光の天使サニー
ハレルヤ!
迷える
子羊たちを
導くため!
天国から
降り立った
美しき
幻術使い!
その名は
サニー
光の天使!
光の花を
咲かせ
光の蝶を
舞わせる!
イエス様も
びっくり
仰天!?
光が彩る
奇跡の
ショーを
ご覧あれ!
マジカルクラウン・イッキィとのコラボ演目
『天使と魔術師の竜退治』日本初公開!
光とマジックの一大スペクタクルに乞うご期待!
以下は、"サーカスの誕生: ハーマン・フラーの酔狂な動物園"と題された出版物のページです。 発行者と著者の身元は確定されておらず、散逸したページが世界中の図書館にあるサーカスをテーマにした書籍に挿入されています。 この伝播活動の背後にいる人物は未確認です。
私は轟音で叩き起されました。突然、岩戸が砕け散ったのです。後で分かったことですが、ダイナマイトで爆破されたのです。全く、私まで粉々になっていたら、どうするつもりだったのやら。もうもうと立ち込める煙に咳込みながら、何が起きたのかと周囲を見渡しました。
ああ、その時の困惑──いいえ、恐怖を何に例えられましょう。
極彩色のステージセット、それを取り巻く無数の客席、檻の中で吠える猛獣、交差する空中ブランコ、白塗りメイクに赤鼻のピエロたち。当時の私には、異世界の光景以外の何物でもありません。その只中に、突然放り出されたのです。
「いつまでぼーっとしとる!」
怒鳴り声に振り向くと、派手な身なりの男が傲然と立っていました。銀色のシルクハットに、真紅の燕尾服。初めて見た金髪碧眼も相まって、黄泉の国の悪鬼としか見えませんでした。そして、ええ、その連想はあながち外れていなかったのです。
これがハーマン・フラー団長──おお、その名に呪いあれ!──との出会いでした。
団長は皮鞭をひゅひゅん鳴らしながら言い立てました。自分がこのサーカスの団長だ。お前をオークションで買い取った。だからお前は、ここで働く義務がある。勿論、当時は英語の心得はなかったので、念話で聞いたのです。だから、サーカスという言葉が芸人の集団を意味することも、何となく理解できました。
理解した途端、私は激怒しました。同僚たちが聞いたら、お前の方こそ失礼だと怒るでしょうが──でも、無理もないと思いませんか? 女神に向かって、お前は今日からサーカスの芸人だ、ですよ。しかも、その為に金で買ったとまで。私は怒りに任せて、団長を焼き殺そうとしました。
でも、ええ、出来なかったのです。地の果てまでも届き、鉄をも蒸発させるはずの我が光が、周囲を照らす程度までにしか強まらなかったのです。
どうしたことだ、こんなはずではないと、私は必死に光を強めようとしました。けれど、どうしても光はそれ以上強くなりません。この程度では、団長どころか虫すら焼けないでしょう。光ろうと息んでは力尽き、また繰り返し──その時の私の姿は、切れかけた電灯のように滑稽こっけいだったことでしょうね。
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「何だ、それしか出来ないのか? ならば、丁重に扱ってやる必要はないな」
そう言って団長がパチンと指を鳴らすと、手下たちがゾロゾロ現れ──ああ、この世にあのような汚辱、屈辱があろうか。詳細は省きますが、我が誇りを打ち砕くには十分だった、とだけ申しておきますよ。
私はサーカスの照明として働かされることになりました──ええ、照明ですよ。照明係なんて恵まれた立場ではありません。テントの天井から一日中吊るされて、ステージの進行に合わせて光らされるのです。まさしく照明器具扱いですよ。
重労働を終えてやっと降ろされても、外出など一切許されず、ステージ裏の檻に放り込まれる。貰える食事は硬いパンに水だけ。それでさえ、少しでも光る手順を間違えれば貰えません。
高天原たかまがはらで臣下にかしずかれる栄光の日々、それに引き換え、今の惨めな境遇──私は毎夜、檻で泣き明かしました。ああ、何故、自分がこんな目に。ウズメよ、どこにいる? オモイカネよ、私はどうすればいい?
