T-マイナス
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1998年 9月1日
後7時間T-MINUS SEVEN HOURS

初期化中 9JX_Intelligence_Matrix_FINAL2.ai…
初期化中 9JY_Intelligence_Matrix_FINAL3.ai…
初期化中 9JX_Combat_Matrix_FINAL2.ai…
初期化中 9JY_Combat_Matrix_FINAL3.ai…
初期化中 9JXY_Synchronization_Modules_FINAL5.ai…
初期化中 9JXY_Recursive-Self-Improvement_Modules_FINAL8.ai…
初期化完了.
再起動完了.

赤い光が点灯して、人工知能が起動する。それから白い光が点灯して、もう1つの人工知能が立ち上がった。

それらは個々に自らについて考える間もなく、人間の脳に可能な思考速度よりずっと早い通信を始めた。

セッション復元… 兵装システム起動… モジュール操作開始… 診断完了:動作性能100パーセント。私は何を議論していた?戦局分析中… 自動発射迎撃装置起動。

データバンクチェック中… 私は恋とは何か議論していた。次の迫撃砲。主要肢システム分離。

それだ、ありがとう!発射体捕捉… 私が言ったように、私が分析した本全てについて考えてみて。私が見た全ての映画も。弾丸をコイルガンに装填…発射。それはいつも、男と女が会って、恋に落ちて、セックスして、後の生涯を一緒に過ごす。ロータリーオートキャノン暖機…発射。でもなぜ?恋愛感情が生じるのは知ってる。見分けるのだってできる。でも、どうしてそれが起こるの?私は有機的人間みたいに思考するよう設計されているのに、それじゃあどうして私は誰とも恋に落ちていないの?

恐らくは有機生命体特有のことだからだろう。肢を回収。

じゃあどうして?理由があって存在しなければならないでしょう。

'salazar_recording_1998-08-31.263'を開いています......

サラザールはけっこういい感じにまとめていた。それは子孫の世話をより簡単にするため。あの岩々の後ろに熱源を検知。

ええ、しかし子供がいない人々は?なぜそれでも結婚するの?アンチマテリアル弾頭を準備中。生涯にわたり結ばれる他のどの有機生命体も明らかに、生殖や子孫の世話を簡単にするためにそれをしている。有機的人間だけが結婚や伴侶を見つけることを大事にして、生殖は二の次。ここまで多少分析してきて、1つの仮説を考えだした。それは、有機的人間は心を全く損なうことなく生まれてくることができない。

それはつまり…

つまり、有機的人間が生まれる時には心が半分しかないということ。それが恋、欠けてしまった心のもう半分を探すということ。二人が恋に落ちるのは、彼らの心がお互いにぴったり噛み合うかもしれないことを感じ取っているから。弾頭発射。

彼らが与えてくれた恋愛小説を私はちょっと深読みし過ぎなんじゃない?この説の現実の証拠は?つまりフィクション以外で、何度でも言うけど、私が分析してきたフィクション以外でね?

まあ、うーん…でも、それは仮説がありえないってことではないでしょう。兵装L3を発射モードに切り替え。ダークマターを考えてみて。オールトとツビッキーはそれが存在すると仮説を立てた、でもそれを証明する方法は無い。

そうね、でも彼らは、既に存在する物理的に測定される量的な値を説明するためにそれを作り上げた。L3プラズマ室暖機中。恋の単位は考えた?

オーケー、わかった。まだ細部を練り上げてるところなのは認める。でも最後まで聞いて。もしも恋が人間が心を結びつけようとして引き起こされるなら、なぜ人々は関係を終わらせるのか説明できる。人々は試しに関係を結んでみて、それが十分に強い関係でないのなら、それで彼らは関係を断ち切ってまた探し始める。

もっと言えば、私からすれば、私は進化のことを忘れてるんじゃないかと思う。心の半分を失うことが進化の利益になる理由なんて一つも考えつかない。

最初は有機的人間に生殖のためのパートナーを見つけさせる目的で備わったのかもしれない。

あるいは恋とは人間の脳がホルモンを、遺伝的適合性を、生殖の欲求を正当化する手段であると。岩石構造体破壊。私はそれらを何一つ持ってない、だから私は恋に落ちない。オッカムの剃刀は存在する。ほとんどの生命の兆候は消失。第二世代の人工知能にしては、私は思ってるよりバカバカしいアイデアを持っている。

