死者幸福推進課
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「おはようございます!今日も活動を始めていきましょう!」

「死者幸福推進課」これが私の所属する組織だ。
活動内容はその時によって変わるけどとても馬鹿げたものが多くて、この間なんかは裏路地で通行人から青のボールペンを三本貰うという活動だった。
一体何が目的かは分からないけど、同じ組織の皆もしてるし私も別に嫌という訳じゃなかった。
むしろ楽しみだったところもあるし、皆でおかしなことをする何とも言えない独特の楽しさがあった。
まぁ、活動自体は割と真面目にやるんだけど。

昔はこんな馬鹿げた活動なんてしてなかった。
18歳の時に、丁度学校から帰って課題をしようとしていた時にふっと、本当に喉が渇いたなってくらいの感じで自分が理事会K組織の一員であることを感じた。嫌な感じとか恐怖は無かった、
不思議ではあったけど。そんな感じでずっと活動していた。

正直活動の意味とか理由とかは分からなかったし、他の人もそんな感じだった。
神からの指令って言う人もいれば、人類を裏で操っている組織って言う人もいたけど、たぶん自分が納得できるのがそれだったって感じなんだと思ってる。

時々組織が変わることはあった。今は「死者幸福推進課」だけど、前は「化学魔法反発理論研究庁」とか「脳科学精神論研究課」だった。
名前にたぶん意味はないんじゃないかと思っている。あったとしてもたぶん私には分かんない事なんんだと思う。色んな人がいた。
本当に人種も性別もバラバラで共通点なんてなかった、たぶん道で適当に連れてきても同じになると思う。


私がこの活動について違和感を持ったのはつい最近の事だ。
「死者幸福推進課」(長いから仲間の間では死幸課って呼んでる)の仲間が活動中に死亡したのが切っ掛けだ。その日の活動は町の大通りで北北東の方向を向いて手を10分間振り続けるというものだった。いつものようにみんなで集まり活動を始めた。

いつものような活動でいつも通りに終わると思っていけど、その日はいつもとは違った。突然仲間が通り魔に襲われた。
最初は隣の仲間が通行人とぶつかっただけだと思った、よく見たらお腹に深々と包丁のようなものが突き刺さっていて、私はパニックになった。
正直そこからはあんまり覚えていない、とにかく必死に逃げた事は覚えているけれどちゃんと意識が戻ったのは家に着いた時だった。

数時間経ち仲間から番号を聞いたのか警察から電話がかかってきて、簡単な事情聴取とか仲間についてとか聞かれた。
死幸課については怪訝そうな顔をしていたけど、本件とは無関係だろうってことで取りあえずは解放された。

仲間はその後病院で死亡が確認されたそうだ。40代くらいのおじさんでいつも仕事で疲れたような顔をしていたのを覚えている。
特別親しかったわけじゃないけど、気さくな人でいつもお菓子とか貰っていた。もう貰えることは無いんだなぁって思うととても悲しくなって涙が出た。
こんなにあっけなく死んで良い人じゃなかったと思う……。

おじさんが死んじゃった事件の後から色々考えるようになった、私達の活動は一見無意味で馬鹿げているようなものがほとんどだけど実は全部繋がっているんじゃないかと思う。
ちょっと調べてみたけどバタフライエフェクトって言うのかな?
私たちの活動はそれを起こす為の小さなもので、理事会Kに所属する小さな組織達がそれを連鎖させて大きくしているんだと思う。
きっと私たちに指令を下している何かは何でも知っている。

何をどうすれば望んだ結果が出せるのか、今も未来も何もかも知っているんだと思う。
じゃあ、そんな何でも知っているような何かが、通り魔を予測できなかったんだろうか……?
なんであの優しいおじさんが死ななければならなかったんだろうか……。

一度考え始めたら崖から落ちるように疑いが深まっていった。
私は私が知らないだけでとんでもないことをしているんじゃないか、何か大きな事の切っ掛けを作ってしまっているんじゃないかと怖くなった。いつも指令は意味がわからないし、何かの役に立っているようには思えないけど、電車のレールを切り替えたような、何かを分岐させた様な感覚があった。

死幸課の仲間はそんなこと考えてもいないようで通り魔は不幸な事故だったと、ただ悲しんでいてとてもじゃないがそんなことを聞けるような状況じゃなく、私はそれを自分の中にしまい込んだ。


