hitokui-obake 2014/1/25 (土) 06:08:31 #13759513
今から20年前くらいの事になるが、俺が人面犬を飼っていたという話がしたい。
もっとも証拠になるようなものは何もない。あいつは写真をひどく嫌っていたから、目で見て納得できるものは残されてないんだ。
だから信じられなくて当然だと思うし、俺もそれを咎める真似は一切しない。それでももし信じてもらえれば嬉しいし、無理だったら無理で構わない。とにかく誰かに聞いてもらえればそれで十分だからな。
初めて見たあいつは路端で死にそうになっていた。死にそうと言っても大怪我負ってるとかそういうのじゃなくて、ひどく疲れているとかそんな感じだ。
なんせ残業帰りの真夜中に見かけたものだから、俺は大声をあげて驚いてしまったのを覚えている。無理もない、まさか噂の中の化け物が本当にいたんだから。
俺はどちらかと言うと動物は苦手だから、申し訳ないと思いつつその場を去ろうとした。でも時すでに遅し、あいつは俺の方をジッと見て、完全にロックオンしていた。
勘弁してくれとも思ったが、下手に逃げて追いかけられて噛まれでもしたら一大事と、どんどん不安が込み上げてきた。だから俺はその場から動けず、しばらく睨み合いが続いた。
それからどれぐらい経ったかは分からないが、足が痺れかけたぐらいで俺は根負けした。なんていうか、ずっと見ていたら興味の方が上回っちゃったというか。それであいつに向かって家に来いよと言ったらあいつはよろよろの足で立ち上がった。そしてそのまま俺に着いてきた。
俺の家はそこからだいたい10分ぐらいのところにある安アパートだった。2階の一番奥なんていう一番めんどくさい立地のところだ。
とりあえず部屋に人面犬を迎えた俺は自分とあいつのための腹ごしらえの用意をしたんだ。とは言っても人面犬が何を食べるかなんて皆目検討もつかない。だから自分が食べる用だったご飯と角煮を少し分けた。そしたらあいつはそれをすごく美味そうに食べ尽くした後すぐに寝た。まあ満足してもらって良かったよ。
次の日は土曜日だったから俺は昼まで惰眠をむさぼりたかったんだが、起きろ起きろという汚い声に無理やり起こされた。声の主は当然あいつだ。
ここで俺は改めて、昨日のことが夢じゃなかったんだなということを思い知らされた。眼の前にいる不思議生命体は紛れもない真実なんだと。
二度寝するのも何だったから、その日は人生でも数少ない休日の朝飯を作って2人で食べた。
hitokui-obake 2014/1/25 (土) 06:14:14 #13759513
ここであいつのパーソナルな情報をいくつか紹介したいと思う。
まずは顔、まあ人と犬が混ざっているのはそうなんだが、その顔はふてぶてしいおっさんそのものだった。スーツを着させれば部長とか市議会議員とか、そんな風に見られるような普通のおっさん顔だ。
そして頭、あいつは犬にしてはかなり賢い。人語を解するし、普通に会話は出来るぐらいに。でも犬にしてはだから人で言えば10歳はいってないぐらいの子と同程度だと思う。犬の頭が人に引っ張られてるのか、はたまたその逆なのかは分からない。あとさっきので分かっていると思うが普通に喋る。顔の構造は人だからだろうか。
そして趣味嗜好だが、まあ趣味は分からないけど嗜好の方は人間と同じと言っていい。普通に俺と同じものを食べるし。もしかしたら犬の体にはあんまり良くなかったかもしれないが、正直分からない。だとしたら可哀想なことをしてしまったと思う。
そしてずっとあいつあいつと言っているが、普段は"あきやま"と呼んでいた。これはテレビを見ている時に"あきやま"という名前が出るたびに振り向いていたからだ。結局それがなんでかは分からなかったが、とりあえず"あきやま"と呼んで特に支障は無かったからずっと使っている。ここからあいつの呼び名としてあきやまを使わせてもらう。
そしてあきやまはまったく外に出たがらなかった。正確に言えば人前に出ようとしなかった。まあ少しでも出してしまえば注目の的になることは避けられない。本人も嫌がってることを無理強いすることも無いし、俺は基本的には日中はゴロゴロ、夜人気が無くなったらあきやまを連れて散歩に行っていた。最初の方に書いたが写真も嫌いだったのも合わせると、あきやまはあまり自分の痕跡を残したく無かったんじゃないかと思う。分からないけど、なんとなくそう感じる。
hitokui-obake 2014/1/25 (土) 06:20:13 #13759513
あきやまとの生活は悪くなかった。上でも書いたが俺は動物が苦手なのだが、あきやまは動物とは思えなかった。いやもちろん動物ではあるんだが、俺にとっては同居人ぐらいのつもりでいた。
でも暮らしていく中で段々あきやまの不思議なところが出てくるようになった。いや存在自体が不思議なのはそうなんだが、それだけじゃ説明のつかないことが起き初めたんだ。
俺の部屋は所詮アパート、部屋の隅に行けばすべて見渡せる程度の広さしかない。そしてあきやまは基本的には外に出ない。なのに度々見失うということが起きた。
俺の部屋が重度の汚部屋であることを差し引いても、たかだが犬一匹が1時間も見つからなくなるようなことはさすがにありえない。あきやまの体ではドアのカギを開けることもままならないからその線も無い。
そんなこんなであたふたしてると探していた場所からひょっこり出てくる。最初の頃は自分のうっかりだと思っていたが、これが何度も続けば話は変わってくる。あきやまは間違いなく消えている。
そして消える間隔も次第に長くなっていった。1時間が2時間、2時間が1日、1日が3週間、と。
こうしていく中でついにあきやまは俺の前に二度と姿を見せなくなった。今のところ20年、まったく見た覚えはない。
正直見かけた時からヨボヨボで、しかもこれだけ経っているのだから、普通の犬なら間違いなく死んでいる。それでも俺はなんとなく、あきやまが死んでいるようには思えなかった。だから今の今まで一度もあきやまを弔ってはいない。
hitokui-obake 2014/1/25 (土) 06:25:02 #13759513
さて、最後になんで俺があきやまの事を改めて書こうと思ったかについてで〆よう。
先日下の子とアニメを見ていたら、そこに人面犬のキャラが出てきた。その瞬間にバチバチッとあきやまのことが思い出させられた。あんだけ言っといて忘れてたのかと言われればそうなのだが、大人というのはこういう生き物なんだ。
そしてその人面犬、中々に人気だそうだ。もしかしたらまた子どもたちの間で人面犬ブームが来るかもしれない、と俺は思った。
もしそうなった時に、だったら俺はお前のことを覚えているからなと意思表示をしておこうと思った次第だ。さっきまで忘れてた癖にどの面さげてと思われるかもしれないが、それはあいつだって何も言わずに消えたんだからお互い様だろう。
ともかく、別に俺はあいつがこれを見てるかなんてことを期待してるわけじゃない。これはあくまで意思表示。発言でしかない。
それでももし、あいつがまた姿を現すようになった時に、少なくともここに1人、お前の帰りを待っていたやつがいるんだぞということを示したいんだ。
長々とお付き合いありがとう。もし人面犬に出会うことがあれば、その時は優しくしてあげてほしい。そして可能ならやりたいようにしてあげてくれ。多分彼らは疲れているから。