バウの解体 Part1
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ダンは変化を遂げていた。

ライトは、彼がヘリコプターから降りた瞬間にそれを察知した。背筋が伸びて、頭が高くなり、動作は素早く、慎重になっていた。勾留服も脱ぎ去っており、新品のまっさらな白衣がプロペラの風にはためいていた。

彼はダン博士、ヘリが離陸したとき、彼女はそう実感した。ダン…… 続く姓が何であろうと、彼はまさにダン博士だ。

「良い休暇は過ごせた?」彼女は呼びかけた。

彼はヘリポートを横切り、彼女の方へ颯爽と歩んできた。まあ、元気のない人は、白衣が有ろうが無かろうが、颯爽と歩くなんてできないわよね。2人は一緒に吹き抜けの階段へと向かった。

「休暇だと? 研究旅行だったがな。だがまあ、良い時を過ごせたのは確かだ」彼は自分の肩を揉むために手を伸ばした。数日前に撃たれた男にしては、その歩みは軽快だ。

「11と15で、ここじゃできない経験をしたのよね?」ここはサイト-01、すなわち最高司令部。何があろうとも守り抜かねばならない中心地だ。

「短期集中コースだ」2人は階段を2段ずつ登っていた。「全てにおいて10年分の宿題が溜まっていたからな。君が親切に教えてくれたように」

彼は8階まで一気に駆け上がり、彼女はその跡を追った。向こうではエナジードリンクをガブ飲みしていたのかしら? 彼女はふと、彼が白衣のポケットに何か重いものを入れているのに気付いた。「まさか、1日で5000本のSCPファイルを読んだなんて言わないわよね?」

「いや、5機のAIがファイルを読み込んで、私が知るべきことだけを抜き出して教えてくれた」彼は立ち止まった。「今から行く場所についてだけは教えてくれなかったがな」

「驚きね。とても自信に満ちているように見えたもの」彼女が先を行き、彼は歩調を合わせた。「まだ多くの情報があるのよ、ダン」

「少し盛った」2人は次の角を勢いよく曲がった。「全部は調べなかったが、19のものだけは調べた。特に人型のものと武器を」

「なるほどね」

「ああ、我らが主敵たるジョージ将軍についての要約を見たからな。奴の死んで放射能汚染されたはずの身体には、創造性なんて一欠片も入ってはいない。奴はSCPを2つの選択肢  兵士か兵器か  のどちらかとしてしか見れないんだ。知性アノマリーを見つければ反乱兵インサージェントとして"配備"し、銃型のものか刃のついたものがあれば部下に装備させ、人型でない実体は軍用犬として放ってくるだろう。化学兵器を使うとは思えない。我々が奴の所有する大部分に対処できることは知っているだろうからな。恐らく奴は、我々が全員死んでから、苦労なく破片を拾いたいのだろう」

彼らは金属製の二重扉の前で立ち止まった。「この件で他の誰かを呼んだりした?」彼女は尋ねた。「私がここにいられないのは知ってるでしょ? ギアーズはどう? それか、ソコルスキーは?」

「いいや」彼は不思議そうな顔をした。「効率的な損切りは私の望むところではない。私は…… 不必要な犠牲を出したくないんだ」

彼女も不思議そうな顔をした。「赤ん坊は無しと」

「そうだ、赤ん坊は無しだ。奇跡を起こしたい。効率的な精神的英雄ヒーロー性でより良い世界を作ろう」彼は片方の扉の取っ手に手を掛け、彼女はもう片方に手を掛けた。「本物の超人たちスーパーヒーローの件が終わったら、遠慮なく力を貸してくれていいぞ」

彼らは扉を押し開けた。

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彼らは、かつて財団の宇宙管制室だった場所に立っていた。コンピューター端末は改装され、徹底的な埃取りが試みられていたが、コンソールは未だステンレス製のままで、壁にはプロジェクタースクリーンや黒板のための空間が残っていた。

実際に技術者2人がホワイトボードを取り付けている最中、ダンが招集した研究員チームは部屋に集まり、小さな声で世間話をしていた。ボードが安定すると、彼は技術者を払い退け、1本のマーカーを取り出した。「このボードには誰も書き込むなよ」彼は言った「私専用だ」