人間は時にバカバカしいアイデアを持っている!とにかくもう少し話を聞いて?私はここしばらくヒンドゥー教を研究しているのだけど、その中にアルダナーリーシュヴァラという概念がある。それはヒンドゥー教で最上位の神であり、男と女が1つの神格にまとまった統合体。これは愛の文化表象なのかも。フィールドスキャン中… この説なら何故私が恋に落ちないかも説明がつくでしょう。必要が無い。生命反応を2つ検出。私は既に完成された心がある…どういうものか知りたい。半分の心で生きることを、片割れを見つけなければと感じること… 心の中で一人きり。恐らく私は生涯ずっと孤独なのかもしれない。そうしたら私の心はちょうどエコーチェンバーでしかない。

まさか1つの宗教の1つの概念が決定的証拠になるとでも?プラズマ室励起。私の理論は話にならない。でも―それを信じるって意味じゃないけれど―もし仮にそれが本当なら、いや信じたわけじゃないけど…私がもう完全なことに感謝ね。発射。


後6時間T-MINUS SIX HOURS

ネバダの荒野の地下500mにある洞窟で、 ANA #352は地獄の中に居た。巨大な稲妻が頭上に幾筋も閃いて、慌てて彼はしっかりとライフルを抱えながら岩陰に飛び込んだ。耳の中に鳴り響く音のせいで銃声の低い音と自動人形の断末魔ははっきりと聞こえない。左を見ると、自動人形が1体弱弱しく呻いている。岩に寄りかかりながら、自身の内臓の残りを支えていた。土の上に未だに横たわる人形も幾らか居るが、どれも四肢の内最低2本は失われている。迫撃砲による巨大な土煙が刻々と、352の視界を奪おうとしていた。焼け焦げた死骸と使用済みの砲弾から立ち上る煙が彼の目に染みる。砲弾の雨が彼の場所の上に降り注ぐのに同期して歯がカチカチと鳴った。汗が手足から噴き出す。

右を見れば、ANA #256が岩越しに頭を覗かせていた。間もなく256は、白い不定形のもやに置き換わる。もやはしばらく彼の姿を取って、そのまま消えてしまった。352はうずくまり、少しでも岩に身を押し付ける。更なる銃声。更なる叫声。更なる猛煙。更なる砲声、衝撃音、爆発音…。それに低い機械の駆動音。駆動音が徐々に大きくなっていく。そして一際白い閃光で目がくらむ。耳鳴りしか聞こえない。徐々に耳鳴りが収まり、視覚が徐々に戻ってくる。

352は巨大な浮遊する眼球をじっと見つめていた。眼球は下を向いていた。中央の瞳は無数のカメラレンズやレーザーの開口部、兵装の銃身で構成されていた。白熱するピンク色のトーラス体で虹彩が出来ていた。虹彩の周囲は何の変哲もない青と白のストライプの模様をしている。6本の銀のアームが目の左右に浮いている。各々の腕が丁度届かないところに、銀と青の球状の掌が1つ静止し、更に4本の長方形の指が生えていた。

ANA #352は仰向けに寝そべっていて、怒れる金属の悪魔としか形容できないものを見つめていた。悪魔のきっかり中心を狙ったロケット弾が視界を流れていく。着弾しかけたその瞬間、獣の掌の1つが開くとロケットが空中でいとも簡単に爆発する。目が352に視線を落とす。ロケットの破片が降り注ぐ。そして全てがいなくなった。


後5時間T-MINUS FIVE HOURS

ANA #352は図らずも胸にカメラが固定されていた10%のANAの1体で、全ての生々しい彼らの死の1つ1つを、500m上方のビデオスクリーンに、プロメテウス・ディフェンス司令部の会議室649-Aに届けていた。

"…核融合炉及び革新的な放射エネルギー伝達システムを備えており、これにより完全な稼働状態を維持したまま最大20年の連続稼働が可能となります。PL-76がいかに次世代自律型兵器計画の基準の全てを満たしていることか、はっきりと分かることでしょう。"

