アハハ、素晴らしいエピソードだったねぇ! 今までのどのエピソードより派手だったんじゃないかな? 80年代のハリウッドみたいでさぁ。破壊、破壊、破壊、人身事故! 高速列車が交差点を走ると自動車はドミノみたいになるなんて、みんな知らなかったでしょ? 車から『ブロブ』みたいなスライムが流れ出してイルカの水死体を吐き出し続けるところも良かったし……アハハ、笑いが止まらないな。アハハハハ……ハァ。
さて。僕こと司会のラフィ・マクラファーソンからお知らせがあるんだ。すごく悲しい話題なんだけど、笑みは絶やさずに僕の話を聞いてほしい。無理なら写真を撮るときみたいな苦笑いでも結構。
この放送を以て、当番組 『Laugh is Fun笑いは楽しい』シリーズは放送を終了します。
おっとおっと、悲嘆の叫びはスタジオを出た後でやってくれ。分かるかい、一番前の列に座ってる右から7番目のお嬢さん。泣くにはまだ早すぎるよ。まず僕が番組の歴史を振り返るから、そうしたら君が回想に合わせてめそめそ泣いて。その方が最終回っぽいだろ?
『Laugh is Fun』シリーズは世の中に喜劇の重要性を伝えるため、1976年に僕とYWTGTHFT所属のチームで制作が始まった。僕が何回か気まぐれにタイトルを『Laugh is Life笑いは人生』とか『Laugh is Laugh笑いは笑い』とかに弄ったけど、いつも最後は『Laugh is Fun』。不変の真理だからね。
それまでにも素晴らしいコメディ番組はたくさんあった。『空飛ぶモンティ・パイソン』とか。死んだオウムのエピソードは傑作だよね。でも僕は、これだけじゃ足りないと思った。僕らの生活には笑いが潜む隙間を残してる。その隙間に僕たちはイタズラをして、メチャクチャをやる。低俗で低予算な素人番組なんか吹き飛ばすようなメチャクチャをやって、笑いを創出する。平たく言えばカメラを隠したドッキリをやる。世界は自由で、自由だからつまらない常識から解放される一瞬があったっていい。僕たちはそれを肯定してきたんだ。
僕たちは最初、VHSのビデオテープだった。ドライブスルーで『悪魔のいけにえ』と一緒にレンタルされてた。大抵は拒絶されたけど、僕たちの笑いを理解してくれる人は大勢いたんだ。そうして僕たちはDVDになって、今じゃNetflixやAmazonPrimeでも配信されるようになった。シーズンは40……いくつだっけ? 一の位は覚えてないけど、とにかく長寿シリーズ。それもこれも君たちのおかげだよ。作家と視聴者は共犯者の関係性に似てるよね。
この辺りで疑問が浮かんでくるかもしれない。「どうしてそんなに人気なのに放送を終了するんですか?」……失敬、シュワルツェネッガーの声真似だよ。せっかく賑やかそうとしたのにそこまで白けなくてもいいじゃないか!
