偉大なる悪の最期は
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────ジャーマン!決まるか!決まるかーーーっと返した!
            1!    2!

────タイタンすかさず起き上がり、飛び込んで膝!お返しの膝を浴びせていく!


────沼川まだ起き上がれないがタイタンフォールには行かず……


────あー椅子です椅子を持っています、これはいけません。


────沼川起き上がったが、……まだ椅子は、見えていないか。危ないぞ。危ないぞこれは!


────沼川ラリアットを決めに行くところでーーーー!ここで椅子が脳天から突き刺さった!!


────タイタンそのまま沼川を抱え上げ、垂直落下式の!!パワーボムーーー!!!


────決まるのか!決まってしまうのかーーーぁ!?
     1!    2!    3!

────決まってしまったぁぁぁぁ!タイタンマスク、ヘビー級頂点のベルトを奪取しました!!








もはや過去の栄光とでも言うべき映像を見ながら、米雨倖希はリビングに一人ぼんやりと居た。ただ一人、何のためにというわけでもなく。

終わりの始まりは喜ばしい奇跡を装ってやってきた。いつの話だったか、少し前、中東のどこかの砂漠に真っ白な花がたくさん咲いたらしい。8チャンネルの朝のニュースで一度だけ、明け方に入ったニュースまとめのようなコーナーでサラッと流れていたと記憶している。その時は特に自分にとってニュースバリューがあるようなものとも思わず、気に留めるはずもなかった。

それから数日、1週間くらいだろうか。先の続報、同じような現象が日本を含む世界各地で起こっているというニュースが回り始めた。この頃になると他局でも、もっと良い時間帯のニュース番組で報道された。ただまあ、不思議には思いつつも、花が咲くだけ、自分には関係ない。そう、思っていた。



今、東京には雪が降っている。8月半ばの東京に。

詳しいことはわからない。ただ白い花の報道の過熱に逆行するように、気を抜くと蒸発してしまいそうな暑さが一転、秋も冬も真冬さえもすっ飛ばして極寒が訪れた。「異常気象」とだけしきりに繰り返されたワイドショーの報道も、今思えば政府かどこかによる情報規制だったのだろう。しかしそんな小手先、待てど暮らせど止むことのない雪と不気味なほど純白に輝く花畑に埋め尽くされた世界を前にしては何の意味も持たなかった。もっとも、そんなテレビが映らなくなったのもいつの話か思い出せない。

初めはそこかしこに食料や燃料を求める列が出来ていて、略奪や喧嘩騒ぎもあったが、それらも勢いを増す吹雪の前に3日と経たずして立ち消えた。今となっては隣の部屋からの物音すら聞こえてこない。生きているのかもわからない。きっと誰もがうずくまってその時が来るのを待っているんだろう。窓の外から漏れてきた絶叫や怒号、子供の喚き声も今となっては恋しくすら感じてしまう。

孤独に耐えかねた米雨はいつ切れるかもわからないスマホのバッテリーを消費して仲間達に電話を掛けてみたりもした。実家、師匠、ライバル、殊更可愛がっていた後輩。誰も、繋がりはしなかった。8人目、同じユニットの後輩の連絡先を開いたところで米雨の手は止まってしまった。もう、やめておこう。師匠は無事だろうか?メキシコに遠征中の後輩は?故郷の両親は?知りたい感情を知るべきでない理性が必死に制した。

ほんの数日前まで確かにそこにいたはずの家族友人知人は皆どこかへ消えてしまった。あるのは窓の外に広がる銀世界と、確かに近づいてくる「死」。分厚いコートを着て、この世界にただ一人。




これから恐らく自分は死ぬ。きっと抗いようもない。米雨は己の生涯について思いを馳せた。

彼は幼い頃からプロレスラーを夢見ていたクチではない。ただ偶然に、生まれつき大きな図体を持っていたこと、そして高校生の時にザッピングをしていてたまたまプロレス番組が映ったのが原因である。ちょうど大一番の試合の放映だったらしく、ドームを満たす数万人の客入りは割れんばかりの声援を送っていた。結果はヒールと思しきレスラーの勝利。しかも、毒霧を浴びせてからの必殺技で逆転フォール勝ち。声援は一瞬の間を置いてブーイングに変わった。もちろん、当時の米雨もプロレスがヤラセであることは知っていた。懸命にブーイングを送る人々だってそれを知らないはずがないだろう。ならばこそ、
「ここにいる人々は何を求めてここに来ているんだろう?」
「この人は何のためにプロレスをやっているんだろう?」
そう、思わずにはいられなかった。

