変わってしまった。
小さな子供からアメリカ大統領に至るまで世界のだれも、なにが変わったのか正確に説明することができなかった。推測するとしたら、出てきそうな答えはこれである、「すべてが変わった」。
最初の転換点は、1998年のポーランドだとされている。地獄の穴からショパンの顔をした巨大ゼミが這い出したとき、人々はそれを見た自分の目を疑った。しかし、陰謀論でしか無かった"財団"が姿をあらわし、各国首脳が声明を発表してようやく、今が大きな時代の節目にあることを実感した。さらに震源地たるポーランドの新たな"超常問題大臣"のスピーチは、人々に異常から目を背けることを許さなかった。 「真実が明らかになり、私たちはそれらと向き合わねばなりません」
次に人類に"新たな常識"を突きつけたのは、2001年のマンハッタンだった。悪魔と化け物と超存在をごった煮にした混沌を1500万人以上にプレゼントしたテロは、ヴェール無き世界に生きる人類のあるべき存り方を提示した。「大いなる脅威に立ち向かうため、団結せよ」。それは超常と融和した人類の夜明けへと歩き出す一歩であったが、同時に引き返せない変遷の流れの始まりでもあった。
そしてすべてが変わり始めた。かつて異次元から来た自動販売機だと推測されていたSCP-261は、いつしかコカコーラ社のロゴを付けて街に立ち並んでいた。SCP-033は"再発見"され、数学の難題として懸賞金が掛けられた。SCP-2042を初めとした知性を持つ人型オブジェクトは(一部の危険なものを除き)解放され、奇跡論やキネトグリフのセミナーがあちこちで開催されるようになった。
世界中で、あらゆる神秘が暴かれ日常となり、その影響を逃れ得た者はなかった。
壊れた神の教会は地上に栄えた。積極的な慈善活動と電脳ネットワーク構築への貢献が一般社会の支持を得て、彼らの教義自体もトランスヒューマニズムの一種として理解されていった。今や彼らの礼拝所は至る所にあり、そこから祈りの声が途絶えることは無い。
ではその敵対者たるサーキック・カルトが撲滅されたかというと、そうでは無かった。サーキシズムの反体制的要素がロック・パンク・メタル文化と結びつき、若者の間で人気を博したのである。サーキックが差別的な呼称として問題視され、"ナルカ"と呼ばれるようになったころには、いつしか血と臓物のイメージは薄れ、アディトゥムの魔術文様はタトゥーの一般的な図柄になっていた。
マーシャル・カーター&ダーク株式会社は、倫理観を捨て利益のみを追求する経営方針(特にこれは後継者達が経営に加わり始めてから顕著になった)を批判されつつも、分厚い面の皮で商売を続けた。例えマジックアイテムがかつてのように魅力的でなくなったとしても、悪趣味に金を出す客はいくらでも居たのだった。
世界オカルト連合の仕事は増えた。人類が超常存在と共存するようになり、阻止するべき脅威の種類は明らかに減ったものの、奇跡を悪用するテロリストのような者は残っていたし、世界を滅ぼしかねない災厄はむしろ増えつつあったためである。人手不足を示すように、GOCの採用広告は街のあちこちに踊っている。
ワンダーテインメント博士からの便りはしばらくの間途絶えた。というのも、任天堂など複数の企業からの権利侵害訴訟、ワンダーテインメント製おもちゃ使用による事故、製品の安全性の低さから出された業務停止命令などがあったためである。その後、社の経営陣を一新し、博士自身も娘に代替わりしておもちゃのリリースが再開された。おもちゃにかかった魔法は目を見はるほどの奇妙ではなかったが、それでも子供を喜ばせるワンダーがあった。
ザ・ファクトリーは、粗悪な製品を廉価で大量生産することについては依然としてトップに立ち続けた。プロメテウスラボや東弊重工の50分の1以下の値段で商品を売ったためダンピング規制が掛かったが、ファクトリーは何の反応も示すことは無く、依然として正体不明であり続けている。
