サイト-87の素敵なベイク・セール
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ウィスコンシン州スロースピット
1992年 夏

「すみません、一体どういうことですか?

これが、サイト-87の資金が5421ドル92セントちょうど不足し、この赤字が日に日に増えているという事実に対する一般的な反応であった。後から判明したことだが、口座と資産の保護のせいで、サイト-87を維持するための流動資産を餌にしていた金食い虫のクリマタファギを見つけ損なっていたのだ。資産のほとんどは不動産市場の不良債権として処分されてしまい、それは収容予算を圧迫するほどの金額であった。

そういう訳で、サイト-87の管理官3人は会議室に閉じこめられることとなった。1人目は管理官ニナ・ウェイス。彼女は就任後3年間のストレスで白髪が増え、新人スタッフから「ジャパンのアニーメイ1のキャラクターみたい」と言われるほどだった。

彼女と共にいるのは、彼女の副官と呼んでも差し支えないだろう、テイラー・ベイリー博士だ。多元宇宙業務部門の局長を務める冴えない黒髪の男性で、ユーモアのセンスは並のコメディ番組より冴えている。コートのポケットにはほぼ毎日スコッチの入った携帯用瓶が入っており、財布には彼の三つ子の写真がある。

また、その部屋には経理部長のジェローム・ブリスビーもいた。2人に比べて背の低い彼は、1529年頃イギリス国王との対話を強いられたカトリック教徒のようなユーモアのセンスを持っていた。この時の彼の表情は、20年以上後に作られた『これ無理ゲーじゃね?』というフレーズで表現するのが一番しっくりくるだろう。

そしてもちろん、部屋にはサイト-19の代表者もいた。予算編成の中心である彼らは、このちっぽけな危機にも口を出していたのだ。フランシス・ヴォイチェホフスキは、隅に座って処方された薬のボトルをいじっていた。彼は財務とは無関係で、87と19のブライト管理官との連絡役であった。

「それはそうと、ジャックの様子はどうだい?」ベイリーは世間話を試みた。

「19で流行ってる馬鹿馬鹿しい噂たちをどうにかしようと躍起になっているさ。本当にくだらねえ話なんだぜ。研究員がうっかり飼い犬と体を一体化させてからというものの、好き勝手言いたい放題だ」フランシスは錠剤の入ったボトルの蓋を捻ろうとしたが、ボトル全体が彼の手から放り出される様を見ることしか出来なかった。「クソ野郎」

ウェイスは足元に落ちてきた瓶を手に取り、そこに書かれた薬の名前を見て顔をしかめた。彼女が副薬理学者だった時開発に携わったものだ。機密扱いの処方だが、彼がそれを手に入れた薬局はわざわざ薬の名前を変えたり隠したりすることはなかった。彼女はため息をついてフランシスのところに行き、蓋を外してボトルを渡した。「水は要りますか?」

「間に合ってる」彼はそう言って、さっきまでは無かった水筒を椅子の下から取り出した。「お気遣いどーも」

ウェイスは集まった面々を見渡した。「ブリスビー、赤字はどの程度なのですか?」

「この調子ですと、今週中には2万ドルに達しそうです。阻止するための臨時収入が必要となってきます」

「余った実験器具があるので、学区に売り込むというのは──」と、ベイリーが言い出した。

ブリスビーは咳払いをして、病気のヒキガエルが出すような音を出した。「記念高校にもスロース高校にも化学実験室はありませんよ。お忘れでは?」

「覚えていますとも、ブンゼンバーナーに幽霊が取り憑いているせいです。境界線イニシアチブに悪魔祓いを頼めるか聞いていたはずですが、まだ何の返答も無いのですか?」

「ありません」ウェイスはため息をつき、椅子に深く腰掛けた。「クリマタファギを駆除するまでは、職員の給料を減らすしかないかもしれません。不愉快でしょうし、嫌われてしまうかもしれませんが、こうする以外に方法はありません」

