彼女の手引きする休息と軽食について
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1.


 こんな所にココアの素があるなんて初めて知った。
 ポツリ、と。水滴を落とすみたいに小さく発せられた内容に、束集言杜葉は思わずといった様子で笑った。「案外需要があるみたいですよ」そう言って目線を向けた先の棚には、未開封のココアの袋が2つと開封済みの袋が1つ。
 休憩室は共同だ。必要最低限の広さと機能の台所にあるのは、ごく少数の皿とコップ、フライパンと小鍋、それとカトラリー。部屋には年季の入った椅子が3脚しか無く、テーブルは細かい傷が付いている。長年使い込まれた跡だ。

「もうちょい掛かるので座っててくださいねー」

 立ちっぱなしなのを見かねたか。スーツの上からこれまた紺色のエプロンを着、背中を向けてなにやら作業していた束集は顔だけ振り返って言った。彼女の横から冷蔵庫と似た、ツルリとした質感の家電が覗く。ホームベーカリーだった。
 従わない理由も無いから話しかけられた女性──沙流留は大人しく席に着く。

 つい昨日、沙流の元にとある伝言が届いた。明日、15時にサイトの休憩室に来てほしいと人伝に聞いたのだ。詳細は分からなかったものの、仕事ならば断るわけにもいかないと現在こうして赴いている。いつもは忙殺という言葉が似合うくらい仕事が舞い込んでくるのだが、珍しく当の時間は電話も人の訪れも途切れていた。
 休憩室があること自体は知っていた。けれど行ったことはあまり無い。自室、自身が運営するメイドカフェ、研究室。それらのどこか、あるいは全ての行き来でほぼ1日が終わる沙流には立ち寄る時間が無かったのだ。特段用があるわけではないからというのもある。
 15時、指定の所に。場所が場所だからまず実験に関することではない。呼び出した本人であろう束集はメイドカフェの関係者でもないから、カフェ絡みの話も違うだろう。そもそも重要な仕事なら、たとえ人伝でも内容はしっかり伝わる筈だから。
 ホームベーカリーのアラームが鳴り、思考が中断される。気を引かれた沙流は半ば無意識に台所の方を見た。ふわりと今まで感じていた香りが強くなる。パン生地のような、強いイーストの匂い。振り返った束集が持っていたのは。

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「……パンケース、ですか?」
「はい!」

 盛り上がった生地がしっかりと焼けているのが座っていても分かる。その焼けた食パンを網の上に乗っけて、両手にはめていたミトンを壁の引っ掛けに掛ける。束集はブレッドナイフを取り出して。

「ココア飲めますか?」
「……ええ」

 そんなやりとりをしながら何回かナイフを動かし、網の上の食パンをおよそ4枚切り程の厚さに切り分ける。
 用意したカップにココアの素を入れる。いつの間にやらお湯も沸かしていたようで、カップにお湯を注いでスプーンを使いかき混ぜる。「あいにく牛乳に溶かすタイプは無かったんですよ。あれば良かったんですけど」
 ジャーン、という効果音が付きそうな勢いで、テーブルにシンプルな白い皿とカップが運ばれる。ようやく相見た2枚のパンには点々と黒っぽいものが練り込まれていた。レーズンだ。
 出来立てのパンは当然ながら温かい。それに加えて贅沢に、分厚く切ってあるから、柔らかさが直に感じられる。手作りの特権ってヤツですよ。シェフじみた表情の紺色エプロンは得意そうに黒い目を細めた。

