一席のお付き合いをお願い申し上げます。えぇ、「遠目山越し笠のうち、物の文色(あいろ)と理方が分からぬ……」1とは、私どももよく高座に掛けます「がまの油」、売り口上の初めでございます。この遠目、山越し、笠のうちと申しますのは、これは見えにくいものの例えでございまして、中々本当の姿が掴めないことを言い表したものでございます。失礼なもので昔はよく女の方の容姿にどうこういう輩がありましてな、厚化粧のご婦人を指して、遠目に見りゃ中々出来ていやがるが、すっぽり被った菅笠越しに見るようなもんで、間近で見りゃ見れたもんじゃアねえなどと申します。己が岩に顔を書いたような面しやがって何を言いやがるんでえというものですが、それはさておきまして。しかし、こんな風に見えないものを見えるようにしようなんてんで、人は色んな工夫をするものでございますが、中々どうしてそういうものが、いつもよいとは限らぬということも、この世の中にはある様で……。
嘉永年間の頃。ある一人の男が信濃国は木曽路の終わり、山深い夜の街道を抜けて、間も無く美濃国に掛かろうという処に来ております。この辺りは険しい峠の連なる街道の難所でございまして、無論今ほど国土も開けておりませんから、峠越えに丸一日というのも珍しい話ではございません。それをわざわざ夜通しで歩こうというのですから、これはいけません。昔っから旅の決まりを破る人ってえのは、何か悪い目に遭うと相場が決まっておりますから。
さてこの男、名前を幸吉と申しまして江戸のさる大店の手代でございます。歳のほどは二十五、六、着ている着物は木綿の質素なもので、菅笠被って裾の辺りはこうからげております。一番目を引きますのはその顔にずっとぶら下がっております近眼の眼鏡でございまして、黒丸の縁に分厚い硝子を嵌め込んだのを、特別に誂えたんでしょうつるはしっかり耳の辺りに引っ掛けて落ちないようにしてあります。
「ああ畜生、旦那様の大事な商いがあるってんで、急いで上方へ行かなきゃならねえと思って、宿の人が止めるのも聞かずに出て来ちまったが運の尽きさね。辺りは真っ暗びゅうびゅう嫌な風が吹いてやがるぜ。あすこから連なるようにずうっと並んでいやがるナア松の林か檜の森か。てやんでえ、家に帰ってみりゃア俺たちの足の下に踏まれる身分の手前らが、夜になりゃ生意気に枝影ばさばさ広げて脅かしてきやがる。このまま野宿と洒落込んでもいいんだが、生憎と今夜はツキの無え夜だ。どうも狼の気配もしてきやがるから、どこか泊めてくれる処を探すに如かずだ。この際山賊野郎の根城でも構いやしねえやな」
と辺りを眼鏡越しに見回して参りますと、山の奥まった処に人家の明かり。しめたと思いました幸吉、急いで細い獣道を登って明かりを目指して行きますと、果たしてそこは山間の小さな村、茅葺き屋根の粗末な農家が何軒か連なった向こうの方に、庄屋の屋敷と思しき多少立派な構えの家がひとつある他には、何の見るものもありはしませぬ。
「もし、お尋ね申します!もし!」
「へ、何だぁおまいさん、ここいらじゃア見ねえ顔だけんど、余所者かえ」
「へえ、あっしは江戸大伝馬町の酒問屋田島の若けえ衆で幸吉と申しやす。中山道を上方へ向かって馬籠から妻籠の宿まで行こうとする処峠の道に難渋を致しましてな、この通り夜になってしまいまして、どうぞ、一晩軒先を貸して下されば、お礼はたんまりお支払いを致します」
「江戸!なんじゃあお前さん、えろう田舎からきんさったべなぁ。上方へ行くたぁ大層大きな話だべ。ま、今から旦那様に話してくるで、待っておくれな」