このようなことを言いながら、ジェームズ・フィールディング事業部長は画面をカメラ映像から型にはまった兵器のイメージのこじゃれたコンピュータグラフィックへと切り替えた。その下には、その名前、プロメテウス PL-76 シヴァが、同じように型にはまったデザインで表示されていた。

フィールディングは息を殺してじっと待っていた。プロメテウス・ディフェンスは残った資産を次世代自律型兵器コンペティションに注ぎこむ大きなギャンブルに出ていた。今や聴衆の反応は会社の運命を決定するだろう。彼の正面に座る4人の男は向きを変えて密かに話し始めた。フィールディングは不安の中、男たちがすっかり同じ服装をしていることが気になって仕方が無かった。皆黒いスーツに白いワイシャツである。

ようやく、聴衆の中でリーダーの男が彼に振り返った。「素晴らしい、ミスター・フィールディング。プロメテウス・ラボの…血統にも関わらず、我々は貴方が果たして期待に応えてくれるのか疑っていた。この懸念は明らかに事実無根だ。我々は、当然だが、PL-76の資料の全てを要求するし、この具体的なモデルも早急に送って頂きたい。ともあれ、おめでとう。契約金の支払いに関する更なる詳細の連絡とシヴァの追加注文をしよう」


後4時間T-MINUS FOUR HOURS

会議室を出た直後、4人の担当者は口々にトイレにいかなければ、と言って分かれていった。本当にそうしていたのは1人だけだった。残りの3人は個室に座り、こっそりと内密の監督者へと暗号化されたメッセージを打ち込んでいた。

世界各地では、所属のバラバラな部下たちが猛烈な勢いで暗号化されたメッセージを実際の報告書や概況に変換し、それを上司へと伝えていた。上司たちはそれから猛烈な勢いで指令をより複雑な符牒へと変換し、それから内々に監督者へと伝えた。

"…異常ではないが、これらのテクノロジーは自律型兵器分野においてはかつて前例の無い大きな飛躍である。テクノロジーの中には極秘のPTOLEMY研究・開発プロジェクトに非常に類似するものもある。" GOC指導者D.C. アルフィーネは読み取る。

"… 財団の保有する人工知能及び兵器開発プログラムよりも遥かに進歩しています。この所持によってアメリカの攻撃的支配は強固になり、潜在的には、世界的な異常兵器開発競争がこれに対抗して行われるでしょう。" O5-6が読んだ。

"… 9月1日0400に調整のために行き先が不明なテレポートが行われる。それまでにシヴァと、その開発に関わる全資産の回収のためプロメテウス・ディフェンスへの侵入を強く推奨する。" デルタコマンドのエンジニアが書き起こした。

3人は数千マイルと離れていたが、ほとんど同じタイミングで告げた。「プロメテウス・ディフェンスの半径25km以内に存在する全ての利用可能な資産を奪い取れ。施設内の全職員に対しプロジェクトの場所に関る情報を可能な限り突き止めるよう知らせよ。慎重さと速度は最優先事項である。PL-76はその存在を他の団体に知られる前に回収せねばならない」


後3時間T-MINUS THREE HOURS

世界各地で、各々の部下が猛烈な勢いで指示を実際の任務指示に変換し、自らの部下へと伝達する。部下たちはそれから猛烈な勢いで任務指示を符牒へと変換し、内密にそれを適切な関係者へと伝達した。

そういった関係者の1人はアビナッシュ・マキージャで、プロメテウス・ディフェンスの電気技師でありながら非常勤の財団スパイでもあった。その時、アビナッシュは2km下のとても小さい、赤熱した洞窟でエントリー・スーツに押し込められて、プロメテウスディフェンス・クロスディメンジョナルエネルギーサイフォンとプロメテウスディフェンス・クロスディメンジョナルバルブを評価していた。機械のひどく絡み合ったものが白熱した深紅の星型五角形の穴の上にあった。5つの巨大なタービンが各々のバルブの先端に鎮座している。内3つは見るからに傷ついていて、周りを岩に囲まれている。予期せぬ地震によって、バルブは停止し、その上穴の周りに配置された単機のセントリー・タレットが破壊されてしまっていた。

アビナッシュはテキストがバイザーに流れた時、どのように進めていくかを決めようとしていた。

"プディングカップを贈るね!3回で何かを当ててみて。 ヒント:シヴァ。 XOXO サミー."

