああ、なるほど。褒められたかったのか。と、それに気がついた私は思わず肩をすくめる。しまったと、ハッとしたが、幸いにも浮かれ上がっているレオラがその様子に気がつくことはなかった。

「うわー!よかったあ!ありがとうカインさん!」

「いや、礼には及びませんよ。ただ客観的に正当と思われる評価をしただけで……」

「そういうメカっぽいセリフもクール!ありがと!じゃあまた!」

「メ、メカ?それは……」

いもしない機械の神を崇める一派のことを思い浮かべ、それと結び付けられているのか?と動揺している間に、レオラはそんな事を気にも留めず、無機質でつまらない白い廊下を風のように駆けていく。

私は訳もわからないままその場に取り残される。

「ふうむ……」

久しく子供の相手をしたことがなかった私だったが、このところ昔の感覚が蘇りつつあった。自分の子というのもいたことがあったし、放浪の中で出会った子供に憧れを抱かれたこともあった。ときには、気まぐれで捨て子を拾って育てもした。だが近代になってからというもの、住民の出生記録が細かくつけられるようになり、そのような機会は皆無であった。

遠い思い出の数々が去来していた。故に、いまは少しだけノスタルジックな気分になっている。そして、レオラのことが多少心配でもあった。子供というのはああして浮かれている間に、躓いてひどく転んでしまう……躓き。そう「あれ」は常に人々を試し、ときに躓きをもたらす。

自分もまた、このひどく引き伸ばされた人生の最初の部分で大きく躓かされている。そうした出来事がレオラにもそう遠くないうちに降りかかるのではないかという、強い予感があった。

そうして物思いにふけりつつ、少しの間だけ目を伏せていたが、ゆっくりとレオラが向かった方向に再び歩き始める。彼女には財団の支援が与えられ、自分を含めて友と呼べそうな職員も数人いると聞いていた。転んでもなおそうした人々を頼んで、人間は歩き続けるしかない。

それが家族を奪った張本人である財団と、ただの人殺しの死にぞこないであったとしても。

私はもはや微笑んではいられなかった。


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「おじさんごちそうさま!」

「ああ、お疲れさま4818。調子はどうだ?」

「まずまず!カインさんにもよくやったって褒められた!」

「おお……?SCP-073に?それはまた……すごいね」

すっかり顔なじみになったカフェテリアのおじさんに声をかけると、わたしは通路に出た。こんなことをしていると、高校に戻ったような気分になる。でも高校というよりも、これは大学のようなノリなんだろうとも思う。ここで働いている人たちはいつもかっちりと白衣を着た「博士」と呼ばれている人たちと、比較的好き勝手な格好をしている研究員や補助職員たちが入り混じっていて、私にはさながら先生と生徒のように見える。

世界を陰ながら守る人たち。
そう言われなければ、ここのカフェテリアは「普通」に見える。あとはそう。食事についてくる謎の錠剤さえなければ、普通……に見えなくもないかもしれない。あれなんなのと聞いてみたら、一日に必要な栄養素を補うためのすごい栄養剤なんだとカフェテリアの職員たちは言っていた。でも、ブキミだから真っ赤なカプセルに入れるのはやめてほしい。彼らに言わせれば、健康のためのおまじないなのだそうだけれど。

ああ、それにしても大学に行けていたらああいうところもこんな感じだったんだろうか。わたしは、それを考えるといつも少し暗い気分になる。家に残してきたお父さんとママのことも、本当に気がかりだ。記憶処理……いやなワードがわたしの頭の片隅で思い出される。

彼らは、今も私のことを覚えているだろうか。私の担当者であるヴァルデズ博士はそのことについて何も教えてはくれない。いつも「大丈夫」とか「適切に処置した」と繰り返すばかりだ。いつか、家族にまた会える時が来るのだろうか。

はあ、とため息をつき、歩きながら頭を掻いているとキラキラと光る粒が頭からこぼれる。光子結晶、わたしの肌に触れて固体化した光の粒らしいのだけれど、こうしているとなんというか……フケみたいだ。

居室についた私は、まずシャワーを浴びることにした。実際、フケなんかでないんだけど。念のためだ。

「は~あ……」

やや念入りにシャワーを済ませると、部屋着に着替えてベッドに寝転んだ。訓練以外の時間はたっぷりあるし、とてつもなく暇だ。一応はテレビもネットも、数ヶ月前のものの録画やアーカイブを少しずつ見られるけどごく限られた量の情報しか与えられることはない。

手の中に、キャプテン・マーベルの小さなフィギュアを結晶で作り出して枕元に置く。こうしておけばこの寂しい部屋の中でも、彼女だけは私を見守っていてくれるというわけだ。キャプテン。私の導き。理想のヒーロー。そして「力」があるおともだち。

この力に目覚めてから、というか最初はみんなできるんだと思っていたんだけど、ちょっと制御する練習はしてきた。明るいところにいると結晶が少しずつ「チャージ」されていくので、ぜんぜん残ってない歯磨き粉チューブを絞り出す感じで体全体から手元に集めて、ちょっといきむと大きめの光の塊が出てくる。それを、まがれーとかのびろーとかと念を込めてもんだり伸ばしたりすると、形を整えることができる。体から分離するとしばらくして消えてしまうし脆いけど、わたしの皮膚にくっついているうちは、鎧のように身に纏ったり武器のように振り回す事もできる。

最近は財団のドク達や部隊のみんなに特訓してもらったおかげで、いろんな応用技も使えるようになった。真ん中の芯を柔らかく、外を硬くすることでムチのようにすることができるようになったし、薄べったくして星型手裏剣みたいに投げることもできる。まあヴィランのウィップスラッシュより、バットマンとか忍者のほうがいいかな。いずれはレオラ・ザ・シューティングスター……みたいに悪者をやっつける仕事もあったりしないだろうか……これじゃ、ちょっとイタイ感じだ。

目指すはキャプテンだけど、流石にフォトンブラストもかめはめ波も撃てない。というかわたしの力じゃあ手裏剣の連続投げとか、目くらましの閃光弾が限界だ。大きな進歩として、最近になって背中に光の翼を生やして飛べるようにもなったけど、あれは目立ちすぎていつもの「隠密任務」には向かないし、フラストレーションが溜まっている。さっきカインさんに褒めてもらったから、ちょっとマシだけど。

そんなときだった。持たされている携帯端末に、着信が入った。
しかもこれは、部隊からの緊急呼び出しだ。わたしは急いで電話に出る。

「こちらSCP-4818です!」

『SCP-4818、至急第19ブリーフィングルームにご参集ください。事情はそちらで説明します』

「了解!」

わたしは駆け出すと、自分の居室のある下層の収容房ブロックから上層にあるブリーフィングルームへ向かった。やたらに長いエレベータ、長い隔壁付きの廊下、実験室その他その他で出来た背景が私の後ろに流れていく。こんなとき、道行く人々の視線を浴びると誇らしげな気分になる。誰がなんと言おうと、この瞬間、私はヒーローなのだ。

ブリーフィングルームには、すでに隊長と他の部隊員がやってきている。他の隊員は私のような「特殊」ななにかを持った人達が半分。見た目は普通の人が多い。ちょっと角生えてたり、ピエロの格好をしてる人もいるけど。それ以外は普通。

それ以外の普通の隊員はといえば、全然普通じゃない。なんかオーラからして違う。マッチョな感じに加えて死線をくぐってきた感がとてつもない。訓練も含めて、任務ではこの人達が先陣を切って突入をかける。私達は大切な資産であるから、無為に消費したくないのだとかなんとか誰かが言っていたっけ。

隊長はいつもどおり神経質な感じ。ブロンドの髪は、ストレスなのかいつもよりぱさついているように見える。カインさんも隊長に近い前列の席に着席していた。

「レオラ、早速だけど席についてください。では、ミッションブリーフィングを開始します」

そうして数枚の資料が各隊員に配られ、中央の投影装置から空中にいくつかの地図や写真が浮かび上がった。ここの組織は基本的にすんごいガジェットとかはあんまり目につくところにはないけど、あるところにはある。この投影装置もそう。まるでスターウォーズだ。そこに映し出された内容によると、私も地名くらいは聞いたことがある大きな都市の郊外にある一軒家。そこが今回の作戦目標だという。

ああ、でもなんか既視感がある。前回のしょぼい作戦のときも似たような感じだった。

「さきほど、全国に配置されている現実性ゆらぎ観測点のうち、東海岸方面の観測点が許容範囲を超える異常を検知しました。加えてERZATZ計算エンジンによる予測と演算によれば、この家屋に何らかの異常が存在している可能性が高い」

「そして我々に招集がかかったということは、タイプ・グリーンの可能性が?」

「そうです」

カインの質問に、隊長が簡潔に答えを返した。

「家屋の住民は世帯主のアールシュ・ノーリア46歳。妻のラクシュミー32歳。娘のダーシャ6歳。ノーリア一家がこの家に住んでから三年ほど。それまでなんの異常も見られなかった。家族は裕福で、父のアールシュは近隣の大学で宇宙科学、宇宙空間物理学を教える教授。母は小学校教師。手元の資料に詳細な経歴を載せてありますが、親二人におかしな点や何らかの改変の疑いは薄い。ということは……」

「娘?」

わたしはつい、隊長の言葉を待たずに一言漏らしてしまった。隊長は一瞬困ったような、悲しいような表情を浮かべたが、すぐに無表情に続ける。

「そう、娘。可能性としたら彼女がグリーンに変化し、初めて改変現象を発生させたというのが定番ね。それを自分で認識できているか否かは現時点ではわからない。無自覚に改変を発生させて気づかずにいるのなら猶予はある。しかし、そうでなかった場合は……能力の範囲内で無秩序な改変が発生する恐れもまたある」

わたしは、背中にぷつぷつと鳥肌が立つのを感じた。わたしの場合は光があって、私の意識がある状態ではじめて能力を使うことができる。こんなふうに限定された状況でしか力を使うことはできない。だけどグリーンたちは違う……グリーン……現実改変能力者。本物の魔法使い。自分の持つ強固な「現実」を押し付けることで他の現実を捻じ曲げ、意のままに操る。

この前、現実改変者への対処法の講義を受けたのだけど、あれはトラウマだった。

「すでに現地には斥候が送り込まれ、当該家族を監視しています。現状、目に見える改変現象やさらなるヒューム値異常は発生していない。いろいろな状況が考えられますが、ともあれこの家族についてアンカーで能力を抑制できる環境に置き、改変者でないか否かを詳しく調べてみる必要がある。そして退行治療で能力を抑えられるかどうか……とにかく現地入りしたらまず斥候班と合流します。状況によりその場で追加の指示を行います」

隊長が合流地点を指し示す。目標の家のすぐ近くにある民家だ、いわゆる財団保有の物件というやつだろう。

「今回任務はこの家族全員の確保、およびサイト-19への移送です。グリーンの一部には特殊な神経構造が力の根源となっているものもいます。つまり遺伝による場合がある……三人全員がグリーンでしたなんて冗談でも笑えない。三人全員の確実かつ速やかな確保が必要です」

