ある視点からは、星々を背に闇が横たわり、虚空の中、張ったカーテンの隙間から覗くようにそれだけが見える。別の視点からは、太陽を背に黒と輝く金が立っているのが見える。それは女性の形で、信じられないほど長い、煌めく繊細な髪が太陽の光輪とその向こう側まで伸びている。
一つ目の視点は、太陽のものだ。もう一つの視点は、全く異なる存在のものだ。その存在は今、無限とも言えない距離のロケットの軌跡を描き、太陽とその代弁者の下へ高速で近づいてきていた。宇宙服を着た男が、もしそのような男がいたとすれば、手を振って近づいてきた。
恐らく、その男は宇宙服であるようだった。
「御機嫌よう、お嬢さん」彼はそう言いながら、推力を逆転させ、彼女と対面するように位置を調整した。「私だ! またの名を、ムーン・チャンピオン」
「こんにちは」彼女は言った。「貴方、逆さまよ」
「私がか?」彼はぎこちなくその場で回転し、足を蹴り、腕を振った。「まあ、よく言われるように、太陽光球の南では……」
スーツに反射した太陽の光が彼女の艶のない黒い肌を照らし出し、彼は彼女の優美な顔立ち、体表の光を放つ記号文字、そして彼女が片手の指を…… 何かに向けていることを観察した。
「君のコールサインは? 光の航海者よ」彼はおおよそ上下を整え終えた。
彼女は瞬きをした。「何?」
「君の名だ、星の住人よ!」
「私の名はサウエルスエソル」彼女は言った。
「サルサ・サマーソルト、お会いできて光栄だ!」彼は叫びながら、宙返りをした。「誰かが君の体に落書きをしたようだ。知っていたか?」
彼女の黒い瞳が見開かれた。「何?」
彼は彼女の身体と顔に刻まれたシンボルを指差した。「何ということだ。月では、ヌーディストに狼藉を働く者などいなかったというのに」
彼女は丸くなり、彼に向かって恥ずかしそうに微笑んだ。「じゃあ、これは何?」彼女は、指を差していない方の手を伸ばし、彼のスーツのパッチをひとつひとつ叩いた。
彼は片方の手袋を拳に握りしめ、胸を打った。「私の勲章だ。勇敢さと勇ましさと、その他諸々に対し授与された」彼は大きくて丸い、青いパッチを指差した。「これは一番のお気に入りで、もはや掃除屋ではないNot A Sweeper Anymoreの頭文字を取ったものだ! 我が月の友は皆、掃除屋なのだよ。月の砂埃のせいでね」
「へえ」
「月ではな」
彼女は頷いた。「そうなの」
「しかし何とまあ、その見目麗しさを出し惜しむとは。こんなにも素敵な君が、なぜこのような銀河の森の片隅に?」
彼女は優雅にピルエットをしながら体を伸ばした。その髪は黒い渦となって数キロメートルから数メートルへと縮みながら回転し、再び元へと戻っていった。「ここが居場所なの」彼女は言った。「私はここで見つめる者。私は見張り番」
「一体何を見張るというのかね?」ムーン・チャンピオンは星空を芝居がかった動きで見渡した。「何も無いで満ち溢れたこの場所にいるのは、裸の私たちだけだろう? ソウル・シスターよ」
「サウエルスエソルよ、」 彼女は訂正した。「サウエル=スエソル・セディラ・フォイベ・大日孁貴神・ガラティア・ニラ・セルヴス・テネブリス・ルーシィ」
「君は多数なのだな! 降着円盤が必要なのも納得だ。定期的にシャンプーしているか? コンディショナーは? そして、その言葉たちが何を意味するのか、私は全くもって注意を払っていなかったのだよ」
「今のは私の名前よ」彼女は言った。
「それで、何を表している?」
「私を表すわ」
「では、君は何者だ?」
「私は見張り番。太陽の姉妹」
ムーン・チャンピオンは、黒く塗りつぶしたような闇の中で鮮やかな光を見つめ、サウエルスエソルは、彼の顔か、あるいはそれを覆うものの中央にそれが反射しているのを見た。「お会いできて光栄だ、兄なる太陽よ!」彼は叫び、手を振った。「君の恐ろしく愛らしい宇宙的同胞に対する私の想いは、およそ名誉なものであると断言しよう」
星の表面から炎の弧が弾けて飛び出し、湾曲して光球へと戻っていく。
「まだ安心できないだろうか。何せ、爆発しているし」
サウエルスエソルは僅かに首を傾げ、その結果は彼女の背後で、壮大なスケールで展開された。「彼は貴方を知らないから。私たちには、あまりお客さんが来ないの」
