ハーマン・フラー主催: 光の天使サニー
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光の天使サニー

ハレルヤ!
迷える
子羊たちを
導くため!

天国から
降り立った
美しき
幻術使い!

その名は
サニー
光の天使!
  



光の花を
咲かせ
光の蝶を
舞わせる!

イエス様も
びっくり
仰天!?

光が彩る
奇跡の
ショーを
ご覧あれ!

マジカルクラウン・イッキィとのコラボ演目
『天使と魔術師の竜退治』日本初公開!
光とマジックの一大スペクタクルに乞うご期待!

一夜限り

10月18日19時 宮崎県 高千穂町 特設サーカス会場にて。
見られるのはこれっきりだよ! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!


 
以下は、"サーカスの誕生: ハーマン・フラーの酔狂な動物園"と題された出版物のページです。 発行者と著者の身元は確定されておらず、散逸したページが世界中の図書館にあるサーカスをテーマにした書籍に挿入されています。 この伝播活動の背後にいる人物は未確認です。
 

 
私は轟音で叩き起されました。突然、岩戸が砕け散ったのです。後で分かったことですが、ダイナマイトで爆破されたのです。全く、私まで粉々になっていたら、どうするつもりだったのやら。もうもうと立ち込める煙に咳込みながら、何が起きたのかと周囲を見渡しました。

ああ、その時の困惑──いいえ、恐怖を何に例えられましょう。

極彩色のステージセット、それを取り巻く無数の客席、檻の中で吠える猛獣、交差する空中ブランコ、白塗りメイクに赤鼻のピエロたち。当時の私には、異世界の光景以外の何物でもありません。その只中に、突然放り出されたのです。

「いつまでぼーっとしとる!」

怒鳴り声に振り向くと、派手な身なりの男が傲然と立っていました。銀色のシルクハットに、真紅の燕尾服。初めて見た金髪碧眼も相まって、黄泉の国の悪鬼としか見えませんでした。そして、ええ、その連想はあながち外れていなかったのです。

これがハーマン・フラー団長──おお、その名に呪いあれ!──との出会いでした。

団長は皮鞭をひゅひゅん鳴らしながら言い立てました。自分がこのサーカスの団長だ。お前をオークションで買い取った。だからお前は、ここで働く義務がある。勿論、当時は英語の心得はなかったので、念話で聞いたのです。だから、サーカスという言葉が芸人の集団を意味することも、何となく理解できました。

理解した途端、私は激怒しました。同僚たちが聞いたら、お前の方こそ失礼だと怒るでしょうが──でも、無理もないと思いませんか? 女神に向かって、お前は今日からサーカスの芸人だ、ですよ。しかも、その為に金で買ったとまで。私は怒りに任せて、団長を焼き殺そうとしました。

でも、ええ、出来なかったのです。地の果てまでも届き、鉄をも蒸発させるはずの我が光が、周囲を照らす程度までにしか強まらなかったのです。

どうしたことだ、こんなはずではないと、私は必死に光を強めようとしました。けれど、どうしても光はそれ以上強くなりません。この程度では、団長どころか虫すら焼けないでしょう。光ろうと息んでは力尽き、また繰り返し──その時の私の姿は、切れかけた電灯のように滑稽こっけいだったことでしょうね。

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「何だ、それしか出来ないのか? ならば、丁重に扱ってやる必要はないな」

そう言って団長がパチンと指を鳴らすと、手下たちがゾロゾロ現れ──ああ、この世にあのような汚辱、屈辱があろうか。詳細は省きますが、我が誇りを打ち砕くには十分だった、とだけ申しておきますよ。

私はサーカスの照明として働かされることになりました──ええ、照明ですよ。照明係なんて恵まれた立場ではありません。テントの天井から一日中吊るされて、ステージの進行に合わせて光らされるのです。まさしく照明器具扱いですよ。

重労働を終えてやっと降ろされても、外出など一切許されず、ステージ裏の檻に放り込まれる。貰える食事は硬いパンに水だけ。それでさえ、少しでも光る手順を間違えれば貰えません。

高天原たかまがはらで臣下にかしずかれる栄光の日々、それに引き換え、今の惨めな境遇──私は毎夜、檻で泣き明かしました。ああ、何故、自分がこんな目に。ウズメよ、どこにいる? オモイカネよ、私はどうすればいい?

