クレジット
タイトル: 胎虫譚『二頭虫』
著者: ©︎usubaorigeki
作成年: 2023
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■二頭虫[にとうちゅう]
▽解説
この虫は、形は毛虫に似ていて蚣[むかで]ではないが、体の前後に頭がある異様な姿をしているとされる。
「見るところの異物」
二頭虫は、姫国山海録[きこくせんがいろく]という、江戸時代に書かれた各地の奇怪な虫類を紹介する書に記載がある。ただし、著者とされている南谷先生[なんこくせんせい]にとっても情報が少ない存在であり、他の項目では記されている産地や大きさ等の情報が一切存在しない。まさに、謎に包まれた虫と言うわけだ。
でも、これを聞いた時、頭の中で鮮明に思い浮かんだ映像があった。
自分はこれを見た事がある。兄と一緒に見た事がある。
『家に来てほしい、頼む』
仕事で精神を病み、引きこもりがちで音信不通になっていた兄からのメッセージに気付いたのは、残業終わりの真夜中だった。決して教えてくれなかった住所も載っていた。兄が一人暮らししているアパートは職場から車で30分ほどかかる所だった。確実に日付は越えるだろう。でも、込められた不穏なものに嫌な想像がよぎって、自分は直行する事にした。
部屋の前に到着し、チャイムを鳴らしたが反応は無い。合い鍵を取り出したが、それを差し込む前に内側からカチャンという音が聞こえた気がして、試しにノブを回すと扉は開いてしまった。
紐を引っ張り電気を付ける。膨れたゴミ袋、積みあがった食器、紙くずと食品の空箱、そして虫の卵と蛹。それらが見えた瞬間、刺すような酸っぱい匂いがして、ヴヴヴヴッと無数の大きい蝿が羽音を鳴らして外に出ていった。
「来たよ、おーい。」
窓を開けつつ、呼び掛けるも返事は無かった。ただ、寝室からガサッという音が聞こえて振り向くと、立っている人影が見えた。それと同時に寝室の戸が勢いよくバンッと閉まる。良かった、起き上がる気力はあるんだなと思った。ノック、入るよーと断りを入れて戸を開ける。暗い。
紐を引っ張り電気を付けた。
……兄が居た。冷たくなって部屋の奥、布団の上で満足そうな顔をして、内側から溶けて流れて噴いていた。天井には縄。今まで無かったはずなのに、突然強烈な臭いが現れて体が重たくなる。あぁ、でも考えてはいた、想定してはいた。自分が思う以上に、兄はそうだったのか。疑問は残るが、諦めがつくような気持ちだった。腹が割れているとしか言いようの無い兄の姿は見るに堪えなく、思わず顔を背けていた自分が居た。
あぁぁ、おぁい。 — —呼ばれた。兄の声がする。まさか、思わず駆け寄った。
その時、その虫は現れた。兄の喉の薄皮一枚内側を這い、口から出てきたそれは、真っ白く、黄色い産毛の生えた芋虫のように見えた。蛆虫にしては大きく、しかし蚯蚓ほど太くはない。
それは「長く」なった。短く見えたそれは縮み潜んでいただけで、するすると兄の顔の何倍もの長さまで伸び、うねりながら自分の方に向かってきている。それでも尚、もう一端は見えない。
自分の足元に来て止まると、それは「短く」なった。質量保存の法則を無視しながら、プチャプチャと部屋にある蛆虫の蛹にぶつかりながら収まっていく。薬指くらいの長さになった所で、ようやくもう一端も頭部であること、つまり虫が二つの頭を持つことが分かった。
その後、虫は何をするわけでもなく兄の体に戻っていった。片方の端が締まった跡のある首筋をくるりと見せつけるように巻きながら、自分を差し置いて破けた唇を通って兄の体の中に入っていく。もう一端は下半身の方へと伸びていく。
何故か、ずるいと思った。双頭の虫に対して、自分は嫉妬していた。
■死恐怖症[しきょうふしょう]
▽解説
死に至る過程や、存在することが止まることについて考えるときに認識され、心配になるという死の感覚。
「死ぬのは怖い」
人はいつか必ず死に至る。でも、それを意識しながら生きていくのは難しい。大半の人は死から目を背け日常を過ごしている。でも、兄は違った。
死を恐れ何か行動できるのは、死を遠くに見ている間だけ。何十年後だろうと、数日後だろうと、数秒後だろうと、死と向き合う余裕があるから出来る。死を受け入れられるのは、何処か他人事だから。何かを信仰して楽になったり、科学的に考えて無になるだけなんだよと淡々と考え続けたり。
それらが出来る人々が羨ましいと、学生の頃から兄は布団の中で語っていた。だから、精神を病んだ時も自分から死んだりはしないだろうと勝手に思っていた。それこそ他人事だから、兄の気持ちは本人にしか分からないけれど。でも、あの虫を見てから考え続けている事がある。
あの虫は、兄にとって何だったのか。あんな、見せつけるみたいに。
兄の死因は不明。怪死だった。
正確な死因を特定しようと思えば出来たのかもしれないが、自分の両親は解剖を望まなかった。警察も事件性は無いと判断した。使われた形跡のあった天井の縄から、自殺未遂をしていたのだろうとも判断され、適当とは言わないが「そういう感じだろう」という事で処理されたのだろうと認識している。
自分以外の誰も、あの虫とは遭遇していないようだった。一応、兄の部屋を清掃した業者にも聞いてみたが、見ていないという。まぁ、そうだろうなと感じた。あれは自分を呼んでいた。自分だけを呼んでいたのだから。
兄は死後、数日は経っていたという。それなのに、玄関を開けてくれたのは誰だったのか。あの人影と声は何だったのか。考えれば明らかにおかしい事は幾つもある。見間違いや幻覚だろうという考えを、今も履歴に残るメッセージが否定した。
そもそも、あの虫は何なのか?
