眉間への発砲。
白衣の女性は立ち去り、銃と男が残された。
霞んでぼやける視線の先には蛍光灯。
ここで死ぬには余りに寒い。
もはや動ける力すらなく、熱を失う手に触れたのは。
柔らかな肌の弾力と、確かな温もりだけだった。
頭上からのフッ化水素酸。
白衣の男性は立ち去り、焼け爛れた男が残された。
焼けた肌。にじむ血液。垂れ下がった皮。
膨れ上がった体表は、瞼も気道も圧迫し、うつ伏せの男は呻きを上げる。
痛み、苦しみ、憎悪、諦め。
あらゆる苦痛が過ぎ去るさなか、男の額にそっと触り、優しく起こす者がいる。
男が最後に嗅いだのは、もう二度と吸えない煙草の匂いだった。
SCP-███への故意の暴露。
異国の職員は立ち去り、顔の潰れた男が残された。
暗い。暗い。暗い。暗い。
目も口も鼻も潰れて、息をつくのも許されない。
ほとばしる液体は火箸のように熱く、体温の流れ出すのが容易に分かる。
血潮は見えずどこまでも広がり、次こそ駄目かと思い、恐怖する。
その時、男に残る唯一の耳に、1つ、2つと血の跳ねる音。
音は傍らで確かに立ち止まり、
懐かしいジッポの音が響き渡った。
灰皿による執拗な殴打。
新人職員は立ち去り、全身が砕けた男が残された。
男はもう苦しくなかった。
彼は良い奴と一目でわかる。
それでもなお殺されるのは。
ひとえに自身の異常性に他ならない。
男は少し安堵した。
自分は孤独だ、だが悪くはない。
こうやっていつも傍らに、忘れかけてた紳士が佇み、
最後に一服、ほろ苦い煙草を恵んでくれるのだから。
自殺。
立ち去る者は誰もいない。
男は安らかな気持ちだった。
自分は死んでしまうかも、あるいはのうのうと生き返るのかも。
どちらも等しく、無価値だった。
どちらになっても構わない、人は最後に死ぬモノだから。
自分は孤独に、死ぬモノだから。
括ったロープに首を通して、冷たい自室の高みに登って。
最後にぐるりと部屋を見渡し、そっと佇むお客を見つけて。
口にはニヤリと笑みまで浮かべて。
けれども息つく口先は、するりと言葉をうちこぼした。
「……死にたくない。」
男の表情がぐるりと変わる。
客は黙って、それを見ている。
焦りと驚きと動揺と涙を浮かべ、
男は唇をわななかせた。
「イヤだ……嫌だ。孤独に死ぬのは嫌だ。1人寂しく死ぬのは嫌だ。誰も看取らず、悲しみもせず、来る日も来る日も訪れる死を笑うしかないのは嫌だ。死んだ私は明日を生きない。明日の私は私を知らない。自分で自分の死体を埋めて、死の瞬間に蓋をして、何が不死だ、異常性だ。私は、私は何度も、何度も……」
男は嗚咽し、顔を歪める。
部屋は静まり、泣く声だけが、こだまする。
客人はそっと、傍らに寄り添い、
泣きじゃくる男に煙草の箱を差し出した。
「……私は……」
顔を上げて客を見つめる。
その目は確かに男を見つめていて、
何度も見てきた煙草の箱は、いまだに手元に差し出されていて、
震える手と手で煙草を掴み、男はなんとかそれを咥えた。
最後の煙草に灯りが灯る。
立ち去る者は、誰もいない。
客人は、2人の煙草に火を灯す。
遥かなる、悠久の時が流れて消え逝く。
静寂が痛いほどに耳染みて、息も煙も共有された。
最後の煙草が燃え尽きた時、男は小さく、笑顔を浮かべた。
「またな。」
心で呟き、身を踊らせて、
やがて辺りは、本当の静寂に包まれる。
吸い殻はそっと携帯灰皿に仕舞われ、
彼を見守るものは、静かにその場を立ち去った。