評価: +23+x


何度水を掻いたのか数え続けると、私は頭を振って湿った空気を吸い込む。私は泳ぎ続けてプールの端まで辿り着き、ターン、そして再び泳ぎだすまでの秒数を数えていた。

私は水と不思議な関係性を持っている。海で泳いだり、シュノーケリングをしたり、サーフィンしたり、あとスキューバダイビングも出来る、なのにタイル張りのプールでは泳げない。競泳大会は正真正銘のコンクリート製のプールで決勝までやっていた。決勝では本物のオリンピックのプールだった。

そしてこのことは、プールがタイル張りであることを意味していた。

私が目を開けられなかった。
私は数えることにした。

もし私が目を開けてプールの底を見てしまったなら。溺れてしまうだろうね。

私の精一杯に広げられた手のひらがプールサイドをかすめる。私はターンをして、壁から足を蹴った。腕はレーンの区切りへとぶつかってしまう。考える間もないまま、自分の軌道を調整した。自分の順位が今どこなのか、知りたくてたまらなかった、私はもっと速く泳がないといけないの?私は秒数を数えた。

私は顔を上げ、深く息を吸い込んで、泳ぐことを続ける。閉じた眼の中に広がる真っ暗闇の中で、私は遥か昔のものとなった記憶を見ていた。

私は2歳で、水泳教室に通っていた。私の水泳の先生は私たちを休憩させることにした。私はよたよたとプールからあがった。私の友達のおばあちゃんはその週の彼女のプールを買ってでたのだ。彼女のプールにはイルカの精巧なモザイクアートがあった。私はイルカと遊びたくて仕方がなかった。私は自分が人魚であると想像して深いところへと泳いでいった。そのタイルで作られたアートは美しかったの。全ての青と緑を、私は滑らかなタイルを撫でて、イルカの眼の周りに存在する隙間を感じていたんだ。

心臓がドクドクと鼓動する、私は反対側へと顔をあげると、もう一度息をして、目を開けるな、自分にそう言い聞かせた。

イルカのいる方へと泳いでいくと、私の肺は燃え始める。私は自分にえらが生えてくるのを想像する。それでも肺の灼熱は止まらない。

瞼の内に広がる暗闇で、また溺れている自分を見た、何度も、何度も。私の肺は苦しそうに息をして、私は顔をあげてもう一度息を吸い込んだ。

私の肺は熱さを増す、私はプールの底を蹴って上へと到達しようとした。その代わり、パニックに陥っていた私は手足をじたばたさせて、頭をぶつけることとなってしまった。私はもがいた。肺は白熱の焼けるような痛みを与えながら燃え、私は乾いた涙と共にイルカを呪った。意識を失ってしまい、私の記憶は薄れてしまっている。その後に、私の水泳の先生が私のことを助けてくれたんだと聞いた。

私はゴールラインにどれほどまで近づけたのだろう?私はどこまで近づいたの?

目を開けるな、さすればイルカをもう一度見れる羽目になる。

私の腕が水の中に強く打ちこまれると、私は自分の体をさらに速く、さらに遠くへと、押し進めた。頭の中で数を数える。あと20秒。私の肺は燃えだした。

私は見ないといけない。自分でそう思った、どこまで自分が燃えあがる勝利へと近づいているのかを私は見る必要があるのだ。

目を開けるな!声が頭の中でそう告げる。

どこまで迫れた?

目を……

私は目を開けた。






8BE318D0-0195-4E54-9CEF-A7D04C7AFB47.png

~







プールが万華鏡のように次々と色が変わっていく様子に圧倒されてしまった。急にめまいが私を襲い、心臓は鼓動を速め、胃はむかついていた。青いモザイクの中に、私は恐ろしいイルカを見た。そのタイルは白カビと菌に覆われていた。私の肺は白熱のごとく痛みと共に燃えていた。

イルカの上には、腐った体が膨れ上がった2歳の少女がいた。痛みが私を引き裂き、パニックが心の中を駆け巡る。蹴ろうとしたところ、足がつってしまった。掴んで、私はもがいた。

プールの底へと沈むと、残っていたのは16年間の練習だけであった。私は先頭にいた。視界が真っ暗になった。体は恐怖で麻痺して、上へとあがることなんてできなかった。続けるなんてできなかった。

群衆からの不協和音が響き、その声も消えていくと、2歳の彼女の肺に水が流れ込み、空気を求めて吐き気を催すのを私は耳にした。




特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。