Yo-kai Pride side SHIRIME
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京都の少し外れにある妙麗寺。有名でこそ無いが、地元民との根強い交流があり、現在の住職である尼はみんなから慕われている。そんなこの寺であるが、周辺住民が知らないある側面がある。それは妖が集まる妖怪寺というものだ。もっともここ数十年で来る妖怪と言えば

「おいババア、なんかいい感じのやつねえか。」

この口調の悪い尻目がほとんどである。

尻目というのはつるつるの肌に鼻や口の無いのっぺらぼうな顔、そして名前の通り尻についている目が特徴的な妖怪である。

「人に物を頼む時は相応の態度ってもんがあるんじゃないのかい?」

「人間ごときに一々礼儀もクソもあるか、早く何か出せ痛ててててやめろやめろ分かったすまんって!悪かったって!」

「なんだい、ちゃんと謝れるんじゃないか。」

つねられて赤くなった頬をさすりながら尼を睨む尻目。こんな目にあってまでもこの寺に来る理由は尻目の恐怖の研究のためである。この尻目はコミカルな見た目が邪魔をして、イマイチ人を怖がらせることが出来ない。いいとこ露出狂に間違われるのが関の山だ。そんなことを数百年続けていく中で、最近人間の間で流行っている怪談やホラー作品からヒントを得て、自身のキャリア向上に役立てようとしているのである。尼は尻目が人に直接の危害を加えないことを条件にして協力をしている。もっとも協力とは言っても直接講義するとかではなく、最新のトレンドを教えたりする程度だが。

「で、何かあるか。最近の人間が怖がってるやつ。」

「そうだねえ、最近ならこれなんか良かったね。ほれ見てみなさいよ。」

「また洒落怖じゃねえか。こういうの俺の感じに合わねえって何度も言ったろ。」

「合う合わないは読んでから決めな。まあお前なんてリョウメンスクナに比べれば天と地ほどの差はあるけどね。」

「はぁ?そんなわけねえだろんな新参に負けるわけねえだろ。」

「両面宿儺はお前より何千年も前の産まれだよ。」

そう言いながら尻目はパソコンに向かい始めた。大人しくなった尻目を尻目に尼もテレビに顔を向けた。夜の10時、エンタの神様が始まる時間である。

「あんたも好きだよな、お笑い。」

「そう、私お笑いだぁいすき。人を怖がらせるのきらぁい。」

へーへーそうかよと言いながら尻目はまたパソコンに向かった。しかし尻の目はチラチラとテレビを見ていた。


「ん?ババア、小梅太夫って2人組だっけか。」

「いんや、ピン芸人だよ。」

「じゃあこいつら誰だよ。予定変更にしても急すぎねえか。」

尻目が困惑しているのも無理はない。小梅太夫の出囃子で登場したのは男女のコンビであった。男の方はひげが濃くてツノが生えている。女は白人だが流暢に日本語を喋っている。

「本当にお前はしみったれた妖怪だねえ。何も感じないのかい。こいつらも妖怪だよ。お前と同じ。」

「え?はぁ!?いやっ、えっ?なんでっ、えっ?」

「ああはいはいお前の疑問は分かるよ。なんで妖怪がテレビ出てんだってことだろ?まあ私も実際のことは分からないけど、無理矢理入ってるみたいだねえ。だーれの許可も取ってない。」

「いーやいや、納得できねえって。つかなんでこいつら漫才やってんだよ。そんな奴いるか?」

「現にいるんだから否定しても意味ないでしょ。女の方は分からないけど男の方は分かるよ。こいつはだね、知らないだろ。」

「知ってるわい、ナメるな。」

件は人の頭に牛の体の獣と伝えられている。人の世で重大な事件が起こる前にそれを予言してその後すぐに死ぬという謎の多い妖怪である。かつて京都に現れた記録もあるため、尻目はその当時にリアルタイムで見たのだろう。

「おいでもこいつ知ってる件と違うぞ。こんな人みてえな感じじゃないぞ。」

「それはまあ人に化けてるんだろうよ。強い妖怪はそういうことが出来るんだよ。お前と違ってね。」

「ああ?何か言ったか?」

なーんにも、と言って尼はまたテレビを見始めた。お笑い好きのこの尼にとって、唐突に出てくる件と女のコンビはちょくちょく見るものであった。集中力の切れた尻目もなんとなくテレビを見始めた。ネタの内容は牛肉を食べた件が狂牛病になってモーモー暴れまわり、それを女が闘牛士のようにあしらうというものである。尻目がぼそりと言った。

「なあ、こいつ件なんだよな。ならこれもいつか来る予言ってことなのか。」

「多分そうだねえ。今までも阪神大震災とか色々それが起きる前にお笑いにしてたしねえ。」

「へえ、じゃあこれもいつか起きるんだな。」

この4ヶ月後の2006年1月、実際にアメリカから輸入した牛肉にBSEの危険性があるとされ、輸入禁止になっている。

「でもなんかなあ。なんでこいつら漫才やってんだ。普通に予言すりゃいいのに。」

「なんだい、何か不服なのかい。」

「いやあよ。俺も別にこいつらのこと分かってるわけじゃねえけどよ、なんか違うんじゃねえかなあって。」

尻目は悩ましげに体全体を傾ける。それに対して尼はどういうことかは分かっていない。

「違うって何よ。」

「こいつは…女の方はよく分からねえけど、予言をして人間を助けたりしてるじゃんか。お笑いってそれは出来ねえだろうよ。誰がこれ見て信じるんだよ。」

「まあ、そうだろうねえ。」

「それって自分の本分を全然全うしてねえじゃん。じゃあこいつは今何のために漫才やってんだよ。意味分かんねえ。」

「へえ、言うじゃないか。」

「俺はやるべきことをやりたいんだ。こいつらみたいに迷走したくはないな。」

「それが怖がらせることかい。」

「そうだ。」

尼はふぅんそうかい、と言いながらぼやく。

「まあ、不謹慎なネタで笑わせるこの人たちより、尻で笑わせてるアンタの方が私は好きだよ。」

笑わせてねえよ!と尻目はツッコんだ。

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