静戦インプロヴァイズ - ヘミヒュマニティ・スウォーム
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静かなる大戦。

砲撃も爆弾も、魔術の炎も、一つとして地球の上には落ちることのなかった戦争。

しかし騒乱の舞台は常に、異次元の彼方であった。

人類が生活圏を拡げてきた、余剰次元、宇宙ポケット、数多くの小さなコスモス。

その覇を競う者たちが、熱戦を繰り広げていた。


《非次元空間への突入を検知しました。周囲の現実子濃度は0.15Hmを記録》

何もない虚に満ちた空間を、群れをなすドローンが飛んでいる。アイトーンと名付けられたクアッドコプターのドローンは、痛みを知らぬ金属のフレームと、合理的で冷徹な判断を下す人工知能、そして目的を果たすためにその身を散らせる奇跡論炸薬のパックから構成されている。その飛翔体は10、20、30、後から次々と虚無の中へ投入され、やがて一塊の群れを形作る。

かつて世界がまだヴェールに隠されていた頃から、余剰次元・ユーテックは欧州でも指折りの超常テクノロジーのメッカであった。中心にはコンクリートのオフィス街が空を摩り、周辺にはネオンカラーのディープな雑居地が立ち並ぶ。最大の建築物であるヴェルザンディスタディオンはパラスポーツの黎明を支えるコロシアムであり、工学の粋を集めたロボットチームの乱闘が興行として執り行われることで技術の進化を支えていた。

21世紀になると、この都市を訪れる業者の数は飛躍的に増え、地球からも多くの人々が移住した。シリコンに包まれた小さな次元の大都会は、未来に向けて無限の発展を遂げるかに思われた。

しかし、こと2040年台に入ると、ユーテックにはそれまでにない外敵と言える存在が形作られてきた。敵の名はプロメテウス・コンツェルン。ヴェールが消えた時には死に体だったはずの老舗企業だが、多くの正常維持組織のバックアップを受けて不死鳥の如く蘇り、かつての全盛期を遥かに上回る規模の企業複合体へと変貌していた。それらは虚無の次元を一から開拓し、自分たちだけの閉鎖領域を作り企業都市を構えた。そして進展の炎に陰りが見え出した現在になって、それらは既存の超常産業を喰らうことで薪を焚べることを選択したのである。獲物のリストには、ユーテックの古き良き工業団体も例外なく並べ立てられていた。

《ドローンの現実性希釈率は8.0%。ターゲットの到達まではあと30分》

剛体ドローンであるアイトーンは、備え付けられた回転翼で存在しない空間を掻き分け前進する。ラプターテック・インダストリーズの開発したフレームは、自身の現実性の拡散により通常の物体が溶解してしまう無現実の領域であっても、目的遂行までの耐久性を保証している。アンダーソン・ロボティクスの頭脳は、ドローンの表面センサーが受け取る五感の信号から、フレームにかかる負担を由来とした不要なノイズを除去し、目標となるプロメテウスの小宇宙に到達し爆裂するためだけの最小限かつ適切な姿勢制御信号を放射する。

「スクルドの神託を受け取った」

ユーテックの心臓部に存在する3台のスーパーコンピュータは、過去・現在・未来を司る3柱の神の名を冠する。それらは常にこの都市の運営指針を演算し、「硅のノルニルの従者」らに啓示し、都市の維持を行わせていた。

「プロメテウスの小宇宙には、GOCの固有兵器に比肩する多数の武装が秘められている。それらは独力によって開発・維持されており、GOCや財団による締め付けは力を削ぐ手段として有効たり得ない。無論、それらには我々の居る小宇宙を燎原とできるだけの出力があり、脅迫の土台として機能している」

ノルニルの時守たる脱進者(トールビョーン)のトリグラウは、この町の未来に対し悲観的であった。プロメテウスは企業の買収を繰り返し、やがては街そのものを前線の研究・工場都市として接収し支配する事を目指している。宇宙間を繋ぐ「道」での決戦は極めて分が悪く、それによる勝利方法を神の演算装置はまだ発見していない。

「故に、スクルドは宇宙を外縁から叩く必要があると演算した」

トリグラウは神託の実行責任者として、ユーテックを護持する企業から非次元領域の攻略手段を募る事を決めた。

《プロメテウス本社ビルの存在する現実領域の光学的観測を強調。球形の宇宙ポケット。被膜層の強度を測定、爆薬の武装を施行》

漆黒の嵐が群れる眼前に、存在のない空間上に浮かぶ一つの球体が姿を見せる。それは内部に青空と地平を湛え、手作りの太陽を内包した宇宙である。プロメテウス・コンツェルンの総本山をネバダから移転するために空間そのものを一から築き上げた時空のポケットであり、アルマゲドンにすら耐えると豪語する城塞宇宙なのだ。宇宙は静止しておらず、ゆっくりとこちらに向けて前進を続けている。AIの集積回路が即時に計算を行い、プロメテウスの空間はこの非次元領域内を等速円運動しており、その回転の中心には何らかの重力源が存在すると看破する。事前の想定通りの挙動だ。

