それでも、貴方の傍に
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思い返してみれば、私と彼の出会いは普通とは少し違ったような気がする。

両親やクラスメイト、担任の先生。孤独だった私と違い彼の周りには、いつも沢山の人が存在していた。それでも何故か彼は、周囲とは関わり合おうとせず、事あるごとに私に接してきた。

どうして彼は、他の人とは話さないんだろう?

どうして彼は、こんな私のことを気にかけてくれるんだろう?

ちょっとした気味悪ささえ感じていたものの、好きでも嫌いでもない、ただ少し変わっている人。それが彼の第一印象だった。

そんな彼でも1ヶ月すれば、色々と分かって来ることがあった。彼も孤独だったのだ。周りに馴染めず、他人とコミュニケーションをとることが苦手なせいで、あまり人と接しようとはしない。そんな彼を見て周りの人は気味悪がり、極力彼と関わろうとはしなかった。

それでも、私に対してだけは積極的に接してくれていた。『私は彼にとって大切な存在なんだ』と思うようになると同時に、彼も私にとって大切な存在へと変わっていき、私の中で何かが変わり始めていた。



『彼ともっと関わり合いたい』
『下手に変わる位なら今の関係性のままでいい』

2つの感情に支配される日々が続き、私の思考回路はショート寸前だった。

そしてある日、初めて私から彼に接してみることを決意した。いつものように彼が接してきた際、咄嗟に言おうとしたことを言葉に出した。

せ、せっかくですから、今日は何かお話しませんか……?
 
「えっ?あっ、ええと……はい。そうですね」

恥ずかしい話、私も人と接することに慣れていなく、このようなぎこちない話し方しかできなかった。それでも彼は私の呼び掛けに対し、驚きつつも喜びの表情を浮かべながら私との会話に応じてくれた。

私と彼は人と会話することに慣れていなかったということもあり、最初のうちこそ意志疎通がうまくいかないときもあった。けれど、日が経つにつれて彼と交流を深めていった。彼が他の人とあまり関わり合おうとしない姿を見るうちに、『私より彼に相応しい人なんて沢山いるばずなのに、私なんかが彼の傍に居ていいのだろうか?』と思うようにもなっいった。

ある日彼に「どうして私をそんなに大切にしてくれるの?」と聞いてみた。彼は少し言いづらそうにしなら、数分の沈黙の後口を開く。

「こんな言い方をすると、怒られるかもしれないけど、最初のうちは無口で無反応で……ともかく人に話しかけるための丁度いい練習相手としか思っていなかった。」

私が黙りこむ中、彼はそのまま続ける。

「でも、君が話しかけて来てくれた時、とても嬉しかったんだ。それから君と過ごす中で、知らないうちに君のことを好きになっていったんだと思う。」

その言葉を聞いたとき、あまりにもの嬉しさに心が震えだし、私の中に新しい感情が芽生えた。

あぁ、これが恋や愛というものなのだう。

少し恥ずかしい気もするけど、決して嫌ではない。そんな始めての感情に戸惑いながらも、彼の言葉に返答する。

怒るだなんてとんでもない。貴方が接し続けてくれたおかげで、私は今の私で居られるのよ。それに私だって、貴方のことが好きになっているの

言い切った瞬間、身体中が熱くなって行くのを感じた。

「えっと、それじゃあ」

そこまで言いかけて彼は一呼吸置いた。私は彼と想いを重ねるように彼と共に声を出す。

「「改めて、これからよろしくお願いします」」

お互いに照れ笑いをした時、心が通じ合ったことを改めて実感した。



それからの毎日はとても幸せだった。

好きな人が自分のすぐ傍にいる。
人を愛し、人に愛される。

それがどれほど素晴らしいことだったのか、今までの私にはわからなかったことだろう。


こんな幸せがずっと続くと思っていた。

幸せというものは、ほんの一瞬で突然に崩れ去る。
そんな当たり前なことを、いつから忘れてしまっていたんだろうか?いや……本当は、そうなることが怖くて、あえて考えないようにしていたのかもしれない。