三日三晩考えて得た結論は至極単純なもので、
「レスラーが楽しませて、観客が楽しんでいる」
そうとしか考えられなかった。そんな至極単純な構図が、彼には素敵に思えた。気付けばダンベルを上げ始め、キックボクシングを習い始め、リングの上に立っていた。

生来、あまり気の強い性格ではない。悪役に転身したのもマスクを被ったのも自分からの申し出ではない。対戦相手の顔をマイクスタンドで突くのも、観客からブーイングを浴びるのも、それに口汚く返答するのも、正直平気ではない。全ては「見てくれる人を楽しませるため」。その一心でここまで歩んできた。

それだけに、今のこの世界がもどかしくて仕方がない。世の中がしぼんだこんな時にこそ人々に生きる活力を与えられるのがエンターテイメントでありプロレスリングである、そう信じてきた。それが今、自分の使命だと信じていたことを何一つ出来ないまま、孤独に最後の時を待っている。世間の人々もそうしているのだろう。自分に迫るその時を待つだけ、何かを楽しもうという気は微塵も起きないのかもしれない。ともすれば、生きようとさえ思っていないのかもしれない。
「自分はいったい、何のために頑張ってきたんだろう?」
気持ちは晴れないまま、次のDVDに手を出した。







────よぉ皆、久しぶり。一昨年振りか。

これって


────オーケーオーケー、ありがとう。俺にかん、かんせ……………すまん、………歓声なんて、似合わねえな。



────偉大なる俺の復帰戦、お楽しみいただけたかな?…………そうか、ならよかったよ。



────まぁ、さすがに首なんで随分と長引いちまったが、俺はこうしてこのリングに戻って来た。どこぞの新聞のバカどもが選手生命がどうとか吹いてたらしいが、とんでもねえ。


あと3センチ当たりどころが悪ければ半身不随だった


────気持ちはわからんでもない。……てかお前らも見舞いだか励ましのファンレターだか何だかドカドカ送ってきやがって。邪魔で仕方ねえ。

沈んでいるファンの皆が心苦しくて仕方なかった


────言っとくが、俺はこの2年間ここが潮時だなんてちっとも考えなかった。ただここに戻ってくることだけを考えていた。

試合を見るたび涙が止まらなかった


────それはなぜか?偉大なる悪の巨人は、怪我なんかに屈するわけがねえからだよ。

もうダメかもしれないと思った


────このリングに初めて立ってから11年、俺はヘビーの頂点を取った。実に色んな奴と戦ってきたし、実に色んなファイトを見せてきた。



────だが、足りねえ。まだまだ満足するには程遠い。俺はまだドームにも立ってねえし、黒澤との決着も付いてねえ。



────そして何より、俺は決めてんだよ!俺は死ぬまで!偉大で!悪で!巨人で!あり続ける!それが!タイタンマスクだろ?



────だから、お前らもついて来い。そしたら、まだまだ終わらねえプロレスの夢、見せてやる。









そうか、そうだよな。自分はいったい何をバカなことを考えていたんだろう。まだ、出来ることがあったじゃないか。

「タイタンマスクがこんな情けない顔とブヨブヨの体で死んでたら、皆がっかりするよな」

「『偉大なる悪の巨人』はその最期まで偉大であり続けた」
プロレスファンが、米雨倖希が知るタイタンマスクとは、きっとそうであるはずだ。これから死に行く、何も出来ない自分が最後に、最後まですべきこと。

冬が明けたいつかの未来、生き残った誰かが最後まで懸命に生きた一人のエンターテイナーを見つけてくれると信じて。米雨はバーベルに手を掛けた。

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