ブリスビーは機械式計算機を取り出し、細長い紙切れを補充した。「サイト-87の職員は……上層部で働くEクラスの民間人を除き、現在421名。収容スペシャリストの給与は……」白いパンにバターを塗って食べ、クリームなしの苦いコーヒーを飲み、ガーフィールドを読んでクスクス笑うような人だけが興味を持つだろう長い数字の羅列に、彼の声は次第に薄れていった。

やがて、彼は結論に達した。「経済的にはそれが一番まともな行動だと思います。現実的で、不愉快ではありますが。ヴォイチェホフスキ、貴方の上官は何と?」

3人が振り返ると、フランシス・ヴォイチェホフスキの姿は無かった。「……彼はどこへ?」ベイリーが尋ねた。「管理官、彼が持っていた薬は何ですか?」

「……抗精神病薬とレトロウイルスのハイブリッドサプリメントで、タイプグリーンの能力を打ち消し、抑制することを目的としています。摂取することで症状が現れる可能性が」彼女は両手で頭を抱えた。「ああ、そんな

ブリスビーとベイリーは、双方が驚いた表情を浮かべた。「19が現実歪曲者を雇っているとでも?」ブリスビーは言った。

「その通りです」

ベイリーとブリスビーの手は共にシンクロした動きで彼らの額を叩き、部屋を通りかかった研究員が後ろに何か落としたかと勘違いする程の大きなが伴った。

「……19の噂には一体いくつ本物が紛れているんだ?」ベイリーは呻いた。

「私にも正確な数は分かりません。さあ、早く」ため息をつき、彼女は立ち上がった。「シグマ-10に知らせて、彼が本当に馬鹿なことを仕出かす前に収容しなければ」

「例えばどのような?」


一方、敷地の外では、一連の音符として発音できる名前の男が、彼の望むままに看板を出現させていた。

第1回(出来ればこれっきりの)

S & Cプラスチック・ベイク・セール

私達には従業員を養う余裕がありません

あなたが私達を養えるのは私達があなたを養っているおかげです

この看板と共に、様々な種類のブラウニー、クッキー、クッキーブラウニー、ケーキ、カップケーキ、ミニカップケーキ、カップケーキの中のミニカップケーキ、シュトルーデル、デニッシュ、ポテトサラダなどが入った鍋を何十個も彼は召喚した。ポテトサラダがどこから出てきたのか彼は知らなかった。例え誰も欲しがらなかったとしても、ベイクセールではどういうわけかいつも出品されるようだ。必要なものはこれで終わり、あとは……

「フランシス!」

「予定通りっと」彼はニヤリと笑って、サイトから怒り心頭で飛び出してきたニナ・ウェイスに顔を向けた。彼の四方は戦術的装備を装着したシグマ-10のメンバーに取り囲まれている。サイトを囲む屋根の上に6人の狙撃手が現れたことに彼は気付き、肌にレーザーが当たるのを感じた。ところが、彼がただ肩をすくめただけで、全ての銃が一斉に弾詰まりを起こして使い物にならなくなった。「あー、こんにちは管理官。クッキーブラウニーはいかが?」

ニーナの目はピクピクと引き攣った。彼女はスクラントン装置を文字通りこのために要求したのだが、発注が1年近く遅れており、今になってタイプグリーンがクッキーブラウニーなどという忌まわしいものを売ろうとしている。ピザ屋のチェーン店に値する罪だ。「一体何を考えているんですか!?」

「助けようとしただけじゃないか!サイトが赤字だっておたくらが言うもんだから、私がベイクセールを開いてあげたんだ」

「私達は世界規模の科学的民間公益団体なのであって、オハイオPTAのサンダスキーではないのですよ!大規模な秘密保持法違反になる可能性だって—」

「管理官」彼は両手を合わせ、ため息をついて口を開いた。「ここはネクサス、ましてやスロースピットだ。デールポートとオレゴン州ロードキル群の次に三番目に活発なネクサスだ。疑問を抱く奴なんていると思うか?ささ、今度こそ、ブラウニーを、ど・う・ぞ」