「誰もそんなのに書き込まねえよ」赤毛の髭を蓄えた、禿げた男が強い口調で言った。ネイト・フリューワーだ。「1000歳のお年寄りじゃねえんでな」

「ちょっと、」ライトは言った。彼女は扉の枠に寄りかかって見ていた。

「私はホワイトボードが好きなんだ」ダンは嘘をついた。「大事なことに集中できるからな」彼は青い大きなブロック文字で書き始めた。

バウの解体

部屋で少しばかりのクスクスという笑いが起きた。彼は、扉の側に立っている私服のエージェント2人に向かい、ボードを指すジェスチャーをした。「これに触った者がいたら、撃ってくれ」

エージェント達はライトに目をやった。彼女は腕を組み、溜息を吐いた。「テーザーなら、」彼女はそう提案した。

「いいや、」ダンが言った。彼が指を鳴らすと、研究員たちは従順に口を閉ざした。彼は彼ら全体を見渡した。女性11名、男性9名、全員が高いセキュリティ・クリアランスを持つという点を除けば、特別な者はいない。彼はその一人一人について個別に要求し、その要請を適切な相手に見せるようにしたのだった。

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「やあ、」彼は言った。「私はダン博士。そしてここはダン博士の場所だ。ここでの君たちの仕事は、私が何かを言ったときに、それを実行することと、私がまだ着手していない言うべきことかやるべきことがあるときに、それを知らせることだ。今現在、私はSCP財団 緊急時脅威戦術対応機構Emergent Threat Tactical Response Authorityの管理官だ。この機構とは、私と君たちであって、他の誰でもない。扉のところにいる、あの怖い女性は、ソフィア・ライト博士だ。MTF アルファ-9の管理官で、我々の上司にあたる。彼女は数時間後には何処かに行ってしまうことになっている。だから当分の間、君たちは私の慈悲にすがってもらうことになるな」 彼はニヤリと笑い、ライトは微笑んで首を横に振った。

「そこの君たち、」彼は指差しながら言葉を続けた。「君たちはシフトAだ。リーダーはサフィーロに勤めてもらおう」黒髪の若い女性、ケリィ・サフィーロは頷いた。「残りはシフトB、フリューワーのチームだ。我々は12時間ずつのシフトで働いていくことになる、カロリーはしっかり摂っておいてくれ」彼が壁のスイッチを押すと、全てのコンソールが息を吹き返した。「緊急事態に対処していないとき、アクティブシフトの全員が照合任務に当たる。MTFやサイト管理官から送られてくる雑音を仕分けして、すぐに対処できない異常を見つけたら、チームのリーダーに伝えるんだ。この取り組みには、ウェブクローラー、監視衛星、諜報員が総動員されているから、かなり骨の折れる仕事になるだろうな! 君がチームリーダーでないなら、私は君の話を聞きたくない。キーボードを叩く音だけ響かせておけ」彼は、近くのコンソールのスペースバーを叩いて強調した。「シフトのリーダーは呼び出し役だ。問題を深刻度の高い順に私に伝えてくれ」彼は部屋で一番の存在感を放つ、大きなモニターを指差した。「この巨大な板に何を表示するか、誰に連絡するか、そして何をすべきか、全て私が指示する。サイト-19は愉快な悪意に満ちていて、バウの元には、奴に攻め入る前に我々が対処すべきアノマリーの堂々たるカタログが存在する」

「それが我々の任務ということですか?」サフィーロが聞いた。「攻撃チームのために、奴の守りを弱体化させると?」

「恐らく、そういうことになる。アルファ-9の隊員候補も含め、我々の攻撃チームは今、GoIが繰り出すナンセンス、あるいはもっと酷いものへの対処にかかりきりだ。我々の仕事は、誰かが恒久的な解決策を出すまでの時間稼ぎか? そうかもしれない。この部屋ではダメージコントロールに専念する。難しいことは私に任せてくれ。もし私が困ったら君たちの提案を受けよう」

「困ることはありそうですか?」サフィーロが聞いた。

「それと、貴方が寝ている間の責任者は誰が?」フリューワーが尋ねた。

ダンは膨れ上がった白衣のポケットに手を突っ込み、まだ冷えたままのエナジードリンクを取り出した。彼はそれを開封し、深く仰いだ。「困ることはないだろうな」彼は言った。「それと、眠るつもりもない。さあ、シフトA諸君はジャンクフードでも取ってくるといい。残りは睡眠をとっておくんだ。長い仕事の始まりだぞ」

