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一週間前、私達の足元で地球が揺れた。

私は母に、たまにあることだから心配しないでと言い聞かせた。

水底で山々がぶつかり合うと、地球が動くと言われている

だが、私達は真実を知っている。

冬の時代を迎える為に地球は動き出す

寝返りをうつ様に。



5日前、1人の男が私達の町までよろめきながらも歩いてきた

彼の顔は灰と煤で黒く汚れ

まともに話すことができないと

ただ呟いていた。

まるで私達がそこにいないかのように、彼は私たちを見つめていた。

彼は私を見たが、その目には何も映っていなかった。

彼は「火」、

「死」、

そして「煙」と言っていた。

私は家に泊まらないかと言ってみたけど

(母は彼が清潔ではないからと怒ってきましたが!)

彼は朝には消えていた。

皆は彼が南に歩いて行ったと話していた。



3日前、再び地球が揺れた

丘の上にいた鉱夫達は

山の向こう、北の方に何か燃えるものを見たと言っていた。

「森が燃えているのか?」、私達はそう尋ねた

森が燃える季節も終わりかけているというのに。

彼らはノーと言った。

木が燃えているのではなく

何か他の物だと。

丘の上からでは、音が聞こえたという

機械音、金属が削れる音

微かに、しかし、徐々に近づいてくる。

そして、黒々とした濃い煙が見えたのだという

燃える木からではない

何か他の物からの。



2日前、南から男の集団が私達の街にやって来た。

自動車に乗っていて、ヘルメットをかぶっていた

まるで兵隊が着けているような。

夜になると再び大地が揺れ、

数時間置きに揺れを感じるようになった。

母は徐々に不安を募らせていった。

彼女は私達を、

丘にあるエレナおばさん1と従兄弟達が暮らす場所へ行かせたがっていた。

私はそんなの馬鹿げている、誰かが農場や家を見ていないといけないと話した。

私は兵隊に、揺れや煙のことについて聞いてみると言った。

いざ彼らに尋ねても、殆ど相手にしてくれなかった。

大人が迷子になった子供を見るような目付きで私を見ると

多くの人が南へ

ラパスへ向かっているのだと話した。

畑の話もしたし家の話もした

だが、兵隊はただ首を横に振っただけであり

多くの人々が南下しているとしか教えてもらえなかった

ラパスへと、

その後、彼らは車を走らせた。



昨日、太陽は昇らなかった。

私は母とフェリシアを、

丘にあるエレナおばさんと従兄弟達が暮らす場所に向かわせた。

私はここに残り、畑と家を見守っていると話した

火が消えたら戻ってこられるだろうと言った。

この街には靄がかかっている

時に海から来る波のように押し寄せ

全ての住民を飲み込む。

そのせいで空気が濃い。

煙が濃かったから、

母とフェシアや、他の住民達が街を出るのを見ることさえ出来なかった。

更に北から来る人が増えていった

彼らの顔は煤で黒く汚れ、目は充血していた。

彼らは何も話さない。

何も見ていない。

何も聞いていない。

殆ど息をしていない。

彼らは南に向かってゆっくりとした足取りで進んでいく。

彼らは罵倒の言葉を吐き出そうと口だけを動かすが、声は出せず靄の中で息絶えていく。

彼らの頭にあるのは、恐らくあの煙の事ではない。

たまに、煙は彼ら自身によって作られているのではないか、なんて思ってしまう。

しかし、火は燃え尽きるもの

そうすると、母とフェシアは丘から降りてくる。



昨晩、銃声や砲声

それに、遠方から男性の叫び声が聞こえてきた。

目が覚めて外に出ると、煙が辺り一面に充満しており

まるで泳いで進んでいるような感覚に陥いった。

以前ここに来た兵隊を一人見かけた

ただ、油塗れで腕が1本失くなっていた。

彼は北の方から街へ入っていき

広場近くの井戸へ向かっているように見えた。

私が水が必要かと尋ねても

彼は何も返さず

ただ罵詈を口にするだけだった。

私が戻ってきた頃には罵倒の言葉を言おうと口を動かすだけだった

彼は死んでいた。

彼の制服は

血や煤で汚れていた。

銃声は夜通し続いたが

暫くすると

鉄が軋む音と鋼の悲鳴のような甲高い音だけが聞こえるようになった。

煙の中から遠くを望むと、

そこには山のような大きさの火と機械の集合体があった。

時々、炸裂弾が同じように機械製の表皮で破壊され

爆発が起こるのを見ることが出来た

しかしそこの部分を補うように、別の部位が移動し入り込んでいった

そして、山は淡々と進んでいった。

腕のような物が伸びるのが見えたかと思うと

その腕が兵隊を乗せた車両を掴んでいった

兵隊たちは車両にしがみつかことしかできず

1マイル上空に持ち上げられ

火の中に落とされていった。

私は助けに行きたかった

今はたくさんの人々が這って進んでいた、海に向かって、

水に向かって。

しかし私は、煙が濃く息ができずに、

闇に飲まれていった。



今日、私は静寂の中で目覚めた。

隣人の1人であるマリアが、通りで私を見つけ

私は彼女の家の中へ運び込まれていた。

靄は晴れており

風が霞を

山のような火と共にそれを南へ

ラパスへと運んで行った。

私は今歩いているが、何も見えていないし

何も聞こえていないし

何も話すことができない。

エレナおばさんと従兄弟たちが暮らす丘は

無くなっていた。

山は彼らの上を這っていき

火と、煙以外には

何も残らなかった。

今、海に向かって這っている人はいない。

全ての死体が動かなくなっていた。

マリアが言うには、母とフェリシアは逃げ延びたのかもしれない

エレナおばさんの家に着くのが遅れたのかもしれない。

もしかしたらこれから帰ってくるかもしれない、と。

しかし、彼女は火の山を見ていない。

しかし、彼女は天罰を下すエンジンを見ていない。

しかし、彼女は死の瞳を見ていない

甲高い悲鳴のような機械音から熱を感じることもない。



母とフェリシアがもう家に帰ってこないのは分かっている。

彼らが最後の時をどのように過ごしたか、私は知っている

祈り

燃え

息苦しくなり

息絶えていく。

彼らは火の山から逃げられていない

火の山から逃げられた者は、誰一人もいなかったから。




私は?




これからは畑の管理をしていく

それに家も。

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