"So Long, Good-bye" to me.
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アメリカン航空6926便の機内は熱狂に包まれていた。誰でもノれるあのリズムと共にスーパースターが現れたのだ、夢中にならない者などいない。私も当然その1人……だった。ほんの数十秒前までは。

伝説の歌声がすぐそこで響くという幸福を邪魔したのは、前触れもなく胸に走った激痛だった。「良い所なんだから邪魔をするな」と押さえてみたが、それで言う事を聞いてくれるような類のものではないらしい。

走馬灯が見えてきた。私は死ぬのか?

……恐怖よりも悔しさが勝るとはね。何故よりにもよって今。

神様、勘弁してください……あんなの1度だけで、十分じゃないですか――


私は生まれつき、身体が弱かった。何度も入退院を繰り返し、激しい運動は厳禁。幼いうちから、或いは幼い頃に最も周りを羨ましがり、そして周囲も私に同情はしてくれた……それだけでも感謝すべき事なのだろう。幼い子どもにとって、一緒に跳ね回れないというのはそれだけで遊びに大きな制約をもたらすのだから。

しかし言いつけを守っておとなしくしていても、私の中の病魔は良い子にしていてくれなかった。転機となったのは、小児専門の大きな病院でお世話になった時の事だ。わかりやすい手術や投薬はなかったが、そこには細やかな検査と、何よりも自由があった。相変わらず肉体的な制約は厳しかったものの、広い部屋に私物は持ち込み放題。そして同じような年頃で、同じような境遇の親友たちと出会った。

ベッドの上でもできる娯楽を持ち寄っては試し、最終的に1番私たちを結び付けたのは音楽だった。ありがたい事に、病棟ではお静かにという常識すらそこにはなかったのだ。当時は世に出たばかりの電子ドラムすら、望めばどこからか運び入れられた。

仲間の1人の父親が趣味にしているという洋楽を知ってからますます、私たちは賑やかな楽器たちに夢中になって行った。誰の具合も悪くない日なんてほとんどなくて2人でのセッションすら中々できないし、当時の電子楽器の音もアルバムから聞こえてくるものとは違ったけれど、あの病室には確かに1つのバンドが存在していたんだ。

どうしても演奏ができない日は、ごっこ遊びをして楽しんだね。大好きなアルバムを再現するのにアイシャドーまで借りて目元を黒く塗って、部屋を暗くしたのは傑作だったよ。揃って上を向いた写真で何回笑ったかな。みんなで。

"フルメンバー"での最初で最後の演奏は、それはそれは酷いものだったよね。声量なんて期待するのが間違いで、何人かの指は震えていたし……それをやるきっかけになった子はいよいよ危ないと言われて、ほとんど弦を撫でているだけだった。

それでも、あれは人生最高のステージになり得たはずだ。私が途中で意識を失わなければ。目が覚めた時には絶望したよ……彼はもういなかった。最も苦しんでいたはずの彼がやり遂げようとしていたのに、まだ元気な部類だったはずの私がやり遂げさせてあげられなかったんだ。よりにもよってあんな時に起きた発作のせいで。

皆、良い奴ばかりだった。もう1人が病室を移った後に戻って来なくなり、私だけがのうのうと治療法が見つかったと転院する事になっても、誰も私を責めなかった。残ったメンバーだけでも元気になってもっと良い演奏をしようと快く送り出してくれて……それが、最期の別れになった。

医者せんせいが声をかけてくれなければ、私は自棄になっていただろうな。面会したい仲間が1人残らずいなくなってしまったと告げられ打ちひしがれる私に対して、先生は言ってくれたんだ。

自分だけ元気になってしまったのではない。自分だけでも元気になれたのだから、その身体で何かを為せば良いと。

今でも後悔は尽きないよ。もっと良い演奏なんて言わずに、転院前にたくさんセッションをしておけば良かった。それでも私はあの言葉で、前を向けたんだ――


私は病気という存在との戦いに、生涯を捧げる事にした。医者をまず考え、そこまでの頭脳はなかった自分に失望しつつも別の道を探した。そして辿り着いたのが、製薬の道だった。研究者にもなる頭があるか怪しかったけれど、熱意が伝わったのか間接部門への採用が決まった。

