地獄の世界に彼はいた。
次々と重なる仲間の死体――
それでも彼は守り続けた。
彼は死を恐れていなかった。
死は彼にとって必然だ。問題はどんな死に方をするかである。
父も母も兄でさえも奴らに殺された彼でさえ、守るべきものは失ってはいなかった。
バリケートの後ろの民間人。
ひいては隣で戦っている仲間たち。
彼にとって関係ない人だろうと彼は「命」を守る事が出来れば満足だった。
死を恐れないためには死を上回る崇高な理想が無ければいけない。
彼にとってはその崇高な理想こそがそれであった。
彼らが守った命こそがこの破滅した世界での彼らが生きた証になる。
満足に物を残す事ができすらしないこの世界ではそれが彼らにできる精一杯の事だ。
ある日の朝、ふと奴らのうちの一匹がコチラへ向かうのをやめ、空をみた。
そしていきなり明後日の方向へ威嚇を始めた。
彼らはみな疲弊していた。
奴らがこちらを狙ってこないなら不必要に刺激するより、少ない体力を回復させる方が先だと考えていた。
奴らがいったい何を威嚇しているかなんて事は考える暇は無かったのだ。
しかし彼は思った。
もし奴らが威嚇している先に人がいるなら。
尊い命が一つ失われる事になる。
命を守る事こそが彼らの使命であり理想であるのに、
死ぬための自分たちが死なず、守るべき命がなくなることは良いのだろうか?
彼はすばやく決断を下し、見えざる人を守るために奴らへと駆け寄った。
そしてすばやく引き金を引いた。
彼の決断は早かった。
彼は奴らが頭を潰した程度では死なず、自分が殺されるであろう事は知っていた。
そして当然の如く引き裂かれた彼の体は道路へと転がっていった。
薄れ行く意識の中、彼は見えざる人を見た。
驚愕と安堵の表情が混ざった変な顔をした男だった。
彼は自分のした事が正しかった事を確認するとそのまま息を引き取った・・・
「一人を助けても、多数が助からなければ意味は無い・・・」
監視員の頬を雫が伝って、落ちた。