「ありがとう存じます」
なあんだこいつ、木曽の山中にいやがるから何にも知らねえ男だ。言うに事欠いて江戸を田舎と言いやがる。莫迦言ってんじゃねえや、こっちから見りゃ京大坂の方が田舎町だぜ。なんてなことを思いながら庄屋の屋敷まで向かいますと、これは流石に立派なもので、大きな門に漆喰壁、中の建物も瓦葺で土倉まで二、三並べてあります。ところが一つ幸吉気になりますのは、屋敷の壁をぐるりと囲むようにして、どうにも大仰な空堀があるところ。外との行き来は門に吊るした跳ね橋で、これも来た時には上へと巻き上げられておりましたから、お客様でごぜえますだの言葉でがらがらがらっと降りてくるというわけ。
「まるでお城ですなこりゃ」
「用心のためですだ。お気づきにならんかったかも知れませんがな、この村も三方は崖でごぜえまして、あんたが来た方角の他は、人どころか猿ですら寄りつきませんでな」
ははあ、道理で何も知らねえわけだ。きっと生まれてこの方木曽の山中から出たこともあるめえ、いや、此奴らだけじゃアねえ、きっと親父爺さんの代からずっとここへ引き篭もりで、外へ出た事もねえんだろうな。
「なにか?」
「いえいえなにも。それよりも、庄屋様にご挨拶をば」
屋敷の中に招き入れられました幸吉、中の作りは質素とはいえ品の良いもので、農民というよりちょっとした武家屋敷の風情でございます。ところがどうにも雰囲気は物々しく、山村には似つかわしくないいやあな心持ち。程なくして広間の襖が開きますと、
「おおこれはこれは、珍しいお客人を放っておいて、まことに失礼をば致しました」
見ればこれが驚いたもので、風俗律儀、信長時代の仕立着物、紬の太織を無紋の花色染めにして、下に穿いておりますのは穴だらけの野袴。腰の辺りには朱塗りの鞘を拵えた打刀を前下がりに差し、頭の髷は月代の無い茶筅髷。庄屋というよりは地侍、今にも戦に出かけようかという仕立て。
なんてこったい、この村は二、三百年の昔から何一つ変わっちゃア居ねえのかいという幸吉の驚きをよそに、件の庄屋は悠然と上段の間について、あれこれと訊いて参ります。
「お客人江戸より参られたとか」
「へえ、これから上方、京を通って大坂表へ向かいまするで」
「大坂!しからば是非とも堺の港も見て行かれるであろうのう」
「あぁ、一度見たことがございます。いいところでございますねあすこは」
「うむ。この信濃には海が無い故、長旅をせねば海を見ることも叶わぬ。暮らしに欠かせぬ塩も、何かの拍子に荷止めが起きれば入っては来ぬ故、其方の様な旅人が頼りであるの。特にこの村は木曽の山中、時折訪れる者の噂が世情を知る唯一の手立て故、もっと聞かせておくれ。これ、誰か。旅の方に酒と肴を出せ」
「へい、それならば喜んで。ありがとう存じます」
庄屋に振舞われた酒と肴を飲み食いしました幸吉、すっかりいい気分になりまして、訊かれることには何でも答えます。
「どうであろうな、関東の方は今はどの様な」
「いやあ随分とてぇへんでごぜえますよ旦那。何しろこの世情でございましょ、色んなものの値が上がりましてな、上方からも物が入ってきやがりませんで」
「何事じゃそれは」
「黒船でさあ黒船。ペルリなんて言いやがる南蛮人が浦賀の方にめえりやして、こりゃもうえらい騒ぎで」
「南蛮船!遂に東国の方にも現れおったか。いやはや、これは驚いた!それで、小田原の方はどうしておるかな」
「小田原、小田原……あぁあの、大久保加賀守2様がね、色々にやっておるみたいですが。諸国の侍を集めて、来寇に備えるなんて言いますが、どれだけできることやら。何しろ、連中弱腰で、この前なんざ、言われるままに国を開く、なあんて」