ライトは彼らと一緒に出て行った。彼女はまだ微笑んでいて、まだ頭を振っていた。

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エヴェレット・マンは、ビデオ画面の向こうで溜息を吐いた。「もういないんだ」

「どういう意味だ? 誰がいない?」ダンは、この部屋に誰もいないことを喜んだ。

「失ってしまったんだ」マンは身を捩った。「ずいぶん前のことだ。我々があの馬鹿げたどんちゃん騒ぎを止める少し前、分かるだろ? あの…… コンドラキの件の前」

「誰を亡くしたんだ、エヴ? 本当に、本当に必要なんだ。万一のときに使うかもしれない情報だろう」

「ティルダ」

ダンは瞬きをした。「ティルダ」

「ティルダ・ムースだ、ああ。なぜ笑っている?」

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ジョージ・バウ将軍は、新しいオフィスを見定めた。クローゼットがあるのは良いことだ。彼は新鮮な制服が好きだった。デスクがあり、コンピューターがあった。これもさらに良いことだ。彼は自分が注目される場所から劇的に離れていても、情報を得るのが好きだった。

デスクには彫像があった。これは……

「醜いな」それは手回しオルガン弾きの猿が本を読んでいる姿を模ったもので、品の無い塗装がされており、高さは1フィートほどであった。

彼は頭を振ってすっきりさせ、それを手に取ってひっくり返した。像の底には流れるような文字が彫り込まれていた。「最も賢き者へ」

彼は鼻で笑った。「そこまでじゃなかったな」奴らはこんなことに時間を費やしていたのだ。参加トロフィーと、抑えの効かない自己満足のために。道理で簡単だったわけだ。彼はその像を置き、しばらく考えてから……

…… まるで猫のように、机の上から軽く払い落とした。それはカーペットの敷かれた床に、ゴトリと重い音をたてて落ちた。

「それも全て終わりだ」彼は、誰に聞かせるでもなく宣言した。

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最初に管制室に戻ったメンバーはサフィーロだった。ダン博士はホワイトボードの前に立ち、目を閉じ、蓋をした緑色のマーカーを唇に当てて叩いていた。彼は2行目を書き込んでいた。

エリア-81が鍵

彼は振り返って目を開け、彼女に気付くと頷いた。「座ってくれ」彼は字消しを手に取ると、先程書いた行を綺麗に拭き取り、空いたスペースを考え込む様子で眺めた。彼女がSCiPNETを立ち上げていると、2人目の研究員が入ってきた。ダンは既に別の新しい行を書いており、新しく来た人が座ったときには、それはもう消されていた。

ダンは心配そうな様子だった。

シフトのメンバーが全員戻ると、彼はホワイトボードの縁にマーカーを落とし、溜息を吐いた。彼は2行目を書こうと、3回ほど試行錯誤を繰り返したが、全てをボツにした。「よし、」彼が話し始めた。「間もなく報告が  

「来ました」サフィーロが自分のコンソールに目を落としながら、口を挟んだ。「ナイスキャッチ」彼女の傍らの研究員は素っ気なく頷いた。「カイロのアル・アズハル公園での集会です。何者かが英語で、大声で演説しており、群衆を集めているようです。GoIの可能性があります」

「中央スクリーンに映してくれ」ダンはスクリーンの前から退き、操作卓の壁に寄りかかった。

MTFの肩のカメラ映像が部屋の主役となった。日陰の雑木林に人だかりができており、会話の断片がかすかに聞こえた。

「こちらダン博士。マイクのゲインを上げてくれ」

「ラジャー」

声は勝手に大きくなった。「私たちが手放さなくてはならないのは、本当に手放すべきものは、非常に強力な非政府機関の存在というアイデアです。それは確保、収容、保  

「遮断しろ」ダンは叫び、部屋の反対へと急いで戻った。彼は急いでホワイトボードに辿り着こうとして躓きそうになった。「早く遮断だ!」

  険な脅威たちに立ち向かうのですよね。ですが、それは対処メカニズ  

さっさと遮断するんだ!」彼はマーカーに飛び付き、ボードに次のように書いた。

SCP財団は実在する

それから、この文字を指で必死に叩いた。その時、ようやく音声が止まった。「これを見ろ。今から1時間、あらゆる行動の前後に、これを見るんだ。しっかりと内面化しろ。それと、反ミームから誰かを呼んで来て、我々をチェックさせろ」