作戦手順がつらつらと隊長から説明される。わたしは後詰めだ。先遣のチームが状況確認と対象の鎮静を行い、私達を含む後発チームが対象の護送に当たる。引越し業者のロゴの付いたスクラントン・トラックに眠った対象者を詰め込んで、一丁上がりというわけ。でもその対象者がグリーンかもしれないのだから、ライオンとゾウのキメラを抱っこしてここに帰ってきなさいと言われているようなものだ。

「出発は現刻より48時間後とします。今日のうちに資料は頭に叩き込んで。明日の早朝には突入の模擬訓練を開始するからそのつもりで。なにか聞いておきたいことがあるものは?」

隊長が、ないわよね?と言いたげな感じで話を締めくくると、その場で解散となった。だけど、わたしはしばらく椅子の上から動けなかった。子ども。近所の子とはよく遊んでたけど、ここに来てからそういう小さな子に会う機会なんかなかった。そしてそんな子を捕まえに行くなんて。

「レオラ、どうかしたの?」

「あ、すみません」

いつの間にか隊長が目の前にやってきていた。やつれたような印象のある人だけど狙撃の名手で、またこの人も特殊能力もちだ。対戦形式の訓練のときに見せてもらったことがあるが、懐に手を差し込んだかと思えば、その場にいた全員が一瞬のうちに無力化判定を食らっていた。あれは、反則だ。

だけど、その特殊能力は実際の作戦では使われないらしい。過去に色々あって彼女がずっと使っていた「相棒」が取り上げられてしまったという話だけど、まだそういう断片的な情報しか聞かせてもらえていない。

「今回の作戦で二度目になるわけだけど、気を抜かないようにね。相手はグリーンの可能性がある」

「はい。でも、相手が子どもっていうのがちょっと」

「……そうね。その気持も分かる」

隊長は沈痛な面持ちでそう言ったけど、次に言った言葉の調子はひどく平板な感じだった。

「でも考えてみて。我々が彼らを確保しなければ、暴走した改変者が……例えば子どもがという仮定で話すけど、そいつが周囲の人間を全部砂糖菓子か何かに変化させてしまうかもしれない。そして恐ろしいことに悪い魔法使いを倒したとしても、この世界では魔法は解けない……さっき言ったようなのは極端な例だけど、根本的な身体や心の変性は死と同義よ」

「そう、かも」

「そうしたことが起こらないように、私達は戦っている。そこにある個々の物事、人、そういったものに囚われ過ぎればその目的を見失いかねないわ。常に大局を見て、余計な考えが浮かぶ前に走り続ける。そうやっていなければ戦士は正気ではいられない」

隊長は、一度口を切ってわたしが内容を噛み砕くのを待った。それから少し柔らかい口調で言う。

「あまり気負いすぎないでね、レオラ。今は仲間がいる。なんだったけ。頼もしい古代のサイボーグもついてるし」

「へへ、まあ、そうですね」

「今回も後方での彼の分析やサポートが重要になる。なにせ、数え切れないくらいの改変者に出くわして生き延びてきた人だからね。現場では私と彼の指示に注意してちょうだい」

「了解しました!」

私がちょっと無理にテンションを上げて返事をすると、隊長はかるく口を曲げて薄くほほえむ。

「では、また明日。今晩遅くにもトレーニングレンジに対象者の家の模型が組み上がるから、4時起きになるわよ。それまでゆっくり休んでおきなさい」

「はい!」

「では、改めて解散!」

隊長が力強くそう号令したのに対し、ぴしりとわたしは敬礼で応える。さあ、頑張るぞ!例の家族と周辺住人を必ず助けてみせる!……なんて、早速気負い過ぎだろうか。そう考えていると、びしっと敬礼をしている顔だけが少し緩んでしまうのだった。


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その日は小雨だった。

雨はグリーンの現実改変能を減弱する。グリーンに関する講義でまずそのように説明されてメモをとったんだけど、メモを取り終わったあと「そんなわけ無いだろう。教範は読んできていないのか?」と言われて目が点になったっけ。「今のこの現実を疑え」というメッセージだったらしいけど、あれはすごい意地悪だった。

手元にあるライト以外には、周囲には闇が広がっているばかり。ま、正確には闇じゃないんだけど。到着予定時間になった瞬間、私達はランデブーポイントである民家のガレージの中に吐き出される。文字通り。わたし達がゆっくりとガレージの中に進み出ると、後ろにびっくりするくらい口を大きく開けたおじさんと、この家の管理のために残されている職員であろう夫婦風の二人がいる。夫婦役の二人は必死の形相でおじさんの口を広げていて、なんかそれが面白かった。

わたし達はこのおじさんの口の中に入って、ここまで運ばれてきたのだ。わたし達の最後の一人が出ていったと同時におじさんの口がするすると元の大きさに戻っていき、一仕事終えたおじさんが大げさな身振りで額の汗を拭う。そして隊長の姿を見たおじさんは陽気に声をかけてきた。

「よぉ、キャピテーヌ。旅はいかがだったかねえ?こっちはカーイテキな空の旅で大変結構でございましたよ」

「ええ2094、こちらも快適だった。ぶよぶよしたあなたのはらわたは、まさにこの季節が見頃ね。ただ毎日歯磨きはしたほうがいいわよ。ちょっとニオった」

「へへーっ!こりゃあ失礼をいたしました。次回はコーヒーもタバコも断って臨みますので懲りずにまたご利用を」

「あなた旅行会社か何かのつもり?」

「ま、そんなところで。それでは奥様。次回の口車のアメリカ大陸縦断ロケットツアーに乞うご期待。じゃあ俺はこいつらに報告しながらのんびり待つよ」

おじさんが夫婦役それぞれに大仰な握手をしたあと、うやうやしく一礼するのを見た隊長はやれやれといった様子で家の中に入っていく、わたし達もその後に続いていくと、家の中はすっかり作戦本部と化している。ゴテゴテとした機器類と無数のディスプレイが普通のリビングルームを埋め尽くしているのを見ると、なんだかちょっとワクワクしてくる。奥では、大学生風の二人、多分息子役がターゲットの家のものであろう監視映像を睨んでいる。

そんなところに、斥候部隊のボスがやってきた。

「ようこそA-9。今の所こちらも予定通りに動いている。家族全員が寝入ってしばらくしたところだ」

「了解。では元の打ち合わせどおりに行きましょう」

「じゃあ、これからしばらく待機ですね?」

私がおずおずと隊長に聞くと、彼女はそうね。とだけ返して隊全員に向き直った。

「では手はず通りに突入は1時間24分後の2:00とします」

「了解」

わたしを含む隊員が声を揃えて応えると、ベテランの一人がヘルメットを脱ぎ、キッチンのコーヒーメーカーのポットを揺すったかと思えば、そのへんにあったカップを使って勝手にコーヒーブレイクを始める。いいの!?と思った私をよそに、隊長もカップボードからマグを出して自分で注ぎ始める。

かと思えば、他の隊員はリビングのカウチにどっかりと座って雑談をしながらリラックスしている始末だ。本当に肝が座りすぎていて到底わたしには理解できない。だけど自分だけ棒立ちというのも恥ずかしいし、わたしも隊長のいるキッチンの
椅子の一つに腰を下ろした。

「はーまったく。いくら誰の目にも留まらずに大人数が移動できるからって、野郎の腹ん中は勘弁してもらいたいです」

「なんかガソリンくせえしな……ま、椅子は良いのがあるから打ち合わせしながら移動するのも苦じゃあないがね」

「確かに椅子は良いですよね。ふかふかで」

「照明さえしっかりしてればねえ。発電機とか、さもなきゃ電線でも引っ張れないかしらね」

「ぶっ!?」

リビングで話している連中の方に顔を向けて、隊長が会話に加わった。電線、というのを聞いたわたしはおじさんが口に電気コードを伸ばしている姿を想像してしまい、つい吹き出してしまった。

「はっ、やっこさんのケツから電線でも突っ込んだら中でパーティでもできるでしょうがね。おっと、あんまり淑女と子供の前でケツとかなんとかというのは教育的配慮に欠けるかな?」

「勘弁してモラント、キンタマ蹴り上げるわよ」

「隊長!キンタマってのも自分は良くないと愚見申し上げます!」

「はいはい。睾丸を蹴られたくなければイメトレでもしときなさい」

「はい睾丸で結構でございます隊長!へへ……新人の緊張をこうして馬鹿をやってほぐしてやるのも先達の役目ってもんだ」

モラントがこちらを見てニヤッと笑う。やっぱりお見通しみたいだ。わたしはモラントにペコリと頭を下げる。下ネタのレベルに関しては、ノーコメントだけど。

「……すみません。ありがとうございます」

「レオラちゃーん、固いんだよー。俺たちも顔が怖いのはわかってんだけどさあ。もっと気軽に『あんがとモラント』くらいでいいんだ。俺たちは家族みたいなもんなんだからな」

「家族……」

「ああ、まあ、随分年の離れた兄弟姉妹たちだがね。まあレオラちゃんにも背中を預けるとか見せるとかいつかそういうのが分かる日が来るかもしれないが、後輩には優しくしてやんな」

「はい……いつか後輩ができたら」

モラントの傷だらけの顔も、こうして見慣れると親しみが湧くものだ。それに今みたいにいつもニコニコしているし。

「モラント、もしかしてレオラ狙いですか?」

着いていきなりコーヒーを飲み始めた女性隊員……ウィリアムソンが心底気持ち悪そうにそう言うのを、モラントさんが鼻で笑った。

「……馬鹿野郎。娘と親父くらいの年の差じゃあ犯罪だよおめえ。第一に女房を泣かせる気はねえよ」

「そうでしたね、愛妻家のモラントさん。まったくいつも電話で作戦前にまで連絡を取り合うのはどうかと……」

ウィリアムソンがさらに苦言を言おうとしたその時、監視カメラを見ていた斥候部隊の人が隊長のところへ走ってくる。なんだかいやに焦った様子で。

「A-9。いま、向こうに動きがありました」

「どうしました?」

「屋内に設置した計数機が複数ロスト。屋外のものと屋内のものの残りが異常値を示してます。家屋の庭で0.7hm……」

「計数機がロスト?」

「ええ家屋内、二階の寝室付近が中心と予想されますが……」

手元のタブレットを見ていた彼は、苦虫を噛み潰したような顔で声を絞り出す。

「予想される最低ヒューム値は0.2です……カメラの映像信号もたった今ロストしました」

0.2hm。ありえないほどに低い。教本の内容を思い出す必要もなく、グリーンのヒューム値によらず、いつでも現実改変が可能な数値だと分かる。隊長がその男の人が報告を終える前に弾かれるように椅子から立ち上がり、リビングに置かれている装備品を並べたテーブルに駆け出す。

「全員装備を再点検!スクラントン擲弾は各自のライフルのランチャーに確実に装填して!」

「了解」

「畜生、なんだって急に!」

他の隊員も慌ただしく立ち上がり、携行品と武器類をチェックし始める。そんな中一瞬頭が真っ白になっていた私の肩をモラントが叩いた。すでにいつの間にかヘルメットを装着し、ライフルに手をかけている。