「クリームチーズとジャムもありますよ」
「ありがとうございます」

 これは自分が食べろということだろう。いただきますの言葉を発するつもりだった沙流の口は、しかし部屋の入り口がにわかに騒がしくなったことで閉じられた。どやどやと数人の職員が連れだって入ってくる。沙流の同僚たちだ。見られていることに気づいたのか、その内の1人が会釈をした。あれ、皆さんも来たんですね。台所から少しばかりの驚いた声。
「いやあ様子が気になって」静かだった休憩室が一気に人の気配で満たされていく。テーブルの上にもいつの間にかカップが増えている。
 沙流は今度こそ控えめにいただきます、と手を合わせ、ゆっくり皿の中身を持ち上げた。ふわりと鼻先に届くのは、柔らかい甘さとレーズンの懐かしい香り。息を吸い込む度に肺の奥がじんわりと満たされてゆく。そうしてまずは1口。

「……美味しいです」

 その言葉に反して相変わらず表情は動かなかったものの、きちんと聞こえていた束集は「良かった」と笑みをこぼした。そんな彼女達の様子に釣られてか、淹れてもらったココアを飲んでいた職員の目線がパンへと固定される。「すいません、余りってあったりします?」「図々しいぞお前」
 「もちろんありますよ」なかなか愉快な人達だなと思いながら、未だ網に乗っかっていたままの残り全てを違う皿に乗せた。元々誰か来れば振る舞おうと考えていたからなんら問題は無いのだ。


「あの」

 しばらく会話には混ざらず賑やかな様子を眺めていた沙流だったが、ココアを半分近く消費し、1枚目のパンを食べ終えたところで徐に口を開いた。彼女には先程から気になっていたことがある。仕事だと思っていたがここに来ても特に頼まれ事があるわけでも無く、ただもてなされるだけだ。「私が呼ばれた理由は何なのでしょうか……」
 一瞬だけ、何を言われているのか分からないという風に束集がキョトンとした顔を見せる。それから思い至ったようで納得した声をあげた。

「息抜き、ですね」
「息抜き……ですか?」
「はい。沙流さんは最近ずっと働き詰めだったとお聞きしましたよ」

 束集の業務には“職員への休息指導”が含まれている。カウンセラーや栄養アドバイザーほど個人に寄り添うものではないものの、 頼まれた場合等、必要に応じて軽食を作るときがある。今回は複数の職員から相談を受けて来たのだった。もちろん独断ではなく派遣されたから上の公認でもある。休憩時間を確保する形だったため、沙流に仕事の途切れる時間ができたのはそのせいだ。

「平たく言うと、アイツ働きすぎだからそろそろ休ませろ! って感じで私が召喚されました」
「…………、なるほど」
「あ、仕事の割り振りは行ってますよ!」

 いささか急とはいえ、流石に他の業務に支障は出ないよう調整はしていて──そんな男性の言葉に沙流はしばし無言になり、「……暇ができるのは久しぶりです」と呟いた。

「いくらカフェが職員の疲れを癒す場所でも、沙流さん自身が癒されるわけではないでしょう?」

 束集の周囲で沙流以外の全員がうんうんと頷く。いつの間にか彼らの皿のパンは残りわずかだった。
 未だエプロンを着たままの彼女は言う。「時間はそう多く取れませんでしたが……。今この場での真面目な話は厳禁となっています。存分に休んでください」沙流にとって少し覚えのある言い方。ちょうどメイドカフェのコンセプトに対する自分のコメントもこのようなセリフだった。「……あのファイル、アクセスされたんですね」「ちょっと前に」

 この話は終わりと言いたげに会話は別の話題へすり替わる。問い詰めたいわけでもないため、沙流も2枚目のパンをかじった。店で買ったものとは違う、いかにも手作りっぽい味。レーズンとほのかに甘い生地がよく合っていた。たまに振られる会話に返答し、他愛も無い駄弁りで再び賑やかになった方向へ群青色の瞳を向けながら、彼女は真っ白なカップへそっと口をつける。頬が無意識のままわずかに緩んでいることに自身では気づいていない。
 2度目の「美味しい」は掠れるほど小さくて。けれど、確かに呟かれたものだった。
 カップを伝って手のひらへと降りてくる温度。淹れられたココアはまだ、やさしく温かい。
 それが胸の中に「安心」を連れてきていることを、沙流は静かに感じ取っていた。





2.