自分なりに様々調べてみたが結果は芳しくなかった。ピンと来るものは無く、超常現象的な所まで考えてみて、一番近そうなのが妖怪「二頭虫」というあやふやで情報が少ない存在と言う始末。
多頭の動物「種」は存在しない。ただ、双子の亜種である結合双生児や奇形による双頭生物が生まれるケースは多く確認されている。しかし生物としては、必要な器官の欠如などで基本的に弱い。虚弱で、そのまま死んでしまうケースも少なくない。
2018年、2つの頭を持つ小鹿が話題になった。小鹿は結合双生児で、枝分かれした"1本"の脊髄を共有していたという。さらに鹿は2つの心臓と消化器官をもっていた。ただし、片方の消化器官は閉ざされていた。小鹿は生まれてすぐ、もしくは生まれる前に死亡したと考えられている。
プラナリアという生物が存在する。高い再生能力を持ち、頭に切れ込みを入れれば2つの頭を持つプラナリアに再生する。なお、例えば前後に2つに切った時、再生は尾部側から頭部が、頭部側から尾部が生える。必ず正しい方向で秩序正しく行われる。小さい状態で再構築する。頭部の切り口から新しく2つ目の頭部が生えてくる事は基本的には無い。余談だが、尾部から再生させた個体に切断前の記憶が残存している可能性を示す実験結果が報告されている。
だが、一つ思った事がある。妖怪「二頭虫」は実在したんだろうなと言う事だ。妖怪「二頭虫」に関する情報は少ない。それでも廃れず現代まで伝わったのは、そういう目撃情報が本当にあったからじゃないだろうか。
何かの概念に形を与えた存在でない、何の想いも背景も無く「ただ単にそこに居た」だけの虫。突然変異で生まれた、長く生きられない二匹で一匹。何も与えられていないから、誰かの想い次第で何にでもなれる虫。
あの虫は自分達のような、まるで【切っても切り離せない存在の象徴】のように自分は思えた。
だからこそ羨ましかった。自分達みたいなのに、あの虫は【完成】している。
一つにくっ付いて、全く同じ存在になって理解しあえている。だから堂々と兄に巻き付いた。
でも、自分達は完成していない。不完全だと思った。
この虫は、完全なのかもしれない。冷蔵庫の下から出てきたこの虫は頭が二つある。やけにしぶとく、死なない。俺がこんなに何回も何回も死のうとしてるっていうのに。生きているのを見せつけてくるように。
試しに叩き潰して外に放り捨ててみたが、期待通り死ななかった。何事もなく元に戻ってくる。何度も色んな方法で殺してみたが、全部自分の想像通りになった。不思議だ。とても不思議だ。
試しに開いてみると驚いた。赤い。綿みたいな筋肉と、汁が赤い。その中には白くて細い神経が巡っていて、白いぴょろぴょろした沢山の細い管と、黄色い何かで満たされた半透明の太い管が詰まっている。でも、何よりも驚いたのは繋がっていた事だ。頭から伸びてきた管は、もう一つの頭にそのまま繋がっていた。この虫が糧としたものは何処にも行かず、永遠に残り続ける。始まりだけで終わりが無い、2匹で足りない物を補い続ける。
自分にとっての理想だった。この虫は【永遠に死なない】のではないかと、そう思えた。
本当に荒唐無稽で、頭がおかしいと思う。自分自身どうしてこの虫にこんなに執着しているのか、想像しているのか、考え続けているのか分からない。それと、もう一つだけ感じた事がある。この虫は自分に甘えるように寄り添うに、自分を肯定し続けてくれる。自分に何度も酷い事をされ、中も開かれたのにも関わらず想って居てくれる。
まるで、
79 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
俺は自殺じゃなくトリップ目的で非定型で吊った事あるんだけど、グエグエして苦しかった。首吊りは楽に死ねるって触れ込みだけど、やっぱ嘘なんじゃない?
80 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
出来れば今日中、親が帰ってくる前に死にたいんですけど、何かアドバイスありますか?
81 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
»79 一応、医学的には根拠ある。やった事ないから分からないけど。定型でやれば?