弟よ──これは、そなたの復讐なのか?

どれぐらい、そんな日々が続いたでしょうか。その日、私は失態を犯しました。照らす場所を間違えて、手品のトリックを観客にバラしてしまったのです。団長は怒り狂って、私を散々鞭打ちました。最早思考も麻痺して、檻の中で死んだように転がっていると、突然外から話し掛けられました。春の微風そよかぜのような、可憐な声で。

「大丈夫? ああ、団長ったら非道いことを」

それがイッキィとの──ああ、その名に幸いあれ!──出会いでした。

彼女はまだ少女と言ってもいい年齢でしたが、既に一流の手品師で、サーカスのスターでした。帽子から虎を出現させ、トランプの軍隊を行進させ、己の分身とジャグリングを演じる──彼女の妙技に、皆が魅了されていました。私が犯した失態も、彼女が取りつくろってくれたお陰で、大事にならずに済んだのです。技術だけでなく、胆力も見事でした。

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イッキィは団長には内緒よと言って、食事を差し入れてくれました。しかし、私は受け取れませんでした。今思えば馬鹿々々しい限りですが、嫉妬に駆られたのです。人間の小娘が喝采を浴びているというのに、女神の自分はそのステージを照らすだけ。彼女の輝くような美貌──特にあのカラスの濡れ羽色の髪と言ったら!──も、私の嫉妬を助長しました。

自分は女神だ、施しは受けぬと、愚かな私は差し出された手を振り払いました。しかし、イッキィは怒るどころか、瞳を輝かせて身を乗り出してきました。まあ、あなたは神様なの? どんな神様なの? どこの神様なの? と、それはもう熱心に。私は根負けして、仕方なく身の上を話しました。まあ、弟とのいさかいの場面は、大分誤魔化しましたけどね。

「私、ジャパンに行ってみたいと思っていたの。そこの神様と知り合えたなんてラッキーだわ! これはお話してくれたお礼よ。さあどうぞ!」

あの時、イッキィがどう思っていたのか、それは今でも分かりません。本当に私を女神だと信じたのか。それとも、自分を女神だと言い張る気違い女に、話を合わせたのか。確かなのは、彼女がくれたサーカスピーナッツとメロンソーダが、とても美味しかったことだけです。え、甘すぎて苦手? そうですか。

それから度々、私とイッキィは団長たちの目を盗んで会いました。私は彼女に請われるまま、高天原や中津国について話しましたが、多分イッキィの知りたい「ジャパン」とは、かけ離れたことばかり話してしまったでしょうね。

一方、イッキィは自分の身の上を話してくれました。図書館で見つけた本で、ほぼ独学で手品を身に付けたこと。自らサーカスのオーディションを受けて、見事合格したこと。初めてステージに立った時は、緊張で失敗しそうになったこと。そう、彼女とて、最初からスターだった訳ではないのですよ。人の努力は、時に神の業さえ超えますが、イッキィはまさにその見本でした。

私と友人になったと、イッキィは純粋に思っていたのでしょう。勿論、私も彼女に感謝はしていましたが、半分は打算でした。ええ、全く、浅ましい限りですね。

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ここから逃がしてくれ。私は頃合を見測って、イッキィに頼み込みました。彼女はためらいつつも、脱出口を作ってくれました。いつか高天原に来たら、国を揚げて歓迎すると約束して、私はテントから飛び出しました。満天の星空の下、久しぶりの外の空気が清々しかったのを覚えています。わたあめ屋台ジェットコースター、巨大なピエロ人形の影に隠れながら、何とか敷地から離れました。

