それでも、時計の針は止まってくれない。
評価: +45+x
blank.png

2003年、あの年に起きた一連の世界的な騒ぎは、恨めしいほどに脳裏にこびりついている。

"財団"を名乗るフリーメイソンのような組織と、都市伝説として笑い話になっていた世界連合に属するオカルト組織  世界オカルト連合。彼らが1日のうちに打ち明けた話はあまりにも壮大で、馬鹿馬鹿しくて   それでも鼻で笑えないような重々しさがあった。彼らは淡々と、この会見に至った経緯や、これまで世界中に蔓延る摩訶不思議を合意正常性  つまりは僕たちが信じる日常  から引き剥がし秘匿していたことを語った。

約3時間にも及ぶ、2組織の代表者による会見は最後の、極短的な英語でこれまで語ってきた全ての話題をどこかへと追いやった。

私たちは今後、死ぬことが不可能となりました。 It is no longer possible for us to die.


「爺ちゃん、もう起きた?」

居間の奥にある、この家で唯一の襖の先へと声を投げる。返答はないし、それが常だから僕は何も思わなかった。

「コウスケ、そろそろ学校行かないと遅れちゃうよー」階段の下から母親の元気な声が聞こえてくる。階段を降りれば、そこには夜勤明けだというのに仕事へと向かおうとする母親の姿が見える。これも"過労死"という言葉が使われなくなった現代だからこそだろう。母は満面の笑みでボロボロの体を元気に動かしている。

死という人生のピリオドを失っただけで、どうしてこうも人というのは一つしかない体を疎かにできるのだろうか。

「うん、行ってくるよ」僕はただ一言だけ返して、自分の部屋に荷物を取りに戻った。

かつて世界を牛耳っていた組織らが段階的に民間の僕らへ公開した医療技術は、その頃の医者全員が頭を抱えてしまうほど画期的で、構築された医療の殆どを根本から覆してきた。

それでも彼らは、身体の複製を作らそうとしない。

玄関に戻った時には、母はもう家を出ていた。これが我が家では、もう4年も毎日の当たり前になっていた。

「それじゃあ、行ってきます」

僕の小さな、元より誰に投げかけるでもない声は、扉を閉じる音でかき消された。


学校への通学路はいつもと変わらず、風の音が弱々しく聞こえてくるような静けさを保っていた。蛇行運転する危ない車や、ポイ捨てをする人もいない。笑顔を顔に貼り付けただけのようなスーツ姿の大人や、今となっては誰も触れようとしない誰が括り付けたすら分からない街路樹の一つに括り付けられた先が輪っかになったロープも、その静寂に溶け込んでいた。

僕はまた、あの騒がしかった2003年を思い返す。会見が行われた5月下旬、この街は今じゃ考えられないほどの、大騒ぎになった。



ある大病を患った者の家族は喜び、当の本人は病の苦しみから唯一逃れられる死という選択肢を失ったことに絶望した。

ビルの屋上から飛び降りていたある男は、潰れてぐちゃぐちゃになった脳みそで思考を続けた。彼は飛び降りる理由となったこれまでの人生よりも、その永遠に続く痛みと思考に絶望し、改めて死ぬことを望んだ。

僕はただその変化を静かに眺めていた。



この騒動は1週間で幕を閉じた。何も警察や国家の部隊に鎮静されたというわけではない。ただ皆、顔のパーツの動かし方を忘れてしまっただけだ。



病人はただ、笑っていた。自由に動かすことのできない、寝たきりの体を忘れるかのように。

脳だけを土に還した男は機械によって再度歯車として機能するように再構築された。彼の残された生身の顔はそれに満足していた。

僕はまた、世界の動きに取り残された。



回想から目を覚まし、周囲に目を向ける。向かいの路地には、ボロ切れ一枚を防寒具とするホームレスらしき男が座り込んでいた。ゴミ箱を漁り終えた後だろうか、周囲には紙ゴミが散らかっており、散らかした当人も横を通る人も、誰一人として片付けようとはしない。そもそも、彼は先ほどからぴくりとも動いていない。きっと飢餓か何かだろう。それでも、彼は確かに生きている。

昔、何人も、いや何個も彼のように溶けてゆく生命の輝きを眺めたことがある。血液を送る身体も、その身体を動かすための脳も失ったとしても、心臓が鼓動を続けていたその姿を。皆んな笑って観ていた。観られているものも、在って無いような表情筋を吊り上げていた。僕はそれらをただ眺めていた。その時にはもう、何の感情も動くことはなかった。

いつだって世界は、僕を置き去りにしてどこかへと向かってゆく。


何をせずとも時間というのは、時計というのは針を動かすのをやめない。それはこんなのになった世界でも、変わることはない。高校での授業の内容なんて覚えてないし、ずっと下を向いてたから誰の顔も見なかった。どうせ笑っているのだから、見ても意味はないけれども。

日は沈みかけ、空の端は幻想的なオレンジに染まろうとしている。この世界で僕の心を動かすのは、この夕暮れぐらいだ。

ただ歩みを進め、家へ向かう。見飽きたコンクリートを眺めながら足をただただ動かす。特別になってしまった日常が、なんの変哲もない日常になってからは毎日こんなことの繰り返しだった。

家に着いた時、僕の腕時計の針はいつもより早い時間を指していた。早く家に帰っても、何も変わらないというのに。ゆっくりと鍵を差し込み、ドアを開錠して開ける。

2階にある自室にリュックサックを置いて、部屋を出る。制服はまだ、脱ぐ気にならない。

斜め向かいにある襖を開ける。何でそうしたのかは分からないけど、僕の身体は動いていた。襖の奥にある和室には、和室に似合わない機械とベッドがある。そのベッドには、もう5年ぐらいも前に末期の肺癌と医者に告げられた爺ちゃんが横たわっていた。