えーと、何だっけ。あ、番組を終わる理由か。隠さずに言うけど、君たちのせいだ。
もちろん、これは誤解を招く言い回しだ。直接的要因は君たちにはない。けど、僕は君たちを責めたい。責めて責めて、地獄の果てまで追い回したい。責任者がいるならいいけどね。そいつを十字架に括り付けてハイウェイを爆走するくらいで許してあげるよ。
君たち一体どうしちゃったんだ。ゲラゲラゲラゲラ、何も起きてない場面まで笑うようになっちゃってさ。
あのエピソードを撮影した日のことはこの先何があっても忘れない。エピソードテーマは「切り傷」で、ターゲットはオリビア・ヨハンソン17歳。クラスの人気者で年相応に美しい女性だった。
彼女は高校の宿題を済ませようと勉強机に向かっていて、勉強の最中にノートの端で人差し指を切った。ちょっとした切り傷のはずなのに、傷口からの流血は止まらない。流れ出た血液はドロドロと凝固して、何体もの人型になる。顔を見ると俳優のロビン・ウィリアムズそっくり! ロビンたちはオリビアを取り囲んで現代詩を延々と朗読する。血をボトボト落としながら。この回は僕も良い脚本だと思った。尊敬するコメディアンのロビンを彼の主演作『いまを生きる』のパロディで登場させられるんだからね。
上手くいけば彼女は悲鳴を上げる。僕はね、部屋に置かれたベッドのマットレスに潜んで楽しみにしてたんだよ。けど、オリビアは少しも悲鳴を上げなかった。僕はこう思った。状況があまりにもおかしくて声も出せなくなったんだって。だからロビンが取り囲むオリビアの背中に向かって飛び出した。「ハーイ! 『Laugh is Fun』のラフィ・マクラファーソンだ!」僕は期待した。君だって期待するはずだ。この状況から解放されたと知って、あるいはこの状況を現実だと思った馬鹿らしさを認識してオリビアが笑い出す姿を。
僕が見たのは、血液人間に取り囲まれた中でそいつらに微笑を返すオリビアの顔だった。ニィってしてた。面白いのか、楽しいのか、間に合わせなのか、無理に作ったのか。機微を一切教えてくれないただの微笑。笑顔が貼り付いてた。ドッキリに感情を動かされることもなく、オリビアは全部を笑って流してたんだ。
違うだろ。なぁ、君もそう思うだろ。僕が求めてる笑いがそういうのじゃないって。冗談が通じないヤツって冗談がキツいヤツよりキツいだろ? 何も面白くないじゃないか。ゼロだよ、ゼロ。起こる笑いの総量がゼロなんだよ。オリビアはそれだった。「ジョークだったのね、ああ良かった」みたいなさ、僕が求めてたのはそういう笑いなんだよ。
ジョークになる前の普通じゃない現実を、あいつはあろうことか笑いやがったんだ。
オリビアだけならまだ気にならなかったよ。たまたまロビン・ウィリアムズマニアの女を引いたんだって割り切れるからね。でも、次にターゲットにしたカップルも同じ反応をしたんだ。その次の老夫婦も、その次の次の中流階級の4人家族も同じだった。
君たちは僕を趣味の悪いドッキリ仕掛け人だと思ってるだろ? 正解だ。だけど狂い切ってるわけじゃないし、この異常さに気付かないほど間抜けじゃない。僕が真っ先に疑った可能性は報復だった。これは作り込まれた逆ドッキリなんじゃないかってね。いろいろ調べた結果、どうにも違うらしい。疑問の矛先は、次にターゲットへ向いた。僕のライバルになりうる集団が番組を邪魔しようと「仕込み」をしてるんじゃないかって。疑って疑って、疑い尽くしたんだ。ドッキリの仕掛け人が疑心暗鬼だって。滑稽だよな、笑いなよ。
信じたくなかったんだ。僕が生み出そうとしていた笑いがもうこの世にないかもしれないなんて。
だってさ、本当にドッキリみたいな現実じゃないか。僕以外の全員がクソつまんねぇシチュエーションでもヘラヘラしてる。僕たちを締め付けてたはずの現実は君たちにとって不自由でも何でもない。ただの幸せな日々。いつの間にかローラーでぺしゃんこにされてるのに、誰も轢殺されたことには気付いてないんだ。
もう番組を作っても茶番でしかないんだよ。一から十まで登場人物が笑ってるテレビが面白いわけないだろ。僕が脚本を組んで装置を整えても、ただただ平坦な愛想笑いが返ってくるだけだ。逆ドッキリや謀略を疑ってたこの10ヶ月でそれを思い知った。僕の撮りたかった、異常な状況から解放されて零れる笑みは存在しないんだって。あの瞬間、僕と君たちの心は繋がって、僕と君たちは仲間だった。けど、僕にはその瞬間はもう来ない。来ないんだよ。