「国を開く、と言うと」
「商いでさ。これまでずうっと、南蛮たあ商いをしねえッてんで、祖法だと言ってたのに、昨日の今日でコロッと……」
「何!こ、これは大変じゃ。つ、遂に北条が南蛮と商いを……」
「え、北条?」
「ああいやいや、お気になさるな。こちらの話じゃ……ふむ、いや、それにしても、久方ぶりの旅人殿からの貴重なお話、誠に感謝仕る」
「いやアそんな、寧ろ泊めていただいてこちらがありがてえもんです。あ、そうだ。忘れねエうちに宿代を」
「いやいやいや、それには及びませぬ。むしろ、こちらがお話のお代を支払わねばなりますまい」
おういと一声奥にかけますと、下男らしき若い男が納戸から出てまいりまして、重たげな袋を一つ庄屋に渡します。
「さ、これをお受け取りなされ」
「いやいやいや、あっしが受け取るには及びませんで」
「いやいや、どうか。五百文中にござる。それだけの価値あるお話でござった」
「いや受け取るわけには……」
いるいらぬ、いるいらぬの押し問答。幸吉と庄屋が数度こいつを繰り返しておりますと、何かずれたかすぽんと袋が間から抜けまして、じゃりんと床に落ちましたらば、緩んだ口から銭がばらばらッと散らばってしまいます。
「おっとッと。こりゃ大変失礼致しました。今拾いますので……」
と手に取ってみますと、なんとその銭は酷く古びた永楽通宝、すっかり青錆びて銘も半分以上擦り切れておりましたが、辛うじて読める限りではそう見えます。驚いた幸吉直ぐに庄屋に問いただし、
「だ、旦那様。コイツは一体、どういうことで」
「何か。単なる銭としか思えんが」
「いやしかし、こ、この永楽銭は、寛永の頃に、使っちゃアならねえと、御公儀の禁令が3」
「何を分からぬことを申しておる。寛永じゃと、本年は天文二十四年ではないか!」
ガーンと頭をぶん殴られた様な驚き、天文二十四年!だとすりゃアこの村は今から三百年前の戦国時代、武田信玄が甲斐信濃の主だった頃の村で、俺がいつの間にか迷い込んじまったってことか?この庄屋の服が妙に古臭いのも、銭と言われて永楽銭が出てきやがるのもそういうことか?江戸じゃなくて小田原の云々を聞いてきやがったのも、北条がどうたらってのもみんなそういうことか?酔いがさあっと引いて幸吉大いに青ざめます。つい先程まで気分よく飲み食いしていたのが嘘の様、さながら黄泉竈食ひの禁忌を冒したかの如く、体が震えて参ります。しかし却って半ば自棄の勇気を奮い起こし、幸吉思いの丈を叫んだところ!
「畜生人を揶揄いやがって!いいかい、アンタ俺を虚仮にするのも大概にしやがれ。こんな古ぼけた永銭まで持ち出しやがって、こいつはとっくの昔に─三百年前に江戸の公方様が御禁制にしたんだ!もうとっくに北条も武田も織田も豊臣も滅んで、今や嘉永七年だ。それとも何か、お前らは三百年間ずうっと同じ年の中に閉じ込められてでも居たってのかい!?」
すうっという不気味な静けさ。針が落ちる音も聞こえるかという恐ろしい沈黙、するとやにわに庄屋がくっと顔を上にあげ、
「そうじゃア、ずうっとそうじゃア。この村だけがずっとこのままでの、甲斐の殿様滅ぶとも徳川の天下になろうともなあんにも変わらんかったノウ。遠目の山に煙が立って、新府のお城が燃えた時にも、儂等なあんにもできぬまま見ておったわいナァ……」
かっと開かれた双眸は飛び出さんばかり、ぐるぐると正気を失った目が回ったかと思うと、ざっと前へ踏み出して幸吉に掴み掛かる!