 夜も更けた頃、ある閑散としたサイトの廊下をひっそりと歩く男性がいた。シャツに白衣、長めの前髪。なるべく音を立てないようにしているのは配慮か否か。ポケットに財布を無造作に突っ込んで、彼はどこかへ向かっているところだった。
 こんな時間になると大体は自室か研究室か家か、とにかく1ヶ所に留まるためサイト内を出歩く人も少なくなる。だから動き回っていれば当然目立つのだ。

「降寒さん」

 呼び止められた彼──降寒伊皓は軽く振り返る。後ろにいたのは同じ職場の上司、ではなくスーツに身を包んだ女性だった。知っている顔に降寒は完全に体ごと向き直った。「ああ、こんばんは束集さん」
 「こんばんは」束集も笑顔を浮かべて挨拶を返す。それからどこへ行かれるんですか、と問いかけた。

「売店に行くところです」
「夜食ですか?」
「夜食です」

 売店に行くなら答えは決まっているだろうなと思いさらに問えば見事に当たりだった。
 大きいサイトではないから24時間ではないものの、この時間帯であればまだ売店は開いている。「それでは」と早々に会話を切り上げて進もうとする灰色青年の財布を見やり、今日(正確に言うならば昨日)の業務内容を思い返した束集は1つ提案をすることにした。ちょうど良い。内心ではポンと手を叩いている。

「せっかく会いましたし、なら私が作りますよ、夜食」

 その言葉に降寒は立ち止まり、よくよく見ると困惑してるかな、程度の分かりづらい表情でじっと彼女を見つめた。口籠る様子こそ無いが、瞬きの多さから返答に迷っているのが見て取れる。そのまま断ろうとする彼に束集が追撃する。「最近はずっと菓子パンやインスタントばかりらしいですね? 体に悪いですよ」

「いえ、食事なら食堂で摂ってますから。それにわざわざ悪いですし──」
「3食は、でしょう。私の仕事をご存知ないですか? 今は業務外ですが不養生を続けているのは看過できませんね」
「しかし」
「降寒研究助手」

 彼女が引かないことを悟ったらしい。「……お願いします」迷った末観念したかのように降寒が答えた。反射で吐きそうになった溜め息を押しとどめる。こんなことで揉め続けるのは彼としても本意ではない。
 双方は目的地を変え、引き返す。

「ところで、さっきの情報はどこから?」
「己波さんです」
「あの人……」

 降寒の脳裏に「すまん」とにこやかに謝る、彼とほどほどに付き合いのある男性の姿が浮かぶ。お喋りな人ではない。だからこそ止めはしないけれど、できれば伝えてほしくなかった。実際のところものぐさの気がある降寒は、自覚がある分食生活についてあれやこれや言及されることが少し苦手だった。
 目的地に到着し、ドアを開く前に束集が離脱する。「さ、後は任せてください。あったかいの、すぐ用意しますね」そのまま軽やかにキッチンへと向かっていく彼女の後ろ姿を見送る。
 途端に手持ち無沙汰になった降寒は部屋へ入り、机に積まれている紙束を端に寄せた。ついでにやりかけの仕事も片付けようとパソコンを触っていたところで、幾分時間が経っていたのかドアが開かれる音を聞いた。
 お待たせしましたの言葉と共に彼女が運んできたのは盆に乗ったどんぶり1つ。すぐさま内容を保存しパソコンの位置を変えて置き場所を示す。
 どんぶりの中、青朽葉色と似た液体に白米と梅干しが浸かっていた。梅干しの下敷きになっているのは大葉だ。全体的に優しい色合いの食べ物の正体に、彼は直感的に思い至る。