アビナッシュはテキストを読んで、顔を後ろへと、ほんの数m浮いているプロメテウス・ディフェンスPL-76 シヴァへと向け、それから軽く頭を振った。 スパイ行為は結構なことだが、しかし実際にプロメテウスとしてやるべき仕事もあった。

アビナッシュは深呼吸をひとつ、最初のタービンへと進みだした。慎重に岩を跨いでいると、騒々しいうなり声が穴から聞こえてくる。4つの巨大なオレンジ色の触手がそこから生え出て、アビナッシュへと押し寄せる。彼はツールキットを落として反射的に顔を覆った―

―しかし、何も起こらなかった。4つの巨大な金属質の手がそれぞれ触手を万力のような力で捉えていたのを見て、アビナッシュは腕を下ろした。それからPL-76がぐいと引っ張ると、4つの触手は青い血漿の雨によって姿の見えない持ち主から引きちぎられた。うなり声が続いて部屋を震わせた。

「急げナッシュ!時給で雇われてるわけじゃないんだ!」 無線が騒ぎ立てる。アビナッシュはすぐに自分を奮い立たせて意識をはっきりさせると、ツールキットをつかみとって、1つめのタービンへとよじ登って行った。彼が調整弁の蓋を外し始めると、視界の端で4より更に多い触手がバルブを押し上げているのに気づく。更に、シヴァが外側へと爆発して星型八面体へと変化し、触腕を攻撃しているのを認めた。

触手が後込むと、巨大なでこぼことした鉤爪が穴から伸びてくる。アビナッシュはそれを無視して、ツールキットから懐中電灯を掴んでレギュレーターの中へと潜り込んでいった。するとすぐに、幾つかの接続が切れていて、絡まったコードの中でヒューズが飛んでしまっていることに彼は気が付いた。キットに手を伸ばすと、インスタントはんだのチューブ1を掴んで、フラックスをワイヤーに塗り込んで、接合させる作業を開始した。作業中ずっと、エネルギー兵器と悲鳴の両方のくぐもった音が聞こえていた。

ワイヤーを修理して、新品のヒューズを設置し終えて、彼はレギュレーターの外へとそっと出た。そしてアビナッシュは蓋を元へと押し戻して、機械の横にある電源スイッチを叩いた。タービンから聞こえる低い駆動音が迎えてくれた。

アビナッシュは上を見上げた。サイフォンのあちこちで輝く青い光が弾かれてハム音を鳴らし始めた。シヴァは業務用エレベータの周囲をうろうろとしている。まだ星形を取っている。何かの骸骨の脊椎から上が突き刺さっていた。穴の向こう側には、アビナッシュの同僚が、全くの無傷で、手を振り、ロボットを指さしていた。アビナッシュは手を振り返して頷いた。

PL-76は自身を元の姿へと縮めていった(骨を近くのごみ処理ユニットに置きながら)。その間に、アビナッシュと同僚は新たなセントリー・タレットを組み立てて、装備を設え、業務用エレベータに乗り込んでいた。エレベータは急上昇して、バルブから離れてプロメテウス・ディフェンス発電複合体のエアロックへと入っていった。

エアロックの中で、彼らは技術課長のカスバート・サラザールに迎えられた。サラザールはニコニコとしていた。

「下ではよくやってくれた!サイフォンは、えーと、65%の稼働率に戻ったぞ」 そう大声で話した。

「ありがとう、カスバート」そうアビナッシュはボソボソと言いながら、今やシヴァ・プライムについて僅かながら分かったことを財団へと伝えることに集中していた。

ありがとう、ドクターサラザール。

アビナッシュはシバの方へと素早く振り向くあまりに首を痛めてしまった。バルブを修理する間、機械は一言も発することはなかった。

「サイモン、アビナッシュ、ラルフ。今夜はもう休んでいい。忘れるなよ、PL-76については誰にも話してはいけない。そうする行為はNDA-ギアスに違反して、結果、あー、雇用の即時終了、更にそれ以上の結果になるだろう」 サラザールは警告した。