呼吸は絶え絶えで、すぐに咳き込んでしまう。この部屋に運び込んだ時には真っ白だったマットには、血の混じった痰で赤黒く染まった染みが幾つもある。

家族は皆、爺ちゃんを出来る限り延命させようと担当医と一緒に努力した。爺ちゃんは、痛みに耐えかねてもう楽になりたいとよく僕だけに心の中の弱音を吐き出していた。僕は爺ちゃんが好きだったし、弱音を吐く爺ちゃんが可哀想に見えた。できるだけ爺ちゃんの意向に添えるようにしてくれとなんども親に頼み込んだけど、無意味だった。それは、もう2人も親類を失いたくないという意思の、表れだったのかもしれない。

そんな中訪れたのが、あの最悪な1週間だった。

家族は爺ちゃんが生きれることに大層喜んだが、爺ちゃんは逆に、この苦しみがずっと続いてゆくことに涙を流した。僕はその対照的な親子を見て、何も思えなかった。

ある時、皆んなが急に明るくなって理由のない喜びを始めた。それは爺ちゃんもで、痛みに耐えるように歯を食いしばっていた顔は無かったかのように、笑顔を浮かべた。僕はそれが、恐ろしくて、嫌でたまらなかった。

何も苦しんで欲しいというわけではない。けれど、僕が好きだった爺ちゃんは、こんなに笑い方をしない。そんな思考が爺ちゃんの喜びに僕が共感しようとすることを拒絶した。

改めて、目の前の爺ちゃんに、しっかりと目を向ける。爺ちゃんは笑みを浮かべて、僕の顔を覗き返してきた。

「気味が悪い」

咄嗟に僕の口から、言葉が漏れ出た。

今まで直視しないように、襖越しに声をかけていたからか、約3年ぶりに顔を直視したことで、ついに留めていたピンが外れてしまったのかもしれない。

漏れ出た言葉を追うかのように、吐き気のようなものが込み上げてくる。




気がついた時には、裸足で外を掛けていた。

一度あの顔を殴りたいと思ったけれど、今ではそれも無意味な行動だと思い出して、それも諦めた。そんな僕には、その場から逃げ出すことしかできなかった。そして今、何故か気づいた時には通学路を駆けている。

脚に痛みが走り、“そういえば最近走ることなんてなかったな”と、僕を現実へと引きずり戻した。思えば、3ヶ月ほど前には持久走の授業なんてもう終わっていた。今日の体育は何をやるのかだなんて、もう2年間一度も考えていない。

痛みに耐えかねるように、逃げようとする意志を無視して身体は動きを止める。その頃にはもう、喉まで出かかっていた何かは何処かへと消え去り、一抹の  これから彼らと、また"今まで通り"暮らしていけるのだろうかという不安だけを残す。

自分も、まだこんな世界でも死んでくれるかもしれない心を終わらして、呑気に笑い合う彼らの輪に飛び込めば、楽になれるのかもしれない。そんな曖昧な思考が脳を駆け巡る。一度深呼吸をすれば、きっと冷静になれるはずだ。

肺の空気を完全に入れ替えれただろうところで、脚の痛みを癒すため側にあったベンチに座る。心身ともに冷静になったのだろうけど、さっきの曖昧な希望はまだ、脳に残ってる。

物理的にも、精神的にも冷やすことができた頭をもう一度動かし始める。もう死んでいるような心に本当の終わりを与えてくれる杭を打ち込むのは、そう難しいことではないんだろう。

ゆらゆらと頭を振りながら、やっと冷静になった脳を使って逃げ出してきてしまったということをどうするかを考える。少なくとも、これを理由に彼らからとやかく言われることはないだろう。

僕が問題に思っているのは、これから先のいつまで続くのかわからない、もしかしたら永遠に続くのかもしれない未来についてだ。いつかは今のように無責任に逃げ出すこともできなくなる。

僕はこの世界で孤立している。こんな時でも、多数派は声が大きくて、その多数派が僕以外の全員だとすれば、そんなことは明白だった。多数のために少数を切り捨てるのは昔からあることだ。それでも、幸せ以外の感情を押し殺してしまえば彼らと、昔のようにとはいかずとも苦しまずに生きることができるかもしれない。

“こんなにも簡単だったのか”長い間植え付けられていた悩みの種を取り除く方法が、こんなあっさりとしたものでいいのだろうかと思いもする。けれど今はただ、暗かった行き先に一本の光が差したことがとても喜ばしい。こんな感情を抱いたのは、本当に久しぶりだ。



強く風が吹き、思わず目を瞑る。風が止み、目を開ければ、目の前にはロープが垂れ下がっていた。それも、先が輪になった忌みったらしいあの。でも、今はどこか、この状況がとても素晴らしい、さっきまでとは比べ物にならないほどの幸せなものだと感じられる。視界の端に映る、あの夕焼け空すらも霞んで見える。

おそらくこのロープが括り付けられていた枝が折れ、ここまで垂れ下がったのだろう。“なんと幸運なんだ”と、自分でもよくわからない考えが脳の端から埋まってゆく。

次に鮮明な思考を獲得した時は、なにか固いものが、ポキッと簡単に折れる音が僕の鼓膜を揺らした、ほんの少し後のことだった。

/* These two arguments are in a quirked-up CSS Module (rather than the main code block) so users can feed Wikidot variables into them. */
 
#header h1 a::before {
    content: "相貌失認";
    color: black;
}
 
#header h2 span::before {
    content: "Prosopagnosia";
    color: black;
}
特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。