──首里城が、燃えている。
朝起きてテレビに映っていたのは、暗闇の中骨組みだけになった正殿が崩れ落ちる映像だった。……覚悟していたからか、そこまで動揺はなかった。
ガキの頃、2年間くらい親の仕事で沖縄で暮らしていたことがあった。それまで仲良しだった子たちと別れるハメになりご機嫌ナナメだった俺が親につられて初めて沖縄で訪れたのが首里城だった。高い高い青空の下、存在感を放つあの朱は今でも印象に残っている。
それから沖縄をはなれた後も、毎年旅行で首里城を訪れた。突き抜ける晴れの日もあれば、スコールのように雨が突然降りだし慌てて休憩所に逃げ込んだ日もあった。自分が成長するにつれ首里城も成長していた。首里城は沖縄戦で焼失したのち復元されて首里城公園として開園したが、全域が復元されたわけではなくいつもどこかしらで工事を行っていた。首里城を訪れる度、今回はここを広げてるんだ、とか、前回来たときはこんなの無かったのに、とか違いを見るのが楽しみだった。首里城は自分にとって1年に1度会う親戚や少し大人びた友達のような存在だった。
月日を経て親元をはなれると沖縄に行く頻度も減った。そして色々あり財団に所属するといよいよ首里城を訪れることもなくなり距離が離れていった。沖縄を根城にした要注意団体が関与しているオブジェクトの調査任務が来て、せっかくだからと久々に首里城を訪れると、前にも増して朱い姿がそこにあった。外壁の塗り替えを行っておりいつもと違う姿で、つまりはいつも通りなのだが、また成長している首里城に懐かしく思いながらも自身も頑張らねばと身が引き締まる思いだった。もっとも気が引き締まったとはいえど、その日は城壁沿いに歩いた先にある泡盛酒造で買った30度の古酒をかっくらい、宿の床の温度を感じながら一晩を過ごしたのだが。
要注意団体の主要拠点が首里の地に見つかり戦いが勃発する可能性が高いと聞いた時、少し躊躇いの感情があったのは事実だ。だが、それを問題としない程度には私は財団に染まっていた。世界を不条理から守るためには多少の犠牲が出るのは仕方ないことだ。それが私の親友であれ、家族であれ。
夕方、機動部隊員の本白水に電話をかけた。
「お疲れ、無事だったか」
「ああ、無傷だ。他の隊員も」
「そうか何よりだ。首里城が焼けたのは残念だったがな」
「首里城?……ああそうだな」
「気に病む必要はない。仕方のない犠牲だ。要注意団体をのさばらせとくと甚大な被害が出る」
「……なぁ神楽、聞いてくれ。確かに昨日俺たちはGoI-8154の潜伏拠点を強襲した。だがそこはすでにもぬけの殻だった」
「うん?」
「構成員もオブジェクトも何も残っていなかった。当然交戦も発生していない」
「首里城が燃えたのは機動部隊は関与してなかったんだな。じゃあ残党が攪乱のために燃やしたのか」
「いや、残留物から見るに数日前には撤退していたようだ」
「なら……なぜ首里城は燃えたんだ」
「わからない。少なくとも我々とGoI-8154は関与していない」
「いや、でも」
「異常性がない以上首里城の火事は管轄外だ。じゃあ追跡調査の予定があるからまたな」
首里城の火災にGoI-8154は関係ない?じゃあ、首里城は、我が莫逆の友は、ただのしょうもない失火で、崩壊したのか?幾年もの時を経て再建された首里城を、幾人もの思いと祈りを乗せた首里城を、何の理由もなく奪っていいわけがないだろう。
どうして?
どうしてあの朱い城は深紅の中に沈んだ?あの王冠や玉座などの煌びやかな宝物群は、階上に続く急な階段は、あの廊下に並んだ歪な御後絵は、鎖の間でちいるんこうとさんぴん茶を楽しむ一時は、もうどこにもないのか。
なんで?
骨格しかなくなって、それすらも焼け落ちて、影も形もなく焦土となって、苦しかったろう、つらかったろう。無意味に無価値に無意義に死んだ。憤怒をぶつける先も責任を問う先もないこの遣る瀬無さは。
なぜ?
君は燃えてしまった?
なんで?
もういない?
どうして?
どうして?
どうして?
ああ……
通話が終わり静かになった部屋で響いた慟哭は自分のものとは思えなかった。今の自分は世界の正常性の守護者である財団職員ではない、ただの無力な一般人だった。