臨時施設ファイル: サイト-49-ARC
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本ファイルはアーカイブされています

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SCP財団臨時施設ファイル

正式名称: SCP財団西日本地域作戦統括臨時施設

サイト識別コード: JPKYKY-Site-49


概要情報


設置: 1945年5月13日

設立管理官: 土御門Tsuchimikado 晴泰Haruyasu

現管理官: アンドリューAndrewカウフマンKaufmann

場所: 大日本帝国京都府京都市上京区

カバーストーリー: 宮内省京都地方事務所関連施設

サイト機能: 施設群統括、渉外窓口、諜報、低脅威異常物品(Anomalousアイテム)の収容、特殊任務部隊の配置

サイズ: 25.3m2

説明: 臨時サイト-49は西日本地域に存在する他の臨時施設群の統括サイトとして機能していました。"財団による蒐集院の吸収と権利保護に関する協定"に基づいた要注意団体"蒐集院"(GoI-551)の吸収作戦にあたり、その機能を負うには施設規模が不足するため、蒐集院施設を再利用し新設されるサイト-L9への機能引き継ぎが進められています。


施設沿革


サイト-49は、大日本帝国勢力圏における確保収容保護体制確立を目的とし1945年5月に行われた大日本帝国政府との交渉の成功により政府の非公式な援助の下設立された臨時施設の一つです。西日本地域の統括施設の位置として京都市が選択された理由としては、同市が融和交渉が進められていた蒐集院の大規模拠点"内院"が存在する蒐集院勢力圏であり財団に敵対的な異常事例調査局(GoI-28)及び軍部要注意団体の妨害を受けづらいと考えられたことが挙げられます。また、対日戦争戦域臨時対応部門で大きな役割を果たしていた土御門晴泰が強硬に主張したためでもあります。彼の意見は施設防衛的観点から見ても理に適ったものではありましたが、それが私情を交えたものであることが問題点として指摘されていました。しかしO5-11の追認を得たことにより、サイト-49は最終的に他候補を退けて西日本の統括機能を持った施設として誕生することになります。

設立後、サイト-49は財団の日本列島本島における活動の最重要諜報拠点として多くの成果を挙げました。
一方、東日本においては政府要注意団体"異常事例調査局"が財団の活発化への拒絶反応を示しました。政府の黙認を得ていた財団に対し調査局が直接の妨害工作を行うことは無かったものの、東日本地域への浸透作戦が西日本に比べ大きく遅れる結果を招きました。これは調査局が力を注いでいた長野県への遷都計画に対する影響力の行使を嫌ったためと推測されていますが、原因ははっきりしておらず、異常事例調査局の内部調査が現在も進められています。

サイト-49が挙げた最も華々しい成果として、蒐集院への融和政策が挙げられるでしょう。そこに至るまでに多大なコストと譲歩が必要とされましたが、エージェント・ヒーズマンを始めとする交渉員たちの尽力により財団は日本地域における三大超常組織の勢力を吸収することに成功しました。
現在、サイト-49が持つ施設群統括司令機能のサイト-L9への移転が進んでいます。臨時サイト-49は確保収容サイト-49へと再分類され、低脅威アノマリーの収容施設かつ宮内省京都地方事務所との連携窓口として存続する方針です。


特記施設: 晴明院


晴明院とは、サイト-49近隣に位置する大日本帝国天皇に継承される伝統的なアノマリー収容施設です。かつて平安宮として知られていた座標の地下異次元空間に存在しています。西暦995年に政府機関である陰陽寮により設立されたことが複数の記録により裏付けられています。陰陽寮が組織として完全に消滅した1901年以降、有志の陰陽師が宮内省の職員として晴明院を維持し続けていたようです。その特性上、歴史的な価値を伴う異常物品が収蔵物目録のうち多くの割合を占めています。