ムーン・チャンピオンは背筋をピンと伸ばし、ゆっくりと上に向かって漂い始めた。「私はお客さんではないよ、お嬢さん。私は星の航海者だ。こちらの方がよっぽど立派な肩書きじゃないか。そして君は……」彼は首についたルビー色の輪を撫でながら思案した。「君が優雅な声で教えてくれたハンドルネームの長大なリストから、一つを選んだ。完全に無作為にだよ、いいかな…… ルーシィだ」
彼女は頷いた。「貴方はどこから来たの?」
彼は彼女に向かってヘルメットを傾げた。「…… 月ムーンだとも。ええと…… 分からないという者は今までいなかったな」
「衛星ムーンは数多くあるわ」彼女は言った。「だけど、全て遠くにある。太陽サウエルには衛星がない。惑星だけ。それも遠い。貴方は遠くから来たのね。どうして?」
虚ろなバイザーが彼女を厳かに見つめた。「宇宙は孤独な場所だ」
彼女は、自らを取り巻く延々と伸びる膜状の黒に寄りかかるようにして後ろに体を反らせ、陽光を浴びていた。「私は孤独ではないわ」
「それでも君は夜闇に向かって呼びかけた。そして、優秀なブレーキのついた高速の流星の如く、私はそれに応えた」
彼女は再び微笑んだ。「私が呼んだの?」
「その通り!」彼は両手袋を腰に当て、胸を張って誇らしげに突き出した。「ムーン・チャンピオンなき世界は、冒険を求めて涙を流す。そしてまた、ムーン・チャンピオンは、それ自身が冒険そのものなのだよ。擬人化というやつだ」彼は背中を丸め、普段とは違う姿になった。「便利なものだ」
彼女は音もなく、クスクスと笑った。「私は貴方が好きよ。サウエルも貴方が好き」
彼は太陽に向かって手を振った。「こちらこそ、輝ける瞳よ。私は君の作品の大ファンなのだ」
突然、彼女は背筋を伸ばした。彼女は月の唯一の自然の衛星である、はるか遠くの青い点に向かい、酷く恐ろしげな表情を浮かべながら、空いている手を上げて指差した。
彼は片手、あるいは少なくとも片手袋を上げ、彼女を指差した。「良い子たち、今のは真似してはいけないよ。私たちは訓練を受けたプロだからね」
宇宙的帰結と共に、彼女は首を横に振った。「問題が起きている」
「指差しに問題が? だからそのやり方を忘れないように、ずっとそうしているのかい?」彼は太陽を、次いで月を指差した。「故郷では、皆が指差しをしていた。月猫ムーン・キャット、月鼠ムーン・ラット、 月悪党ムーン・レッチ。だが、月犬ムーン・ドッグはいないんだ」彼はなぜだか落ち込んでいるように見えた。「ムーン・ドッグはいないんだよ」彼は気を引き締め直した。「そして、私はムーン・チャンピオンだ。だから私は少なくとも、少し奇妙だけど魅力的な宇宙の隠者と同じくらいには指差しが上手いと確実に保証しよう。君はこのことに、その終わりなく長い前髪を賭けても負けはしないだろう」
彼女は再び頭を振り、二人は光沢のないベルベットのケープに包まれた。「地球で、」彼女は言った。「何かが起きているわ。何か良からぬことが」
彼は、バイザーに空手チョップをして、前方や右側を覗き込んだ。「悪いことも、そうでないことも、何も見えない。もしかして、日射病になってしまってはいないか?」
「彼らには貴方が必要よ」彼女は囁いた。
彼のジェットパックが火を吹いた、恐らくはひとりでに。「おお! 君は私を冒険へと送り出そうというのか? 大日孁貴神よ」彼は彼女の元へ戻ろうと、必死に泳いだ。
「彼らには貴方が必要なの」彼女は繰り返した。
「どうやらそのようだ、何せ君が何かを強調して言ったのはこれが初めてだったのだから! 私はいつもそうしているから、あまり意味がないのだが」
「何か悪いことが彼らに迫っているわ」
「ならば、ムーン・チャンピオンもそこに迫らねば」彼は突然に縮こまった — あるいは、彼のスーツはそうなった。「ああ、だが、私の凱旋の時は未だ来ていない。彼らは未だ星に向かって拳を振り、大声でムーン・チャンピオンに敬意を示している。その大胆な行為を褒め称え、旅の道行きの安全を願っているんだ。そして、そこに私が間を開けずに再訪すれば、彼らはまだ火の始末も終わっていないかもしれない」
「火を消すのは貴方よ」彼女は言った。「私も手伝うわ」