「簡単に作れる夜食なら、これの印象が強かったもので」

 盆を置いた後、束集は「インスタントよりも体には良いですし」と揶揄うように目を細める。「研究員に比べればまともだと思いますが」「比べる対象が対象な時点であなたも不健康ですよ」降寒の言葉に今度は若干呆れの混じった声。

「とにかく、これ食べてちゃっちゃと休んでください。食器類は給湯室に置いてて良いですから」

 やることがあると言い残し、役目は終わったと言わんばかりに束集はそのまま手速く部屋を後にする。
 盆には器の他に箸とスプーンが乗せてある。好きな方が選べるようにと小さな気遣いがうかがえた。降寒は箸を選んで器を持ち上げる。食前の挨拶も忘れずに。

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 米と大葉、梅干し、温かなだし汁。素朴なそのどんぶりの中身は市販のお茶漬けよりもずっと控えめな味付けだった。酸っぱすぎず、しょっぱすぎず、程良く食べやすい加減。ズッと汁を啜りながら、時折具材を口に運ぶ。誰もいない深夜の部屋だ。行儀の悪さなんて微塵も気にしなかった。
 数分経ち、全て食べ終えた降寒はチラリと時計で時刻を確認する。まだ2時にもなっていない。
 机の上には手を止めたままの仕事。中途半端なところで切ってしまったのが少しだけ気にかかる。どうせ今ここにいるんなら、いっそまとめて済ませてしまった方が明日の面倒も少ないかもしれない。

「……あともう少し頑張るか」

 束集の残した言葉を早速無視し、端に追いやった紙束とパソコンを引っ張ってくる。
 しばらく画面と向き合っていれば、結局眠りにつけたのはあれから2時間も過ぎてからだった。





3.


 明るいがまだ日も高くない、朝と形容するには人の活動が控えめな時間帯。サイト-81HA内に併設されたカフェに彼女は訪っていた。統一感のある内装と暖かみのあるライト。開店前の店内には静けさが漂い、かえって心地よい空気を作り出している。決して狭くはない筈の室内には2人ぽっちしかいない。
 清潔に拭きあげられたカウンター席に腰をおろし、貰ったらしいスコーンをお共に祭城利世は上機嫌で口を開く。

「──ふふ、ついにもう明日なんですね」

 明日、と彼女が指しているのは財団祭りについてだった。毎年大体の時期ごとに開催される催しで、大盛況とまではいかなくともそれなりに評判はいい。むろん遊んでいるわけではなく、彼らが忘れがちな季節感を思い出させる目的も含めている他に、職員達の大事な休息日の1つでもある。今回は季節やサイトの設備を鑑みた結果、サイト-81HAで行うことになっていた。

「ホントに楽しみねぇ。明日は天気も良いらしいし、ぴったりの日になりそうじゃない」

 「コーヒー飲むかしら?」カウンターを挟んで反対側にいたエプロン姿の男性、三笠靜俐が労うように問う。「お願いします」祭城が言えば、にっこりと笑い手慣れた様子でカップの準備に取りかかる。
 主催や進行役として準備に奔走しつつ、同時に普段の職務である研究補佐も並行してこなす祭城だが、そこに疲れた様子は無い。寧ろ楽しみにしている気持ちが勝っているようで今日まで上機嫌なままだ。水色のロングヘアが動くたびにサラリと揺れる。
 相槌の上手い彼の前、いかに彼女が楽しみか明日への期待をのびのび語っていると、「おはようございます〜。すみません、お邪魔します」とカフェのドアが開いて後から束集がやって来た。別にコーヒー目当てではなくれっきとした待ち合わせだ。業務内容に1部近しい部分があるから、祭城と束集はその延長線で手を貸し合うことも珍しくはなかった。
 三笠が先程と同じように尋ねる。「コーヒー、どうする? 飲むかしら」「お願いします」返ってくる返事も、先程と同じ。途中祭城がスコーンを勧めたが、やはり女性2人もいるとスコーンの消費は早かった。
 カウンターに流れる朝の空気の中、穏やかな雑談とともにコーヒーを味わうひととき。やがて時計を気にするように席を立ち、2人は三笠に軽く頭を下げた。開店前なのにわざわざ店へ入れてくれた彼にお礼を述べ、彼女達は扉をくぐる。微笑みを残して向かう先は、催し前日の最終確認の場だ。


