こんなにも稚拙な殺人動機
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さて、話をする為に時間は何処まで遡るのだろうか。
そう、これは20年前の冬。私の初恋が過ぎようとしていた冬。

失恋真っ最中でため息が呼吸に取って代わっていた時、ひょっこり貴方は姿を現した。
その時の服装も覚えている。若い癖に派手な藍色のトレンチコートで灰色のベレー帽を被っていた。
もうバブルは終わったって言うのに時代錯誤な風貌で、そんな貴方は私に財団という再就職先を提示した。

就職した財団は居心地が良かった。少なくとも大学院の頃と比べたら雲泥の差だろう。病的な実力主義が跋扈する中、人間関係のイザコザは殆ど見舞われず新人だからか割り当てられた怪物もプロトコルにより大して命の危険に晒される様な事も無かった。気の合う仲間は居なかったが、気が合わない仲間も居ない。Dクラスが化け物に頭を齧られたり腹を裂かれたりするのに慣れるのもそう時間はかからなかった。

貴方という皮肉屋は居たけどね。

昔から貴方だけは私に"友達しぐさ"をしてくれた。三十路で毎日数式と思考実験に明け暮れている地雷女に寄る男なんて、相当なモノ好き。嫌いでも好きでもない。ただ珍しいなって、そういう感情。しばらくそういう関係が無かったから若干面食らったけど、でもまぁ、どうせ誰にでも優しいんでしょって感情の上で接してたから友達ごっこよりは気が楽だった。

貴方はそう…確か私が職員歴3年の頃、まぐれで昇進した記念に売店のカップケーキを持ってきてくれた。同僚を踏み台にしたような昇進だったのに、無知だったのか馬鹿だったのかお人好しだったのか、妙にあっけらかんな様子だった。あの時のケーキはモンブランだった。それ売れ残りだったでしょう?

ため息はまだ続く。

その後サイト管理官になって日の浅い内に貴方はそう…女を連れてきた。
とても良い娘だった。
人間がどれだけ苦労しても邁進しても自分は自分以上の事が出来ないって事に気付かされた。
貴女は…本当に良い人だった。
本当に…

ああ、ごめんなさい。泣いてる場合じゃ無いよね。
幸い時間は沢山ある。聞かせないといけない事も沢山あるから、全部聞いてもらうよ。

そう…貴方は…嫌な人だった。
いつからだっけ。ちょっと前まではなんとも思って無かったのに、途端に不快な人になった。
私のせいかもしれない。正直、立場と足元の不均一がぐらぐらした身体を支えるのに心許なかった気がする。

それからか色んな人と距離を置くようになった。

立場は言い訳だろうけど、でもそれ以上崇高な言い訳が出てこない。多分言い訳程度の理由なんだろう。
当然だ。友好も気概も無ければ有るのは目の前の書類だけ。目の前にそれしか無いなら、それを行うしか無い。つまらない女になったと笑われたけど、それが元々の私。

ため息はいつまでも続く。

実力主義が私を救ったのだろう。私という浅ましい身が浅ましさを隠すために手に入れた実力で相応以上のクリアランスと責任を得た。笑い話にしては出来が悪いし悲劇のヒロインと言うには余りにもガラスの靴が似合わなかった。

シンデレラになりたかったのかと問われたらハッキリと違うって言えるけど、道化になりたかったのかと問われたら目を逸して誤魔化してしまいそう。

ため息は今も尚、続いている。

この話をお前にしたのは起訴の為。
これはお前の罪。

目を逸してばかりで、人肌恋しいって叫んでるのにカッコつけの冷笑でその場をやり過ごし冷笑で自らを嗤った、お前の業。

ほら、また目を背けるの?この死屍累々だって、なんとも思っちゃいない癖に。腹を裂かれた紺色の彼にも、頭を齧られたお調子者の彼にも、流れ弾に足を吹き飛ばされたお人好しな彼女にも目を背けて、また道化興行の相手を探しに行くの?

させないよ。このクソ野郎。

私の始末は私が付ける。丁度いい機会でしょ?ほら、口を開けなさいよ。浅ましく生きたくても、もう誰もお前を許してくれはしない。

お前は被告人だ。
弁護人も、検察官も、裁判官も居ない人生と名付けられた法廷の被告人。
そして、ここは処刑場だ。
判決は死刑。
さっさと死ね。

口を開けろ、死刑囚。鉛玉が怖くて死にたくない死にたくないって震えているだけで、誰かが許してくれると思っているのか?自分を救えるのは自分だけだが、私だって私を見限るときもあるんだよ。

射撃の腕はド下手だったな?すっぽり入るポケットがあるじゃないか。まったくお前は幸運だな。
口を開けろ。
開けろ。

ぶっ殺してやる、クソ野郎。

私さえ、居なければ。

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