強風に煽られた風船人形のように、彼は震え上がった。「共同作戦だと?」彼はヘルメットの傾きを調整し、肩の上に無造作に乗せるようにした。「自らに脱出速度を有する程大きな女性を拒むことなど出来ようか」
「OK」彼女は言った。
「それに、アース・チャンピオンは私が彼の縄張りに入っても気にしないだろう…… 彼は大抵、円を描いて泳いでは自分を殴って泣くだけだ。私はそのような行いは望まない」
「貴方はとても勇敢な人ね」彼女は言った。「そして、とても奇妙」
「それに、君に会えて光栄に思う者だ、真空たる湖の乙女よ。私の仲間に加わってはどうだろう。サン・シスターとムーン・チャンピオン、何と素晴らしい肩書きだろう」
彼女は頭を下げ、油のような黒い水平線が見えた。「私は行けないの」彼女は言った。「ここが私の居場所だから」
「ならば支配者たる太陽…… 君に告げよう」彼のジェットパックは再び火を吹き、彼は勢いを相殺するために狂ったように空中を蹴った。「一番良い白ベストを着て、私にプロテイン錠剤の服用を忘れないよう教えてくれ」
彼女は頷いた。
「また会えるだろうか? もちろん、君のプラズマお目付役が見守る下でね」
彼女の笑顔の暖かさは、どんな相手ですら敵にならないものだった。「もちろん」
「ならば、指差しの妹よ。しばしの別れだ。我いざ行かん!」彼は月と、ひいては地球と向き合い、まだ彼女の全てを包み込むような髪の中にいた。
彼は立ち止まった。
そして、彼女の方を向いた。 「称号を授けてくれないかDub me」
「何?」
「称号だ。私を君のチャンピオンに、ムーン・アンド・サン・チャンピオンに任命してほしい! それを公式に宣言すれば、誰が指示を出しいて、誰を非難して誰に請求書を送ればいいかを宇宙計画に知らせることができる。これは、我々二つの推定民族の間の歴史的なデタントになるだろう」
彼女は困惑した様子を見せた。「どうすればいいの?」
「もちろん、私のオリオンの肩をパシっと叩いてくれればいい。標準作業手順によれば剣を使うことになっているが、スーツに穴が開くと直すのが面倒だ。それに、仮に君が剣を持っていたとして、どこに隠しているか見たくない」彼は跪いた — と言うよりはむしろ、ブーツを太ももの後ろに引き上げた。「その薄暗い指を休ませなければならないかな。私が君の共同指差し人として代行しようか」
彼女は髪を振り戻し、宇宙の威厳が再び姿を現した。「それはできないわ」彼女は言った。「でも、する必要もない」
片方の腕は地球の方を指さし続けた。もう片方の腕は…… 何に向いているのかは不明だが、その方向を指し続けた。三本目の腕が彼の左肩を、四本目の腕が右肩を叩いた。
彼女は腕を二対持っていた。
「称号は受け取ってもらえた?」
「二倍頂いたともDouble-dubbed!」彼は元気になった。「さて、今起こったことを理解したふりをしよう。そして、君のレディーズ・フェイバー1を私に託してくれ。そうすれば、私は君の髪の重力圏から飛び立とう!」
彼女はさらに困惑した様子を見せた。 「どうすればいいの?」
「この月手袋ムーン・ミトンに君の純真な愛を込めてほしい。規則では、一度の飛行につき一個の私物を許可している。君の最も大事な持ち物と共に軌道に臨めば、それは私に大きな力を与えてくれることだろう」
彼女は太陽の方をちらりと振り返った。
「二番目に大事なものでも良いかもしれない、多分」彼は提案した。
「でも、他には何もないの」
「その眩いばかりの微笑みと、百万マイルの髪以外に何も? いや、これはただのアイデアだが」
彼女は瞬きをすると、普段は出していない方の両手を伸ばして、高速道路程の長さの髪を頭から一筋、繊細に摘み取った。彼女がその信じられない程重く、しかし重さのない毛束を彼に渡すと、彼はそれを腕に巻きつけて黒い腕輪を作り上げた。彼女は残った髪を引っ張って切ると、追加の腕を仕舞い込んだ。
「君は私の影の下の太陽だ」彼は宣言し、その後、月系と彼の運命に向き合った。「四つ腕の乙女との遊泳に乾杯! ダストボウルシティの人々に乾杯! 月より、地球へ!」
彼がロケットで飛び立つと、彼女はもう一本の腕を出して、あるジェスチャーをした。彼女にとって、その動きは新しいものだった。
彼女は手を振ったのだ。