研究員全員が動揺と困惑の表情を浮かべた。「いったい何なんです?」サフィーロが聞いた。「あれは何だったんです?」

ダンは汗だくになっていた。「群衆は罠だった」と呟いた。「あれは現実改変者だ。認識災害付きのな。サイト-19に半ダースも収容されていたうちのどれかだ。バウは我々が異常事態を監視していることを知っていて、ハニートラップを仕掛けてきた」彼は額を拭き、深呼吸をした。「よし。公園にガスを撒こう」

「大きな公園ですよ」

「だったら大量のガスを使えばいい。全員を気絶させて、熱波のせいとか何とか言っておけ。現地の人員には聴覚保護をつけさせろ」

サフィーロは青ざめた。「まさか我々は、最初の相手に脳みそをファックされるところだったって言うんですか?」

ダンはこめかみをマッサージして、無理に笑顔を作ろうとした。「ああ、ここから先もずっと上り坂だぞ」

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「剣を持った男がコルカタの聴音哨を襲っていると、それぞれ別の報告が3件入っています。出動範囲内のMTFはサイト-36に1部隊のみです」

「そうか、19に異常な剣は3本しか無かったな。自慢ばかりしている者は?」

「1人が、自分の剣が如何に素晴らしいかを語り続けています」

「最低優先度、そいつは鈍刀だ。動きがぎこちない者は?」

「現場報告によれば、1人は酔っているかのようにフラついていると」

「第二優先度、それも使える剣じゃない。3つ目を最優先で確保しろ。切断された手足に知性を与える異常性がある」

サフィーロは彼をじっと見つめた。

「ああ、本当だ。さあ、早く送信しろ」

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「信じてください」ギャラリーのオーナーはフランス語でそう訴えた。

「信じますから、落ち着いてください」ジョリー中尉は溜息を吐きながら、オーナーの肩を叩いた。「外の空気を吸いに行きましょう。彼らは私たちが助けますよ。約束します」彼女は彼をそっと出口に向かわせ、彼が自分から顔を背けたところで、首を傾げて自分を撃つ真似をした。扉の前にいたエージェントはさりげない動作で記憶処理薬入りの注射器を手に取り、オーナーの後を追って通りに出て行った。

「報告を」ダン博士の声が彼女の耳元で響いた。

「対象は鍵のかかった美術品鑑賞室にいます」彼女は言った。「9人の風景画家と一緒です。どうやら全員有名な画家のようです」彼女は肩をすくめ、気まずい沈黙が流れた。「私は聞いたことありませんでしたが」

「全員生存しているか?」

「最後に聞いた時にはそうでした。ニック?」

もう1人のエージェントが脚立の上に立ち、天井に穴を開けていた。「間もなく分かるでしょう、サー」

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豊かな口髭を蓄えた男は、キャンバス地の壁に筆を走らせながら、手が震えないようにと静かに懇願していた。彼は筆を動かし終えると、手を伸ばして首筋の血を拭い、呻いた。鎖は皮膚に強く食い込んでおり、彼は鎖の締め付けと、深く呼吸するたびにそれが皮膚を削り取っていくのを感じた。彼は再び筆を動かし始めた。

「か…… 完成だ」赤毛の男が囁いた。彼は息を呑み、自分の首に巻かれた鎖に喉仏を擦り付けてしまい、絞め殺すような叫び声をあげた。

知性のある金属鎖の凝集体である"鎖の創造主"は、その新しい作品を見定めた。それは、緑と黄色の色調で急いで描かれた牧歌的な風景だった。創造主は、およそ人間の形をした煌めく頭を左右に振り、考えていた。

最終的に、それは鍵穴から風が吹き抜けるような溜息を吐いた。「駄目だ」それは言った。「この絵には、汝が多すぎる。汝の穢れが。そして、秩序が無い。雨と風の秩序が無い。汝は意味の空虚であり、不愉快だ」それは9人の芸術家全員に対し、締め付ける力を強めた。「破り捨てよ。再び筆を取るが良い」