1945年9月7日に行われた大日本帝国政府との交渉により、晴明院及び晴明院収蔵アノマリーの管理・収容は財団へ引き継がれることが決定しました。すぐさまサイト-49は研究員を晴明院に派遣し収蔵アノマリーの検品を行いましたが、その大部分がAnomalousアイテムもしくはSafeクラスオブジェクトと暫定的に類別されました。
これは陰陽寮=蒐集院間に皇室の祭祀に関係するものを除き管理が難しいアノマリーは蒐集院が蒐集するという取り決めが古代から交わされていたことと、近代に入ってから異常事例調査局の要請により収蔵物のうちおよそ8割ほどを異常研究・軍事転用のために提供していたことに起因します。現在、異常事例調査局による計画群の解明のため、提供されたアノマリーの追跡調査が進行中です。

大日本帝国政府との協定に基づき、晴明院に収容されていたアノマリーは一部の例外を除き晴明院内での収容・保護が続けられます。晴明院に勤務していた職員は財団に雇用され、晴明院及びそのアノマリーの保護体制の見直しに従事しています。
ただし、SCP-2953などの異常事例調査局施設から確保された晴明院関連アノマリーは、異常事例調査局による奪還作戦を警戒し他のサイトで収容されます。


インシデント記録


インシデント-49A4

1945年8月3日深夜に財団への合併に反対する蒐集院内部派閥により引き起こされたインシデントであり、京都市の一般市民・市街地に部分的な被害をもたらしました。サイト-49並びに蒐集院の保有施設群を標的とした保有アノマリーの暴走という短絡的な手段が用いられ、財団・蒐集院・異常事例調査局によって合同で対処されました。
アノマリーは推定Euclidクラスと指定され、サイト-49駐屯任務部隊による確保作戦が決行されました。これは部隊の半壊によって失敗に終わり、蒐集院・異常事例調査局も同様にアノマリーの鎮静を試みましたが、最終的に未特定の第三者により回収されました。

部隊を指揮していたサイト管理官が重症を負ったことにより管理官代理となったアンドリュー・カウフマン博士によりカバーストーリー"空襲"の適用が指揮され、インシデントの隠蔽に成功しました。

インシデント-T01

インシデント-T01は、異常事例調査局並びに蒐集院からの離反勢力による蒐集院施設"内院"への襲撃インシデントです。インシデント-49A4と同時に発生していたことが確認されており、これらのインシデントは計画的なものであったものと推測されています。インシデント-49A4が陽動として働き、結果として各組織のインシデント-T01への対処は大きく遅れることとなりました。
インシデント-T01において財団に損害はありませんが、蒐集院施設からの一部アノマリーの逃亡/流出ならびに離反勢力との合流が発生したものと見られ、調査が進められています。

インシデント-49A5

1945年8月16日、軍部要注意団体"陸軍特別医療部隊"(GoI-581)がサイト-49を襲撃しました。再配備されていた駐屯部隊による防衛により、被害は軽度の施設破壊と職員数名の殉職に留まりました。
財団は蒐集院と連携し陸軍特別医療部隊を対象とした日本列島内外における資産押収作戦をおおよそ完了させており、インシデント当時、回収された特別医療部隊内の協力者がサイト-49内に逗留していました。財団及び彼らへの報復が攻撃の目的であったと推測されています。
襲撃に参加していた特別医療部隊隊員全ての無力化には成功したものの、首脳陣を始めとした隊員の一部は現在も捕捉されていません。本インシデントを受けてサイト-49を始めとした大日本帝国内の各臨時サイトにおける警戒レベルの引き上げが決定されました。財団は満州で回収された部隊内部資料と把握する限りの最新情報から残存戦力の推定及び潜伏地の特定を急いでいますが、主要な協力者のロストにより当作戦は大幅に遅滞することが予測されています。

81管区設立に伴い、臨時施設サイト-49は正式に確保収容施設サイト-8149のナンバーが再割り当てされ、本ファイルはアーカイブされます。

1945年 12月 31日
西日本統括サイト-81L9
アンドリュー・カウフマン管理官

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