サイト-81██/職員談話室/東京
「神格がらみの超常現象、か」
若く活力のある-けれども、どこかふらふらした声だ。談話室で呟かれていたのは、使いにくい武器のようなトーンの言葉だった。しかし、その声は“呟かれていた”というよりも、“紡がれていた”という表現の方が近い。
飄々と言葉を紡ぎあげる彼女の細い体躯は、解れが目立つスーツで包まれていた。テーブルの上に腰を下ろしたまま、彼女は義眼を評価員に向ける。
「えっ、ああ、そうですねえ。被害者はD-……何番さんでしたっけ?」
「158453だよ」
「しゅ、すごい!稲穂さんって記憶力いいんですね」
感嘆の声を上げながらも、評価員-彼岸 蓮華は半分上の空だった。彼女の頭の中では、昼に食べる予定のアメやらパフェやらでいっぱいになりかけていたのだ。現に右手の指輪-指輪型非物質変位無効装置や、左手の腕輪-装着式アキヴァ放射防止装置を過剰というほど弄んでいる。
「それほどでもないよ、被害者の基本情報ぐらいならちゃんと覚えておくさ。……にしても彼岸さん、職員評価の時の真面目さはどこにいったのさ」
「へへ……すいません。エージェントの仕事なんて久しぶり過ぎて……いまいち身が入らないんですよ~」
「しっかりしてくれよ。待ちに待った殺人事件……じゃなくて深刻なアノマリー発生事案なんだから」
「ちょっと、稲穂さんこそしっかりして-」
「さあ、頑張っていこうじゃないか!」
「まったく……」
二人に調査任務の白羽の矢が立ったのはつい一昨日のことだ。いわゆる超常現象-明確に異常ではあるものの、発生期間が短かく新たな異常の兆候も見られない現象-の解明及び総合的な調査。よほど大きなものでもない限り、入念な調査を行うことは珍しいが、今回は少し事情がある。
「サイト内部でDクラスが異常死ねえ」
「さすがに職員の喪失は看過できませんし、また何かあると危ないですからね~」
「ボクだって暇じゃないんだけどね。普段から善意で人助けしてたのが仇になるとは」
「暇つぶしに面倒ごとに首突っ込んでたの間違いじゃないですか~」
「……前から思ってたけど、以外にキツイこと言うね、彼岸さん。もしかしてさっきの恨み?」
「違いますよ~ 職員評価の結果を伝えただけです~」
「……ボクの評価、そんなに悪く言われるほどじゃないでしょ」
「██歳のくせに喫煙しようとしてたりしましたよね~」
没収されたパイプとマッチを見せつけられながら、笑顔でこう言われるとなかなか背筋が寒くなるものだな、と稲穂は心の奥でそう思った。一緒にいるとつい、彼岸がカウンセリング強制という恐ろしい権限を持つ評価員であることを忘れそうになる。
「そうかい……それにしてもなんで、自分たちみたいなところにこんな仕事まかされたんだろうね」
「別に専門分野から見ると普通だと思いますが~ 私が反ミーム的観点、稲穂さんが神格実体の知識」
「あー、そうじゃなくてだね……こういう事案には普通はもっと上の職員が来るだろうと思って。それに、サイトに異常存在が現れたんなら、もう少し人員がいてもいいんじゃないのかな」
「それは言えてますが、最近はどこのサイトも人手不足らしいですし~ 前の人事異動でここの職員も結構減っちゃったじゃないですか」
「まあ、それは確かに言えてるね」
財団の収容サイトは多種多様な異常に対応するため、基本的に自主性や独立性が大きく取られている。無論、上層部は常にサイトの状況を監視してはいるが、各サイトには個別の執行部や人員責任者が存在し、ある程度自由にサイトを運営することができる。だが、こうなる以上サイトごとの職員や設備の格差が現れるのも不思議なことではない。
「……まあ文句言っててもしかたないし、始めるとしようか」
「じゃあ行きますか」
「ちょ、彼岸さん、どこ行くんだい?」