ここは、頑張ったからといって劇的な成果を次々挙げられるような業界ではない。熱心に何十年も研究を続け、1つも新薬を開発できずに定年を迎える研究者など珍しくもない世界だ。ましてや直接研究に携わっているわけではない私にできる事なんて、限られていた。

そんな自分にできる事を、必死に探した。この身を卑下する事は、私を送り出してくれた皆に対する侮辱なのだ。

私は自分でものを取りに行けない不便さを知っている。研究者たちが不自由しないように何をどれくらいどれだけの頻度で求めるかを細かく洗って、要請には即応できるよう事前準備を進めた。先送りした先に待つ後悔もよく知っている。前倒しにできるものは前倒しできるように計画し、権限が大きくなるにつれその風土を部署全体に行き渡らせた。身体を壊す辛さも誰よりも知っている。部下たちの健康には可能な限り気を配り、悩みも聴いて回った。

感謝を、素直には受け取れなかった。何をしても、あの病室で彼らにはしてやれなかったという悔いが襲ってきた。それを忘れるようにさらに働いて、趣味が仕事だと揶揄された事もある。それでも、手を抜く事は考えられなかった。私と同じ目に遭う子どもたちを1人でも減らす道だと信じて、歩んだ。

……そんな私でも、ようやく己を褒められるような気がしたんだ。人々の営みからふれあいを奪い、多くの人を孤独にしたウイルスのワクチンに携われた時には。

私が指揮したわけでも、開発したわけでも、製作したわけでもない。それでも2年前、物流が制限される中で資材も用具も切らさず前倒しで完成させられた事には胸を張れた。1日の違いで助かる命を助けられない事もあればその逆もあると私はよく知っているのだから。

世界は少しずつ、元の賑やかさを取り戻した。マスクを外して笑顔を見せあい、大勢で食事を楽しみ、スタジアムで様々なイベントを催しては皆で声を張って歌う。あのウイルスが奪ったかけがえのない日常が、帰ってきたのだ。

だから出張の帰りのフライトでこのショーが始まった時は、神様がくれたご褒美かとすら思ったよ。いや、こんなスーパースターが私だけのために来てくれるはずはないという事くらい理解しているさ。

でも、あのフレディが生きていた。そして間近で、青春時代に魅了された聞き違えようのない声を響き渡らせている。少しくらい高揚したって良いだろう?


……なのに、最後ま、聞けな、とは。私は、変わら、間が悪い。

気付い、ら寝かさ、ていた。フレディが来るま、に……フレディ?

「しっかり!」

ライブ……私より……

「何を言うんだ。今日私が歌えるのも、君のおかげじゃないか」

フレディ?

「みんな、聞いてくれ。彼はあの悪魔のような病気を、質の悪い風邪程度に弱らせてくれたうちの1人だ」

私 なぜ?

「ハグ1つ、握手1つが恐ろしい。こんな空間で歌えるはずがない。そんな悪夢を終わらせてくれたうちの1人なんだ!」

ライブ、できなかったのか。

「今日は、この曲を彼に捧げ来たんだ!」

……ご褒美 も、でき過ぎな。本当に死 んだな。だからこんな……でも……いいゆめだ……。


フレディ。こんな私を、闘士チャンピオンと呼ん、くれるのかい?

何度も後、悔してき、た私を。

……そうだね。犯罪だけは、した事はない。それは誓え、るよ。

乗り越えられてきたかは、わからないけれど。

そうだ……私じゃなくとも。私たちは勝ったんだWe are the champions

本当だ。くよくよしている暇なんか、なくなったよ。

もう痛みすら感じない。これが伝説の歌声の力か。

すごいぞ。機内じゃなくて青空を飛んでいるみたいだ――――


――――……ああ。


君たちが、弾いてくれていたのかい?



僕もか。全然自信はないよ?



……そうだね。弾かずに後悔するのは、もう御免だ。



確かに、楽な道のりじゃなかったさ。

それでも僕は……乗り越えたと言って良いのかな。


あの喝采を、受け取っても良いのかい?




ありがとう。




そうだね、弾こう。


何曲でも弾こう。


ずっと。




みんなで、弾きたかった。








補遺:着陸後に死亡した曝露者は、非異常性の大動脈解離であったと断定されました。当人に限り記憶処理の必要性は認められず、代替としてカバーストーリー「お迎え現象」が周囲に適用されます。
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