「よし、俺らも行こうや」

「は、はい!」

「よっしゃあ!背中は任せたからな、レオラちゃん」

そういって背中をバシッと叩かれて、わたしも我に返るではないけど、ヘルメットを被り直してグレネードランチャーにスクラントン擲弾を装填する。これも貴重なものらしいので、無駄撃ちは絶対にできない。特にグリーン相手にはなおさらだ。隊長が本部との通信を確立しオペレーターがA-9の点呼を始める。ワンからイレブンまで全員が応答を返す。私はナインだ。フォーまでが一班で、ファイブからエイトまでが二班、そしてナインからイレブンが三班。

点呼が終わると同時に隊長が叫ぶように言う。

「安全装置を掛けるのを忘れるな!直ちに突入をかける!もう広域記憶処理の許可は降りた。民間人のことは気にしないで、迅速に対象を無力化することに集中して!」

「了解!」

言うが早いか全員が、家の裏口から夜の街に飛び出す。アスファルトの上にできた水たまりを勢いよく踏みつけながら、わたし達はターゲットの家に向かった。わたし達がドカドカと走る音を聞いて、周囲の民家……ここはゲーテッドコミュニティだからよけいに目立ったのだろう。つぎつぎに窓明かりがついていく。少しずつ光子結晶が成長していくのを、わたしはまさに肌で実感した。

民家の前までたどり着くと、オペレーターから指示が飛んでくる。

『A-9キャプテンからA-9-4は指定されたルート、玄関左の窓を破って中へ侵入し安全を確保。経路が開かれたら全員がリビングまで侵入。一階を制圧ののち二階にいると見られる最優先対象のダーシャ・ノーリアをA-9キャプテンからA-9-4が拘束。A-9-5からA-9-8が夫婦二人を確保。A-9-9からA-9-11は玄関付近、階段ホールで不測の事態に備えてください』

「聞いたわね?カッターを出して。格子を切る」

それを聞いたフォー、モラントが手早くレーザーカッターを取り出し、窓格子を切断する。そして同じように窓ガラスの鍵の周りをガラスカッターで一閃して、できた穴に手を突っ込んで鍵を開ける。リハーサルでは「じゃーん!」とおどけていた彼もキビキビとハンドサインでこちらに指示を送ってくる。

全員が、リビングへを侵入する。

ダイニングにはマホガニー?ウォールナット?とにかく高そうなテーブルと、きれいな小物が詰まったサイドボード。ウェッジウッドまみれの食器棚。絵に書いたようなお金持ちの家だ。わたし達は雨に濡れた靴で敷かれたラグを踏みつける。やっぱりなんか、どろぼうみたいで嫌だな。

周囲に危険がないことを確認した隊長が、本部に報告する。咽頭マイクを使っているから、わたし達にも聞こえるし、よほど大声を出さなければ周囲に気取られる恐れもない。多分。

『HQ、屋内に侵入した。これより一階を確保し、二階へ移動する』

『了解、A-9キャプテン』

隊員たちが散開し、一階を探索する。わたしは南側を見る。ちょうど玄関の方だ。

玄関はやはり小洒落たヴィクトリア調の靴箱や、帽子掛などが置いてあるばかりで人影はない。ウェルカムマットだけは場違いな、宇宙飛行士の絵が書かれた子供向けのデザインのものが敷かれている。たぶん女の子、ダーシャちゃんの趣味なのだろう……振り返ると二階に続く階段が、闇に包まれてそこにあった。今日は月明かりもない。

手に小指の先程の小さな光子結晶を出し、階段の中程に投げてみる。小さな照明弾というわけだ。階段は、リハでやったのと同じ14段。ここにやはり異常はない。

『こちらA-9-9、南側クリアリング完了。人影なし』

『了解、A-9-9。ほか隊員のクリアリング完了までその場で待機せよ』

『了解』

わたしは少し下がって壁を背にし、闇の中、銃の安全装置を指先でもう一度確認する。大丈夫。いつでも撃てる……駄目なら手裏剣だ。大丈夫、大丈夫。そのように心のなかで念じつつ、射撃訓練だけは苦手なことを忘れようとする。撃てる……撃てる……女の子は撃ちたくないけど。

もう一度階段の上を見る。投げた結晶が8段目くらいの端に着地している。何気なく見ただけだったけど、私が見ている前で、結晶がことりと音を立ててその下の段に落ちた。

(えっ……?)

転がらないようにいびつな形に作ったはず。などと思っていると、突然、なにか大きなものが階段の上からこちらに向かって転がり落ちてくる。とっさに私は後退しながら、本部と全部隊員に通信を入れる。

『HQ、コンタクト、コンタクト!何らかの実体と遭遇!こちらA-9-9!支援求めます!』

『了解!近くの者から南側A-9-9を支援してください』

『こちらA-9-4、直ちに向かう。A-9-9はその場を動くなよ』

それが聞こえたか否かくらいのタイミングで、モラントがやってくる。

『そいつか』

『はい、急に上から落ちてきて』

階段下の廊下に、犬くらいの大きさの何かが転がっている。モラントがヘルメットに付いているフラッシュライトを点けると、その塊がどぎついピンク色をしたぬいぐるみのようななにかであることがようやく分かった。

『ぬいぐるみ……?』

『気を抜くなよ』

モラントがライフルの銃口をそのなにかに向けながら、慎重に接近していく。うつ伏せになって動く様子を見せないそれをモラントが足でつつき、仰向けにするようにしてひっくり返す。そしてそれはヒヅメがついていて大まかに首のない馬か、ポニーのようななにかのような形をしているようだった。

だが、わたしがそれの腹に目を向けた瞬間、それはぬいぐるみなどではないとすぐに分かった。

『HQ、他班隊員。こちらA-9-4……アールシュ・ノーリアらしき人物を発見』

『はい?カメラを見ていますが、人間はどこにも』

『本部、今カメラを「顔」に向ける』

そこには、ぬいぐるみだと思っていた何かの腹の部分には、インド系の男の人の顔がついていた。顔の上半分が馬の体の中にめり込み、目がなく口と鼻ばかりが体の外に突き出している。資料で見た時とおなじ位置にある、目立つイボがなければ、それとは決してわからなかっただろう。

『ひっ……!』

『対象は著しく変容しているが……まだ息があるぞ』

モラントがその奇怪な物体に小さく声をかける。

「アールシュ・ノーリア?」

「あ……あ……アールシュ、ノーリア」

腹についている口が、小さく動き、喋った。私は釘付けになったようにその場に立ち尽くすしかない。

「あー、ノーリアさん。私は警察のものです。声は聞こえていますね」

「聞こえる……何も見えない……体の感覚もないんです。私は……妻は?」

「ノーリアさん。落ち着いて聞いてください。あなたは頭を強く、その、打ったようで。意識障害があるようです。何か覚えていることは?」

そう言いつつ、モラントは私に隊長に連絡するようにサインを送ってくる。わたしはすぐさま隊長にことの次第を説明しはじめ、その間にもモラントは聞き取りをすすめる。

「私は、娘を寝かしつけて、床に入って、眠れなかったので学会発表の資料を……そうしたら娘が来て……」

そこまで言うと、アールシュの口が細かく引きつり始める。

「娘が……娘がまだ部屋に……た、たのみます、ようすを見て、助けて……」

アールシュの口が弛緩して、ぽかんと開いたまま動かなくなる。それまで身じろぎもしなかった身体部分が、引きつけを起こしたように大きくビクビクとひどく痙攣する。それを見たモラントは一歩引いたけど、すぐに警戒を解いた。

私も一度見たことがある。弱りきって死にかけた動物は、こんな感じだ。

『A-9キャプテンからイレブンまで……手の開いてる者はアールシュ・ノーリアと見られる実体の回収を頼む。おそらくもう、駄目だろうが』

『ひどい……』

少ししてクリアリングが完了し、わたしと同じ班の人がやってきてアールシュさんを回収していった。信じられない。あれが、人間だった?

そのうち隊長が、一班のメンバーを伴って階段ホールまで静かにやってきて、全隊に通信を送る。

『事態は急を要する。私はこれより上階の子供部屋へ向かう。携行アンカーはいつでも抜けるようにしていて。それでは一班が先行する。二班は続いて夫婦寝室に。三班はこのホールで待機せよ。』

『了解』

隊長たち、一班と二班が階段を慎重に登っていく。わたし達三班は、いつでもバックアップがきくようにここで待機だ。隊長たちが行ってしまうと、その場は隊長たちの報告以外は不気味な静けさばかりが残る……時折、上階の床板が軋む音が聞こえるくらいだ。それに寒気がするような気もする……そしてそれは気のせいではなかった。

『二階へ侵入、室温が低下している……?」

『こちらHQ、キャプテンの温度センサーは-20℃を示しています。スーツの発熱コイルをONにしてください』

『了解』

『こちら二班、夫婦部屋の戸が薄く開いています。動体センサーに反応はなし。ここも同様に低温です』

『了解二班、子供部屋は扉が閉じている。こちらも動体は無し……室内に強烈な負圧がある。この木製扉と壁がなぜそれに耐えているのかはわからないが……冷気はここからね。おまけに扉に酷く霜が着いている。HQ、指示を』

『A-9。一班は扉前で待機、二班は夫婦部屋内部へ踏み込め。厳に警戒せよ』

『了解、二班内部に侵入する』

上階で扉が僅かにきしむ音がして、二班が夫婦部屋に入るのが分かった。しばらく間をおいて、二班が通信を再開する。

『二班……ラクシュミー・ノーリアと見られる遺体を発見。今確認できる限りでは肉体に特に変性は見られない』

『こちらHQ、確かか?』

『間違いなく遺体だ。凍りついている……加えて報告すると室内は廊下よりもさらに低温。寝ている間の凍死と見られる』

『こちらHQ、室内は-40℃。発熱コイルで体温維持が可能な限界は-55℃です。室内から退出してください』

『二班了解……急がないとバッテリーが持たんな』

『こちらA-9キャプテン。HQ、指示を』

しばらくの沈黙の後、本部が静かに指示を出す。これは……。

『こちらHQ、SCP-073です。いくつかお伝えすることがあります』

『A-9キャプテン了解、聞かせて』

通信から聞こえてきたのは、カインさんの声だった。前回は作戦に加わっていなかったけど、彼がサポートしてくれるならこんなに心強いことはない!

『……事前の資料では、家主のアールシュは宇宙科学の研究が専門とか。更に娘のダーシャは「宇宙飛行士が夢」と小さく注釈がありましたね?それといまの低温、部屋内の負圧、そして温度分布で確信が持てました』

『簡潔に』

『ええ、中には宇宙がある可能性があります』

『カイン、何を言ってるの?』

隊長が素に戻って、カインさんに聞き返した。わたしもいま、度肝を抜かれている。

『子どもというのはとにかく好きなものに囲まれていたいもの。思うままにそれを操れるなら、そうなるのは道理でしょう。つまり、宇宙飛行士になるには宇宙がそこにあればいい』

『よくぬけぬけと道理などと言えたわね。だが筋は通る』

『ええ、キャプテン。そして寝ている間に夢でも見て、現実改変で周囲を宇宙化し……たまたま目が覚めて大喜びで両親にそれを見せに行った。宇宙空間とともに絶対零度に近い温度を纏って。そこで母親が死に、父親は……これは推測ですが彼女の宇宙に「適応」させられた。宇宙でも生きられるいわゆるその……魔法の馬に』

『一階に冷気がなかったのは、子供部屋と夫婦の部屋、そしてこの廊下しか移動していないからということね?』

『それが現在最も妥当な推理かと思います』

グリーンになった女の子が、お父さんをマイリトルポニーの出来損ないに変えたと?いや、いやいやいや。いくらなんでもそんな無茶苦茶な!