彼岸は談話室を抜け、早歩きで廊下を駆けていく。
「事件の解決にうってつけの場所ですよ~」
彼岸は稲穂に顔もくれず、そう言いながら突き進んでいく。何人かの職員が驚いたり、避けたりしたが彼岸は気にするそぶりすら見せない。
“彼岸さんは本当にマイペースだね” 頭の中でそう呟くと、稲穂は右足と左の義足を床に着け、彼岸を見失わないよう走り始めた。
SCiPNET/超常現象アーカイブ
発生場所: サイト-81██(構成施設であるDクラス宿舎食堂)
発生期間: 20██/02/03 08:05~同日 08:09
オブジェクトクラス: 致死性/神格存在/反ミーム
攪乱クラス: Dark/1
リスククラス: Warning/3
概要: 宿舎の食堂で朝食を摂っていたD-158453が突如、喉を抑えながら苦しみ始める。D-158453は助けを求めるが周囲のDクラスを含む職員は事態に気付いていない。数分後、D-158453が呼吸困難で死亡すると、頭部が破裂し、ハギ(Lespedeza)、オミナエシ(Patrinia scabiosifolia)、オギ(Miscanthus sacchariflorus)、ススキ(Miscanthus sinensis)などの植物で構成された人型の神格実体(後にラケシス型デュラムプラン:[知的生命体の記憶に起源を持つ形而上存在]に分類)が出現する。実体は周囲を見渡した後、動き始めようとするものの即座に自壊する。数時間後、サイト-81██の職員が事態に気付く。
補遺: D-158453が保有していた“お守り”に超常現象を由来とすると推定される焼け焦げが確認されています。“お守り”を回収した職員は一時的に吐き気や記憶障害に見舞われましたが、異常性の有無は不明です。
サイト-81██/職員食堂/東京
「彼岸さん」
「何れすかあ~?」
「まだ食べるのかい、お菓子?」
「もちろんです。糖分ないと頭も体も動きませんから~」
彼岸は自信たっぷりにそう言うと、3つ目の抹茶パフェに取り掛かり始めた。スプーンでごそっとクリームと抹茶アイスをすくうと、一気に口へ放り込んで頬張る。それは小動物の食事のようにも、同じ行動を繰り返す工場のシステムのようにも見えた。
「お腹壊したりしないように頼むよ……お菓子がお腹に行ってるか知らないけどさ」
そうはいっても稲穂も稲穂で、唸りながらドーナツを2杯目のコーヒーで流し込んでいる。結局のところ少し方向が違うだけで、この二人は似た者同士なのだ。食堂にいる他の職員は、二人が奇妙なものでもあるかのようにチラリと視線を送っていた。
その奇人の一人である稲穂といえばこの現象を奇妙なものだととらえていた。報告書と過去の神格実体の記録に目を通すも、点と点はあちらこちらに動き、線がつながる様子はない。稲穂はため息をつき、数少ない手がかりを再度目を通す。
「お守り」
「何ですか?」
「被害者が-D-158453が持ってたお守りが焼けていたのだよ」
「焼けていた……ですか。出現したアノマリーの異常性……あるいは-」
「お守り自体が異常存在だったかだね」
彼岸はパフェを食べるのをやめ、稲穂の方にピンク色の目を向けた。彼岸にしてはなかなか真剣な表情に見える。
「アノマリーって神格実体……つまり神様なんですよね? 普通神様がお守りなんか壊すんですか?」
「彼岸さんはあんまり神格実体とか詳しくない感じかい?」
「まあ、私が今回の任務に選ばれたのは、反ミーム関連だからですからねえ。そっちの方は稲穂さんの方が詳しいしょう?」
「まあね、神やら妖怪やらはボクの専門だ。それとさっきの質問だけど神格がそんなことするのはあんまり知らないなあ」
稲穂は手を組んで過去の神格事件を回想したが、それらしい出来事は思い出せなかった。