弟よ──これは、そなたの復讐なのか?
どれぐらい、そんな日々が続いたでしょうか。その日、私は失態を犯しました。照らす場所を間違えて、手品のトリックを観客にバラしてしまったのです。団長は怒り狂って、私を散々鞭打ちました。最早思考も麻痺して、檻の中で死んだように転がっていると、突然外から話し掛けられました。春の微風そよかぜのような、可憐な声で。
「大丈夫? ああ、団長ったら非道いことを」
それがイッキィとの──ああ、その名に幸いあれ!──出会いでした。
彼女はまだ少女と言ってもいい年齢でしたが、既に一流の手品師で、サーカスのスターでした。帽子から虎を出現させ、トランプの軍隊を行進させ、己の分身とジャグリングを演じる──彼女の妙技に、皆が魅了されていました。私が犯した失態も、彼女が取り繕つくろってくれたお陰で、大事にならずに済んだのです。技術だけでなく、胆力も見事でした。
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イッキィは団長には内緒よと言って、食事を差し入れてくれました。しかし、私は受け取れませんでした。今思えば馬鹿々々しい限りですが、嫉妬に駆られたのです。人間の小娘が喝采を浴びているというのに、女神の自分はそのステージを照らすだけ。彼女の輝くような美貌──特にあの烏カラスの濡れ羽色の髪と言ったら!──も、私の嫉妬を助長しました。
自分は女神だ、施しは受けぬと、愚かな私は差し出された手を振り払いました。しかし、イッキィは怒るどころか、瞳を輝かせて身を乗り出してきました。まあ、あなたは神様なの? どんな神様なの? どこの神様なの? と、それはもう熱心に。私は根負けして、仕方なく身の上を話しました。まあ、弟との諍いさかいの場面は、大分誤魔化しましたけどね。
「私、ジャパンに行ってみたいと思っていたの。そこの神様と知り合えたなんてラッキーだわ! これはお話してくれたお礼よ。さあどうぞ!」
あの時、イッキィがどう思っていたのか、それは今でも分かりません。本当に私を女神だと信じたのか。それとも、自分を女神だと言い張る気違い女に、話を合わせたのか。確かなのは、彼女がくれたサーカスピーナッツとメロンソーダが、とても美味しかったことだけです。え、甘すぎて苦手? そうですか。
それから度々、私とイッキィは団長たちの目を盗んで会いました。私は彼女に請われるまま、高天原や中津国について話しましたが、多分イッキィの知りたい「ジャパン」とは、かけ離れたことばかり話してしまったでしょうね。
一方、イッキィは自分の身の上を話してくれました。図書館で見つけた本で、ほぼ独学で手品を身に付けたこと。自らサーカスのオーディションを受けて、見事合格したこと。初めてステージに立った時は、緊張で失敗しそうになったこと。そう、彼女とて、最初からスターだった訳ではないのですよ。人の努力は、時に神の業さえ超えますが、イッキィはまさにその見本でした。
私と友人になったと、イッキィは純粋に思っていたのでしょう。勿論、私も彼女に感謝はしていましたが、半分は打算でした。ええ、全く、浅ましい限りですね。
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ここから逃がしてくれ。私は頃合を見測って、イッキィに頼み込みました。彼女はためらいつつも、脱出口を作ってくれました。いつか高天原に来たら、国を揚げて歓迎すると約束して、私はテントから飛び出しました。満天の星空の下、久しぶりの外の空気が清々しかったのを覚えています。わたあめ屋台やジェットコースター、巨大なピエロ人形の影に隠れながら、何とか敷地から離れました。
外は荒野でした。サボテンが点在し、英語の標識が立っていたので、おそらくアメリカのどこかでしょう。それでも構わず、私は逃げ続けました──ええ、徒歩で、ですよ。愚かの極み、当時の私には海外という概念すらなく、歩き続ければいつかは高天原に帰れると思っていたのです。
どれくらい歩いたでしょうか。地平線が明るくなり始めました。最初は山火事が空を照らしているのかと思いました。しかし、輝きはどんどん強くなります。地平線をくっきり描き出し、広大な荒野を隅々まで照らす程。そして、目も眩むような輝きを放つ、黄金の球体が地平線から顔を覗かせ──。
早い話、夜明けだったのですよ。
皆さんにとっては、見慣れた光景なのでしょう。しかし、世界でただ一人、私にだけは理解できない光景でした。そんな、どうして、自分はここに居るのに。それでは、それでは──。
あれは誰なの?