『今起きていることについての合理的説明ではある。A-9-4。使えそうなのはある?』

『C-2爆薬なら』

『それで。なるべくここから離れてから扉を吹き飛ばす。それでスクラントン擲弾を対象付近にメクラ撃ちして、我々が活動可能な正常な空間を確保の後、グリーンを無力化する。必要なら携行アンカーも使用する』

今度は、いままで通信で主に喋っていたオペレーターから指示が来る。

『こちらHQ、子供部屋内部すべてが真空だとすると、少なくとも家から出なければ崩壊に巻き込まれます』

『A-9キャプテン了解。では爆破はスリーカウントで行う。フォーが爆薬の設置を完了し次第、全員この家から退去せよ』

『了解』

モラントが扉に爆薬を貼り付けたのを確認した瞬間、全員がもと来た道を引き返し、庭まで退避する。改めて見ると小綺麗な庭だった。いつの間にか晴れ間が来て、月の光が降り注いでいる。視界の隅に、マリーゴールドが植えられた小さな花壇が目に止まった。密集して生えているところから離れて、一株だけ小さな花が植えられている。そのそばには小さな木製のプレートが立っていて「ダーシャ」と木炭か何かで下手くそな字が書かれている……子供の字だ。

『こちらHQ、全員の脱出を確認。いつでも爆破してください』

『こちらA-9キャプテン。了解した。A-9-4、お願い。ほかの隊員は爆破後私の指示と同時に一、二、三班の順に突入して。発熱コイルは全開に』

『了解。カウント1……2……3!』

モラントが手元のリモコンのスイッチを押し込むと、家の中から炸裂音が響いた。そして、子供部屋のあったあたりの屋根がガクリと内側に落ち、なんともいいがたい風音が中から漏れ出してくる。さっきの話からして、周囲の空気が「宇宙」に吸い込まれていっているのかもしれなかった。

隊長はその様子を少しの間見守っていたが、ややあって隊長が鋭く号令をかける。

『一班いくぞ!二班と三班も続け!』

『了解!』

一班が、かろうじて原型をとどめている玄関から屋内に踏み込んでいく。二階部分の風鳴りがそれに伴って強くなっていく気がする。こちらの動きを察知されているのかもしれなかった。だがそんなことはいま気にしている場合じゃない。まず、安定した現実場を作り出して動きを止めなくては!

『一班コンタクト!対象を目視確認!擲弾撃て!二班も続けて撃て!』

一班が接敵した!その瞬間に数発分の擲弾が発射されるポンという音が響き渡る。わたし達ももう屋内だ。二班が階段中程に到達し、その後を追う。一班がジリジリと退きつつ、二班と交代する。その後ろについて子ども部屋の方を窺うと、グシャグシャに崩れた子供部屋の中に、女の子が一人でうずくまっているのが見えた。ただドア枠が歪んで、うまく中の様子が見えない。

だけどその周辺、そして頭上には通常空間にシミを作るようにして、真っ暗な穴が空いているのが分かった。いや、真っ暗ではなく、チロチロと何かが中でまたたいている。星だ、とナチュラルにそう思ったが、よく見ればその星は私も子供の頃によく作った、色紙を星型に切って作ったような歪んだ形をしている……きっとこれは宇宙そのものではないのだろう。だが、その異常空間はいまだごうごうという音を立てて周囲のものを飲み込んでいっている。それに……とてつもなく寒い。コイルは十分に加熱して私の背中全体をハチャメチャなくらいに温めているのに、女の子の方に向けている体の前面は今しも凍りつきそうだ。

『二班、擲弾撃て!』

隊長の指示が飛ぶ。二班も続けざまに擲弾を対象付近に放った。スクラントン擲弾が、空中で楔のように変形しながら女の子の近くにあった瓦礫の一つに突き刺さる。そしてドラゴンの爪のように内側からアームが飛びだし、バチッとゴムが弾けるような音を立てて放電する。そして、ぶうんというハム音が周囲のすべてを圧した。

途端に女の子の周辺に広がっていた「宇宙」のようななにかが、目に見えて縮小していく。

『HQ、こちらA-9キャプテン。擲弾を複数撃ち込んだ。計数機の方はどうか?』

『こちらHQ、現実場は安定を見せ始めました。近くに残存している計数機数値……0.89hm……今0.9hm……上昇し続けています』

『効いてる!A-9-2、テレキル針麻酔銃用意!』

『了解しました!』

ツーが背負っていた大ぶりの麻酔銃を取り出し、女の子に向ける……まともにあたってしまうと痛そうだ。だけど……私から見ても分かる。射線が通らない。瓦礫とドア枠で部屋はもうめちゃくちゃになってしまっている。それに、多分麻酔弾が女の子に届いたとしても、未だに存在している「宇宙」的ななにかに阻まれる恐れもある。

『三班!擲弾を……対象の真上の方に撃て!安定現実場で改変能を完全に圧殺する!』

『了解!』

二班と位置を交代し、今度はわたし達が室内に擲弾を撃ち込んでいく。ブスブスと上方の瓦礫に擲弾が突き刺さり、今まで放たれた擲弾11発分のハム音が共鳴し始める。

『よし!エントリーツールを出して!』

『わたしがやります!』

隊長以下みんなが強行突破用の工具を出そうとするなか、私は。今までチャージした分を使って、私は手の中に光の剣を編み上げる。

『……あなたがいたっけね!やって!A-9-9!』

『了解!』

わたしはまず歪んだドア枠の端部分に剣の先端を差し込んでから、先端を釘抜きのように変形させる。そしてぐいと手前に引くと、バキンという音を立ててドア枠が手前に倒れてくれた。そして、目の前を塞ぐ瓦礫に剣を叩きつける。釘の飛び出した角材など物ともせず、わたしの剣は瓦礫を両断することが出来た。その残りには回し蹴りを食らわせ、道を切り開く。

『道は開いた!一班突入!残りはあとに続け!』

隊長以下、じわじわと室内に踏み込んでいく。奥の壁に、星空の描かれた壁紙が貼り付けられているのがヘッドライトで照らされたことで見て取ることができるようになる。女の子、ダーシャは室内の真ん中、スペースシャトルの描かれた大きなラグの上に頭を抱えて胎児のように背を丸めてうずくまっていた。

そこでようやく彼女の顔が見えてしまう。目は硬く閉じていて酷く泣きはらし、涙の乾いたあとが……あまりにも痛々しい。

『A-9-2、やって』

『……了解』

隊長が、低い声でそういうとA-9-2、ウィリアムソンが麻酔銃の銃口を女の子に向ける。スクラントン擲弾の唸る音が、わたしの心音と重なって、ひどく不快だった。わたしはそれまで持っていた剣を戻し、ライフルを構え直す。

ウィリアムソンが、ダーシャの胸付近に麻酔弾を撃ち込み、その小さな体が跳ねる。そしてその顔にそれまで以上の苦悶が広がっていくが、すぐにその全身が弛緩していくのが分かった。

終わりだ。

『……こちらA-9キャプテン。HQ、対象を無力化した』

『こちらHQ、了解した。少し待て……』

『了解』

『……』

『HQどうしましたか?』

隊長が少ししてから応答を催促するものの、本部からは奇妙な沈黙だけが返ってくる。それからすこしして、本部からようやく応答が返ってくる。

『こちらHQ、倫理委員会による略式審議が終了。対象の即時終了が決議されました。対象を終了してください』

『……!』

隊長が声にならない悲鳴を上げたのが分かった。わたしは訳も分からず、隊長に聞いた。

『隊長……どういうことですか?』

『レオラ……』

ため息を吐き出すように、隊長はそれだけ言って、ライフルから手動で排莢すると胸ポケットに収納されていた弾薬を薬室に送り込んだ。テレキル特殊弾頭弾……聞いたことがある……メイジマッシャー……グリーンキラー。

『こ、この子を殺すんですか!?』

『……私がやる。見ていなくてもいい』

『でも、退行治療を……サイト-19に移送する話はどうなったんですか!?』

『事態は明白です。この対象は退行治療ができないレベルの改変者になってしまった。もはや生かしておけない』

『待って!待って隊長!』

わたしは隊長に取りすがった。こんなの間違ってる!そう言おうとした時、隊長の空いていた方の腕が唸りを上げてわたしの顔を打った。わたしはいつの間にかもんどりうって床に倒れ込んでいた。

『……やはりこうなったか。SCP-4818を取り押さえておいて。暴れるようならどんな手を使ってもいいから鎮静して』

『了解』

モラントが、わたしの腕をとって立たせてくれた……かと思ったらすでに手が結束バンドで拘束されている。信じがたい早業だった。

『モラントさん!?』

『……おとなしくしていてくれ。これが俺たちの使命だ。果たすべき義務だ。見たくなければ今見なくてもいい……だが遅かれ早かれお前も知ることになる。今は……その時ではないかもしれないがね』

『そんな!?離してください!』

モラントがわたしを部屋の外に引きずっていく。隊長が、彼女を殺すのを見せないために。わたしの手がじんわりと汗ばんでいく。後ろ手でも武器は出せる……だけど今なにか武器を生成すればモラントにすぐさま気づかれるだろう。そうすれば、こんどこそわたしが麻酔銃で撃たれる。こんなとき、キャプテン・マーベルなら……カインさんならどう切り抜けるだろうか。

引きずられていく視界の端で、破れた天井からの月光が隊長を照らし、ヘルメットの下の瞳がちらと見えた。今まで見たこともない。凍りついたような光が、そこに宿っているのが見える。

『隊長!まって!わたしの話を……』

わたしはもう恥も外聞もかなぐり捨てて叫んでいた。女の子が殺される!こんなこと絶対に間違ってる!ほとんど声にならない声を感情のままに喚き散らしながら廊下まで引きずり出されたわたしを、少し高い位置から見下ろしている自分がいる。そしてその自分はもう間に合わないなんて、分かっていた。

みしり、と木の裂けるような音がその場に響き渡る前までは。

『……みんな部屋から……!』

隊長がそう言いながら部屋の奥にあったテーブルの下に転がり込む。他の一班隊員も急いで退避行動をとったが、次の瞬間には天井が完全に崩壊し、もうもうと土埃がその場に立ち込める。崩壊に巻き込まれなかったわたし達は、しばしあっけにとられていた。

『畜生!うろたえるな!全員一班隊員を救出するぞ!』

モラントがそう言って残りの隊員に発破をかける。そして、腕のバンドをすぐさまナイフで切ってわたしを開放する。

『すまん、手を貸してくれ』

『……了解!』

弱々しく呟いたモラントの背中を、少し迷って、今度はわたしがバシンと叩く。

……そうして踏み込んだ室内は、先程から輪をかけてひどい有様だった。女の子のいたあたりには、瓦礫が厚く降り積もってもう何も見えず、いくつかのスクラントン擲弾が潰れて、耳障りな断続的な音を発していた。

『まずいな……』

モラントが携行アンカーを取り出し、わたしに寄越してくる。

『レオラ、こいつを持っててくれ、俺は一班の安否を確認する。二班!同行してくれ』

『わかりました』

5kgほどの重量があるそれを、わたしは小脇に抱えて部屋の入口に立った。すぐそばの瓦礫の下から足が突き出ている。……大変だ!