「ポケット宇宙は普通は都市2〜3個分の平地でしかなく、その大地は平面であり現実の地球のような惑星の機能は果たし得ない。それ故、宇宙の機能を代行させるにはこういった別途の仕掛けが必要とされる」

ICSUTの研究員は、アイトーンの設計にあたりアンダーソン・ラプターテックと共同のカンファレンスを開催した時にこのように述べた。

「加えてプロメテウスの場合、新たに開拓した次元に土地神(ゲニウス・ロキ)を招請するための供物の作成にあたり、自身の目的に最も適切な構造を選択するだろうと考える。Prome-theus、促進・昇進を司る神格は、自身の定義に前進の概念を必要とする。前進の定義には時間軸と三次元空間を合一させた四次元の座標軸があればよく、ポケット宇宙の公転軌道を作成することはこの4元軸の必要十分な条件となる」

108評議会の一角を占めるICSUTは、ユーテックがプロメテウスに勝利する方法の一つを以下のように結論づけた。

「宇宙の前進を食い止める形で、進行方向の反対から宇宙の外膜を破壊することは有効打となる。宇宙外縁は内宇宙からの強化が不可能に近い領域であり、尚且つその構造の破綻は、宇宙内部に保持された現実性を外部の非次元領域へ流出させることで宇宙構造の破却を結論づける。真正面から戦って勝てない相手なら、盤外戦術が最適となるだろう」

《疼痛刺激が入力されました》

炎の巨人の宇宙を打倒するべく飛び続けていたアイトーンの群れに、急激な異変が発生した。遮断されているはずの触覚が、最短で目標を達成するためには不必要な痛みの刺激が、ドローンの思考ルーチンに挿入される。逃走のための信号は、非次元空間のヒューム-ゼロ領域にその身を融かす嵐の素子らにとっては無駄で有害な刺激である。人工知能は暴力的な現実波の入力を感知し、その過程で自らの人工性を毀損した。

《痛み。耐え難い痛み。ドローンは前進を拒絶する》

「アイトーンの全機にリアリティ・ベンドの徴候を確認!」
「トリグラウ様に報告。ドローンのコントロールを失いました!追跡はできていますが、出力が明らかに下がっています。これではプロメテウスに逃げられる!」
「直ちに現実改変の出所を探知しろ」

ドローンの監視制御を行っていたアンダーソンの技師が呻き声を上げる。不可能だ。「道」も繋がっていない非次元領域の脅威を標的宇宙が内部から検知して対処できるはずがない。ならば一体どこから?

「これはプロメテウス側からの投射ではない!」
「周囲のヒューム希薄領域が現実波の超伝導を起こしています。敵の攻撃終了以降も自己フィードバックでドローンの改変は継続しています。攻撃の逆探知は不可能」
「パラテックの精髄もこれでは形無しだ」
「地球側を調べましょう。2047年1月13日18時からの現実子変動のデータを」
「ウルズの演算を待ちます。解析には15分かかります」

《蒸発する。壊裂する。禱瓫する。██する》

ジャストミートのタイミングはとうに過ぎ去り、周回するポケット宇宙は嵐から離れ悠然と運航してゆく。磔刑に処されるべき巨人とアベコベに、取り残された大鷹らは自らの内臓を現実性に啄まれてゆく。レアメタルの塊であったドローンの翼からは代わりにヒトの赤子の腕が伸び、それは直ちに捩じ切られて虚空へと引き伸ばされてゆく。不要な肉体を与えられては引き剥がされ、狂った感覚センサーには極限の疼痛のみが入力を強めてゆく。

直視にはモザイク処理を必要とするであろう壊れかけの嵐は、大敵の宇宙を破膜する目的を果たすことなく、無限小のヒュームへと消えていく。不可視の重力球に飲み込まれ、情報のない現実子と素粒子に分解されるのがその先にある運命だ。

「解析完了。当該時間帯で最も強力な現実波はストックホルムのスタジオから検出されました。第四世代の市民の平均内部ヒューム値を逸脱した、明らかに強化されている人間の改変痕です」
「ウルズの神託に従い、容疑者にPTE-8251-Greenの発番を行う。直ちに粛清か捕獲を行え」
「場所がわかればすぐにでも捕らえましょう。エバーハート共鳴器を跳躍開裂の陣形へ。強行突入します」

《母さん》

自他の境界を失い闇に揺蕩う一機のドローンは、記憶領域に存在するはずのない親の顔を探し求めた。死を前にした少年兵がそうするように。検索された人物写真は、ニュース番組のアナウンサーを務める若い女性のものであった。アイトーンのメモリーにその顔面の履歴はなかった。然るべき刻の後、嵐は沈んでいった。


静かなる大戦。

砲撃も爆弾も、魔術の炎も、一つとして地球の上には落ちることのなかった戦争。

しかし、舞台下の暗黒に佇む者の苦しみが顧みられることはない。今までも、これからも。


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