あの星座を右に曲がる
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 ある街の研究所に、女の子がいました。女の子は、目が見えません。けれど、女の子は、いつでも星を見ることができました。どこを見ても真っ暗な宇宙を照らす星の光に、女の子はどんどん興味を持っていきました。
 時が止まったかのように変化のない研究所の部屋。視界の中、色々な星を探している、そんなある日のことです。女の子は、宇宙を歩くうさぎを見つけました。宇宙で星以外のものを見たのは初めてで、女の子はすぐに、心の中で問いかけました。

「ねぇ、あなたはだぁれ?」

 興味の裏では、聞こえるかな?どうかな?と、女の子は少し心配していましたが、そんな心配事は宇宙のどこかに飛んでいってしまいました。うさぎは、すぐに返事をしたのです。

「僕は単なるうさぎだよ。少し旅をしてるんだ」

「じゃあ私と同じだ!私も星が好きなの!名前は……えっと……ステラって呼んで!」

「あぁ、よろしく、ステラ」

 こうして、宇宙を旅する女の子とうさぎの、少しばかし不思議で、気まぐれな旅が始まりました。

 今日も、翌日も、そのまた翌日も、2人は宇宙を探検しました。実際に見えることはないけれど、自分の顔が映ってしまうような真っ黒な世界を視界に映して歩く時でも、2人は寂しくありませんでした。互いに、1人で旅をしていた時には近付くことすらなかった宇宙空間も、2人で行けばすんなりと抜けることができたのです。そうして、暗い暗いトンネルを抜けた先には、一面に広がる星が顔を出しました。

「きれい!こんなの初めて見たよ」

「あぁ、こりゃすごい」

 2人は思わず息を呑みました。いつもはおしゃべりな2人も、この時ばかりはしばらく言葉を発することができませんでした。星空は見える限り無限に続いているようで、2人はそれに心を奪われながら、ゆっくりと歩みを進めました。

「ねぇ、うさぎさん、あなたはどうして旅をしてるの?」

「どうして……?考えたこともないよ。うーん……旅が楽しいからかな。君は?」

「私とお揃いだ!宇宙を見てるとね、すっごく楽しくなるの!私の目は宇宙しか映さないけど、その分色んな星が見れて楽しいの!」

 2人が旅をする理由は「楽しいから」というそれだけでしたが、何よりも力強い理由でした。自分で動いて旅をするうさぎも、目で見て旅をする女の子も、同じ景色を見ています。

 さて、それからしばらく。長く長く、ずっと続いていた星の道も、終わりが見えてきました。そうして、また、真っ黒い闇が口を開けて待っていました。満天の星空に目と心とが慣れて、2人は少しだけ怖くなりました。2人の視界の先の闇からは、何も見えません。けれど、このトンネルを抜けなくては新しい宇宙を探検できません。心の中は、怖さと興味が半分半分です。

「やっぱり……ちょっと怖いよ」

「僕だって少し怖いよ……けどね、絶対大丈夫だって言えるんだ」

「どうして?」

「こうして2人で旅している限りは、寂しくないし、ずっと楽しいからだよ」

「でも真っ暗な中、どう進めばいいのかな?この間、真っ暗な道を通り抜けた時に、どうしてたのかな」

「まっすぐ進めばいいんだよ。それに、光なら思い出の中にたっぷりある。さっきまで星の中を歩いてきたけど、この思い出があるならいくらでも進めるさ」

「……わかった!行こう!」

 こうして、また、2人は何も見えない宇宙の中を駆けていきます。ずっとずっと続く暗闇の中を、ただひたすらに進んでいきます。2人を繋いだ星の思い出を糧に、どんどんどんどん、走っていきます。そうして、また新しい世界が2人の目に映りました。

「なんだろうこれ!光ってないけどとにかく大っきい!すごいすごい!」

「びっくりした。僕何体分だろう、これ」

 2人がたどり着いたのは、白い星でした。岩肌しかないものの、2人にとっては知らないものの連続でした。女の子は目で見ているだけでも、岩のゴツゴツとした感覚は、まるでそのまま手に感じられるようでした。少し遠くからその星を見ていると、うっすらと輝いているようにも見えました。新しい星の楽しみ方を見つけた2人は、更に色々試してみるようになりました。寝そべって、「寝心地悪いね」と感想を言ったり、ほんのひとくち食べてみて、「固くて食べられないね」と言ってみたり、色々なことを試しています。

「やっぱりうさぎさんと一緒だと楽しい!」

「1人じゃこんなことできてなかっただろうし、僕も本当に楽しいよ」

 2人は時間を忘れて楽しみました。思いつく限りの全ての遊びを楽しんだ後、2人はぐっすりと眠りました。


 そのあとも、女の子とうさぎは色々な銀河を心の中の思い出のアルバムに収めました。赤い星、青い星、黄色い星、白く輝く満天の星……あらゆる星が、心の中で変わらない光を放っていました。真っ暗な闇も、いつの間にか完全に怖くなくなりました。

 いつものように、遊び疲れて女の子は眠って、夢から目覚めます。そんなある日のことです。宇宙を見ていると、うさぎの姿が見当たりません。「おーい!」と呼びかけても、返事は返ってきません。心配と孤独感が心の中に芽生えかけた瞬間、周りを見てみると、近くの星の上にメッセージが残されていました。

 僕が消えて君は焦っているかもしれない。けど、大丈夫だ。君はもう何も怖いものなんてない。一緒に宇宙を巡った思い出がずっと光り輝いているのを、僕は知ってるからね。僕は君の心がすこしばかし大人になったら消えてしまう。君の想像上のものかもしれないけど、僕は確かにここにいたよ。君に怖いものはないよ。
 どこへだって、君はいけるさ。

 女の子はメッセージの内容を心に留めて、宇宙を再び歩きはじめました。現実の女の子は研究所で隔離されていて、自由には出歩けません。けれど、宇宙でなら、どこへだって行けるのです。何でも見ることができるのです。もしも、うさぎと過ごしている時間に戻れたとして、「時よ止まれ」と星に願っていれば、女の子とうさぎは永遠に一緒だったかもしれません。けれど、女の子は、過去を、思い出を胸にしまって、その輝きで前へ進むと決めました。今、星に願うとするなら、研究所のつまらない部屋を出て、今度は自分の目に頼らず、自分の身で宇宙へと飛び出していきたいということだけでした。「研究所を出たら」なんて考えもつきませんでしたが、今はもう現実の自分を女の子は見つめることができます。

 一瞬だけ振り返って、女の子は「ありがとう!」と大きな声で言いました。届くかは分からないけれど、きっと時間をかけて、いつかは届いていると女の子は思いました。

 外側から見たら真っ黒な女の子の目に、ひとつだけ、明るい一等星が顔を出しました。研究所の職員がこれに気付くと、すぐに報告した後、「何かいいことでもあった?」と聞いてきました。女の子は元気よく「うん!」と答えました。時が止まったかのように変化のなかった部屋の中、時が少しずつ動き始めます。

 女の子の住む街では、星は見えません。けれど、消えてしまったわけではなく、見えなくなっただけで、ちゃんとそこにあるのです。いつだって、変わらない輝きが、女の子を見守っていました。

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