「神格実体は……確か信仰というミームによって存在を保つんですよね。妖怪や幽霊の多くが人間の恐怖や恐れに寄生して生きるみたいに。だから、他人の信仰に関わるお守りを壊そうとしたんじゃないですか? そっちじゃなくて自分の方を信仰してください……みたいな」
「それは無いと思うね。よほど強力な信仰を持つやつならともかく、神が互いを排しようとすることは珍しいよ。下手な行動をとれば、信仰を失ってしまうからね。それに、今回の場合D-158453は異常によって死んでる。信仰者を奪うつもりなら殺すのはおかしいだろう」
「確かにそうですね」
「Dの方に何かあるんじゃないかと思ったけど、特に変なところはなかった。臆病な性格だけど他は普通。幻覚を見てたとかだったらヒントになっただろうけどね。……たった二人でこんな難問解くのは、少し時間がいるよ」
「えっ知らないんですか稲穂さん。二人じゃなくて、三人ですよ」
「あれっ、そうだったかな。……でも確かそんなことを薄っすら聞いたような」
「推理小説にでも熱中しててよく聞いてなかった、とかですかね~」
「ま、まあ……とりあえずその三人目はいつ来るんだい?」
稲穂は彼岸の指摘をごまかすようにスーツの襟を撫でつけた。
「時間通りならもうすぐですよ~ 食堂で待っているとちゃんと伝えましたし-」
彼岸の言葉が終わるか終わらないかのうちにその三人目は食堂に姿を現していた。
“暗いものがいる” おそらく二人はおなじイメージを抱いただろう。そうとしか形容できない女性がそこに立っていた。痩せた長身に長めの黒髪が生えた姿は、真夜中豪雨に打たれる柳の木を思わせた。前髪が目の大半を隠し、それが彼女を余計に非生命的に見せていた。
「アレクサンドラ・ミヤコヤキ」
二人は数秒何のことか分からなかったが、すぐにそれがこの女性の名前だと理解した。
「ああ、自己紹介ありがとう。ボクは-」
「稲穂みちる、そっちは彼岸蓮華。人事ファイルにならもう目を通しておいた。紹介は結構だ」
声は冷え切った感触さえなかったものの、鋭い金属のようだった。それは人工物のようで、本人の容貌にある意味酷似していた。
「なるほどね。調査のことだけど今ボクたちはちょっと行き詰ってて-」
「外、出るぞ」
「はえっ?」、「ええっ、まだパフェが-」
「それでもエージェントか? 実地調査せずに一体何する?」
「でも、まだほとんど証拠がないんだよ」
「A-MSの方から道具を借りてある。これぐらいの神格実体なら周辺地域に痕跡があるはずだ。それと全員の外出許可は既にとってある」
それだけ言うと、ミヤコヤキはあっという間にと食堂から姿を消した。稲穂はため息をつき、彼岸はパフェに別れを告げる間もなくサイトの出入り口へ向かった。
武蔵野/市街地/東京
「稲穂さん」
彼岸の声は拗ねたような響きがあった。パフェとの至福の時間を邪魔されたことがよっぽど恨みがましいらしい。ピンク色の目でしつこくミヤコヤキを睨んでいた。
「何だい、ボクに聞きたいことでも」
稲穂も突然現れて自分たちを拉致するように車に乗せたこの女に多少の苛立ちを感じていたが、彼岸に八つ当たりするほど子供ではない。
「神様ってこんな場所にいるんですか」
「……あんまり、こういう場所にはそういう超自然的な邪気みたいなものが-公的に言うならアキヴァ放射とか現象的霊素プラズマとかはあんま確認されてないよ。もっと神社とか廃村とかの方が危険な奴がいる」
怪異の自然科学的方面というよりは、民俗学的アプローチをとるので厳密には畑違いなのだが、そういった怪異とかかわる以上、それなりの科学的な知識も押さえてはいるのだ。
窓からは色とりどりの建造物が見える。武蔵野はかつて自然が溢れる郷土風景を持つ土地だったが、都市化が進みそのような風景も今ではあまり見られない。民俗学で東京の怪異について学んでいた際に知った知識をふっと思い出しながら、ボーっと稲穂は窓ごしに外を見ていた。