以上が、『Laugh is Fun』シリーズが放送を終了する理由。この番組は誰にも求められなくなったんだ。僕も含めてね。みんな笑ってるなら、笑いが生まれる瞬間を見る必要がない。ここでスッキリ終わった方が全員のためさ。ほとんどのコメディ番組はネタ切れと放送局の介入でグズグズになって死んでいくんだ。『空飛ぶモンティ・パイソン』だってシーズン3から旗色が怪しくなって、再開したシーズン4なんて話数が全6話になっちゃったからね! この終わり方は恵まれてるよ。だから僕も君たちと同じで、ちっとも悲しくなんてない。
本当に終われたら楽だったのになぁ。
アハハ。ごめん、マイクに入ってたかな。ホラ、こういうのもよくあるパターンじゃないか。『Laugh is Fun』シリーズは惜しまれつつも終了するけど、代わりにサプラーイズ! 次回からラフィ・マクラファーソンの新番組がスタートするんだ! いやぁ、ビックリしたかな? 『Laugh is Fun』最後のドッキリさ! アハハ、アハハハハ、ハハ……ハァ。
ネタバラシしようか。僕はね、番組と自分を切り離せない。司会者だからね。番組のために僕がいるし、僕のために番組がある。僕が自分を保つためには『Laugh is Fun』を放送し続けなきゃならない。だけど、僕は全部にうんざりしてるんだ。笑いの皮だけ被ってピクリとも笑わない君たちにも、無意味な茶番を続ける番組にも、こうやって道化を演じていないと気が狂いそうになる僕にも。世界が笑いで満たされて、笑いは価値を失った。価値のないガラクタを永遠に生産するには自分の自尊心を守らなきゃいけない。だから僕は、この引き延ばし番組で唯一変えられる部分を変えることにした。
『The Program番組』、それがこの番組の新しい名前。良い名前だろ? だって『Laugh is Fun』なんてもうウソっぱちだ。この番組は価値のない笑いをただ放送する、ただの『The Program』でしかなくなった。これ以上自分を誤魔化し続けたら僕は間違いなく発狂する。
想像できないかい? コメディアンは意図しないタイミングで笑われるのが一番癪に障るって理屈。それでいて、所謂「ホンモノ」には勝てない劣等感を抱いてる。この満員の客席を見てみなよ。僕が連れてくる客も全員頭がおかしくなったんだ。僕は何も面白いことを言ってないのにみんな薄ら笑いを浮かべてる。そのくせ、こいつらは皮肉もズラシもフリもオチも理解できない。『The Program』なんて上出来の皮肉をこいつらは味わえない! 皮肉って皮肉だって明示したら死ぬもんだけど、今回はいいんだ。僕が優越感に浸って精神を保つための皮肉だからね。だって『The Program』だぜ。中身カラッポで何にも伝わってこなくてこの番組にピッタリで……アハハハハ……。
もういいか。
少しトークが過ぎたね。会場の外で恋人を待たせてる人には申し訳ないことをしたよ。それじゃあ、そろそろエンディングを締めようか。観客のみんなも集まってくれてありがとう。僕がここにいるのは君がここにいるからだ! じゃあ君が消えれば僕も消えられるのかな? ウソウソ、次回からの『The Program』にも是非とも来てくれ!
いつだって忘れちゃいけないよ。笑いって……いうのは……楽しいもんだ! これだけは本当だって僕は信じたいよ。そうだろう、一番前の列に座ってる右から7番目のお嬢さん。僕がいろいろ煽ったのに君は結局表情を変えなかったね。スベってるみたいで僕は滑稽だったんじゃないかな? 滑稽だと思うならもっと見える形で笑っておくれ! そんな微笑のまま固定されてないでさ。僕が見たいし見せたいのは混濁の末に浮いてくる感情なんだ。この世界は異常な僕から見ても狂ってるって君には分からなくても言い続けるよ、オリビア。
みんなもさ、笑おうよ! もっと深い笑顔で笑おう! 僕と一緒に笑おう! 僕を独りぼっちにしないために笑おう! 笑いを思い出すために笑おう! 笑お……ああクソ、こいつら模倣はするんだった、気色悪いな……とにかくさ、僕と一緒に笑おう! 笑おう! 笑おう! 笑って僕の仲間になろう!
なぁ。笑ってくれよ。