82 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
準備終わったー!後はやってみるわ。皆昨日からアドバイスありがと。遺書もばっちり。
じゃあね。失敗したらまた来る。
83 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
»82 乙。天国いけると良いね。
84 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
»82 さよなら。俺も明日やります。
85 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
俺は自殺したいわけじゃないけど、このスレに居る。俺は自殺を肯定する気はない。ここに居る奴ら、皆死んでほしくない。自殺なんて、死ぬという事を考えないようにしてる奴か、他人事みたいに感じている奴しかやらないと思ってる。でも、実際何を言ってもどうにもならない位、気持ち固めてる奴が居るんだよと。重たく決心して、気軽にやってしまう。ここに居る奴らは、本人と周囲の人間が出来るだけ苦しまない方法を見つけてほしいと思ってみたいな詭弁で、自殺を推奨したり教唆したりする。俺は違う。
死ぬな。皆生きろ。何があったかは知らないが、死ぬことは無いじゃないか。
86 名無し 2023/07/29(土) ██:██:██. ID:██████
»85 少し前に死んだ兄が少しだけ近い事を言ってて、何となく気持ちが軽くなりました。ありがとうございます。
兄のパソコンには遺書が残されていた。
内容は自分が先に逝く事への謝罪、脈絡のない文章、凄まじい文量で自分が死とどう向き合ったか。そして最後の最後、あの時の事に対しての、自分への謝罪が残されていた。謝罪を見て、自分は単純に悲しかった。そして兄の気持ちを理解せず、ただただ一人で舞い上がり、幸せな想い出として反芻していた自分が恨めしかった。
自分達は一卵性の双子なのに、同じ胎から産まれたのに違っていた。体が大人に近づくにつれて明確になってきた違いが、自分は気持ち悪かった。だからあの時、ようやく向いている方向が一つに重なったようで嬉しかった。自分は兄に受け入れられたと、打ち明けて良かったんだと安堵している最中、兄は自分に対して流されて乱暴してしまったと後悔していたのだ。兄は普通の人だから、それが当然なのに。気付くべきだった。もっと早く。
兄の死の一因が自分にあったと気づいた事、そして隠したかった全てが明るみになった事で、自分の中のある選択肢が急激に膨れ上がるのを感じた。
死ぬべきだ。自分は。
色んな自殺サイトを巡って調べ上げた。自分は首吊りを選んだ。あぁ、五月蝿い五月蝿い。両親から、また電話がかかってきた。出るわけが無い。何も知らない癖に、止めようとしてくるな。歩み寄って理解していると思い込んで話す内容の節々から、無自覚な差別が滲み出ている。
でも、ありがたくもあった。それを言ってくれるから湧いてくる怒りと申し訳なさの感情で、深く考えずに済む。勢いよく決心する事が出来た。後はもう、この縄を顎に沿って締めて、台から飛び降りるだけ。あぁ、そうだ。部屋は暗い方がいい。
紐を引っ張り電気を消した。縄は締まり、台は転がる。
と同時に急激に苦しさが襲ってきた。頭が熱くなり耳鳴りが凄い。必死に準備をしてきたと思ったが、何かが足りなかったか。手が勝手に動いて首を血が出るほどに引っ掻く。
その時、その虫はどこからともなく現れた。目の前に出てきたそれは、前見た時と同じような姿かたちだった。暗いのに良く見える。蛆虫にしては大きく、しかし蚯蚓ほど太くはない。
次の瞬間、下腹部に重い激痛が走った。虫のもう一端が下半身から侵入して、自分の体内を通っていく。体中に留まって「長く」なりながら、自分の体の上へ上へと伸びていく。
体は痙攣をし始めた。既に力が入らない。意識を失っている筈なのに、痛くて苦しいはずなのに、そういったものは感じない。何も見えないが意識と感覚だけがハッキリとしている。虫の先端が頭の中に到達した。体中を埋め尽くすように満ちていた虫が「短く」なって、頭に集まっていく。
自分は一体どうなっているのか。分からない。下腹部、性器、顔の穴という穴、体から全てが漏れて噴き出して、呼吸は止まっている。なのに意識がある。長い長い時間、そのままだった。考える時間があったから、何となく自分はあの虫の正体を考えていた。
もしかしたら、あの虫は兄なんじゃないだろうか。兄の意識があの虫に移って、自分を助けてくれたんじゃないだろうか?そんな都合のいい妄想をし始めた時だった。
自分は、首を吊って死んだ自分の口から這い出ていた。
自分の意識が二つあって、どこまでも長く短くなれるのが分かる。
探したが兄は感じない。そんな、そんな。
■二頭虫[にとうちゅう]
▽解説
この虫は、形は毛虫に似ていて蚣[むかで]ではないが、体の前後に頭がある異様な姿をしているとされる。
この虫は、こう解釈された。
【永遠に死なない】、一卵性の双子のように【切っても切り離せない存在の象徴】として【完成】した虫。そして【 】である。
この虫は自分に甘えるように寄り添うに、自分を肯定し続けてくれる。
自分に何度も酷い事をされ、中も開かれたのにも関わらず想って居てくれる。
まるで、【弟】みたいに。
……良いな、それ。弟には永遠に生きてほしい。
自分は死ぬのに、弟には生きてほしいなんて、我儘だろうか。
……いや、そんな事、無いな。
気持ち悪い虫。うん、それ位が丁度いいのかもしれない。
俺も、弟も。