『そこの人、入口付近の人!応答してください……今助けます!』

わたしは手の中に光子結晶の棒を作り出す。それを瓦礫の下に差し込み、光子結晶を追加で流し込んでいく。さながら、ジャッキアップだ。グイグイと成長していく結晶を徐々に傘のような形に変形させ、瓦礫を押しのけながら下の人をさらなる崩壊から守る。ここでようやく装備とヘルメットの記号でその人がウィリアムソンであることに気がついた。

『……A-9-2!応答して!』

通信で呼びかけると、ウィリアムソンが小さく身じろぎする。良かった生きてる!

『こちらA-9-2……負傷した……ごほっ……胸骨骨折の疑い、呼吸しにくい』

『いま部屋の外に運びます、肩を貸すから!』

『いい、自分で動ける。それより他のを……』

彼女がそう言った瞬間、風鳴りのような轟音とともにシュッと鋭い擦過音が聞こえ、わたしの足元に何かが突き刺さった。

「えっ」

それは、ヘッドライトに照らされて鈍く金色に光っていた。
まるでオリガミかなにかのような、紙細工の星だった。

『レオラ……逃げろ!』

『う、うわっ!』

ウィリアムソンが弾けるように立ち上がると、わたしに猛然とタックルを食らわせる。それで自然と視界が後ろにいって、そこに女の子が立っていることに気がついた。ダーシャだ。しかも、床から30インチは浮いている。

訳も分からずふっとばされたわたしをよそに、ウィリアムソンは咆哮しながら女の子に向かって発砲する。ライフルの3連射が2回。至近距離での発砲による爆音が耳をつんざいた。ウィリアムソンはわたしをかばうようにしながら、さらに発砲を続ける。

だがダーシャは少し後退しただけで、不思議そうな顔で……無表情にこちらを見ているだけだった。弾丸が肉を引き裂くこともなく、その小さな体から血が吹き出ることもない。まるで、彼女が撃たれているという事実を世界が無視しているかのように。

『コンタクト!対象は健在!全員予備擲弾あれば装填しろっ!携行アンカーも……』

無線でそう警告を発していたウィリアムソンが、直後、カンッという金属音とともに突然黙りこくった。そうかと思えばその場に崩れ落ち、ヘルメットが脱げて床に転がった。その後ろにいたわたしは、いやでも彼女の顔を見てしまう。ザクロを割ったように頭部が裂け、目はでんぐり返っていた。みればヘルメットは片側から何かが飛び出したみたいにぐちゃぐちゃに変形している。

そばには、大きめな星が転がっていた。血まみれの紙細工の星が。

『嫌っ……!』

しゃにむに、脇に抱えていた棒状の携行アンカーを床に突き立てる。ジャコンと音を立ててアンテナのようなものが先端から飛び出し、もう聞き慣れかけている低い羽音のような音が放たれた。わたしは腰が抜けていたけど、後ずさりしながらダーシャからなるべく距離をとった。見れば、大きなタンスが倒れ壁に引っかかって止まっている。わたしはこれ幸いと壁とタンスの間に出来た小さなスペースに体を押し込んだ。グリーンの力の前には無いに等しい遮蔽物だが、無いよりマシだ。

目を凝らすと、ダーシャの背後にはまた真っ暗な空間が広がっていた。そこには星星が飛び交い、奥には太陽が見えている。気づけばもう暗い室内を、その太陽が明るく照らしていた。にこにことした顔のついた、子どもが絵に書くような黄色い太陽が、オリガミの星に取り巻かれて笑っている。そして轟々と音を立てて、周囲の空気を吸い込み続けていた……そして凄まじい冷気だ。だが、アンカーが改変を弱めているのか、耐えられないほどではない。

そのうちまた、星が放たれるあの鋭い音がして身構えたが、足元にひらひらと紙片が舞い落ちてくるだけだった。やっぱり安定した現実場には、彼女の宇宙の法則は通用しないようだった。今のところは。だが、携行アンカーの電源はもって5分程度のものだし、おまけに彼女は完全にこちらを補足している状態だ。しかもこちらを見たままボーッとした顔で動く気配もない……獲物が弱るのを待っているみたいに見える。

『こちらA-9-4。A-9-9、無事か?』

『A-9-9、無事です。でもA-9-2が……死亡しました』

『畜生が……こちらも、キャプテンは救出できたが、脳震盪か何かで動けん』

モラントがぐぐ、とうなりながら続ける。

『おまけにお前のところへの経路はグリーンが塞いでいる。スクラントン擲弾を使おうとしたが、あの異常空間が周囲を飲み込む速度がさっきの比ではない。周囲に撃ち込んでそれ以上広がらんように抑える程度の効果しかない』

『アンカーはダメなんですか?隊内であと二本はあるはず』

『一本はこちらにある。おれが隊長から回収した。あとの一本は……A-9-2が持っていたはずだ』

『くっ……』

わたしは、もう見たくなかったけど、ウィリアムソンの方を見る。仰向けに倒れた彼女の背中にあるバックパック。その側面に鈍い銀色の筒が見えた。あれだ。

『直ちに援護に向かいたいが、いましがた接近した隊員が一人……やられた。感覚や認識力を強化してるみたいで、とんでもない反応速度で攻撃してくる。それに擲弾程度の現実濃度ではヤツの攻撃は無効化できん』

『そんな……』

『悲観するな!最善を尽くせ。生き残ることを考えろ』

そうしている間にも断続的に、わたしの近くにオリガミが飛んでくる。もう8つほどだろうか。もし、彼女との間に携行アンカーが張った強固な現実場がなければ、追加で八個も体に穴が空いていたということだ……。時たまジジッと携行アンカーがノイズを発する。グリーンがこちらの現実を曲げようとするとアンカーに負荷がかかる。そのときにこんな音がするらしい。あの音を聞くたびに、うなじにじわじわと焦燥感が焼け付くように広がっていく。

そんなときに本部から通信が入った。

『こちらHQ、SCP-073です。状況は把握しました……キャプテンは?』

『こちらA-9-4、意識不明のままだ』

『了解。では、手短に。動ける隊員は一階に。携行アンカーを持っているもの以外を子供部屋の直下に』

『……どうする気だ?』

モラントがやや険のある声色でカインさんにそう聞きつつも、隊員たちは指示を聞いて下へ向かったのが足音で分かった。

『対象の識閾外に出る必要があります。流石に床下に意識はいかない。だから改変も出来ない』

カインさんはあくまで静かに、しかし手早く指示を飛ばす。

『対象の真下の部屋。その天井にありったけのスクラントン擲弾を撃ち込み、改変を妨害する。そのうちに対象の懐に潜り込んで携行アンカーを作動させる。そして不意を打って、倒す』

『……なるほど。選択肢は他に無いようだな。おう全員行け。タッチダウンは俺が決めてやろう』

『対象に一番近いA-9-9のスーツカメラの映像をこちらでモニターしています。私の合図で全員素早く動いてください。』

『A-9-4了解』

『そしてA-9-9、あなたにはA-9-4のバックアップを頼みます。今展開しているアンカーの効果があるうちに、発砲でもして注意を引いてほしい。タイミングは私が指示します』

『……了解!』

とにかく今はカインさんを信じるしか無い。私は、震える手でライフルのフォアグリップを握り直した。

『これから5秒後に擲弾を天井に撃ち込んでください……今です』

次の瞬間には、少女の周りに広がっていた無間の闇がぐにゃりと歪む。擲弾が形成する現実場が床下からこの空間に及んだ証拠だった。

『A-9-9、どこでもいいから撃って!A-9-4は銃声と同時に走れ!』

『了解!』

わたしは、叫びながら銃を天井に向けてフルオートで撃ちまくった。ほこりやらがばらばらと上から降り注いでくる。少女は、相変わらずぼんやりした様子でこちらを見ているばかりだったが、その瞳が少し揺らめいたよう見えた。それと同時にモラントがこちらに走り込んでくる。

少女も何かがおかしいことに気がついたのかヒュン、と音を立ててそこら中に「星」が降り注ぎ始める。その一発が、モラントの上体を射抜いたのを、わたしは見てしまった。だが、モラントはこちらへの驀進を止めなかった。

ダン、といましも崩壊しそうな床を踏みしめながら、モラントはフットボール選手のようにアンカーを抱えて少女に迫る。そして、そのすぐ横に倒れ込むようにしてもアンカーをなんとか床に叩きつけた。ぶうんという音が、わたしの銃の音やモラントの叫ぶ声を圧してその場に染み込んでいく。

歪んだ空間が、消え失せていき、部屋の中に残ったのは少女とわたし、そしてモラントだけだ。そしてモラントは、低い姿勢のまま腰の拳銃を抜き撃って、少女の頭部を素早く2回射抜いた。頭部が砕け、残骸が床にぼたぼたと飛び散ったのをわたしは見る。

「あ……」

少女が、その場に崩れ落ちた。いや、頭を抱えて座り込んだだけだ。ただ、音で驚いただけみたいに。そして、先程までのぼんやりした様子ではなく、少女、ダーシャが初めて口を開いた。

「……なに、これ」

(生きてる!?)

周囲に血などが飛び散っている様子もない。だけど、さっきは確かに頭がぐちゃぐちゃに……わたしは混乱しながらライフルを少女に向ける。何かがおかしい。

『……チキショウが!』

「キャア!」

そんな最中、モラントが驚愕しながらも少女を殴りつけ、少女は少し離れた壁の方に吹き飛ばされる。大して堪えた様子もなく、すぐに立ち上がる。しかしその顔は恐怖で歪みきっている。

「お家が……なんでこんな……こ、来ないで!」

『レオラ……誰でもいい!加勢しろ!不意打ちを食らわせれば……!』

「わたしのうちから出ていって!」

『……!』

後ずさるモラントの方に少女が駆け寄ったかと思えば、彼の脛を駄々っ子のように殴りつけた。殴られたあたりのモラントの足が、見たこともない角度に折れ曲がり、モラントの獣のような叫び声が通信越しだけでなく、わたしの耳に直に突き刺さった。そしてようやくわたしは、自分の目が限界まで見開かれていることに気がつく。

この人間離れした力は。話にちらりとだけ聞いたことがある。追い詰められて周囲への改変が行えなくなったグリーンの悪あがき。自分自身への改変。おぞましく膨れ上がったり……あるいは傷を負わないスーパーマンになるか。

まずい。

『うわああああああ!』

わたしはライフルの残りの弾をすべて少女に向かって撃ち尽くす。音に驚いてまた少女はしゃがみ込む。弾丸のうち数発が彼女の腕をかすり、一発は腹部にめり込むが、すぐさまそれはなかったことにされる。まるでテレビゲームのバグか何かが目の前で起きているかのような光景に、頭がおかしくなりそうになる。

(モラントさんを安全なところに……!)