「ヴォイチェホフスキ、あなたはこのサイトの脅威です。癌を治す法案に拒否権を発動しない知事と同じくらい私はあなたを信用しています。ですので、今すぐ—」彼女は瞬きすると、突然口の中に現れた何かを噛み、そして吐き出した。「今、私の口の中にブラウニーをテレポートさせましたか?」

「私にもやってきましたよ」ベイリーは喉を詰まらせ、口の中のものを吐き出すためにテーブルへもたれかかった。「ブリスビー、神に誓ってあなたに──」

「この件が解決したら、真っ先にスクラントン装置の発注を急ぎます」ブリスビーは断言し、自分の分を吐き出した。「最悪だ」彼は舌鼓を打ち、顔をしかめた。「……これは、チョコチップ?」

「その通り、全員5ドルの貸しが出来たな」フランシス─あるいは彼によく似た何か─は苦笑いを浮かべ、手を広げた。「ケチケチするなよ。回り回ってこのサイトのためになるんだから」

「怒る気にもならんな」テイラーは財布を取り出し、フランシスの手に15ドルを置きながら低い声で言った。「一体何を──」

「ヴォイチェホフスキ」ウェイスは現金をポケットに捻じ込んだ彼に近づき、言い放った。「今すぐ身を引きなさい。さもなくば、私自らあなたの頭蓋骨に弾丸を撃ち込んであげましょう」彼女の言葉に、シグマ10のメンバーは皆ヴォイチェホフスキの頭に銃を向けた。

「こいつらの前でか?」

「何を──」ウェイスが目を見開いて周りを見渡すと、突如として町の人口の10分の1がそこに現れ、ポテトサラダを除いたすべてのご馳走を見て回っていることに気づいた。ベイクセールのポテトサラダが好きな人なんていない。「下がって。下がって!

機動部隊の全員が武器を下ろした。町民を殺すような真似をする訳にはいかない。

「落ち着け、彼らは自らの意志でここに来たんだ」ヴォイチェホフスキは、つばの広い帽子の下に不意に隠した目を丸くした。「私はモンスターじゃあない。それに、ここにある食べ物はすべて非異常性のものだ」

ウェイスが鼻から大きく息を吸い込むと、押し殺した悲鳴とも言えるような呼吸音が鼻孔から戻ってきた。「……もし、胃腸風邪のような異常な症状が出たという報告があれば──」

「私の荷物の中にベリリウム鉛弾がある」彼は帽子を傾け、手にしたウクレレをくるくると回した。「ライブエンターテイメントに参加したい人は?」その質問は修辞的で、彼はすでに立ち去ろうとしていた。

「っ、私は─」機動部隊のメンバー、ニック・イーウェル─ウェイスはイーウェルが彼のファーストネームだと思っていた─が、そう言いかけた彼女を見つめた。「彼を逃すつもりですか!?」

「彼は文字通り先週に私たちを殴ることができるのですよ。選択肢はあまり多くありません」ウェイスはため息をつき、俯いた。「彼がここに、彼以上に多くの頭のネジを落としてきた人を連れてこないことを祈りましょう」

ブリスビーはうなずいたが、ウェイスの肩の上にあるものに目を見開いた。「巨大な4つ目の黒猫はそれに該当しますかね?」

「……私は、猫に6本の足があるとは思いませんが」ベイリーは付け加えた。「マイクを持てるとも思えません」

ウェイスは引っ張った髪が頭皮から離れ始めるのを感じた。「おお神よ、評議会は私をきつくお叱りになるでしょう。薬さえ早く効いてくれればそれで構いません」


猫がザ・キュアーのフライデイ・アイム・イン・ラヴ最後の数音を歌った時、ベイリーはウェイスに携帯用瓶を差し出した。「どうぞ、必要でしょう?」

「酩酊状態で仕事をしているのですか?」ブリスビーは顔をしかめた。「それが解雇の理由だと知っての行動で?」

「彼の言う通りです」ヴァイスは鋭い目つきでディスプレイを見ながら肯定した。画面の中では猫がREOスピードワゴンの曲を演奏し始め、それに合わせて現実歪曲者がウクレレをかき鳴らしていた。「自分の好きな時間に勝手に飲んでください」