『世が闇に包まれたというのに、皆は何故笑っておるのじゃ?』
『貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです』
あの時のウズメの言葉が思い出されました。そのような浅はかな謀はかりごとで、主君を誘おびき出そうというのか。傲慢な私は、弟のみならず、臣下たちにも腹を立てました。ウズメが踊り疲れ、臣下たちが諦め去っても、私は決して岩戸を開かなかった。
もっと困れ、私のありがたみを思い知れ──その程度のつもりだったのに。
まさか、本当に自分より尊い神が現れたのか。臣下たちは自分を裏切り、その神を新しい太陽に据えたのか。だから、自分は光を失ったのか。
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『貴方様より貴い神が表れたので、喜んでいるのです』『あんたより偉い神様が現れた、めでたやめでたや』『お前は用済みだ、どこへなりとも行っちまえ! あはは、くけけ、うひゃひゃひゃ──』
地面が変形し、私の全身を包み始めました。天岩戸あまのいわと──あれは、私の心が具現化した存在です。そう、世界を、現実を受け容れられない、私の臆病さそのもの。今度は天地の終わりまで出ないつもりで、私は岩戸に身を隠しました。あの見知らぬ太陽から逃げました。
それから、どれぐらいの時が過ぎたでしょうか。永遠のようにも、一瞬のようにも思えます。
岩戸の中で、時折去来する思い出を反芻はんすうしながら、私の魂は出るはずもない答えを求めておりました。どうして、こんなことになってしまったのか。どうして、どうして、どうして。数万回、数十万回、数百万回の堂々巡りの果て。
岩戸を満たす永遠の静寂に、何やら楽しげな楽の音が聞こえてきました。
もしや、ウズメの神楽舞? 再び私を誘き出そうとしているのか。しかし、私はもう用済みではなかったのか。どうしても気になって、少しだけ岩戸を開きました。そして目にしたのは──ええと、何と言いましたっけ、予想の──そう、予想の斜め上の光景でした。
そこは、いつも私が照らしていた、サーカスのステージでした。4本腕のピエロたちが和楽器を演奏しています。曲目はサーカスのバックミュージックでよく使われる、アムランの『サーカス・ギャロップ』でした。よく笙しょうや琴で演奏できたものです。いや、それはまだいいのですが。
着物姿のイッキィが、扇子を振りながらタップダンスを踊っていました。ステージの周囲に巡らされた捻れたロープは、もしや注連縄しめなわのつもりか。だとすると、イッキィが首から下げている紐に通したドーナツは八尺瓊勾玉やさかにのまがたまで、その後ろの埃を被った姿見は八咫鏡やたのかがみだというのか。あまりの頓珍漢さに呆然としている私に、彼女は案の定こう言いました。
「どうかしら? あなたのお話を元に、カグラ・ダンスを再現してみたんだけど」
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似ても似つかないと正直に言うと、イッキィは「でしょうね!」と大笑いしました。ピエロたちも笑いました。私も笑いました。引きつったような、珍妙な笑顔を姿見に映して。
知り合った時は少女だったイッキィは、すっかり大人の女性になっていました。ますます美しくなった彼女は、サーカスの近況を教えてくれました。団長が引退し、自分がその後を継いだこと。サーカスは客だけでなく、団員たちも楽しく過ごせる場所に生まれ変わったこと。
だから、サーカスに留まってくれないか。今度は正式な団員として。イッキィはそう言ってくれました。