一方、カオス・インサージェンシーは正体不明でいられなかった。ヴェール無き世界では、彼らはただのテロリストであり、隠れ潜む闇は狭かった。それでも幾度となく事件を起こしはしたが、以前ほどに力を振るうことはもう無いだろう。
蛇の手は巣穴から這い出た。超常との融和を最も推進したのが彼らで、収容されていた人型オブジェクトの社会復帰をマナによる慈善財団とともに支援したり、アニマリーのアイドルグループを立ち上げたりした。人権侵害に対し真っ先にかみつくのも彼らである。
Are We Cool Yet?のメンバーはもはや新奇的手法では無くなった異常芸術にこだわらず、クールを求め続けた。
Nobodyはあらゆる場所、時間でその名前が聞かれるようになった。
異常事件課(UIU)はもっとも変容した団体になったかもしれない。活動増加を受けて改組されたUIUは、FBIの職権を飛び越え、超常麻薬蔓延る南米を取り締まる唯一の砦になろうとしている。そこには無能と呼ばれたピエロは居ない。
そして、こうした超常組織の躍進は、とりもなおさず人類全体の成長を意味していた。まるで負荷が掛かった筋肉が、さらに強い筋肉に回復するように、人類社会に幾度となく降りかかった神格顕現、超常テロ、異常災害などの艱難辛苦は、危機を乗り越え、立ち上がるたびに人々をしぶとくしていったのである。
2234年までに人類はテレフォースを理解した。
2300年に発生した終末論的大混乱は多くの犠牲を出したが、世界の各組織の協力によって3日間で無事鎮圧された。
2349年に飛来した巨大隕石は速やかに爆破され、人々はその一大天文ショーの様子を遮光シート越しに見物した。
2690年を待たずにSCP-094は基底次元から切除された。
そして

困難を通じて天へ
SCP財団、超外宇宙への調査船団を派遣する計画を公表
認知現実論のメカニズムにおけるブラックボックスを解明する鍵となるか
SCP財団は今日5時の会見で、観測宇宙の外部に存在する"超外宇宙"に対して調査宇宙船を派遣し、調査することを発表した。この調査船団の目的は、超外宇宙領域に存在すると仮定される認知現実操作存在の調査である。
認知現実論とは、人類の共有する世界観、つまり世間の大多数が現実と考える合意的現実によって、認知学的に世界のあり方が規定されているという学説である。人々が異常を当たり前のことと認識するようになったことで異常現象が誘発されるという理論に基づき、ヴェール体制崩壊後の異常現象の多発に対する説明として現在最も支持されている説でもあるのだが、長らく「個人ごとの異常に関する認識が違うにも関わらず、異常現象の傾向に対し一定の指向性があるのはなぜか」という疑問は見逃されてきた。
SCP財団空想科学部門の部門長ハーマン・メルヴィル氏は、この指向性の説明として超外宇宙存在が人類に影響を及ぼしているという説を唱える。このヒントとなったのが、超外宇宙から観測されたクジラの"歌"に類似するパターン音声であり [ … ]
「本当に行くのですね?フォー」上等なスーツに身を包んだ男は、超高次航行宇宙船に乗り込もうとしている男、フォーに問いかけた。
「ああ、イレブン。世話になったな」フォーは宇宙服の最終確認をしながら、スーツの男、イレブンに微笑んだ。
「これは未知の領域に向かう危険な任務です。どうしてそこまで……」
「なあイレブンよ、俺たちの組織の理念を覚えているか?」
「わざわざ言わせたいのですか?」
「俺は現場あがりの人間さ。立ちはだかる敵を打ち倒し、人類が守られる必要も無いほど強くなったこの時代だからこそ、未知の相手に滾ってしまう。組織のトップとして、全力を出してぶつかってみたいんだよ」
「この賑やかな日々だからこそ、ですか」
フォーがそれにうなずくと、宇宙船の発射準備が整った。
二人は別れを告げ、宇宙船のドアが閉められる。
きっと人類はこれからもこの賑わう世界を進んでいくだろう。誰の意思にもよらず、自分達の足で。