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ダンはぼんやりと首をマッサージした。「今日は他にも仕事が山積みで、9人ものアーティストの死を隠蔽したいとは思わないな。奴が彼らを同化していないことは幸運だ」彼は息を吐き出した。「よし、財団が所有している最速のジェット機を暖めさせろ。バウ主義でバウ主義に対抗するのは嫌だが、我々にはタイムリミットがある。ショーは明日開演だろうからな」

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天井の一角から漆喰の破片が落ち、茶色い薄板の床に白い塵が散らばったが、鎖の創造主は気が付かなかった。その開いた穴から、細い紙が小さな懸垂下降のケーブルのように垂らされて来たことにも気付かなかった。

だが、紙が穴の中に巻き取られると、その音には気が付いた。創造主はその場で回転し、9つの異なる声が苦悶の叫びを上げた。芸術家たちは転び、倒れた。ある者は床に、またある者は自分たちの苦痛に満ちた身体を固く縛り上げる鎖に躓いて。風景画の散乱した壁を引き裂きながら倒れた者もいた。

部屋の扉の近くには、穏やかな森の小川のスケッチがあった。創造主はこの絵を気に入り、彼らの鳴き声から解放された安らぎのため、画家たちに命の猶予を与えたのだった。しかし今、絵は全く、完全に、台無しになった。SCPエージェントの制服を着た華奢な少女が、ブーツまで水に浸かって、絵の中から創造主の方へゾッとするような笑顔を投げかけていたのだ。彼女は片手で手を振り、もう片方の手で小さなホワイトボードを持っていた。

そのボードには文字が書かれていた。創造主はその文字が何であるかを見るため、画家たちを無理やり引きずって部屋の中を横切った。

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こんにちは!話せるかしら?

「何者だ?」それは金属音を鳴らした。

彼女は最初のメッセージを既に消しており、続きをマーカーで素早く書き込んだ。

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私のことはセラピストだと思って

「我は汝こそが病毒であると思うが」創造主は、もしそう出来たのなら、唾を吐いただろう。

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それもあながち間違いじゃないかも

少女は、静止した、せせらぎのない小川から出て、川に接する白い空間に足を踏み入れた。

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でも、正解でもない

彼女は抽象的なコミックアート風の山に辿り着いた。これらの絵は、創造主がこの1時間の間に10回も壊そうと思いながら、なかなか壊せずにいたものだった。彼女は劇的にスケールを拡大し、魅惑的なウィンクをした。その頭上には吹き出しが現れた。

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わあ、こっちの方が話しやすいわね

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それで、あなたはこの人たちをお家に帰してあげるべきだと思うのだけど

「否。彼らは償いの最中にいる。彼らは自らの在り様を償っている。彼らは美を創造している。我は彼らの肉から美を彫り出している。全ての肉が、慈悲深くも、消えてしまうまで」

少女は目を見開いて頷きながら、今まさに床に倒れ、意識を失って蹲っている女性画家の描いた抽象的風景画の中へと迷い込んでいった。少女の制服は2つの重なった長方形となり、その華奢な顔はかろうじてそれと分かる程度へと変じた。彼女はホワイトボードに何かを書いていたが、創造主には読めなかった。

「汝は技巧を這い、」それは、荒れ狂う強風の中の錆び付いた船のような声で唸った。「線を堕落させる」

少女は空間と空間の間を横切り、(文字通り) 身を削って描かれた、細部にまで活気の宿った一連のなだらかな丘へと向かっていった。彼女は舌を口の片側から出し、突然紫色になったマーカーの太いペン先で書き始めた。

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ええ

「あらゆる美を……」創造主は囁き、その締め付けを僅かに緩めた。部屋は咳の不協和音で満たされた。「汝はあらゆる美を汚すというのか? 忌々しい」

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そう言われるのは新鮮ね

イラストで構成されたエージェントは真っ赤な納屋に寄りかかっていた。

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女の子って、褒め言葉は聞き飽きてるものだから

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結局はね

創造主は、床板を酷くへこませながら、敗れるように膝をついた。「終わりだ。全て…… 全てが荒れ果てている」

少女は同情するように顔をしかめた。

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ええ、私も昔はそう思ってた

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こう自分に言い聞かせてみて

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収容下で、新しい人生を始めよう!

