親友、青田巧
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俺が財団に入ったのも20年くらい前のことになる。それだけいりゃそこそこの立場にはなるし、色んなことを経験する。それが良いことか悪いことかは別だがな。今からする話は良いこと……うん、良いことだとは思う。少し付き合ってほしい。

今でもそうだけど、俺は人見知りで自分からあまり話しかけられるタイプじゃなかった。そんな中で1人だけ話し相手……いや、言い切ろう。友達が出来た。名前は青田巧。彼も俺と同じように内向的な性格だった。

きっかけは最初のオリエンテーションの時にたまたま隣の席だったこと。ただこの時は特に何も話さなくて、でまあその後も特に。お互い人付き合いというものをせずにずるずると過ごして、でも一応顔は知ってるから多分お互いにあいついつも1人だなって思ってた、と思う。

こっちの方が本当のきっかけかもしれない。話すようになったのは財団全然関係ないところでたまたま会ったからなんだ。紀伊國屋って本屋があるじゃん。そこで本当にたまたま会っちゃった。俺がぷらついてる時にしこたま本を抱えた青田がいた。しかも青田もそこで俺を目撃した。つまり目があったってことになる。

分かってもらえるかどうかは分からないが、俺は完全に自分の時間にいる時にはどの知り合いとも会いたくないと思ってる。だからたとえ見かけても見られない内に別のところに逃げたりしている。だが今回は完全に会ってしまった。さすがにここから逃げるのは非常識以外のなんでもない。俺は頑張って世間話をすることにした。

「あ、どうも。」
「どうも……。」
「買い物ですか。」
「ええ……まあ……。」

頑張ってとは言ったものの、普通にその大量の本は気になるのでちらりと見てみた。銀河の……なんとか、火星……、天王星がどうたら……。うん、なるほど。部分的にしか追えなかったけど全部宇宙に関する本だ。こんな大量になんてよほど好きなんだと思った。

「それでは……じゃあ。」
「え、ああ、また。」

青田はそういうとすぐにレジに向かった。まあこれ以上話してもお互いの気まずさが増すだけだし、俺もその場を後にした。

その翌日、食堂でカツカレーを食べるための席を探していたら味噌ラーメンを啜っている青田を見かけた。俺はふと、昨日のよしみということもあって話しかけてみることにした。テーブルの対角線上の位置に席をつき、少しだけちらりとこちらを見た青田に向かって喋り始めた。

「昨日はどうも。」
「ど、どうも。」
「あの大量の本、すごいですね。重かったでしょう。」
「ええ……まあ。」
「あれって全部宇宙関連ですか。好きなんですか。」
「……はい。」
「って勝手に見てしまってましたね。これはすみません。」
「いえ……大丈夫、です。」

これは世間話としてはよく無い感じな気がする。でもこちらから仕掛けた手前、こちらからパスっとやめるのもなんだかアレではある。ただその空気は青田もバチバチに感じ取っていたのか、見えてる野菜を食べ終えると青田は席を立った。今だから言えるがこれは明確に俺が悪い。その日は少し落ち込んだまま仕事をしていた。

だからそのさらに翌日、今度は青田の方から話しかけてきた時は神様に赦されたかと思った。なんだかんだ青田もあの話を楽しんでたのかもしれない。

「あ、あの……昨日はおざなりな感じになって……すみません……。」
「いやいや、もうあれは俺が何の気もなしに喋っちゃったのが悪いんですから。」

律儀な男だ、あんなものに謝らなくてもいいのに。それはそうと、俺はこのことが結構ちゃんと嬉しかった。なんというか、やっと普通に話せる人間が出来た気がして。

「そういえば……あなたは何故あの本屋に……?」
「俺?俺はまあなんか適当にマンガとかを見ようと思って。」
「マンガ、ですか。」
「なんか読んでたりします?」
「人並み程度なら……。」

そしてまさかのここで、読んでるマンガが同じということが判明した。俺はいわゆるなんとなくジャンプ読んでなかった族だからこの奇跡は普通に嬉しい。とまあこんな感じで、俺と青田はだんだんと色々話すようになったんだ。

そんな中で青田について分かったことが2つある。1つは絵がすごく上手いこと。本人が特に好きなのは写実的な絵だそうだ。ってことを他の同期に話したら有名な話だと言われた。なんでも青田がメモの合間に描く落書きが妙に上手いということですでに知れ渡ってたようだ。俺がいかに人間関係を構築していないかがただバレただけだった。
もう1つは夢が宇宙飛行士になること。子供のころに日本人初の宇宙飛行士、秋山豊寛による活動を見て、それにとても感動したそうだ。そのための勉強は惜しまなかったは本人の弁。

