以下は、アメリカ合衆国のニューヨーク同胞団所属の同胞シャウラ・コートニーによる記録です。シャウラは、2001年9月11日、ニューヨーク同胞団マンハッタンロッジに滞在していました。その際、カオス・インサージェンシーによる大規模なテロ攻撃に巻き込まれ、地下シェルターに退避しました。しかし、周囲に満ちる神秘的なエネルギーに気づいた彼女らはシェルター内で儀式を実行し、以下の記録を残しました。
この記録の写しは現存する全ての同胞団に送られます。そして金に刻まれた写しがファロスの大図書館に送られ、その知識は時代を超えて保存されるでしょう。
この記録が我々の新たなる時代への足がかりになることを祈っています。
備えよ。来るべき時代は近づいている。
グランドマスター、クロディーヌ・オパーリン
私たちは非常に特殊な状況にいます。カオス・インサージェンシーのテロ1によってロッジの外では何か大変なことが起きており、神秘的なエネルギーに敏感な、多くの同胞たちがそれを感じ取っています。この特異な事件についての記録を残すことが、ここに居合わせた者の義務だと考え、儀式を実行することにしました。
職人 シャウラ・コートニー
今回トリッパーを務めた同胞たちです。
- アーノルド・ストラトス ニューヨーク同胞団 第3階級徒弟。
- ジョージ・サーモンド ニューヨーク同胞団 職人。
- カレン・クロサキ 東京同胞団 職人。2
シャーマンは、ニューヨーク同胞団 親方エルマ・オルコット師です3。
アンカー: 私自身
キー: 緊急に行われた儀式だったため、ロッジに備蓄されていた物を使用しています。
Lophophora williamsii (ペヨーテ) ブロウニンギアと砂礫教会4から購入。マンハッタンロッジに備蓄されている儀式用品で最も一般的なものです5。
Psilocybe cubensis (ミナミシビレタケ) メキシコ産。過去に別の儀式で使用された余りでした。
第2のキー: クレタのラビュリントス。最もよく使用される迷宮図形。
場所: ロッジの地下
清め: キーの利用の前に、心理的静寂のための瞑想を行いました。
同胞アーノルドの証言:
草原。乾いた風。3つの大理石像。
像を囲む様にして沢山の虫が現れる。それはアリの様に見える。
集まったアリが黒い線を構成する。3本の黒い線。線が伸びる、曲がる、ぶつかり合う。線を辿ると小高い丘が現れた。
私は丘の上を目指して歩く。丘の土につく私の足跡からアリが湧いてくる様に見える。アリから逃げる様に歩き、アリを追いかける様に歩く。何をしているのか分からなくなる。
丘の上にたどり着く。その瞬間に周囲は暗くなって、暗闇の中で明るく輝く果実が現れる。それは美しいが、とても硬い。それは黄金の林檎。不和の林檎。エリスの林檎。— 最も美しい女神へ送られた林檎。
— キュプリアは読んだことがあるか? — 僕は何度も読んだことがある。
丘の下では闇に紛れて戦いが起きていた。アリの戦いが人の戦いへと姿を変えた。甲冑と刀剣のぶつかり合う音。ああ!ホメーロスよ!クイントゥスよ!吟遊詩人の語るよりも37倍鮮烈な血飛沫が丘の上まで届こうとしている。血は墨の様に黒い。
黒く染まった荒野をポボス恐慌、デイモス恐怖を引き連れたエリス不和が行進する。世界がセピアになる。何分、何時間、何日経ったか分からなくなる。時の流れが分からなくなる。時の船から落ち、黒き野へ落ちる。どれほど落ちているかも分からない。
突然に明かりが見えた。ミミズの様にのたうち回る光の線だ。線の数が増える。
光の線は徐々に落ち着き、規則的な動きとなる。黒き野に光の線が描かれていく。フィルターが割れる様にセピアが消え、世界が色彩を取り戻していく。林檎はいつの間にか消えていた。盗まれた。でも誰によって?光の線は円を描き、複雑な文字を刻んでいく。これは魔法円。ウィッチクラフトの本で見たことがある。星幽なる力が巡り満ちるペイガニズム的円環の中に少女の影20人を心を満たしながら見た。特に可憐な少女が2人。2人が手を繋ぐ。2人がペンタクルを掲げる。第四の書を思い出す。思い出せない。読書家の私が本を思い出せないことに呆れていると、何もかもが消えて虚空に放り出され、誰かの腕に抱きしめられた。
同胞ジョージの証言:
最初は霧の中から始まった。前が見えないほどの濃霧、どんどん濃くなっていく。霧の粒子が集まり雫の様になり、雫が集まり液体の塊になった。液体の塊はドロドロと粘度を増していきカスタードクリームの様になったが、カスタードよりも海とカブトムシの匂いがして、触ると指に黄色い液体がついた。もう一度触ると、表面はぶよぶよとした皮に覆われていて、脈動していた。これは生きている。生きて動いている。すると痩せこけた奴隷達がやってきて、"ぶよぶよ"に奉仕し始めた。餌を与えられたぶよぶよは成長して空間を占領し、空を越えて足を広げ、皮は厚く硬くなっていた。ひどい匂いと、拍動のリズムが混ざり合い、荘厳なる宗教画の様なオーラを出していた。
私はキリスト教徒ではないが、教会に行って祈りたくなった。聖水で手を洗い、神父か修道女の服の布で手を拭きたくなった。石鹸は私の脂で構わない。
ベタつく甘い匂いの糸があちこちから伸びてきて、世界をプレゼントの箱を包装するリボンの様に包みこんだ。糸同士が擦れ合う度に熱帯のジャングルの猿の鳴き声の様な音、あるいは無邪気な子供の笑い声の様な音が響き、蜘蛛が巣を織り成すかの様に大きな袋が完成した。いや、それは単に袋ではなく繭だったので私は今すぐに自宅に帰ってシルクの服をみんな捨てたくなった。繭だ。繭の中にはかつて霧でありクリームであった蛹があり、蛹からはいずれ蛾が出てくる。それが堪らなく恐ろしく、逃げたくなったが、足が動かず、足が体から切り離された様に動かず、ちぎれた様に動かなかった。神に祈り、仏に念じ、グランドマスターを呼んだ。しかし足は動かなかった。縫い付けられた様に動かなかった。
最後の最後、私は人間を信じた。
銃声と共に繭が破裂し、私は海カブトムシクリームのシャワーを浴びた。雨が上がると、空は晴れやかに澄み渡っていた。
同胞カレンの証言:
赤、紅、緋。空も地面も目の前さえも赤く、血を想起させるような赤。思わず身体中をまさぐり、傷と出血がないか探してしまうが、傷どころか体が見つからない。
形がない。世界が輪郭を持たない。自分さえどこにいるのかわからない。自分がいなくなってしまう。自分を探さなくては、自分を見つけなくては。自分を追って走り続けていると、初めて建物が見えた。安堵しながら、そのグレーのコンクリートの壁に寄りかかると、それは崩れ始めた。そして私はビルが完全に砂になってしまうのを見た。砂は地面に溶け込む様に同化し、また輪郭のない世界に戻った。
どこからか声が聞こえた。私を誘う様な声。しかし右も左もなく行くあてがない。しばらく虚空を見つめた後に、世界を覆う赤にも微妙な濃淡と明暗がある事を見つける。一度それを見つけると、その差を見分ける事ができる様になった。それはボンヤリと木の形をしていたり、ボンヤリと人の形をしていたりした。そのまま見ていると動きもわかる様になってきた。よく見ると、赤い森の中で赤い子供達が赤い火を囲んで踊っていた。私も踊りに加えて欲しい。
踊りに近づくと、赤い子供達は仲間に入る様に私に言った。私は踊りに加わった。踊ると自分が見える様になっていった。踊りの一部である自分を見つけ、さらに踊り続けた。踊り続けた。踊り続けた。踊りが止むと、子供の1人が何かを火にくべるように渡した。新聞だった。新聞を火に投げ入れた。火が大きくなった。小説だった。小説を火に投げ入れた。火が大きくなった。教科書だった。私が高校時代に使っていた教科書だった。
私がそれを火に投げ入れようとする直前に、上空に5つのオーブ光球が集結するのを見た。1つの光球は、さらに小さな複数の光で出来ていた。それらはぶつかり合いながらその力を高めている様だった。光球は融合し、拡大し、光球から放たれた稲妻が火の上に落ちた。鋭い稲妻のエッジによって、私は再び赤を見分ける事ができなくなった。しかし、既に私の体は赤ではなくなっていた。
稲妻の落ちた場所から、輪郭なき世界は0と1に分かれていった。理性が取り戻されていく。世界が再構築されていき、広がっていく。噛み合った歯車が叫びをあげ、エンジンとモーターが共鳴し、真空管の歓喜の声を聞いた。砂になったビルが再び立ち上がり、私はコンクリートを抱きしめた。最後に、アポロ11号とウィンクを交わし、LEDの美しい輝きに祝福された。6
同胞シャウラによる追記
儀式の後、我々はロッジの外に出ました。予想通り、事態は終息に向かっており、安堵する他ありませんでした。
儀式に参加した3名が、ロッジを避難所として提供すべきだと主張し、我々は皆それに賛同しました。皆が団結し脅威に立ち向かう姿を目にして、儀式の秘密などと言ってはいられません。全ての利用可能な部屋を避難民に解放しました。
もしかすると、人類の精神の再生は為されつつあるのかもしれません。少なくとも、私は助け合う人々の姿に、黄金時代の一端を垣間見たことを記録しておきます。