「これはジンジャーエールですよ」ベイリーが呆れて目を丸くした。「胃の調子が悪くなるのが目に見えているので、これか重曹を水で割って落ち着かせるんです」

ウェイスは彼の手から瓶を奪い取り、中身を煽った。鼻に抜けるような鋭い風味に、それが本当にジンジャーエールであると彼女は確信した。口を拭きながら彼女はそれをベイリーに返した。「あなたも大概ですね」

「仰る通りで」

「19に電話して、担当者を連れて来られるか確認を──」

「電話ならここに!」

フランシス──というより彼に似た姿の何か──が現れ、彼らに赤い携帯電話を差し出した。そのコードが車のボンネットの下に繋がっているように見えたため、3人の専門家は後ろに飛び退いた。「遠慮なく19に電話してくれ」

ウェイスは迷いながら電話を取り、シュトルーデルの皿の横にあるテーブルの上に電話を置き、番号を入力しはじめた。そして彼女はブライト管理官と会話を始めたが、ブリスビーはただフランシスを奇異な目で見ていた。「それで」彼は咳払いをした。「現実歪曲は薬で治せるものなのか?」

「勿論さ!」ウクレレを持った男は歯を見せて笑った。「フッ素、酸素、炭素、そして若干のセレンで出来た化合物だ。おたくの親愛なる管理官が開発に携わったものでな。おっと、シュトルーデルをどうぞ」

ブリスビーは自分がまた一つ菓子をテレポートされて口に入れたと思い、本能的に唾を吐いた。しかし、男のしわくちゃの右手で菓子が差し出されたことに気付いた。彼は顔をしかめ、首を傾げた。「はあ、お次は一体どんなふざけたシュトルーデルなんだ?」

「シナモン味だ。値段は3ドル」

「まだ食べてもいないのに」ブリスビーはシュトルーデルを口一杯に含みながら顔をしかめた。そして、彼は目を見開いて何とか飲み込んだ。「ふむ、なかなかいいじゃないか。だが次はないぞ、いい加減やめてくれるな?」

「ちょっとしたマインドコントロールをしただけだろ?何の害もない。いずれにせよ、美味しいと思ったなら、それは美味しいものさ」彼は3ドルを指の間に挟んだ。「えーっと……」彼は帽子の下から電卓を出し、それに数字を打ち込み始めた。「赤字は何ドルでしたっけ、経理部長?」

「今週中には2万ドルに達する」

「そうか。ま、今のところほぼ1万稼いだんだがな」

ブリスビーは驚いてシュトルーデルを吐き出した。「本当か」

「ああ」

「ベイクセールが始まってからまだ1時間だぞ!一体どうやって1万ドルも稼いだんだ!?」

「ドルゥ?」彼の鼻筋に皺が寄った。「私は円単位で話をしているんだがな。ま、たった90ドルばかしでも少しは足しになるだろう」

ブリスビーは怪訝そうな顔をしただけだった。「正気か?」

「私はイカした現実歪曲者さ!もちろん正気じゃないとも!」彼が頭に巻きついたようなニヤけ面を浮かべ、口を開けて笑うと、頭蓋骨の上半分と下半分がずれた。「ああ、落ち着いてくれよ。誰も怪我をすることはない。ポテトサラダを除けばな」彼は身を乗り出し、リー・ハーヴェイ・オズワルドが実は後に月着陸を偽装するニール・アームストロングを演じたトカゲ男なのかどうかを話す際に陰謀論者がするような仕草で、囁いた。「誰も食べないのには理由があるんだ」

「どんな理由だ?」

彼らの会話は、受話器を叩きつける音とウェイスの怒りの眼差しによって中断された。「ブライト管理官と話してきました。薬が効き次第、サイト-19に報告するようにとのことです。必要であれば静脈注射も許可する、と」