不意にミヤコヤキの方を見ると、表情一つ変えずに探知機や抑制装置のメーターばかり気にしていた。そんなことしながら運転してると事故になる、と言おうかと思ったがおそらく聞く耳を持たないだろうと思ってやめた。
出会ってまだ20分かそれくらいだが、あまり好きになれないタイプだということは眼に見えていた。人柄や性格だけではなく、所属する部署についてもそうだった。サイトで出会ったとき、この女の胸元の所属証は悪い意味で稲穂の目を引いた。
対怪異局(Anti-Mysterious Station) |
対怪異局-略してA-MS-だが、少なくない怪異アノマリー関係職員はA-MSを、悪意を込めてホラー映画監督と呼んでいた。あいつらは現地で怪異を収容する職員を舐めている。無計画なプロジェクトばかりして、こちらのことなど替えの利く歯車とでも思ってやがる。あいつらの三流ストーリーを演じさせられる身にもなってみろ。
その時、探知機から耳を刺すような音が鳴った。
待て、これは……おかしい。意識が冴え、急速に冷めていく。
「待て」
「どうしました、稲穂さん」
声色から事態を察したのか、彼岸は動揺を隠せないでいる。
今の音は探知機が鳴らす最も高いブザーだ。普通はもっと低い音が最初になるはずなのに。
車から降りようとた時、意識は完全に冷えた。
窓の向こうには異常という不条理に染まりきった農村風景が広がっていた。
[編集済]/[編集済]/[編集済]
抑制装置を調べたが故障はしていない。だが、それは何の慰めにもならない。むしろもっとひどい状況だ。どうしてこうなったかが分からない。完全に現実から隔離されてしまったのだ。
思考の停止を必死にこらえ、周囲を見渡す。周りには田んぼや林があり、遠くには森が見える。最悪という他が無い状況だ。
「……稲穂……さん」
彼岸の震え声が聞こえたが無視した。
「お前……なんとか言えよ」
こんなに背が高くて体格も良い人間の首根っこを掴むのなんて初めてだった。
「……私は」
「お前が私らを連れ出したんだろ? じゃあお前が何とかしろよ」
手に力がこもっていくのを止めるのが難しく感じたのなんて初めてだ。こいつを殴っても何も変わらないなんて、分かってる。でも止められない。
渾身の力で地面に叩きつけたてもあいつは、ほとんど動じなかった。不快な感じが体の底からこみ上げてくる。
まただ。
また私は誰かに殺される。何の前触れもなく、突然、不条理に殺される。
あの時は右目と左足だった。今度は左目か、右足か、それとも-
「稲穂さん!」
彼岸の強い声が後ろから聞こえ、夢から醒めたように正気に返った。だが、目覚めた時に見えたのはそれから程遠い異常だった。あの神格が、あの超常現象記録の通りの神が遠くに見えた。何十、何百もの神が。
気づいた時には三人全員が疾走していた。
いくら進んでも同じような木々しか見えてこない、木に、林に、森。頭や肺に痛みが容赦なく打ち込まれる。なぜだか知らないが、森からは強いアルコールの臭いが漂ってきて、吐き気がする。痛みと焦りの中で必死に思考を巡らせる。
あの数ではどうしたってこちらに勝ち目はない。アキヴァ放射と単純な身体能力では勝てるはずがないことぐらい、簡単に分かる。じゃあ……どうすればいい。
「お前、A-MSなんだろ。じゃあ、あいつらどうすればいいかくらい分かるだろ」
あいつはせき込みながら返事をよこした。
「無理だ」
「何で!」
「……自分の専門は霊的異常……つまり幽霊なんだよ。神については知らない」
自分でも気がつかないうちに舌打ちしていた。
もう何もない。あの邪悪な神たちはもう近くまで来ている。
周りにあるのはさっきと同じ木に、林に、森に、鳥居。
鳥居?