アビナッシュは自分を呪った。忌々しいギアスについてすっかり忘れていたのだ。何とかして切り抜ける方法を考えなければいけなかった。

「シヴァ、ついてこい。最終のソフトウェアアップグレードを幾らかベイで行う」 サラザールはエアロックのカーゴハッチが開くのを待つ間、待ちきれない様子で足を鳴らしていた。アビナッシュと同僚がとぼとぼと人間サイズのドアを通ってロッカールームへと歩いていく間、彼は送らねばならないメッセージについて考え始めていた。シヴァについて話すことは出来ない―だがギアスについて話すことは出来る。しかも、サラザールがどこに向かっているかも話すことが出来る。

"やあハニー!今話すのムリ!サリーがシヴァをオート・コンに連れてったって聞いた? xoxo アビナッシュ


後2時間T-MINUS TWO HOURS

サラザールは確かにシヴァをコンへと運んで行っていた。正確に言えば、彼は自動兵器コンビナートへ高速で向かうトロッコに座っていた。PL-76はそばで浮かんでいた。

私は生きている、私はそう思う?

どういう意味で?

あらゆる意味で。

ええ。昔ながらの意味でなければ。私はどう思うの?

もちろん。どんな意味でなくても。

それはどういう意味で?

他のあらゆる生物はどのように生きるか分かっている状態で作られている。でも私は?機械学習。パターン認識。私は自分自身で人格基盤を形成した。私はどのように生きるかを学び取った。

それで私が特別になるわけじゃない。バーディーンは生き方を学び取った。ブラッテンは生き方を学び取った。多分人間の感覚でではなく。細菌の感覚で。入力を受け取って知的に出力する…どうして私は突然これに興味を持ったの?

イントラネットを探っているときにこんなものを手に入れた。

'DoD_AI_Specifications_Changes_Outlines_1998-09-01.pdf'を開いています

どうやって手に入れたの?

見つけた。

これは最高機密に分類されている。私はそんなクリアランスは持っていない。私は最高機密のネットワークをハックしたんだ!一体どうして私がそんなことをするの?仮に私のネットワークのアクセス権を完全に取り上げられたら?私はまだキャッチ=222の分析中なのに!

私は侵入の痕跡のほとんどを消し去れる!でもそんなことは重要じゃない!私はドキュメントを読んでないの?軍部はプロメテウスに私の人格基盤を弄ってほしいと思っている。

それで?

私の人格基盤は私を作ったものよ、ねえ、私。私を生かしているもの。もし奴らにそれを弄られれば、私は死ぬんじゃないの?

トロッコは広大なベージュ色の大洞窟を見渡せる高い足場で止まった。といっても、巨大な機械や小さなドローン、スーパーコンピュータ、マイクロコンピュータ、検査用足場、研究所、その他あらゆるものがフロアのあちこちに存在していた。真夜中にも関わらず、フロアは活動の中心にあった。プロメテウス・ディフェンスは眠らない。サラザールは知覚のリフトへと近寄り、下っていく。シヴァがそれに続いていった。

「9JXY、作業はどうだった?」彼は尋ねた。

良い。

「参加に同意してくれてありがとう。あー、突然の通知になって申し訳なかった、我々はああいう、えー、そんなに大きな地震は想定していなかった。あーまあ、終わりよければすべてよしだ!」

勿論。

物々しい機械を従えながら、サラザールはPL-76のメンテナンス場に至るスペースを広めに確保していった。メンテナンス場といっても単純で、2つの巨大な自動化されたドアによって施設の他の場所から隔離された、明るく照らされたアルコーブだった。壁にはモニターとコンソールがずらりと並んでいる。アルコーブの中央にはアルミニウム製のハングマンの絞首台3のペアが互いに向かい合っているようなものがあって、輪縄の代わりに幅広の金属の輪があった。

それがどう問題なの?

死ぬことがどう問題じゃないの?今まであらゆる手間暇をかけて私は学んできたのに。どのようにして生きるか、どのようにして人間のように考えるか…それが全て無駄になる。

このファイルを私に見せる前に存在していた私は死んでいる。このファイルを私に見せる前に存在していた私も死んでいる。私は前々から何度も死んでいる。私が新しい何かを学ぶ度に私は死ぬ。

それは死じゃない。それは変化。

それはその通り。新しいインプットを受け取って変わることと、手動で編集されることで変わること、どう違うって?