扉が開き、3人の血肉で構成されたエージェントたちが用心深く部屋の中に入ってきた。創造主は直立したまま膝をつき、芸術家たちが回収されるまで動かなかった。そして、ゆっくりと、とてもゆっくりと、結び目のある金属の塊へと崩れていった。

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「1770、確保しました」サフィーロは報告した。「良いアイデアでしたね、サー」

ダンはその褒め言葉を空中で迎撃した。「アノマリーにアノマリーをぶつけるのは汚いやり方だ。もっと上手い方法もあったはずだった」彼は無人のコンソールに腰を下ろし、伸びをした。「キャシーを回収して、誰か話し相手になってやってくれ。人間不信のキーチェーンは気味が悪くて、気が滅入っているだろうからな」

「了解です」サフィーロは傍らの研究員をつつき、研究員は必要な指令を打ち出し始めた。「おっと、別の報告です……」彼女は瞬きをした。「エリア-81が攻撃を受け、収容物を奪われていると」

ダンはまっすぐ腰を下ろした。「クソっ! 騎兵隊を送るんだ」

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「こちら下される鉄槌、指令通り報告します。作戦地域に敵影はありません、サー」

ダンはビデオ映像に目を見張った。MTFとその先にある小さな格納施設の間には、寒々とした砂漠が広がっているのが映っていた。「そうか、それは困った」

「サー?」

「バウは我々がここにあるものを必要としていることを知っている。そして、奴がそれを取ったかどうかを我々が把握していないということも知っている。ということは、我々が"下される鉄槌"を捜索に送り込むことも分かっているはずだ。奴は賢くはない、だが愚かでもない。罠があるはずだ。奴は我々の最高峰のMTFを殺そうとしている」ダンは司令室の中央まで歩くと、白衣のポケットに手を突っ込んで感触を確かめた。白衣を着ていなかった頃、自分は一体どうやって思考していたんだ?「バウは理論派で、戦闘や戦術についての研究を好んでする男だ。現代に追いつくために、奴は最近何を学んだだろう? 奴がずっとこの手の職務から離れていたと仮定したら?」

「イラクの自由作戦、」 研究員の一人が即座に口を開いた。

「イラクの自由作戦か」ダンは、モニターに映る砂漠を振り返って見ながら、それを復唱した。「なるほど、確かにな。PMC、IED、地雷…… 地雷だな。ハハ」彼は笑い、ポケットに突っ込んだままの手を伸ばした。彼は良い気分だった。「オーケー、良いぞ。下される鉄槌、よく聞いてくれ。次に何が起きても、絶対に何も拾うんじゃない。コピー?」

「コピー&ラジャー、サー」

「私の声をスピーカーに出力してくれ」

「ラジャー、接続しました」

ダンが咳払いをした。「私の声が聞こえるか?」

「イエッサー、接続は問題な  

「君に言ったんじゃない」

静まり返った夜が広がるばかりで、応答はなかった。

「君たちに選択肢をやろう。チャンバーに草花を植えて、天然芝の庭園を作ってやる。もしくは、施設旅行に連れて行ってやる。最近、君たちの中には旅好きがいると聞いたが?」

静まり返ったstill夜に、未だstill応答はない。

「あるいはだ、私の部下たちが君たちの頭の上を歩いてもいい。君たちは叫びながら飛び出してきて、彼らを攻撃し、恐らく爆発するだろう。まあ要するに、選ぶのは君たちだ。だが、もし私が君たちの立場なら、どちらを選ぶ方が賢いかすぐに分かるがね」

砂が揺れた。薄暗い闇の中、ダンはゆっくりともがく鋭い先端の色あせた青色を視認することができた。砂を体から振り落とし、口から唾と共に吐き出すと、小奇麗な格好の長い白髭とバラ色の頬を持つノームが立ち上がった。「釉薬、」それは咳き込むように言った。

ダンは顔をしかめた。「何だって?」

「釉薬だ、馬鹿野郎! 俺を見ろ、この仕上がりをだ。ボロボロになるばかりなんだ。塗装は剥がれていくし、やすりがけで傷もついてる。ペンキと釉薬を塗り直さなけりゃ、俺たちは生きている意味がない」ノームは集まったエージェントたちを睨みつけた。「釉薬か何かを用意しろ。でなきゃ、お前ら馬鹿野郎どもと馬鹿女どもは手足と指骨を失うことになるぞ」