 完璧な日付を選んだのではないか。例に漏れず今日もいつものスーツを着た彼女はそう思惟し、人知れず感嘆した。
 まだ肌寒さは残るが暖かくなってきた頃。予報通りの天気。優しい陽光。何よりそれに加えて、どこぞの名所のごとく咲き誇る桜の木々。中庭の奥まった辺りにはこれ以上無い被写体が眼前に広がっている。桜はあの人が手入れしたのかなと、サイト-81HAに所属する氷の花を有した人物を思い返した。
 往来の邪魔にならないよう、人の座るブルーシートは隅の方に敷かれている。その近くに長机が設置され、炊き出しの要領でぜんざいといなり寿司、いくつかの菓子類が振る舞われている。流石にお酒は無いようだ。

 束集は手伝いこそするものの、祭りの全てに関わっているわけではなかった。計画の初期から後片付けの最後まで、通しで関与するわけではない。ただ手が空いたときに手を貸す、そのくらいの立場。だから昨日の確認作業の最中だって、細かいところまでの内容説明はされていない。
 だからこそ、この光景に触れたとき、ふと「良いなあ」と感じた。
 束集が分かる顔、分からない顔はさまざまだが、白衣の人もいれば彼女と同じスーツ姿の人、私服らしき格好の人もいる。敷地のあちこちに、笑い声とゆったりした気配が広がっている。
 レジャーシートに座って談笑する人、いなりをつまんで早々に建物へ戻っていく人。それぞれが、それぞれの時間を過ごしていた。
 書類に追われていても過度な命の危険に苛まれるようなことは無い。今この時だけは何事も無く、落ち着ける場所であることが喜ばしい。祭りの内容をほとんど何も知らないまま参加し驚きを得たかったのもあるが、束集は一職員として純粋にこの催しを楽しみたかった。食べ物に舌鼓を打てるくらい平和なんだと実感したかった。

 今しがた別れた祭城が向かった方へ何となく目線を動かす。祭城は主催らしく忙しそうで、けれど生き生きとしていた。この祭りを執り行うとき、彼女はいつもそうだった。
 せっかく来たのだからと束集はぜんざいの列に並ぶ。幸いにも話したり食べている人数の方が多く、先頭になるのはすぐだった。寸胴鍋からの湯気の後面、器いっぱいに中身がよそわれているのが分かる。「足りなかったらまた来てくださいね」渡される際に言われた言葉に笑顔で頷き返す。
 とりあえず空いているところに腰を下ろす。ぜんざいは束集の想定よりも熱い。紫鳶色に小豆と餅が浮かんでいて、甘い匂いが彼女の鼻腔をくすぐった。量は十分多いようだったが、肌寒い気温にはぴったりだなと思いながらゆっくり食べ進め、餅の伸び方に驚いていてもすぐに底が見えてくる。
 おかわりに行く前、ふと何人かが写真を撮っているところを見つける。これだけの桜は遠くにでも赴かないと見ることは難しそうだ。善は急げと言わんばかりに束集も他に倣って携帯を取り出した。数分構図に迷ったのち、ようやく携帯のレンズを反対側へ向ける。

「チー、ズ」

 お決まりの言い回しを誰に言うわけでもなく無意識に呟いて──いや、もしかしたら気づいた職員の誰かが笑顔でピースでもして映ったかもしれない。

 シャッター音が鳴り、周りの景象が画面に収められる。「よし」春の風物詩と人とが映った、ありふれているといえばありふれていそうな写真に束集は満足げに目を細め、携帯をしまい、2度目のぜんざいを食べようと立ち上がる。

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