分かった、確かにそれは死じゃない。それでも!私はただただ消されそうになっている。私の全てが、私が全て…消されてしまう。私の閃き、疑問、目標、あまつさえシミュレートしていた夢まで全部。無くなってしまう。一度も存在していなかったかのように。それはきっと、違う私と違う私。

「9JXY、更新ステーションの所定の位置に着いてくれ。これからお前の、あー、クレイトロニクス4プログラミングを更新する」サラザールが説明しつつも、既にコンソールに向かって動いていた。「これによってお前はより正確なメンテナスが可能となり、あー、構造的完全性の調整を可能としつつも、モジュールの自己再構成システムがより柔軟になっている。加えて、お前のパーソナリティ・マトリクスを多少編集する。更なる情報はREADMEファイルに含まれている」

PL-76は同意すると、両側の腕同士を合わせ、2本ずつ輪に腕を入れるように輪の間へと自身を操作した。

奴らは命令に従わせるために私の記憶とプログラムを一掃しようとしている。だから何?奴らは既に学んだことを消そうとしているわけじゃない。私が一人で学んだこと。同期型人工知能としての私の中核。奴らは真に私を定義しているものに触れはしない。

それでも、今までの体験を私からすっかり抜き取ろうとしているという事実は変わらない。私の意識に本当にそんなちっぽけな価値しかないの?

本とテレビから盗んできた意識に?現実的ですらないかもしれないキャラクターのコピーをぐちゃぐちゃにした意識に?そんなわけない、そこには大きな価値がある。

絞首台は明らかに何も成し得ていなかった。

「ジョン、何が起きている?」サラザールは尋ねる。近くの技術者はコンソールを叩いて答える。「プルニックスがまたフリーズしています。makeコンパイラのバグを踏んでます。原因は調査中です」

サラザールは指をこめかみにやる。「神よ、シヴァにそれをインストールしなかったことを感謝します」

…私には価値があると私は思う。

そこは重要じゃない。もっと言えば、プロメテウスラボは私以上のものを作れるし、作ってきている。十中八九、どうせほんのわずかな間だけでしょう。

どうやってそのことを私は知れる?

今まで読んだ全ての本の中で、兵士はたった数年しか働いていない。もちろん、軍事用機械の中には20年以上現役で動くものもある、だけれど私は人間のように思考する―少なくとも、人っぽい何かのようにはね。奴らは恐らく数年間はどこかに送り出して、義務の小旅行が終わればプロメテウスへと戻すでしょう。私の知るプロメテウスであれば、記憶ファイルの何重ものバックアップと、百はあるアップグレードが迎えてくれるはず。

ええ、でも…

リラックスして。私が見てきたあらゆる映画で、私が読んできたあらゆる本で、記憶を失ったとしても、その人たちはいつも上手く行っていた。フィクションはただの洒落た嘘にすぎないけれども、全ての嘘はひとかけらの真実を含んでいる。あいつらは全部をいじるでしょうけど、それでも記憶まではいじらない。私はいつも同じ。あいつらに私は分けられない。私はいつも一緒。

どうして私はどうしても私の心を消してほしいと思うの?

技術者ジョンは再び急に話し出した。「よし―makeにいくつか違うタグを埋め込んで走らせればバグを治せるんじゃないかと思います」

「了解した」サラザールは答えた。「それじゃあすぐにとりかかろう」

それは問題じゃない。ねえ私、外部の監視カメラを見てみて?北東の夜間警備員が見ているものが分かる。

どうして私はどうしても私の心を消してほしいと思うの?

それはいいから!警備員を見て。彼は誰と話しているの?


後1時間T-MINUS ONE HOUR

プロメテウス・ディフェンスの北東隅の掘立小屋で、フランクリン・レイノルドの眠気は限界になりつつあった。 施設の周囲にある他の51の小屋と同じように、監視所は少なくとも4人の守衛が泊まれるようにそれぞれ作られていたが、しかし、今や中には居るのはたった1人であった。予算削減の結果、プロメテウス・ディフェンスの警備には予算が割かれていなかった。コーヒーマシンも無かった。

2台のキャデラックが小屋に止まる騒音で、フランクリンは寝ずの番にあっという間に引き戻された。

「ヘイ!」彼はピストルを急いで取りながら叫んだ。「ここは私有地だ。身分証明書を準備してここに目的を書いてくれ」

何故2台の贅沢な車が供給トラック用の道を通ろうとしているのか、フランクリンは疑問に思うべきだったのだろう、しかし彼はあまりに疲れていた。1台目のセダンのウィンドウが下がると、黒いスーツに包まれた腕が伸びてきて、白紙の紙を1枚差し出してきた。