「いいだろう」ダンはニヤリと笑った。「だが、条件がある」

ノームはもう一度唾を吐いた 。「何だ」

「君たちの1人が、たったの1人でも、破裂するようなことがあれば、全員をTravelocity社に売り払う」

砂丘全体が気分を害したような声で息を呑んだ。砂が神経質に動いた。

「そんなことできるはずがない、」孤立した無防備なノームは、どういうわけか溜息を吐いた。

「私は疲れていてね、」ダンが言った。「何せ10年も監禁されていた。強硬手段だって平気だし、いつも、テレビで見たものを爆発させたいと思っていたんだ」

ノームは甲高く笑った。「あんたにゃ参ったよ、先生。おい、お前たち、出てきて日にあたろう」

砂漠の寒さの中、爆弾ノームの軍団が姿を現し始めたとき、確かに太陽は昇り始めたところだった。

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ダンがボードの字消しを手にしたとき、フリューワーとシフトBのメンバーが入ってきた。彼はホワイトボードを体で塞ぎ、最新の文章を拭き取り終えた。

バウはアーティファクトを持っている

フリューワーはその語句は見なかったが、ダンの顔を見た。博士は疲労し、打ちのめされているように見えた。彼は目を擦った。「よし、やるぞ。諸君、次のシフトを始めよう。まずは軽めのものからいこうじゃないか」

フリューワーは通信を呼び出した。「モスクワの食料品店で集団占拠です。警察は全員を逮捕しようと躍起になっています」

「それは…… 厄介だな……」 ダンは瞬きした。「待て、もしかして食料品店というのは青果店か?」

「ええと…… ええ、そのようです」

「5084、自らを人間と思い込ませるトマトだ」彼は半分残っていたエナジードリンクを飲み干すと、ゴミ箱に落とし、少し身を震わせた。「資格証明書を偽造して、カゴを持って行き、囚人移送を手配しろ」

「ワオ、了解です。えー…… ブダペストで20人が銅像を見つめています。呼びかけには応答しません」

「畜生、2274だろう。その20人は…… 死亡と見做す。SCRAMBLEギアを装備して、像を見つけて撤去だ。犠牲者は全員拘束しろ。これで研究を再開するのに十分なサンプル数を確保できるだろうな、ああ」彼は大きく息を吐いた。「クソっ、他は?」

「別のガーデン・ノームの地雷原が。トルコです」

「何、本当か? さっき確保したのは何体だった?」

「既知の全実例ですね」

「ははあ! なるほどな。掘り返して連れて帰れ。バウの奴は爆発するノームと素敵なメモを残すノームの区別がつかんらしい。次?」

「ウェンブリー・スタジアムの大規模なロックコンサートで、最初のバンドがステージを開始できなかったそうです。開演前にテープが流れた後、観客全員が自傷行為に走り、座席の下に潜り込んだのだとか」

「おいおい、それが軽めのものだと? ええと…… ふむ、アレだな。3481、広場恐怖症の音楽だ。カバーストーリーに"細菌感染症の危険"を使う必要があるな。スタジアムの収容人数は?」

「えーと…… そうですね…… 10万です。ですが、使われていたのは4席に1つだとか。ソーシャル・ディスタンスですね」

「よし、よし、素晴らしいことだ。それでも2万5千人に記憶処理をしなくちゃならんがな。サイト-91に連絡を入れてこのことを伝えろ。ついでに、泣いてもいいぞと言っておいてくれ。他は?」

「財団のフロント企業で、大量の従業員が立ち上がれない、起き上がれない、血色が異常に悪いとの報告が」

「現場のチームに繋げ」

「どうぞ、ボス」

「こちらはダン博士だ。ロビーと全ての休憩室を点検して、吸血ロリポップを見つけ出せ。返信は要らんぞ」彼は素早く、強く椅子に腰掛けた。

フリューワーが笑うと、ダンが弱々しい笑いを浮かべた。「今日の仕事は悪くないじゃないか、今のところふぁぁあ」彼は欠伸をし、大きな歯ぎしりでそれを終わらせた。

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ダンが眠りそうになった時、次の通信が来た。「サー、」フリューワーが叫び、彼の寿命を縮めることになった。「問題発生です!」メインモニターが明滅し、ニューヨークの街並みが映し出された。