外は荒野でした。サボテンが点在し、英語の標識が立っていたので、おそらくアメリカのどこかでしょう。それでも構わず、私は逃げ続けました──ええ、徒歩で、ですよ。愚かの極み、当時の私には海外という概念すらなく、歩き続ければいつかは高天原に帰れると思っていたのです。

どれくらい歩いたでしょうか。地平線が明るくなり始めました。最初は山火事が空を照らしているのかと思いました。しかし、輝きはどんどん強くなります。地平線をくっきり描き出し、広大な荒野を隅々まで照らす程。そして、目も眩むような輝きを放つ、黄金の球体が地平線から顔を覗かせ──。

早い話、夜明けだったのですよ。

皆さんにとっては、見慣れた光景なのでしょう。しかし、世界でただ一人、私にだけは理解できない光景でした。そんな、どうして、自分はここに居るのに。それでは、それでは──。

あれはなの?

『世が闇に包まれたというのに、皆は何故笑っておるのじゃ?』

『貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです』

あの時のウズメの言葉が思い出されました。そのような浅はかなはかりごとで、主君をおびき出そうというのか。傲慢な私は、弟のみならず、臣下たちにも腹を立てました。ウズメが踊り疲れ、臣下たちが諦め去っても、私は決して岩戸を開かなかった。

もっと困れ、私のありがたみを思い知れ──その程度のつもりだったのに。

まさか、本当に自分より尊い神が現れたのか。臣下たちは自分を裏切り、その神を新しい太陽に据えたのか。だから、自分は光を失ったのか。

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『貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです』『あんたより偉い神様が現れた、めでたやめでたや』『お前は用済みだ、どこへなりとも行っちまえ! あはは、くけけ、うひゃひゃひゃ──』

地面が変形し、私の全身を包み始めました。天岩戸あまのいわと──あれは、私の心が具現化した存在です。そう、世界を、現実を受け容れられない、私の臆病さそのもの。今度は天地の終わりまで出ないつもりで、私は岩戸に身を隠しました。あの見知らぬ太陽から逃げました。

それから、どれぐらいの時が過ぎたでしょうか。永遠のようにも、一瞬のようにも思えます。

岩戸の中で、時折去来する思い出を反芻はんすうしながら、私の魂は出るはずもない答えを求めておりました。どうして、こんなことになってしまったのか。どうして、どうして、どうして。数万回、数十万回、数百万回の堂々巡りの果て。

岩戸を満たす永遠の静寂に、何やら楽しげな楽の音が聞こえてきました。

もしや、ウズメの神楽舞? 再び私を誘き出そうとしているのか。しかし、私はもう用済みではなかったのか。どうしても気になって、少しだけ岩戸を開きました。そして目にしたのは──ええと、何と言いましたっけ、予想の──そう、予想の斜め上の光景でした。

そこは、いつも私が照らしていた、サーカスのステージでした。4本腕のピエロたちが和楽器を演奏しています。曲目はサーカスのバックミュージックでよく使われる、アムランの『サーカス・ギャロップ』でした。よくしょうや琴で演奏できたものです。いや、それはまだいいのですが。

着物姿のイッキィが、扇子を振りながらタップダンスを踊っていました。ステージの周囲に巡らされた捻れたロープは、もしや注連縄しめなわのつもりか。だとすると、イッキィが首から下げている紐に通したドーナツは八尺瓊勾玉やさかにのまがたまで、その後ろの埃を被った姿見は八咫鏡やたのかがみだというのか。あまりの頓珍漢さに呆然としている私に、彼女は案の定こう言いました。

「どうかしら? あなたのお話を元に、カグラ・ダンスを再現してみたんだけど」

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似ても似つかないと正直に言うと、イッキィは「でしょうね!」と大笑いしました。ピエロたちも笑いました。私も笑いました。引きつったような、珍妙な笑顔を姿見に映して。