自分はもう、太陽の女神ではない。
不思議なものです。イッキィの前では、あっさり言えてしまいました。そう、岩戸の中で果てしなく考え続け──いや、逃げ続けましたが、答えはそれしかないのです。今の自分は、ただの女でしかない。それこそ、照明代わりぐらいしか出来ることはない。
いいえ、考えてみれば、高天原に君臨していた時だって、私はただの照明でしかなかったのです。ただ、今より少し光量が強いだけで。その役目さえ、つまらぬ意地で放棄してしまった。これでは皆に見捨てられても無理はない。公然と私に歯向かった弟の方が、余程気概がある。
肩を落とす私に、彼女は一枚のポスターを差し出して言いました。それなら、これになってみないかと。でかでかと書かれたステージ名が、燦然と輝いて見えました。
〈ハーマン・フラー主催:光の天使サニー〉
私は初めて、人前で泣きました。岩戸はすっかり砂となって消散していました。無論、失ったものを取り戻した訳ではありません。ましてや、未来が保証された訳ではありません。けれど、イッキィの輝くような笑顔を忘れて、岩戸に戻ることはもう出来ませんでした。
勘違いだらけの、インチキ神楽もどきでしたが、それでもイッキィは見事、太陽を取り戻したのです。我が絶望の暗闇に。
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ここから先は、あまり派手なお話はありません。地道な努力のお話です。
未成年団員の教育係であるレザルタ先生のご指導で、英語や処世術を学ぶ傍ら、私は自分に出来る芸を模索しました。
光の色を変えたり、細く絞ってレーザーにすることは割合簡単に出来ました。最初はそうして、他の団員の演目を盛り上げるのが主な役目だったのですが、三次元映像技術に関する本を読んだことが、現在の芸風確立の契機になりました。
簡単に言えば、複数のレーザーを交差させて、狙った箇所の空気をプラズマ化して発光させるのです。どうにか文字らしきものを浮かび上がらせるところから始め、次は画像に挑戦し、さらに動きを加え──私の十八番おはこ、光の花と蝶の乱舞はこうして完成しました。
あなたは必ず光の天使になれる、そう励まし続けてくれたイッキィのおかげです。打算? まあ、多少はあったでしょうね。彼女は今や経営者なのですから。でも、そんなことは構いませんよ。
初の主演はスリーポートランドでの公演でした。ああ、光の花が咲いた瞬間のどよめき。光の蝶の舞いに上がる歓声。そしておずおずと頭を下げた私を包む、割れんばかりの拍手。女神だった時でさえ、あんなに大勢の人々と一体感を覚えたことはなかった。この喜びを教えてくれたイッキィには、いくら感謝しても足りません。
こうしてお飾りの女神は、ステージの主役に生まれ変わったのです。
え、続きですか? もうありませんよ。今、まさに演じている最中ですもの。でも、そうですね、少しだけ予告編を。実はイッキィから、日本公演のついでに帰郷してみないかと提案されまして。彼女は分かっているのでしょうね。私が内心ではまだ、過去を引きずっていることを。
ええ、行くつもりですよ。あの太陽は何者なのか、高天原に何が起こったのか──真相を突き止め、心を整理するために。勿論、不安もあります。かつての臣下たちに笑われるかもしれない。ひょっとしたら、高天原はもう存在しないのかもしれない。でも、一番困るのは、復位してくれと泣き付かれることでしょうか。
ご心配なく、私がサニーを辞めることだけはありませんよ。
決して、ね。
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