なんとか奮い立って、少女が動きを止めている間に、わたしはモラントに駆け寄ると両脇の間に腕を入れて部屋の奥、携行アンカーを展開した一角に引きずる。手の中に、いつでも大きな結晶を生み出せるよう集中しながら。ライフルにリロードしてる暇なんかもう無い。武器はもう、拳銃が一丁と拳と歯と……この輝きだけ。

モラントがもごもごと口の中で何かを呟いている。逃げろとか、そういうことだろう。だけど、そんな事できない。

今度は怒りを露わに、まるで好きな玩具でも取られたようにどたどたと少女がこちらに駆け寄ってくる。わたしは、小盾のような形に光子結晶を練り、左腕に構える。少女は一瞬それに気を取られたようだったが、すぐさままた走り寄ってきた。モラントをわたしの後ろにぐいと投げるようにして転がすと、わたしは少女の振り回す腕を盾で受け止める……盾は、すぐさま甲高い音を立てて砕け散った。そればかりでなく、盾を握っていた左手の指が、数本あらぬ方向に折れ曲がっている。腕も思うように動かない。脱臼したらしい。

『くあっ……ぐ……ぅ』

(……嘘でしょ!?)

わたしは、モラントの方に後ろ向きに倒れ込んでしまう。そのまま上体を起こして、足と右腕だけでモラントをグイグイと押して、少女からなんとか距離を取ろうとした。だけど、ぐったりしたモラントの体はびくともしない。

『来るな!』

ホルスターからなんとか拳銃を引き抜き、狙いも定めずに撃つ。一発だけ、少女の頭に当たったけど、ただのけぞるだけで大した効果はない。少女はそれにさらに怒ったのか、じりじりと距離を詰めながら、わたしを壁の方に追い詰めていく。

「あなた達のせいなんでしょ!なんで、なんでこんな事するの!?」

『ち、違う……わたし、達は』

「うるさい、うるさい!」

ジジッという、アンカーからのノイズがすぐ耳元で鳴る。いつの間にか、わたしが最初に設置したアンカーの真横にまで追い詰められていた。そして、アンカーからプツンという音が鳴ったかと思えば、それは無情にも沈黙する。

少女の周辺が、少しずつまた揺らいでいき、夜よりもなお暗い闇が部屋の中に広がり始める。だが、先程と違うのは少女の様子だ。先ほどは自在に星を降らせたり、飛んだりしていた彼女は、怯えたように周囲を見回している。

「なにこれ……さっきの夢みたいな……」

(夢……?)

さっきまでの魂が抜けたような様子、ほぼ寝ている状態だった?だけど、とにかく動きを止めた今を逃すわけにはいかない。わたしは、手の中に星型手裏剣を数枚練り上げる。最後のものには精一杯の祈りも込めて。

最後の一枚が出来上がるとほぼ同時に、少女がこちらに振り返る。

「だ、だれか助けて!なんなのこれ!」

手を前に突き出し、動揺した様子でこちらに突っ込んでくる彼女をみて、わたしはもう訳がわからなくなっていた。ただ出来たことは全力で、星を彼女の方に投げつけることだけだった。

最初に投げた一枚は、少女の立っている手前の床に突き立った。少女が、それを見る。

「……おほしさま?」

彼女の口が、そう動いたのを見た気もする。でも、もうそんな事を気にしている場合ではなかった。二枚目を声にもならない甲高い叫びを上げながら投げる。今度は上方に逸れ、少女のすぐ上の瓦礫に突き刺さる。

それを、あっけにとられたように少女は見上げた。

少女の喉が、わたしの投げた星と月光で照らされて白くそこだけ浮かび上がって見える。無意識に、わたしはそこめがけて腕を振り抜いてしまった。

(あっ)

ゆるゆると星が飛んでいく。少女と、その放物線越しに目が合った。女の子の表情は主には驚きだったが、目に好奇心というか、初めて見るものを「すごい」と喜ぶ時のような揺れが見えた。すべてが、スローモーションみたいにノロノロと進んでいく。そして……手のひらほどの星が彼女の喉笛を引き裂いた。

「ごほっ」

そんな咳き込むような音とともに、少女が膝をつく。何故か彼女は、体を再生しようとしていないように見える。喉を押さえた血まみれのちいさな手だけが薄暗がりの中にひどく鮮やかだった。そしてそのまま、ダーシャはうつ伏せに床に倒れ、どくどくと血溜まりが広がっていく。その目の前には、最初に投げはなって床に刺さった最初の星が突き立っていた。

『……あ、ああ』

わたしは、思わず立ち上がって彼女のところに駆け寄ってしまう。そんなつもりじゃ、ただ時間稼ぎのつもりで。そんな。そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回っている。そんな、そんな!

だから、わたしは少女の後ろから現れる影に反応できなかった。

その影は、手にしていた銃で倒れたままのダーシャの頭を撃ち貫いた。弾が抜けていった頭部が、その半分ほどをぶち撒け、すでに血まみれの床をベッタリと汚した。わたしは、何も考えることが出来ずに、その影を茫洋としてみることしか出来ない。

『レオラ!無事!?』

現れた影は少し歪んだヘルメットを脱ぎ捨て、金色に光る髪を月明かりの下に晒した。

『たい、ちょう……』

わたしは何か言おうとしたが、緊張の糸がふつりと途切れ、瞳をまぶたが覆うのを感じた。直前、隊長に呪いを吐こうとしたのか、ただ感謝しようとしたのか。わたしにはもう分からなかった。


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サイト-17。この住処は清潔で、上等のラム肉をいつでも好きなだけ頂ける。ああ、そういえばピザなどというものも食べさせられたこともあった。あれは、なかなかにうまかった。私の呪いに触れたために起きた薄い腐臭さえなければ、ここ数世紀の内で最高の食餌であったと言っても良い。

問題はと言えば、そこを運営する人間たちだ。まあ、努力は認めるが大きな人間の集団というものは、結局最後には感情や軽薄な矜持に縛られて腐敗していく。ああ、なんと言おうか。薄い腐臭。今の財団からはそういう臭いがする。

先日のA-9のグリーンの確保……途中で変わって終了任務に関わった隊員を集めての全体デブリーフィング。ブリーフィングルームの席に座っているレオラは、顔にはいくつもの擦り傷を負っている。おまけに左腕を白いギプスで覆い、普段と打って変わったように悄然としていた。当然だろう。図らずも、彼女にとって守るべき子どもを、あのように殺してしまったのだから。

……子どもと言えば、レオラもまだ子どもだ。そんな彼女が少し訓練を受けただけであんな修羅場に放り込まれるなどとは。

あの作戦は、死者2名と重軽傷者を多数出してなんとか現実改変者を終了することに成功した。遠隔距離からの致命の一撃、あるいは完璧な不意打ちが決まらなければ、彼らとの戦いがどうなるか。本当に、レオラが死ななくて済んだのはかなり奇跡的であった。

A-9の監督責任者であるソフィア・ライトが、講評を始める。言葉の端々に、苦渋をにじませて。

「今回の作戦は……突発的事象が度重なり、想定されていたより過大に損耗が発生しました。KIA二名、重軽傷者複数。めちゃくちゃになった家屋や周辺住民へのカバーストーリーの適用。……無理やりですが、あれは落雷ということになりました。ただ、あのグリーンの能力を鑑みれば、今回の結果も仕方なかったと言えなくもありません」

ソフィアは一旦口を切り、深く目を閉じてしばらく沈黙したあと、静かに続けた。

「問題は、あのグリーンを一度は完全に制圧できたにもかかわらず、すぐさま終了しなかったことです。トンプソン隊長」

ソフィアが、彼女に水を向ける。……年を経たとはいえ、以前よりやつれたように見える顔に、痣と傷を化粧で隠した彼女などあまり見ていたくはない。

「……はい」

「ビデオログでは我々の終了指示が出た際、4818と意見、判断の相違があったようですが?」

「私の監督不行き届きです。命令への不服従と作戦目標への感情移入について、再教育を行う予定です」

「……結構です。ではこの件についてはおまかせしましょう」

ソフィアは少し口調を和らげて、今度はレオラの方に顔を向ける

「4818、今回のあなたの行動に関してはかなり問題が多かったと言わざるを得ません。しかしながら……少人数であのような激甚な能力を振るったグリーンを終了できたのは、あなたの手腕と能力がなければなし得なかったことです。評議会から、命令違反について不問とすると通知がありました」

「……ありがとうございます」

そう伝えられて、レオラは平板につぶやく。

「特にグリーンの終了に際し、事前情報から得た対象の好む星のモチーフを用いて気をそらし、対象の防御を崩した発想は見事でした。あれがなければ、事態はさらに危険な方向に向かっていたでしょうね」

「……っ」

レオラが、その言葉を聞いた瞬間に硬直する。ひどく顔色が悪い。

「とにかくもあなたは隊の皆と、周辺住民を異常存在の脅威から救ったのです。見事な働きでした」

「そんな、つもりでは……」

「……どういう意味ですか?」

ソフィアが予想外の応答に、きょとんとして思わず聞き返す。確かに状況だけ見れば、レオラがそうした「弱点」を的確に突いてあの現実改変者を終了したように見えたであろう。だが、彼女のあの投げ星はある種の……ヒーロー趣味であって、ソフィアの指摘したような狡知の産物ではないはずだ。

「とにかくですが」

私はつい、口を挟んでしまう。

「全体としては、危険な状況、限られた資源の中でうまく立ち回ることが出来た。私はそのように考えます」

「そうね、カイン。先程述べた点を除いては、送られた部隊員たちの連携がうまく取れていた。あなたの指示も的確なものでしたね。Λ-2の別任務への派遣中、彼らの不在をよく埋めてくれました」

Λ-2、サタンを名乗る不遜者とその片腕。普段はA-9を監督する役目の彼らは、この作戦の間A-9の本隊を率いて別作戦についていた。彼らの知識と経験があれば、もっと良い結果を出せたかもしれないが……。

「まあ傍目八目というものです」

そう言いながら私は肩をすくめる。私は与えられた情報を整理して、最適解を出力したに過ぎない。当然のことをしたまでだ……あるいは我が兄弟ならば、あの場でどう策を打っただろうか。

ソフィアはそれから、作戦進行の中で起こった事柄を一つ一つ確認しながら、各隊員に細かい確認や報告を求める。そのように時系列順を追っての確認を進めていくと、死亡した隊員二名と著しく負傷したエージェント・モラントの欠落が嫌でも目についてしまう。私は、これと言ってそれに強い悲しみを覚えているわけではなかったが……レオラの薄暗い表情を見ているとそれがあまりに不憫だった。