知り合った時は少女だったイッキィは、すっかり大人の女性になっていました。ますます美しくなった彼女は、サーカスの近況を教えてくれました。団長が引退し、自分がその後を継いだこと。サーカスは客だけでなく、団員たちも楽しく過ごせる場所に生まれ変わったこと。

だから、サーカスに留まってくれないか。今度は正式な団員として。イッキィはそう言ってくれました。

自分はもう、太陽の女神ではない。

不思議なものです。イッキィの前では、あっさり言えてしまいました。そう、岩戸の中で果てしなく考え続け──いや、逃げ続けましたが、答えはそれしかないのです。今の自分は、ただの女でしかない。それこそ、照明代わりぐらいしか出来ることはない。

いいえ、考えてみれば、高天原に君臨していた時だって、私はただの照明でしかなかったのです。ただ、今より少し光量が強いだけで。その役目さえ、つまらぬ意地で放棄してしまった。これでは皆に見捨てられても無理はない。公然と私に歯向かった弟の方が、余程気概がある。

肩を落とす私に、彼女は一枚のポスターを差し出して言いました。それなら、これになってみないかと。でかでかと書かれたステージ名が、燦然と輝いて見えました。
 

〈ハーマン・フラー主催:光の天使サニー〉


 
私は初めて、人前で泣きました。岩戸はすっかり砂となって消散していました。無論、失ったものを取り戻した訳ではありません。ましてや、未来が保証された訳ではありません。けれど、イッキィの輝くような笑顔を忘れて、岩戸に戻ることはもう出来ませんでした。

勘違いだらけの、インチキ神楽もどきでしたが、それでもイッキィは見事、太陽を取り戻したのです。我が絶望の暗闇に。

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ここから先は、あまり派手なお話はありません。地道な努力のお話です。

未成年団員の教育係であるレザルタ先生のご指導で、英語や処世術を学ぶ傍ら、私は自分に出来る芸を模索しました。

光の色を変えたり、細く絞ってレーザーにすることは割合簡単に出来ました。最初はそうして、他の団員の演目を盛り上げるのが主な役目だったのですが、三次元映像技術に関する本を読んだことが、現在の芸風確立の契機になりました。

簡単に言えば、複数のレーザーを交差させて、狙った箇所の空気をプラズマ化して発光させるのです。どうにか文字らしきものを浮かび上がらせるところから始め、次は画像に挑戦し、さらに動きを加え──私の十八番おはこ、光の花と蝶の乱舞はこうして完成しました。

あなたは必ず光の天使になれる、そう励まし続けてくれたイッキィのおかげです。打算? まあ、多少はあったでしょうね。彼女は今や経営者なのですから。でも、そんなことは構いませんよ。

初の主演はスリーポートランドでの公演でした。ああ、光の花が咲いた瞬間のどよめき。光の蝶の舞いに上がる歓声。そしておずおずと頭を下げた私を包む、割れんばかりの拍手。女神だった時でさえ、あんなに大勢の人々と一体感を覚えたことはなかった。この喜びを教えてくれたイッキィには、いくら感謝しても足りません。

こうしてお飾りの女神は、ステージの主役に生まれ変わったのです。

え、続きですか? もうありませんよ。今、まさに演じている最中ですもの。でも、そうですね、少しだけ予告編を。実はイッキィから、日本公演のついでに帰郷してみないかと提案されまして。彼女は分かっているのでしょうね。私が内心ではまだ、過去を引きずっていることを。

ええ、行くつもりですよ。あの太陽は何者なのか、高天原に何が起こったのか──真相を突き止め、心を整理するために。勿論、不安もあります。かつての臣下たちに笑われるかもしれない。ひょっとしたら、高天原はもう存在しないのかもしれない。でも、一番困るのは、復位してくれと泣き付かれることでしょうか。

ご心配なく、私がサニーを辞めることだけはありませんよ。

決して、ね。

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