「ってもお前財団には材料工学の研究で入ってないか。宇宙の勉強は?」
「それが……うちは貧乏だったんで、すぐに手に職つけられるようなものにするしかなくて……。今も実家には仕送りをしています。」
「あー……すまん。変なことを聞いた。」
「いえ……大丈夫です。」
「ところでさ、もし宇宙飛行士になってたら何をしたかったんだ?」
「もし、ですか。」
「そう、もしも。」
「そうですね、僕は……宇宙から見た地球の絵を描きたいです。」
「それは今でも出来るのでは?」
「ああいえ、この目で直接見た地球を描きたいんです。」
「へえ、その心は?」
「心?……その、大したことではないんです。ただ……テレビで見た地球が、とても綺麗だったなあって。」
「なるほどねえ。まあ、気持ちは分かる。宇宙ねえ、でも実際行ったら怖いよなあ。」
「怖いでしょう。でも、それでも、宇宙には人を惹きつけるものがあります。」
「もしかして、まだ行きたかったりして?」
「それは……ん……。行ければ、の話ですね。」
「そっか、行けるといいな。」
「ええ、出来れば。」

そして、物事ってのは唐突にやってくるものだ。
青田のお母さんが亡くなった。
母子家庭だから青田はこれで天涯孤独になった。いや、それは違う。俺がいる。俺は青田の友達だから。

当たり前だが忌引きが終わった後でも青田は目に見えてやつれていた。部署が違うからそこまで一緒にはいられないが、俺はなるべく青田と話した。こういうことを言うのは本当に良くないと思うけど、ほっといたら青田も死にかねない。当時の俺は本気でそう思っていた。

それもあって……いや、実際効果があったのかは分からない。あんまり大手を振って俺のおかげなんては言えない。言ってはいけないと思う。それでも青田は前よりは喋れるようになってきた。もちろん何から何まで元通りなんてことはないけど、俺は一安心していた。

それからしばらく経った頃くらいだが、3ヶ月ぐらい青田の姿を見なくなった。俺は一抹の不安を感じざるをえなかった。けどその頃はちょうどかなり忙しくて、正直なところあまり青田のことを考える余裕がなかった。そのせいもあって俺は自分の中で青田も忙しいんだろうと勝手に思い込み、少しでも不安をかき消すようにしていた。

忙しかった計画も終えて、ようやく一息つけるようになった頃、俺は喫煙所で1つ上の先輩から青田が財団を辞めたことを知った。動揺をした。俺はすぐに言葉を返せなかった。ただ先輩もたまたま知ってただけのようで、具体的なことは言わなかった。

俺は悩んだ、とても気になったから。失礼な言い方だとは思うが、青田は俺以外に友達がいた素振りは見せなかった。多分それは間違いないと思う。そんな俺に何も言わないなんてよっぽどのことがあったに違いないと。ただいい歳をしてその理由をわざわざ上司に聞くかという葛藤があった。学生でもないのに、そんなことをしたところで何もならないだろうに。

そして悩みに悩んだ末に、俺はサイト管理官に聞きに行くことにした。これも直前まで悩んだ。こんなことでわざわざ時間をとらせていいのかと。ただ、このままわだかまりを持ち続けても良いことはないとも思った。だから思い切ってアポをとって、意外とすんなりいった時は驚いた。いい上司をもったと思う。

それで話を聞いた。そもそも2ヶ月前には辞めていたようで、要は宇宙飛行士になりたいから辞めたということのようだ。お母さんの死は悲しいことでもあるが、同時になんだが解放されたようでもあったと。これからは自分の好きなようにしていきたい。そのためにはまず辞めようと。

管理官室を出てから俺は一気に色んなことを思った。まず俺に何も言ってなかったこと。会わなくなってから辞めるまで1ヶ月あったのに、その間いくらでも相談にのれたのに。
他にも宇宙に行きたいのなら財団にいた方がいいんじゃないかと。宇宙開発という面でも財団は先を行っているだろう。参加出来るプロジェクトを探すことも出来たはずだのに。
それに財団を辞めるということは、多分記憶処理を受けているはずだ。俺の事なんてもうさっぱり忘れている。俺の存在ってのは夢の前ならそんな簡単に、どうでもいいってことなのか。

俺はただ、ショックだった。

でもそんなことは全部今更、もうどうにもならない。青田はすでに財団を辞めて、きれいさっぱり忘れて勉強をしているんだから。実際にどう考えていたかも分からないし、もしかしたら青田も青田なりにすごく悩んだろうし。

なんだかんだしばらく仕事は手につかなかった。別にこの頃になれば話し相手がまったくいない、なんてことはない。それでも、俺は青田のことを友達だと思っているし、青田もそうだと思っている。言ってしまえば無二の親友とさえ。

ただ、これは今だからそうとも考えられるんだが、そこまで考えていたのは俺の方だけだったんじゃないかって。いや俺だけが友達と考えていた、とまでは言い切るつもりはないが、青田はなんだかんだいって1人でもちゃんと出来る奴だったんだろうなと。
俺はてっきりあまり喋らない青田の友達になっていると思っていたが、本当は俺ばっかり人付き合いを求めていただけだったのかも、と。

あんまり考えたくないことばかり考えてしまう。だから俺はもう考えないようにした。

今、宇宙関連のニュースは特にちゃんと確認するようにしてる。青田が宇宙飛行士になったらすぐに分かるように。もう辞めた時には結構いい歳だったし、あれから10年経ったからチャンスできる時間も結構限られてるだろうし。でも願わずにはいられないんだ。だって俺を忘れてまでやりたかったことなんだから、きっと並大抵のことじゃないんだろうし。

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