「さて、それとですが」

一通りの確認を済ませたソフィアは、ゆっくりと立ち上がると思い出したように全員に告げる。

「エージェント・モラントですが、元々の所属に復帰します。彼のポジションには、別エージェントが新たに配置される予定ですが、これに関しては後で出る辞令を確認してください。それでは解散とします。お疲れさまでした」

そう言えば、彼は別の機動部隊から出向してきた隊員だった。まあ動き方やどこへともなく掛けていた「妻への電話」を見るに、赤の右腕や焼灼者の監視要員かなにかであろうと予想しているが、負傷したことで別の者が送られてくるのだろう。この身のまこと厄介な「オブジェクト」であることよ。低位クリアランスで得られる情報だけでも、過去の財団の振る舞いをつなぎ合わせれば大方のことに想像はつく。すべての情報を記憶し、それに基づいて思考できるということがどういうことか財団が理解せず、私にいまだに文書へのアクセス権を預けているのは実に滑稽なことだ。

「……」

散会となり、資料をブリーフケースにゆっくりとしまいながら、周囲の様子をうかがう。

彼女はレオラの肩に手をおいて、しばらくの間何かを言おうとしていたが、背中を励ますように軽く叩いて部屋から出ていった。彼女も……辛い立場に置かれたものだ。だが、世界の終わりが来るか寿命が尽きるまで収容セルと名付けられた牢獄の中に繋がれているよりはマシだ。ともかく、可能な限りのサポートはしたい。

その肩を叩かれた方の、レオラだったが隊長の気遣いに曖昧に微笑んで見せるものの、その目はいつまでも暗いままだった。そして、肩を落としたままおぼつかない足取りで部屋を出ていく。その背を見ると何か励ましの言葉でも一言言ってやりたかったが、自分が何を言うべきか判然としないまま声をかけたところで詮無いことだった。

私もやるせないままに席を立ち、地下階にある部屋に戻るとコンピューターへ向かってのいつもの書類整理の仕事に戻った。コンピューターが立ち上がるまでの少しの間、ちらとすぐ側においてある箱に目を向ける。中には、最初にレオラに出会ったときに贈られた物が入っている。この箱は知り合いの研究者を強引に説得して作らせた特注品だ。評議会やケインには報告していないが……しばらくはバレまい。バレたとて、取り上げられるだけのことだ。

コンピューターが目を覚まし、私は小さくため息を付きながらキーボードの上に指を乗せる。この永遠に流れゆく生に波紋が起きることはあっても、流れ自体が変わることはない。いずれは友誼を結んだ者たちすべてを置き去りにして、私は……。

そう、とりとめもないことを考えていた私の思考は突然鳴り響いた内線電話の呼び出し音に中断された。年寄りじみた感傷を壊されてすこしうんざりしながら、よっこらしょと立ち上がって壁の受話器をとった。

「もしもし、SCP-073収容房です」

『ああ、どうもカイン。ヴァルデズです』

「おや、ごきげんようドクター・ヴァルデズ。いかがしましたか?」

ヴァルデズと言えば、レオラの……そこまで考えた私は彼女の要件に思い至った。

『ええ、その、SCP-4818の件なのですけれど。あなたと話がしたいと』

「ああ、やはりですか」

『忙しいところだと思いますけど、少しの間お話を聞いてやってください。彼女の精神的動揺は、収容担当者としてどうしても見過ごせないものですから』

「ふっ……素直に心配だといえばいいのに」

『……困りますよ。それで、構いませんか?』

ルナ・ヴァルデズ。少しずれたところがあるが、この組織の研究者としては善良な彼女に少し意地悪してしまう。最初こそトラブルがあったらしいが、レオラは彼女のことを母か、年上の姉のように慕っていた。まあ、信頼できる人間だ。

「無論です。いつ頃彼女は来られますか?」

『すぐに行くみたいです。警備担当者も一緒に』

「ええ。彼女に待っていると伝えてください」

『分かりました、それではお願いします』

受話器をもとに戻してすぐに室内のキッチンに行くと、棚から合成品のコーヒーを出し湯を沸かした。数世紀前には指を咥えてみることしか出来なかった嗜好品も、彼ら財団にかかればこのとおりだ。そうして、少し明るい気分で来客を待ち受ける私だったが、はたと手が止まった。今日は、いつもの彼女ではないのだ。

2つ出したカップを持ったまま、すこし硬直していたがビリビリとけたたましい呼び鈴の音ではっと我に返る。もう来たらしい。私はカップをその場に置いて、房の入り口まで迎えに出る。戸を開けると、先ほどよりほんの少し表情の柔らかくなったレオラと、警備担当者の男が立っている。

「こんにちは4818、ミスターもお入りください」

「……うん」

来客用のテーブルと椅子まで彼らを導く、レオラは前に来たときと同じように私の向かいに座り、警備担当者は部屋の隅に置いた丸椅子に腰掛けた。立ったまま、私はレオラに聞く。

「コーヒーでよかったですか?」

「ううん、この間口の中を切っちゃって。アツいのはちょっと」

「ああ、すみません。気が付かなくて」

「あっ、気にしないで!全然、その、コーヒーって感じじゃないし」

「それなら……分かりました」

「いつもはすごく嬉しいんですけど、ごめんなさい」

「あはは……とりあえずまあ、ゆっくりしていってください」

努めてほほえみながら、私は彼女の向かいの椅子に腰掛ける。どうにもぎこちない滑り出しだ……しばらくその場に沈黙が流れる。どれくらい経った頃か警備担当者が咳払いを一つして、うつむき加減で2 m先の床を見つめだしたあたりで、もう一度彼女に声をかける。

「4818、この間は、大変な目にあいましたね」

「……うん」

反応はいままでになくそっけない。自分の信念を裏切ったという事実はやはり堪えるのだろう。

「あなたは本当によくやりました。つらい思いをしたでしょうが、自分をもっと誇りに……」

「自分を誇りに……?」

彼女の目に、暗い怒りが灯る。それは、私に対して初めて見せた感情だった。がたり、と椅子を蹴るようにしてレオラが立ち上がった。いつもコロコロと表情の変わる顔は、見たことのないぞくりとするような軽蔑が満ち満ちている。

「どうしてそんな事ができるっていうの。わたしは……隊長の邪魔をして、かばってくれたウィリアムソンさんを死なせて……それから……それから……あの女の子を、殺した」

レオラの瞳が、私のそれを睨めつける。その色を私はよく知っている。最もはじめには遠い日の水鏡に、そして、いまも昏い悪夢から目覚めて鏡を見たときに最初に見る色。

(やはり己を、責めてしまうか)

人を殺したという強烈な罪の意識。それは時が薄めてくれるものだが、さりとて永遠に消えることのないものだ。罪は形がないゆえに壊すことは出来ず、相手から赦されることでのみ癒やされる……だが殺した相手は、もう自分を赦してはくれない。「あれ」が殺すなかれと戒の最初に石に刻んで、子らに渡したのはそれが故だ。

「あの子、私の『星』を見た時、笑ってたの。次の瞬間に何が起きるか知らないまま」

レオラは、喉の奥をくっと引きつらせてから、震える声で続ける。

「『お見事』『よくやった』そうよね。あの子が我を忘れて見入るきれいなお星さまを見せてあげて、隙をついて殺した。それで褒められて、おだてられて、私がどんな気持ちだか分かるっ……!?」

目に涙をいっぱいにため、レオラは叫び散らす。

「ねえっ!分かるカイン!?誰かさんがなにか言ったってそんなのどうでもいいの!私は私が許せないのよ!」

「4818、まず座りなさい」

「もう……もうそのくっだらない通し番号もうんざり!何が市民を守るためよ!どろぼうみたいに家に押し込んで!誰も助けられなくて!もうこんなことのために力なんか使いたくない!」

「4818、落ち着いて。これもすべて録音されているんですよ」

彼女は頭をめちゃめちゃに掻きむしったかと思えば、テーブルの上のものを床へとはたき落とし始めた。私は傷ついた左腕を避け、右肩を掴んで座らせようとする。

「さわんないで!」

「481……」

止めるまもなく、彼女のふりまわした右手が私の頬をしたたかに打つ。しびれるような痛みが顔に走って、少しく顔を歪めそうになるがこらえる。そんな中、彼女もびっくりしたように頬を押さえた……跳ね返ったのだ。警備担当者が、驚いて腰の警棒に手を伸ばす。

「……あっ、ああ」

「……すまない、大丈夫ですか?」

「……ええ、ごめんなさい。ああ、参ったな……」

「どうしました?」

彼女から毒気が抜け、今度はほんの少し笑みが浮かんでいる。不可解な情動の変化に、私は少しついていけない。

「あのね、こうやって取り乱した人をさ、ひっぱたいて正気に戻すのあるじゃない?マンガとかで」

「……そうなんですね?」

「うん、それをちょっとセルフでやっちゃったと思って……ふふ」

「ああ、なるほど。それは少し面白い、かもしれないな」

「……ほんとに、バッカみたい。何してるんだろう、わたし」

勝手に人を叩いておいて、一人で笑いだすなど、一瞬本気で狂ったかと心配した自分が恥ずかしい。緊張が一気に弛緩して、私は椅子の上にドサッと腰を下ろした。椅子に座り直した警備担当者も私に向かって、「勘弁しろ」と顔で訴えかけている。

「……本当にごめんなさい。どうかしてた」

「気にしないでください。あんな目にあったら、きっと誰しもそうなる」

「うん……あの夜は、ずっとビクビクしてた。それであんな事になって」

「忘れなさい、というのはきっと難しいことですね。だが悩みすぎてもいけない」

「分かってる。頭では分かってるんだけど」

そう言ったきり、また彼女は沈黙の中に沈んでしまう。なにか考えている様子だったので、しばらく様子を見ていたが、ややあっておずおずと私に切り出した。

「カインさん……やなこと聞いてもいい?」

「私に答えられることなら」

「カインさんはさ、だれかを、殺したことがある?間接的にでもさ」

「ええ、ありますよ。数え切れないくらいに。野盗やごろつき、時には罪のない人も」

私は、飽くまで淡々とそう言った。

「……そう」

「そうしなければならない時というのは、人生に一度は訪れるものです」

予期していた質問ではあったものの、このように聞かれると少しばかり心が痛む。きっと私は彼女の中に一種のヒーローとして像を結んでいただろうに。

「ダークヒーロー路線ね。了解」

「なんですって?」

「なんでも!気にしないで」

なんだかよく分からないものの、彼女のいつもの調子が戻ってきた気がする。若い娘というのはやはり読めないものだ……そう思いつつも私は内心は安堵していた。彼女があの悲惨な作戦を乗り越えられるかどうか不安だったところだが、この様子ならまあ大丈夫だろう……と一瞬は思ったものの、彼女が打って変わって軽口を叩き始めてから気がつく。あまりにも調子が良すぎるのだ。