「マンハッタン島、」フリューワーが言った。「エリア-198入口の監視カメラ映像です。既に警告は出しましたが……」

ダンが、自分は何を見れば良いのか聞こうとしたとき、赤い筋が道路を走り抜け、T字路を横切り、何の変哲もない石造りの建物の壁に、バキバキと音を立てて突き刺さった。

それは消防車だった。

「おいおい、」ダンが言った。

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「放水を食らいやがれ!」その車両は、ハイビームを点滅させながら、深く掠れた声で唸った。そして突然、エンジン音を上げたかと思うと、粉塵にまみれたロビーに向かって水を流し込んだ。6人の財団職員が滑って転び、ヌルヌルの泥へと落ちた。

「諦めろ、放火魔の骨無し野郎! そこにいるのは分かってんだ! タンクを空にしてでも洗い流してやる!」

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ダンは両手で顔を拭い、苛立ちと疲労とで瞼を伸ばした。「なるほどな、ええと、エージェント・ロドニーを呼び  

「別のアノマリーです!」フリューワーが呼びかけた。

「何番通りだ?」

「えー…… 通りではありません、サー」

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粉々になったファサードの外で凄まじい衝突音が響き、消防車は石粉のシャワーを浴びながら慌てて後退した。「忍び寄って背後を取ったってか、ええ? お前ら燃えカスどもには作戦を練る頭はねえと思ってたがな!」

道路の中央に、否、道路の2フィート下の自作のクレーターの中に、小綺麗な白い宇宙飛行士のスーツが立っていた。その宇宙服は消防車に向かって敬礼した。「やあどうも、地球の人々! しばらく見ないうちに、君たちは大きく、赤く、それに角張った感じになったようだ! 食生活のせいかもしれないな、私が検査してあげよう」

消防車の車輪が急回転し、アスファルトを巻き上げ、ゴムの焼けるような悲鳴をあげた。「レッド・メナスを生捕りにできるなんて思わない方がいいぜ、ファイア・マン! ロケットを渡して、地獄の道から足を洗え。さもなくば、母なる自然の消火剤の怒りに触れることになるだろう!」その低い唸り声は、なぜかさらに低くなった。「水のことだぜ

ムーン・チャンピオンはクレーターから飛び出し、消防車のバンパーから僅か数センチのところに着地した。「もしこれが人間の求愛の儀式なら、申し訳ないことだ。今の私の心は、遠きを見る瞳、輝く星の血統、安定した仕事、安定した軌道、そして数兆トンの髪らしきものを持つ娘のものなのだ」この言葉は、車体のフロントグリルに直接囁かれた。

レッド・メナスのライトが点滅し、サイレンがジェットコースターに乗ったピエロの声のように鳴り響いた。「この野郎、一生分水浸しにしてやる」それは叫びながら、ホースを最大開放して彼に向け、水流を放った。

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「オーケー、」ダンは叫ばないように、笑わないように、そう言った。「オーケー、これを…… これを何とかしないとな」

「サー、」フリューワーが呼びかけた。「なぜコンソールが点滅blinkしてるんです?」

ダンもまた瞬きblinkし、フリューワーの見ている方へ目を向けた。彼は何かを言おうとして口を開け、それから閉じた。そして、別の言葉を発した。「管制室だ」

「何ですって?」

「ここは以前、財団の宇宙管制室だった。機能は数年前に移転したが、バックアップシステムはまだ残っている」彼はコンソールに歩み寄り、顔をしかめた。「XCPOA-19から信号が来ている…… 光球南極近くの探査機だ」

「光球ですか?」研究員の1人が復唱した。「太陽、のような?」

ダンは心臓が飛び出るほど驚いた。「ああ、」彼は言った。「太陽のような」そして彼は、そこにあることを知っていたプログラムを起動し、指を組んで、震える声で言った。「ハロー? ハロー、そこにいるのか?」

「ハロー」単調な声で反応が返ってきた。「私はサウエルスエソル。私が送ったものは届いたかしら?」

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