ネクロポルノに関する4つの証言
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準備

私の仕事場は、寒湿な迷宮の端にある。そこは常に血の臭いがしていて、ひどく清潔だ。臭いの元は薬瓶。いくつもあって、棚に整然と並べられ、どれも同じ臭いで、しかし性質は異なっている。そして常に掻き回されている。自動循環装置によって。

私は、パソコンの画面を見た。そこには顧客の依頼が表示されていた。1つの女性の写真。これが今回の対象だ。写真の下には、事故死、溺死、感電死など、幾つかの死因が記述されていた。ここから分かるのは、対象が何で死ねて、何で死ねないか。

私は瓶を幾つか手に取った。”Heart Failure”、”Supratentorial Circulatory Arrest”、”Hemorrhagic Shock”と書かれたラベルがそれぞれ貼られていた。蓋を外し中身を確認。

瓶の中身を吸い出し、計量する。それぞれを、頭の中に叩き込んである比率に合うようにする。計り終わったら、それぞれを1つの空っぽの瓶の中にいれて、よくかき混ぜる。瓶に今日の日付と用途を書いたラベルを貼り付ける。

”20200922、HF、SCA、HS、ヒトへの使用”

瓶からほんの少しだけ、よく混ざったタナトマを吸い出す。私はそれをラットに飲ませる。ラットは水が飲めると思って、必死にタナトマを吸う。数分とせずに、ラットはひっくり返って動かなくなる。携帯を取り出す。電話をかける。

「準備完了」

そうして私の仕事は終わった。椅子に座って目を瞑る。静かな空間。死の陳列された壁。思考に霜が降りる気がした。落ち着けず目を開ける。瓶の片づけをしよう。

ラットを見た。ラットは死んでいた。


撮影

何よりも大事なのは刺激だ。俺にとってのそれは、ヒトと死体のセックスを撮ることだ。生と死の衝突。そこからはどんなオーケストラでも出せない美しい響きが生じる。その響きを聞くたびに、心臓の高鳴るような感じがする。

やりがいのある仕事だ。先月は週に3本は撮った。そして客に売りつけた。俺はそうして生活をしている。だが今月はだめだ。まだ1本しか撮れていない。理由は明白だ。例の薬の取引に対する取り締まりが本格化して、今まで通り裏市場で買おうとすると、大枚をはたかないといけなくなった。取り締まりにぶつかるリスクもある。奴らは、俺らのようなマイノリティを潰すのに熱心なんだ。表向きには、低品質の薬を流通させることによる云々と言っているが、実際は俺たちへの理解を放棄して、無理解からくる恐怖を法の力で潰したいだけに違いない。

我慢の限界だ。俺は調剤人を頼った。奴は、俺の持たない知識を持っていて、公的な薬をなんかかんやすることで、違法な(つまり俺の仕事道具になる)薬を作る術を持っている。どうして奴がそんなことを出来るかは知らないし興味もない。多少高くつくが、市場で買うより幾分かはましだ。

前回の撮影で、初めて奴から買った薬を使った。効果には俺も、男優も驚いた。市場のものとは桁違いだった。女優は肌色、肌触り、締め付け、臭い、弾力、全てが完全な死体のそれとなった。さらに驚いたのは、蘇生後の肉体の変化だ。心臓が怒濤の勢いで伸縮し、血流が全身を駆け巡り始めると、体温は一気に40度以上に高まり、発汗、ガスの排出、と同時に薬が全身の穴から噴出され、それから小一時間ほどで、肉体は蘇った。まるでペストに犯されもがき苦しんで死んだ人間の生死を、死体の状態から逆再生したかのようだ。

俺はそれを見て勃起した。そして夢精した。たまらねえぜ。


事後

僕は生まれながらのネクロフィリアだ。そしておそらく、この長い人類史上、最も恵まれているネクロフィリアだ。全てはあの薬の登場で変わった。人は生と死の間に橋を架け、その間を行き来できるようになった。ある牧師はこう言った。

「死は衰弱し、今や人類の掌に収まった」

また、ある哲学者はこう言った。

「死なき、死」

これら知識人の言葉が果たしてどんな意味をもつのか、僕にはよく分からない。しかし、心地よい響きが感じられる。なぜなら、これらの言葉は、僕の中に眠るネクロフィリアを正当化する思想で形作られているからだ。墓場を横切るたびに―僕があえて墓場を横切る道を通って通勤していたのは言うまでもない―僕の中のネクロフィリアは、僕の体を熱くさせた。数年前であれば、僕はそのまま墓場に入っていっただろう。

タナトマが誕生した後で、僕は墓荒らしではなくなった。死は、不可逆ではなくなった。わざわざ死体を見つけなくても、死体を用意できるようになった。問題は、世間一般的な倫理観が、ネクロフィリアを受け容れる器を未だ持っていないことだ。だから僕は、この業界に身を置いた。僕にとって、ここは落ち着く場所だ。

ネクロフィリアとは、死体とセックスしたいと声高らかに叫ぶ無能を指す言葉ではない。そんなことをすれば、攻撃を受け、自分自身を殺すと知っているからだ。だがここは、どんなにそういうことを大っぴらにしても、誰も気にしない。新鮮な死体が持ってこられ、台本が渡され、化粧をし、セックスして、金を貰う。そして相手が目覚めるのを待って、それで終わりだ。

だが、今回は違った。死体は、いつまで経っても動かなかった。薬の排出が行われなかった。死体はいつまでも死体だった。周りの人間が騒いだ。もしかしたら偶々蘇生に時間のかかる女優で、もうしばらく待てば問題なく目を覚ますだろう。そういう楽観的な思考は翌日には消滅していた。楽観主義者も現場から消滅した。死体は死体だった。

僕は死体と交わった場所で、死体を見下ろしていた。僕の中のネクロフィリアが、昨日ぶりに目を覚ました。


死後

死から生への跳躍。それは殆ど拷問だ。死んだ肉体は、苦痛の表現方法を持たないボロ箱。肉体は、死んでさえなければ、あらゆる表現方法によって、死の漸近を知らせてくる。たとえその知らせが、肉体を再び殺すことになったとしても。

私は一瞬だけ目を覚ました。そして再び意識を失うまでの、僅かな時間。私の肉体が、死の苦痛を訴えているのを感じた。自分の中の生が発散していった。生命を支えるあらゆるシステムが破綻した。脳はショートした電線みたいに爆発して機能を停止した。心臓は疲れ果てた。血液は急速に腐っていった。

あの男が再び入り込んでくるのを感じた。もう冷え切った体。死んでいた体。なんで男のことが分かったのか分からなかった。なんで考えているの。誰が考えているの。私は死んだ。私は死んでない。考えているのが分からなかった。されるがままだった。それを見ていた。死体となった私。

なにかが抜けていくのを感じた。魂が抜けるのって、こういう感覚なんだと思った。私が腐っていくのを感じた。急に、男が呻きだした。男は離れていった。なにか熱いものを触ったみたいに。男の股は煙を上げていた。男は叫び声をあげていた。男の後ろが騒がしかった。男は、叫びながら笑っていた。笑いながら叫んでいた。男から、なにかが抜けた。魂ではないもの。煙をあげる黒々しいもの。男は喜々として、煙を鼻腔に吸い込んだ。男は白目を剥いて、痙攣して、倒れた。私の体の上に。男の口からよだれが垂れた。動かない私の唇は、よだれによって潤った。私は三度、男の侵入を許した。なにも感じなかった。男はインポテンツになっていた。

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