確実に、無理をしている。

「まっ、わたしもいずれはドーテーを捨てなきゃいけない時が来るとは思ってたけどさ。でもこれはヒドいよね」

「未婚の若い女性にふさわしくない言葉遣いですね」

「え?」

「事を矮小化するのも、本当はそう思っていないのは分かってますが……それを口にするのは駄目だ。いいですね?」

「……ごめんなさい」

つまらない言葉を使う彼女を強めにたしなめる。そうやってうすっぺらい言葉にすることで、次第に変わっていった人間たちを飽きるほど見てきた。その重みは、しっかりと受け止めなければならないものだ。椅子に座り直した彼女に、私は仕切り直して最初に言おうとした話を再開する。

「4818、何度でも言いますが、あなたはよくやった。生きて帰ってきてくれて私は嬉しい」

「うん、ありがとうございます」

私がそう告げると、彼女は改まった様子で礼を言う。

「あなたがああしなければならなかったのは、自分自身と他のものを守るためのことです。何も恥じることはない……私はそうではなかった」

「……その、初めて人を殺したときってこと?」

彼女は私の言葉に対して、不安げにそう尋ねる。すこし、話しておいたほうが良いだろうと思う。それに、私もなんとなく打ち明け話の真似事をしてみたい気分だった。

「ああ、私は……とても恵まれた環境で育ちました。父母……そして兄弟に愛されていた」

「いい人だもんね、カインさんは」

「……とんでもない」

素直すぎる言葉に、胸が突き刺されるようだった。だが、こればかりは聞いてもらわねばならない。

「私が、罪を犯した時、そのすべての愛は失われました。思えば彼らの愛を、私は心から信じてはいなかったのかもしれない」

「……何があったの?」

「それは……結局些末なことでしたよ。引き起こした結果からすればね。その重みは、いまも私にのしかかり続けている。こんなふうに呪われ、永遠にさまよい続けるようになった。死のうと望み、だがそれも叶わず……記憶せよという呪いに今も苦しめられている」

「一体どういうこと?」

「私は兄弟を殺して、しまったのです。そこには正当な理由も、仕方のない事情もありませんでした」

「兄弟を……」

彼女が目をみはる。

「いまも彼の汗の匂いと、踏み荒らされた草の青臭さ、血……そのすべてを克明に思い出せます。これまでの永の時に感じたすべての罪悪感が、ときに白昼夢のように目の前に現れることさえある。時には形を得て……」

兄弟の形を取り、導かれるようにしてこの財団にやってきた、あの悪夢。憎悪に満ち、最後には自分の中に満ちる憎悪に残った正気ごと焼き尽くされた。思えば、あれが彼女の仲間すべてを殺すところをまざまざと見せられたのもまた私への罰であったのだろう。運命とはまこと、悪趣味を好む。

「そう、なのね」

「軽蔑してくれて構いません。私は……良い人間でも、ましてヒーローなどではないんですよ」

「……」

レオラは、しばらく真剣に何考えているようであったが、やがてふっと笑った。
深い夜が明け、朝日の最初の輝くのを受けて花が咲くようにして静かに。
そこに含まれている感情が理解できずに、私は思考が停止する。

「分かってるよカインさん」

「そうです、私はみっともない人殺しで……」

「あー、そうじゃなくて。この世界に本物のヒーローなんかいないよ。あれはマンガとか、そういうところにしかいない」

「ええ、たしかに、まあ」

「ヒーローはね。ココロの中にいるっていうのが一番大事なの。何かに困ったときに彼女ならどうするだろうかって」

「行動指針のような?」

「そ、そんなにカタイもんじゃないけど……でもやっぱりそれを考えるとあなたもヒーローよね」

「どっちなんですか……」

脈絡がない話は嫌いだ……。

「カインさんがこの場にいたらどうするだろうって、あの夜も一回考えたんだ。きっと冷静に、完璧に状況を覆してみせるんだろうなって」

「買いかぶりすぎです。何度でも言いますが私は、戦士でも戦略家でもありませんよ」

「それでも」

レオラは、私を制して言う。

「私の中にいるカインさんは、間違いなくわたしの求めていたヒーローの一人なのよ」

「きみは……」

私は、彼女の真摯な眼差しにそれ以上は何も言えなかった。これまでの彼女は、自分の行く先のことなど全く理解していなかったに違いない。そして今回の作戦を経て、これから自分が踏み込んでいく世界がどんなものか少し分かってきているはずだった。それにも関わらず己の中に英雄の虚像を抱き、しかもそれが虚像と分かっていながら進もうとしている。これがただの他人なら、なんと愚かなと唾棄しているところだ。だがそんなことは今、私にできそうもない。

しばし沈黙が流れたあと、警備担当者が、薄く笑いながらわざとらしく時計を見る。

「……時間です。4818、房からご退出願います」

「ええ、わかりました」

レオラが、少しスッキリした顔で席をを立つ。

「じゃあね、カインさん。また隊で会いましょう」

「ええ……」

去っていこうとする彼女の背中を見送ろうとした私だったが、彼女がドアの認証システムに歩み寄ったあたりで、呼び止める。

「レオラ」

「……何?カインさん」

「これだけは、覚えておいてください」

こんな無責任なことは決して言いたくなどなかった。だが私の残り滓同然の魂が、そこに残ったひとひらの人間性が、言えと強く命じていた。

「あなたはきっとこの先、何度も何度も打ちのめされ、様々なものを失っていくでしょう」

「……うん」

「時に無辜の民を殺し、家族さえ傷つけることになるかもしれない……そしてありとあらゆる尊厳を奪われ、犯され、傷つき、幾度も倒れ、その果てに魂を限界まで穢される時が来る」

「…………うん」

「だが……何もかも投げ出したくなっても、あなたにはここに友がいる事を忘れないでくれ」

レオラの顔に、様々な感情が行き交っているのが見える。だが、それは言葉となって出てくることはない。

「すまない……でもこれだけは言っておきたかった。また来てくださいね、レオラ。次は……そうだ、この間言っていたチェスでも一局指しながら、ゆっくり話でもしましょう。その左手のリハビリにもきっといい」

最後にジョークじみたことを言ってしまった照れ隠しに、私はつい癖で額に手をやってしまう。そんな私を、レオラは飛び切りの笑顔を浮かべて眺めている。全くいい見世物だ。警備担当者は、いましもニヤケ面をこちらに向けてきそうな塩梅だ。

「……ええ!必ず。またね!」

そんなことを意に介する様子もなく、そう言って彼女は私の部屋を出ていく。あとに残されたのは、コーヒーを入れそこなった空のマグが2つと私ばかりだ。

(ガラにもないことを……友とは。彼女のためとはいえ、またつまらないことを言ったな)

さっきまで座っていた椅子にまた腰掛けると、パタパタとシャツの中に風を送った。年甲斐もなく、あんな子供相手に友などと。「あれ」が今私を見ていれば、腹を抱えて笑っていることだろう。

ふう、とため息を一つついて作業に戻ろうとした私に、突然「あれ」が言ったある言葉が思い出された。昔のことを少し思い出したせいだろうか、それはやけに迫真性をもって私に迫ってくる。あの声、遠雷のような大音声が今、耳元で鳴っているかのようだった。

『子よ』

私は思い出す。その声は、私の四肢を焔の剣で引き裂き、呪わしいこの赤金に入れ替えたときに発せられ、この耳朶に染み込み、残っていたものだった。

『聞くがいい、哀れな子よ。果てなくさまよえ、お前の子のさらに子、その子の死をなす術なく見続けるがいい。そして大地はもはやお前に一粒の麦も与えぬ』

わんわんと頭の中で響く声に、私は思わず頭を抱えた。心臓は早鐘をうち、口からはっはっ、と獣じみた吐息が漏れる。ふと気がつけば、もう椅子から転げ落ちていた。

『だが、私はお前をもまた憐れむ。お前を傷つけられるものはもうこの世にない。そしてその罪も永遠に赦されぬものではない。私とこの世界がお前を赦すとき、私は徴を送る。世界には吉兆が満ち、すべての罪が等しく赦される』

聞こえてくる声は、聞き覚えのある絶叫が入り混じっている。それは、紛れもない私自身の声だ。

『その徴は、一筋の流星である。これからの道行きとともにこのことを牢記せよ』

耳をつんざいていた声は、それきりピタリと止んだ。まるで、はじめから何もなかったかのように。私は勢いよく立ち上がると、次に起こるかもしれないことに備えて身構える。だが、房の内も外も信じられないほど静まり返っている。

(連中が飛んでこないのを見ると、これは、私の幻聴か。これほどのものは久しぶりだな)

古い記憶が木霊のように、眼前の光景のように蘇ることはたびたびあった。だが、こうも明瞭にというのは珍しい。きっと、疲れているのだろう。やれやれと体を起こして、仕事机にまで半ば這うようにしてたどり着くと、椅子に全体重を預けて瞑目する。まったくA-9に入る前の穏やかで、静謐な日々が嘘のようだ。あの男の声をまた聞くほどに、精神が昂ぶるとは。

何気なくスリープモードにしたはずのコンピューターのキーを叩くが、それはすぐには立ち上がってこない。どうやら、電源を切っていたらしい。苦笑しながらもう一度電源を入れ、また、あの箱に目をやる。まだ、大丈夫だろうか?

(様子を見てみるとしようか)

私は、手を伸ばして箱の蓋を開けてみる。ごつい電源装置のつけられたその箱の中は、まるで太陽を直視しているときのような輝きが詰まっている。強力なLEDを全面に配置し、光を中のものに当て続けるための、特殊な保存容器。その中におずおずと手を差し込むとやがて硬質な感触が手に触れる。それを慎重に引き出して、目の前に持ってくる。

それは、花だ。

私の呪いに感応して腐ることもなく、手の中で、キラキラと輝いている。それに色があるのか、科学者ではない私はなんともいい難かったが、それはいつか絵画で見た白百合のような形をしている。時間が経ったことで放つ光は弱くなってきているものの、その光は未だに花の形を保っていた。

いつか我が身に降り掛かった呪詛が解け、手向けの花が供えられるときまで手にすることなど決してありえなかった花……あの若き友からの、最初の贈り物だ。

(ありがとう、レオラ)

久方ぶりに自然と口の端が上がるのを感じた私は、花を静かに容器の中に戻すと、うんざりするくらい細かい字の並んだディスプレイに向き合った。またこの暇つぶしの再開だ。先だって記憶した文書の内容を打ち込み始めた私だったが、おっと、と思い出してケイン教授にまずちょっとした要望メールを書くことにする。

(親愛なるケイン、と)

まあ、許可など程なくして降りるだろう。

ただチェスのセットなど、私のような囚人の要望品にはあって不思議ではないのだから。おお、そうだ。レオラの方はピースを結晶で作らせて、それでもって訓練とするのも良いかもしれない。隊への面目も立つ……いや、あまり楽しげにしてもまずいかもしれない。彼女が言っていたような感じで無感情な文面にしなくては。あれはなんと言ったかな。ロボット?メカ?サイボーグ?まったく、子供の感性はわからないものだ。その実態は疲れて人生に倦みきっていた、ただの老人だったというのに。

……くつくつという笑い声が監視装置の記録に残らないように、私は努めて静かに笑った。

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