その炎に捧ぐ急撃
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例えば、ただ力を数値に置き換えたのなら。

もちろん「彼女」の腕力よりも、スパイが撃つ銃の方が強いだろう。そのスパイのアジトにある爆弾はもっと強いだろうし、現実改変者なんかが介入してくればそいつはさらに強い。だがこれはそういう話ではない。
俺達は何時だって一対一ではなく、組織として戦っているからだ。
 


 
前原博士、本当に現場に出られるんでしょうか?」

ある作戦の前日に小声で聞いてきたのは、今月からサイト-8181に配属された後輩だ。尋ねたくなるのも無理はない。博士と名の付く人間の領分は研究であり、サイトからの遠隔指揮ならまだしも、ほんの少しの状況のズレで戦場と化すような現場そのものに出向いて来ることはまず無い、常識の範囲内ならば。

「本来ならあり得ないことだ、たとえあり得ても報告上は無かったことになるかもしれない。だがまあ、彼女なら来るだろうな」

実に不可思議な話だが、俺達が戦う場所は毎度常識の埒外だ。
 


 
悲鳴、銃声、飛び交う破壊音。
部屋の中には爆弾がある。

俺は走馬灯を振り切って目を覚ました。グラつく頭を上げて状況を確認する。意識を飛ばしていた時間は5分にも満たないらしく、倒れていた場所は気を失う前と変わっていなかった。

MC&Dの輸送するアノマリーを追い、辿り着いたビルの最上階。外からは地獄の釜を引っくり返したような大騒ぎが聞こえるが、この部屋の中に他の生存者は居ない。最優先事項として止血を済ませる。幸い骨は折れていない、まだ立ち上がれる。

わずか一瞬の指揮官の判断ミスで、確保のための現場は戦場に変わっていた。その指揮官は先刻下の階で吹っ飛んだものの、一連の事態は本部に連絡済みだ。すぐに代役が到着するだろう。

爆発物に取り付けられた装置に近付き、ひとつ深呼吸して中を覗く。できれば触りたくなどないが、放っておくには存在感がデカすぎた。構造を見ると、誰かが手を掛けなければ動かない物のようだ。予想通り。ならこのまま、指揮系統が戻るまで外に出ないのが懸命だろう。

心に余裕が生まれたのか、こいつが起爆したらさぞ面白いだろうな、などと思い付く。管理や渉外の連中の青ざめる顔が目に浮かぶ。始末書の量は今年の記録を更新できるかもしれない。

今選べる最善の行動は、少しでも人数を減らさないよう退却することだろう。その場合当初の目的だった対象の確保は捨てざるを得ない。が、あと一撃、奴等に不意打ちを喰らわせることができるのなら、もしかしたら。

一筋の勝利への道は、瞬きで消えそうなほど細い。それでも闇の中で忘れ難い光を放っていた。

無論、すべて余計な考えだ。今は隠れて指示を待つのが正解だ。

考えながら、自分のモノローグに自分で躓いて立ち止まった。財団として、エージェントとしての正解とは何なのだろうか?
 


 
彼女の強さの本質は何なのか先輩は知っていますか、と、事案終了後の帰路で後輩は聞いてきた。

思い切りのいい質問をする奴だ。つい試したくなってしまって、お前はどう思ったんだと聞き返すと、返事はしばらくの思案の後慎重に返ってきた。

「『彼女なら絶対に何とかしてくれる』という信頼が職員全体の士気を高めている、のでしょうか?」

なるほど、「素手で勝てる人間は最強だからですね」などと短絡的なことを言わないだけ見込みがある。だが、

「そいつは少し違うな。そして絶対なんて言葉はあまり使わない方がいい、特にここでは」

決め付けは死を招く、とまで言う必要はないだろう。後輩は真摯に頷いた。先達者の言外の言葉さえも、ひとことも聞き漏らすまいとしているのが伝わった。

「しかし存在が士気に関わるという点については正解だな」
「頼っている訳ではない、それでも士気の向上には繋がっていると?」
「そうだ。背中を押されるってのに近いんだろうな。彼女を見ていると──」
 


 
再度、目の前のそれを丁寧に確認すると、躊躇わずにスイッチを入れる。そして少しでも生存率を上げるためにその場から駆け出した。

建物中に響く轟音の中で俺は、あの日の後輩への返事を思い出していた。
 


 
 
「彼女を見ているとな、俺達は皆、博打を打ちたくなるのさ」
 
 


 
刹那、向かいの屋上に白衣が翻る。ガラスの砕けた窓越しに前線に現れた彼女の姿を垣間見た。ここからはずっと遠くにいるはずだが、何故だか表情がはっきりと分かった。

秩序を失った塔を逃げ惑う人間の姿を捉えると、彼女の冷静な瞳の奥が燃え上がるのが見える。正義感でも道徳心でもない、あれはきっと、使命感で燃えている。
 
 
 
ああ、そうだ。
 
 
 
俺はあの炎になら、命だって賭けても構わない。
 

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