恋昏崎新聞社
恋昏崎新聞社社歌 作詞:広末孝行
【広末デスク専用前口上】
男 広末孝行。
明大政治経済学部卒、
東弊重工本社総務部で
十年勤続後退社し、
恋昏崎新聞社へ入社。
心を込めて、歌います……。
【間奏】
※この間自由に叫んでもよい
(例: ヴォオオオオオオオオオオ!!!!!)
恋昏崎新聞社社歌は私の父である広末孝行によって、彼が長年勤めた東弊重工の社歌を基に作詞されました。当初社内では「センスが古い」「前口上が長い」「間奏のデスボイスは何?」「微妙に歌いづらい」などと酷評されていましたが、前奏が流れても誰も歌い出さなかった場合には広末孝行が前口上のバリエーションを変えて延々としゃべり続けるという持久戦を続けた結果、しぶしぶ公認の社歌として受容されるようになっていったという経緯があります。
さて、この社歌の起草からしばらくたった1998年のヴェール崩壊を機に、恋昏崎新聞社は一般社会にも広く知られるようになります。特に9.11マンハッタン次元崩落テロ事件における広末孝行の報道が翌2002年のピューリッツァー賞(ニュース速報報道部門、ニュース速報写真部門)を受賞したことは恋昏崎新聞社を日本のみならず世界へと知らしめ、新聞の発行部数が過去最多を記録するなど、恋昏崎新聞社が更なる躍進を遂げる大きなきっかけとなりました。
同年に事業拡大に伴う組織再編の一環として総合メディア企業「恋昏崎ニュースエージェンシー」が設立されて以降、現在も私たちは恋昏崎新聞社、恋昏崎放送局、恋昏崎ラジオ、恋昏崎霊界通信などグループ企業の多種多様な媒体を通じて皆様に真実の報道をお届けしています。報道の形が変われど、我々は今後もこの社歌を受け継ぎ、"ジャーナリズムの旗手たらん"とする不変の精神のもとで運営を続けていく所存です。【広末・ゴールウェイ・サマンサ】