もう一度周りを見るが、鳥居なんてものはない。それは自分が時おり見る幻覚の一種だった。
……鳥居……
「お前」
「……何」
「神と霊の違いって分かるかな」
「……どういうこと」
「霊ってどうやって無力化するのさ?」
「……根源となるエネルギー-つまり恐怖や恐れを断ち切るんだ。でも今……何で……」
「あれは神じゃない、霊だよ」
「なっ、それは……仮にそうだとして……いったいどうやって」
「エネルギーの源はここ一帯、つまり森だよね。そして……あそこからはアルコールが出てる」
「……まさか」
そして、あいつは驚愕の表情を浮かべ、全てを理解する。
「彼岸、マッチこっちに渡して!」
「ええっ何で……」
「いいから早く!」
彼岸は足をふらつかせながらも、マッチ箱をとり出し稲穂の方へ投げた。ほぼ同時に霊たちが周りを取り囲む。
そして、ボクは即座にマッチをこすり-
先に火が付いたマッチ棒を落とした。
“虚しく酔いつぶれていけ”
最後に誰かがそう言った気がした。
財団経営病院/第一病棟2号室/神奈川
「……本当にすいませんでした!」
「……いや、もういいからさ……大丈夫だから……ボクの方も殴ったりして悪かったよ」
「そうですよ~ アリーさんが悪くないのはもう分かりましたし~」
号泣しながら謝り続けるミヤコヤキには言葉が半分、いや、三分の一ぐらいしか届いていないようだった。さすがに二週間もこれを続けられるとこっちの精神も消耗してくる。というよりも、出会った時の印象と現在の様子を比べると、ほとんど別人だ。
「悪いのはアリ―じゃなくてボクらの上司たちの方でしょ」
「……でも」
「でもじゃないってば……あのことについてアリーは何もできなかったんだから」
今回の色々-自分たちにしてみれば割と最悪に近い出来事-はこういうことだったのだ。
自分たちが所属していたサイト-81██は人事異動による人手不足、さらに経営難に陥っていたのだ。上層部は二つの問題を同時に解決しようと、コストが見合わないと考えた職員を切り、その分コストが低く済む職員を新たに段階的に取り入れようとしていた。
そして職員切りはボクと彼岸さんの方にも回ってきた。超常現象の中でも責任が重い、サイト内での職員喪失の原因解明という仕事を半ば無理やり押し付けてきた。アリーもA-MS上層部の方針と揉めていたらしく、“ついでに”お払い箱扱いにされたわけだ。
問題だったのはこれが単なる解明の失敗ではなく、職員の異常な喪失を引き起こしかけたことだ。さすがに一般職員、それも異常性持ちが失われかけたとなるといろいろ調査が入ってくる。それでサイトやA-MSのゴタゴタも取りざたされることになった。
倫理員会職員の報告では「似たような事例が各地のサイトや部署で常態化していた可能性がある」だそうだ。
「ボクらが働ける職場なんて限られてるんだから、ほんとに勘弁してほしいよ……」
「ほんとですよ~ あっそういえばあの超常現象って解明できたんですよね?」
彼岸の方はほとんどあの出来事から立ち直ったらしく、いつも通りの状態に戻っていた。
「ああ、サイト付近で発生してた霊的異常-中程度の呪いみたいなものだったらしい」
「……なんで、あのD-……」
「158453」
「そうです、そうです。その人はどうして死んじゃったんですかね~」
「霊的異常は人間の恐怖や恐れなどによって存在を確立し-」
「それは知ってますよ~」
「で、あの異常はサイト-81██にかなり近い場所、せいぜい数キロのところで発生していたわけだよ。人手不足と財政難に見舞われた、人がたくさんいる場所。ああいう類の異常の格好の餌だね。その中でもお守りを大事に持つほどの臆病者を最初の餌食にしたわけだ。」
「なるほど~ じゃあ霊的異常を神格実体と誤認していたのはなんでですか? おかげで探知機も抑制装置もうまく動かなかったんですからね」
「その手の方向に詳しい職員が異動でいなくなっていたらしいよ。まあ、霊的異常に精通してる職員って貴重だからさ。それに、霊にしろ、神にしろ、妖怪にしろあの手の異常は変質しやすいし、見分けづらいんだ。神道の八百万の神の中には、妖怪や霊やそういったものも多く含まれていたからね。鳥居を見るまで忘れていたのさ……こんな基礎的なことを」
「すぐに神にも、呪いにもなるのだよ……憑き物というやつは」
その後、彼岸はこの話題に関する興味を失ったらしく、退院後に食べる予定のスイーツについて一人で夢想していた。
「稲穂さん……」
「んっ、あっ……アリーまだいたんだね。もう大丈夫-」
「そうじゃなくて……あの、退院したら所属サイトは81██に変わるんですよね」
「まあね。次は一緒の職場じゃないか」
「なんで知って-」
「なに、人事ファイルに目を通しておいただけさ」