男はウクレレの弦を掻き鳴らし、目をくるりと回した。「あーあーあー、もううんざりだ。地域社会に恩返しをしようとしたのにこの仕打ちか?物騒な連中め。で、何の話だった?」

「ポテトサラダだ」そう差し挟むと、ベイリーはブラウニーを頬張りながらミスター・ウクレレに20ドルを手渡した。ブリスビーとウェイスは彼をただじっと見つめていた。「何か問題でも? 味は悪くありませんよ」

「それは良かった! ところで、おたくらは──」

「おい、アルト!」4つ目の猫が耳触りの良いバリトンボイスで呼びかけた。「戻ってきてくれよ!僕の歌には君の伴奏が必要なんだ!」

「今行くぞ!」彼は3人に薄ら笑いを向けた。「悪いな、仕事が入ってるもんで」と言い、巨大な四角形の猫の方へ逃げ去ると、彼は虹の彼方にの伴奏を演奏し始めた。

「警備員を呼びなさい」ウェイスは顔をしかめ、片方の目に純粋な心配の色を浮かべた。「そして、ポテトサラダを隔離するよう彼らに伝えなさい」


ポテトサラダはサイト-87内で唯一のKeter認証を受けた格納容器に入れられ、全ての職員が「騙された!」と感じていた。

フランシス──いや、クレフは歌いながらブラウニーを売っていただけだった。そして、職員たちの金は文字通り異常生物に吸い取られていたのだ。その間にも、ポテトサラダはますます刺激的な臭気を放つようになっていった。

ウェイス、ベイリー、ブリスビーの3人は部屋に向かい、熱は勿論、原爆の力にも耐えられるだけの強度を誇るガラスを通して中を見ていた。部屋の中ではDクラスがポテトサラダと向き合い、終始困惑していた。

「何をすれば?」

「サラダを試食してください。フォーク1杯か2杯分で構いません」通信装置越しに研究員が説明した。

「……ああ」Dクラスは一歩前に出て、プラスチックのフォークを手に取った。逃げようと思えばナイフにすることも出来ただろう。だが、彼はポテトサラダが好きだったため、きっと逃げようとはしない。特にチーズが入っていたら、全部食べ切ってしまうかもしれない。目の前のポテトサラダにはチーズが入っているように見えた。

彼はフォークを突っ込んでサラダを掬い。

口まで持っていき。

三回噛んで。

それを吐き出した。「何じゃこりゃ!?」

「どうしました?」通信装置からそう発せられた。

「これはポテトサラダじゃねえ!魚か何かが入ってる!」彼が吐き出したものの中には赤身の肉が見えた。自然な色の赤ではなく、加工されたような色だった。彼はもう1杯掬い取り、その匂いを嗅いだ。「ニシンだと思うが。これは……ああ、確かにニシンだ。赤いニシンの束だ。囚人に悪戯するなんてあんたらも暇だな。もう帰っていいか?」

彼がそう言い終えるより早く、シグマ-10のメンバー全員が敷地内の正門に大急ぎで集結した。ウェイスは持ち手が真珠で出来た拳銃を引き抜き、ベリリウム鉛弾を一発装填した。

シグマ-10はサイトから飛び出し、クレフ、ベイクセールの客全員、連番でない札束の山、そして少なくとも12匹のクリマタファギの死骸─意思を持たない、麻袋に似た巨大な球根状の生物─を取り囲んだ。1匹の死骸の中身を引き摺り出しているのは、恐らくすべてのクリマタファギの死体を引き裂いた張本人であろう巨大な猫だ。はらわたを抜かれた魚の血の如く、死骸の中からドル紙幣と株券が勢い良く流れ出ていく様子をその猫は見つめていた。

「これは一体どういうことですか?」ウェイスは機動部隊の前に進み出た。「クレフ!