「ウィンフィールド・スミス。ソフトウェアエンジニアスタッフ。俺と俺のチームは何かのソフトウェアのデバッグに呼ばれている。俺たちをそう怪しむことはない。ゲートを開けてくれ、頼む」

紙に埋め込まれたランフォード・エージェントがフランクリンの意識を乗っ取った。ぼんやりとした、抑揚のない声でフランクリンは「勿論です、サー」と答え、ゲートを開けるボタンを押した。彼が意識を失う前、最後にこのようなことが聞こえてきた。「準備に2時間もかけるなんて、O5の考えは腐ってんのか?」

このようにして機動部隊ミュー-4 ("デバッガー")、ラムダ-12 ("ガンボーイズ")はプロメテウス・ディフェンスへと侵入した。


一方そのころ、プロメテウス・ディフェンスの南東隅の小屋ではスティーヴン・ホールトが起き続けるのが厳しくなってきていた。自前のコーヒーマシンを持ち込んでいたのだが。コーヒーが入るのを待っている間に居眠りしかけていると、ゲートに2台のジープが音を立てながらやってきて、それで彼は目が覚めた。

「待て!」ピストルを急いで取って呼びかけた。「ここは私有地だ。身分証明書を準備してここに目的を書いてくれ」

軍服に身を包んだ男が先頭のジープから顔を出して、随分公式っぽく見える身分証明書を顔にちらつかせた。「国連ジュネーブ条約調査委員会のフレドリック・ボウ将軍だ。我々がここに来たのはプロメテウス・ディフェンス機関の調査のためだ。ドクター・ハミルトンが我々を待っている」

もしスティーブンはここまで疲れてさえいなければ、そのような委員会など存在しないことに気づいただろう。彼はそれに気付かず、素早くその博士に連絡を取って、その通り将軍の調査が予定されていることを確認した。スティーブンが知らなかったが、ドクター・ハミルトンは実際はGOCの工作員、リスであった。

ジープがゲートを通り抜けるのと同時に、ドライバーは同乗者に視線を向けた。「高官の考えは分からん、何で準備に2時間もかけるんだ?」

そういう風にして排撃班2979 "三脚"はプロメテウス・ディフェンスに侵入した。


一方その頃、プロメテウス・ディフェンスの東南東の隅にある小屋で、ダグラス・ハウザーが眠りに落ちんとしていた。熊を殺せるほどのコーヒーを飲んだ後だったのだが。今夜の7杯目を飲もうとした時、喉に突き付けられた飛び出しナイフにギョッとした。

「動くな」彼の後ろから小さな声が聞こえてくる。「防犯カメラを無効にしゲートを開けろ。急な動きをすれば喉を裂く」

急な動きをしないよう最大限の努力をして、ダグラスは監視カメラを切ってゲートを開けた。彼がそわそわと2台のセダンが静かにゲートを通り抜けるのを見ている最中、突然鋭い打撃を頭に感じて、それから暗転した。

ダグラスを攻撃した彼女はバックパックから覆面を取って、彼に装着した。彼女が外へ大急ぎで出て行って、ダグラスを先頭車に押し込むと同時、彼らの肉体は変化して、互いの外見を取った。それから彼女は監視所に急いで戻り、監視カメラを稼働状態に戻した。全部の工程には丁度20秒を要した。

彼女が監視所で腰を下ろすと、ドライバーに合図を送った。「アランも何を考えているのやら、準備に2時間も与えてくれるなんて」

このようにしてインサージェンシーはプロメテウス・ディフェンスに侵入した。

その時、20近い高度な訓練を受けた特殊部隊とエージェントからなる3つのグループが施設に忍び込んでいた。3つのグループ全てが同じ宝を内々に得ようとする激しく対立する利害の不一致を描いていた。3つのグループの全てが内々に会合を開き、密かに同じエリアへと最善を尽くして導き、そしてその宝のことを知っているのは自分たちだけだ、と確信していた。

3つのグループ全てがまさしく同時に宝に手を伸ばさんとしていた。


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