「おはようございます!今日も活動を始めていきましょう!」

そんな風に今日も活動は始まる。
一度気にし始めたら以前のようにただ何も考えずに活動することは出来なかった。
だからといって理事会Kが何でも知っているかもしれないし、サボるのも怖かった。
そこで私は時々バレない程度に指令から背くようになった。
何も必ず全員集まって活動するとは限らない、それぞれが別行動の時もある。

もし、理事会Kが意図的にバタフライエフェクトを起こしているのであれば、私一人がちょっとだけズレた行動をしただけで上手くいかないはずだと思った。
といっても、何もまるっきり指令を守らないって訳じゃない、10回するとこを9回で終わらせるとか、指令の解釈をちょっとだけ違う風に受け取ってみんなに伝えてみるとかその程度だ。

不思議とみんな私の案を受け入れてくれた。
指令はおおざっぱで解釈に困ることは以前からよくあったのだ。
例えば「州が運営している図書館の花壇にサツマイモを15個埋めろ」っていう指令なんかは、サツマイモは種なのか焼き芋なのかは分からないし、どこの図書館なのかいつまでにやるのかとかも全くの不明だ。

そんな時は皆で話し合って決めるんだけど、あえて私は皆が選ばなそうな選択肢を進めた。
他にも、次の日にこっそり元の状態に戻しておいたりとか、とにかく理事会Kの指令自体はある程度守りつつ妨害していた。

始めた頃は本当にビクビクしていた、次は私が通り魔に襲われるんじゃないかって怖かった。
だけど、案外何事もなく、普通に、平和に過ぎていった。
そんな感じで数ヶ月が過ぎた。でも、昨日指令を終えて帰り道に仲間に言われたんだ。

「どうして指令から外れた事してるの?」

って、私は突然の予想もしてない質問に頭が真っ白になった。

「え?な、なんのこと?」

「あぁ、言いたくないなら別に良いよ?ただ気になっただけだから」

「……どうして……私が指令から外れたことしてるって思ったの……?」

「え?あぁ、それはね、あなた以外の死幸課の皆は知ってるんだけど、指令に関しては貴方の言うことに従えって指令があったから」

どういう事……私が指令から背くような行為をしてるってずっと知っていて、それに従っていたって事?なんでそんなことを?どうして?何のために……。

「それはいつから……?」

「えっとね、おじさんが通り魔に刺されて死んじゃった一週間後くらいかな」

私が初めて指令から背いた日と同じだ……。

「それを知っていて……皆は私の言うことを聞いていたの?」

この質問をした時、あいてはきょとんとした顔をしてこう答えた。

「だって、そういう指令だから」

それが当たり前のように、彼女は答えた。
何変なこと聞いてるのって、それが当たり前でしょって口調だった。

きっと指令で人を殺せと言われても殺すだろう。
私は怖くなって逃げるように走って家に帰った。彼女は笑顔でまた今度ねって手を振っていた。

あぁ……結局私が何をしても、何を考えても私は掌の上で踊っていたにすぎないんだ。
私が指令から背く事ですら、想定内で、予定通りだったんだ。私が知らないところで私は歯車にされていて、私が何をしてもそこから外れることは無いんだ。

私の行動に意味は無くて、何をしてもしなくてもそれは最初から決められていることで、私が今こう考えていることすら想定通りなんだ。きっと、私にこういう考えをさせたり、私の言うことを死幸課の仲間に聞かせることも何か大きなことの一部なんだろう。

何故あの時通り魔に刺されたのはおじさんだったのか、その隣に何故私がいたのか、それを私に見させてこうして考えさせることにいったい何の意味があるのか、何も分からない。仮に、私が今ここで自殺したとしても、最初からそう決まっていることでそこに私の意志は無いんだろう。

じゃあ、私は何も考えなくてもいいのではないだろうか。私が何をしてもしなくても同じなら、全て委ねてしまえば楽なんじゃないだろうか……。
流されるままに生きるのは悪いことなのだろうか、理事会Kの指令をすべて無視することは出来る。でも、それでも結局は掌の上で、知らず知らずのうちに歯車になっているんじゃないのか……私にはもう分からなかった。

考えることに意味はあるのか?
私が居ることに意味はあるのか?
私に意思はあるのか?
分からなかった。

だから私はもう考えないことにした。全部同じことなのだから。


「おはようございます!今日も活動を始めていきましょう!」

私はいつものように活動に参加した。

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