「な、何をしやがる!」
「なあお前さん、ここへ来たんなら出れるじゃろうがえ。儂等も谷の向こうへ連れてっちゃアくれぬかえ」
「ひ、つ、付いてくるんじゃアねえ!」
ダッと母屋を飛び出し門を抜け跳ね橋を渡りますと、その次の瞬間どおんという音がして橋が堀へと落ち屋敷の門が閉ざされます。すんでのところで抜けたは良いがまだまだ村の門までは遠すぎる。あたりからわらわらと現れる村人は手に手に鎌や鍬、中には差し出したはずの刀槍を持つ者もあってさながら落武者狩りの風情。
「畜生何から何まで三百年前だ!元和偃武も伝わっちゃア居ねえのかいここには!」
幽鬼の如き村人から何とか逃れ逃れた幸吉、村の門を抜けてもとにかく走って走って、すっ転んで顔をぶつけようが眼鏡がへし割れようが構わず突っ走り、遂に夜明けの鴉が鳴く頃、美濃路の入り口妻籠宿まで辿り着いたのでした。
「お、おうい、誰か、誰かいねえかえ、誰か……」
「なんじゃなんじゃ、こんな朝から。ええと眼鏡眼鏡……おうい、どうしたんじゃお前さん!」
「あ、あのの、馬籠峠の山奥で、村に泊まって、こここ、殺されかけて……」
「あん、馬籠峠の村。あんなところに村は……」
出て参りました旅籠の男、しばらくうんうん考えておりましたが、やがてアッ!と気がついて、
「お客さんちょいと、ちょいと二階の方へ上がってくださいな」
「へ、へえ」
「いやね、このの窓からあすこの方をね、おっと眼鏡は外しておくんなさいよ。ええ見えにくいでしょうがねえ、まあ、こんなにひび割れていたんじゃアどっちにしても仕方ありませんやな。でね、あの峠脇の山のほうを見てご覧なさいな」
「(何度も瞬きをして)はぁ、なぁんの変哲もねえ……山でございますな」
「じゃ、今度はこの遠眼鏡越しに山の方を見てくださいな」
「ええと……ああっ!確かに山のところから煙が!あれは火事じゃあございませんので」
「あれは煮炊きの煙でございます。へえ。この辺りの宿じゃアよく言われておりますがね、遠眼鏡村と申しまして、普通のもんが言っても単に何にもない森があるだけなんですが、眼鏡や遠眼鏡の硝子越しに見ますとこの通り、村の姿が浮かび上がるって寸法で。大方お客さん、この通り眼鏡をしておいでですからな、それで、何か化かされたんでしょう」
「ははァ、不思議なことも……あるもんでございますな、ええ」
「いつ頃からあの村があるかといいますなァ誰も知らぬ事ではございますが、わたしらの爺さんの頃からあることだけは知ってる者が居たそうで。なんでも、武田家滅亡の折に駆け付けられなかった侍が、村諸共怨霊になったとか、狐や狸が群れを成して人を騙すとか……真偽の程は判りませんな。まァ、少しの間ごゆっくり逗留なされたら宜しいでしょうねエ。あすこの連中は、村の外には出てこられませんで、もう安心でさ」
「いや、そいつァありがてえ。どうも、ご厄介になります」
「ありがとう存じます。お二人様、ご案内!」
原案:四代目神林伯玄
作:六代目神林伯玄
演:同上
大正元年八月中席 盂蘭盆会大口演にて
編者補記
四代目神林伯玄による随筆『伯翁葦ゝ言』の記述を基に、弟子の六代目伯玄が創作した演目。基盤となる記述は安政二年八月の条に見える。この頃彼は江戸の寄席のみならず周辺の宿場町での仕事もこなしていたが、その中の一つ板橋宿での口演を行った際に旅人から聞いた話とされている。この時彼は、『何ヤラ後ロデ見テイヤガル』と記しており、実際にこの『幸吉』に出会った可能性がある。