ウクレレをかき鳴らしながら、にやけ顔を浮かべた彼は彼女のそばにひょっこりと現れた。「どうにかして気をそらす必要があったのさ。おたくらの貯金をクリマタファギに食われちゃたまらねえからな」彼は中身が出たクリマタファギの山と、巨大な4つ目の猫を見た。猫は彼にウインク(瞬き?)すると、ブラスト・ウッズの方へと走り去っていった。「これで大丈夫だろう」

テイラー・ベイリーはこめかみを摩った。「……頼むから、最初から君の計画の内だったなんて言わないでおくれよ」

「分かったよ!」クレフはベイリー博士から目線を逸らし、ジェローム・ブリスビーを見て「最初から私の計画の内だった。ベイリーには内緒だぞ」と、大きな声で聞こえよがしに、いわくありげに言い放った。

ウェイスは周りに目もくれずにポケットから注射器を取り出すと、クレフの肩を掴み、見つけることができた中では最も太い静脈に針を刺した。プランジャーが下がり、現実回復薬が彼の血流に入っていった。

フランシス・ヴォイチェホフスキはウクレレと帽子を地に落とすと、肩と首をがしがしと擦った。「……もっと早く出来なかったのか?」

ニナ・ウェイスは自分の髪を強く引っ張り、またもう1本、先夫の目と同じ灰色をした髪の毛を見つけた。「19に戻ってちょうだい、ウォイチェホフスキ。お願いだから。また別の事件が起こってしまう前に」

「こんなことになるとは思ってもみなかったんだよ」彼は頭に乗っていた帽子を取り、う肩を丸めた。「本当さ、ただ……いや、これからはもっと頻繁に薬を飲み続けると誓おう」

「ええ、勿論。それで結構です」ウェイスはこめかみを摩った。「あなたの対応には感謝しています、ですが……」

「ですが、何だって?」 彼は顔をしかめた。「私が実際何をしたというんだ?ちょっとふざけただけだろう?私が私だから、たったそれだけの理由でお前たちは最悪の事態を想定しているじゃないか。私がサイトを焼き払ったり、町を地図から消したりするとでも思っているのか?もしスタッフの誰かがそんなことを思いついたら笑って済ませるだろうに、私がたまたまサイト-19の薬漬けのタイプグリーンだったから、お前たちはこんな馬鹿げた被害妄想に取り憑かれているんだ。そうだろう?」

彼は頭を振り、ため息をついた。「ま、とにかく……私は19に戻るとするよ。食べ物は好きにしてくれ」彼は駐車場で待つ車へと向かった。「レシピはフライパンの横の紙に書いてある」

ヴォイチェホフスキの車が走り去っていき、ブリスビーは面食らった様子で立ち尽くしていた。「……アルト・クレフに叱られた、のか?」

「気を悪くさせてしまったのだろう」機動部隊のメンバーが建物の中へ戻り始める中、ベイリーは渋い顔をした。「きっと彼は大丈夫だろうが」

「確か、9月にウィチタでキャリア・トレーニング・セミナーに関する会議があったはずです」ウェイスはサイトへの道を戻り始めた。「そこで私が彼を説得してみます。彼の現実改変の講義はいつも愉快で、見ていて面白いものですから」


23年後……

ニナ・ウェイスは自分だけの時間が欲しくてたまらなかった。彼女はボルティモアに戻り、普通なら大学生や過労気味の母親にしかできないことをしようと決めていた。ドミノピザを注文するのだ。

ドアをノックする音が聞こえ、彼女は外を見に行った。小柄な配達員との世間話を避けるためにチップを添えて代金を渡し、すぐに中に引っ込んだ。頼んだピザは一枚だけのはずなのに箱が二つあることに気づき、彼女は顔をしかめた。小さい方の箱を開けると、蓋の内側にシャープペンでメッセージが書いてあった。

ニナへ──

報復するは我にあり!2(悪の笑い)3

-クレフ

ニナが箱の中を覗き込むと、中にはチョコチップクッキーとブラウニーの穢らわしいハイブリッドスイーツが入っていた。ピザ屋のチェーン店に値する罪だ。

その見た目とは裏腹に、プレーンチーズとの相性は抜群であった。

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