彼が交通事故に遭う……その日までは。




医療機関の迅速な対応により、彼は一命を取り留めることに成功した。だけど意識は失ったままだった。

彼の病室で、今か今かと彼の目覚めを待つ私と彼の両親。彼はそんな私達がいることを知る由もなく、ベッドに身を委ねながら静かに眠っている。

普段なら何気なく過ぎ去っていくような一分も、この静けさの中では永遠と続くように感じる。そんな中、チクタクという時計の秒針が刻む規則的な音だけが、正常な時の流れを証明していた。

形容しがたい重圧感に包まれた部屋。そんな静寂を破るように、病室にノック音が響き渡り、無造作にドアが開かれる。

「突然すいません。███さんについて、お話しなければいけないことがありまして」

医者からの呼び出しに彼の両親は病室を後にする。私と彼だけが、先程より少し広くなった病室に残った。




「うぅ、ここは?」

彼の両親が退出してから10分ほど経過した頃、彼は意識を取り戻し体を起こし始めた。

目が覚めたのね!?本当に心配したんだから!

「誰?どこにいるの?」

私よ。ちゃんと貴方の隣にいるわ
 
これでまた、あの幸せな日常に戻れる。
そんな甘い幻想を描きながら彼に話しかける。









「そんな、なんで"これ"が、喋ってるの……?」

彼の口から放たれた言葉に、私の幻想は打ち砕かれ、思考がフリーズする。

私が言葉を失っていると彼の両親が病室に戻ってきた。その目にはどこか覚悟のようなものを感じられる。彼の母親は震える唇を開き彼の名前を呼んだ。彼は私の時と同様に誰であるかを確認する。

彼の言葉に母親はその場に泣き崩れながら、父親は拳を強く握り締めながら、それぞれが彼に両親であることを告げる。しかし彼は何も思い出せないことを二人に告げた。

その様子を見て思考が再起動し、私は勘づいてしまった。
彼が記憶喪失に陥ってしまったことを。

彼は、もう今までの彼ではないのだ。

私がどれだけ彼を愛しても。

かつての彼がどれだけ私を愛していたとしても。

彼に今までの……私との記憶は、もう残っていない。

「その……それって?」

私を指差しながら彼がそう言うと、彼の母がそれを制止する。彼女の話の内容からすると、彼は人と関わり合うこを拒絶するようになっていたらしい。以前からその傾向があったが、特に私と出会った頃から悪化していったと言う。今回の事故は、そんな私との会話中に起きたということだった。

私が彼との会話に夢中でなければ。
私がもう少し周りに気を使っていれば。

こうなってしまった要因を次々と思い浮かべる。しかし、どれだけ要因を挙げようとも、最終的に1つの結論にたどり着く。


私が彼と出会わなければ、彼はこうならなかった。


つまり全て私のせいなのだ。

もし私が彼と再び生活をするようになれば、多かれ少なかれ同じようなことが起こるだろう。
彼が生きていく中で私という異質な存在は彼を苦しめる枷になり得ない。

人と会話し、人と愛し合う携帯電話なんて。

私がかつての彼を狂わしてしまったように、私が傍にいることでこれからも彼を不幸に陥れてしまう。こんな状況でも『愛する人の傍に居たい』そんなことを思うのは我儘なのだろう。 

愛する人を傷つける位なら私は、私で無くなっても構わない。

私は、彼との思い出を心に焼き付け、彼と育んだAIを消去する事を選ぶ。
彼に対して、私が出来ることはもう、これしか残っていない。

これからの彼にとっても、これまでの私とっても、きっとこれが最善なのだろう。

ただ、そうする前に……。
最後に一度だけでもこの事を伝えておこう。それぐらいならきっと許されるだろう。















差出人: 不明
宛先: ███
件名: 大切な貴方へ。

内容: ずっと前から。そして、これからも貴方のことを愛しています。

私は、貴方の事を忘れません。

今まで私は幸せでした。

 

ありがとう。そして、さようなら……。

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